第12話 密事~時代遅れと言われたって

「あ~あ、あたしの知ってる楓は、汚れちゃったんだなぁ……。こんなむっつりスケベになっちゃってるなんて………」


 ────次の日の、学校終わりの放課後。

 俺と柚はいつもの日常通り、二人で帰宅の途に着いていた。


 話題は、やはりというか……先日から続いている、誤配商品の中身についてだった。もう、恥も何も感じなくなるほど擦られまくった話題になってしまっているが、それで終いにするには、柚にとっては少々インパクトが強かったようだ………。


「そりゃ~、楓だってそこいらの男子と同じなわけだし? そういうことに興味があるお年頃なのはわかるけどさ~……」


 ちくちくと非難している、というのとは少し違う。

 有り体に言って、引いている……ということだろう。

 さすがに、幼馴染で付き合いが長いとはいえ……すんなり受け入れられるかと言えば、そうはならないのだろう。柚の中でも、なんとか落とし所なり感情の着地点を探しているような、そんな会話を続けているといった感じだ。


「で、でもな……そうは言うけど……。ああいうのは既に世界的にも一般化しちゃってるんだぞ?」

 俺は、度重なるプレッシャーに耐えかね……話題の切り口を変えてみることにした。


「なによ~……世界的って? ……急にグローバルにして誤魔化さないでよ……! どこ情報よそれ!?」

 柚は、眉をひそめて俺に疑惑の視線を投げつけてくる。


「いや……まぁ、なんか……難しい経済系の…サイトで、ちらっ……と見ただけなんだけど……」

「ざっくりしてるぅ~!」

 柚は間髪入れず、ツッコミを入れる。

 更に、両の手のひらを上に向けたようなポーズまで取って、ツッコミにパンチを効かせていた。


 少し怯みながらも、俺は仕入れたばかりの知識を語って聞かせる。

「そのサイトによると………だな───」


 ………アダルトグッズというのは、昨年度の時点で2000億円超の市場規模で今後十年で更に30%以上の成長が見込めるという。

 もちろん、男性用オ◯ホールだけじゃなく、バイブやローター……コックリングとかドールとかまで含めた、アダルト・トイと呼ばれるアダルトグッズ全般を含めての数字だから、オ◯ホ単体での割合はどのくらいかわからないのだが……。

 一般需要だけでなく業務用需要もあるらしいし、その経済的影響は決して無視できるものではないとも思うのだ。その上、昨今のコロナ禍でその需要は著しく伸びたとさえも云われているのだ。


 ピンと来ない人のために、比較として出されていた市場規模が、納豆市場(約2000億円)、映画市場(約2300億円)である。


 そう考えると………恐ろしいものだ。

 人は、納豆と同じくらいエロ道具を欲するということの証左でもあるのだから。


「───え、マジ……!?」

 それを聞いた柚は、悪い報せでも届いたかのような、恐怖とも困惑ともつかない顔をしていた。だが、その気持ちは良くわかる。正直……俺自身、の経済規模がそれほど大きいとは思ってもみなかったのだ。


「……俺も、ちょっと引いちゃったけどさ。そんくらいの需要は……あるみたいなんだ」


 共に、納豆好きでもある俺達二人には、その言葉の意味するところがとても重かったのである。

(※最近の納豆は小分けパック3個組で100円前後というものが多い。ここでは話を分かりやすくするため、1個100円と表記するが……)

 スーパーで納豆一日100円を二週間も買えば、安いオ◯ホが一個買えるくらいの値段にはなる。つまり、納豆を食するすべての人が年間25個程度のアダルトグッズを購入するのと同じくらいの購買力だということだ。


 ………いや、この例え合ってるのかな? 俺のこんがらがった頭では、すでにその正確性を判断することは出来なかった。


「あの家もこの家も、……オ○ホ常備ってことかぁ……」

 通学路の沿道に立ち並ぶ一般民家を見回しながら、柚はそんな感慨にも似た呟きを漏らしていた。


 だから……女の子が道端でお○ほとか言うなよ……。

 俺は、心のなかで諌めた。


「ま、まあ……納豆食わない家もあることだし……? 全部の家にある訳じゃない、と思うけど……」


 柚はしばらくの間、一層難しい顔をしながら考え込んでいた。そして……。

「そもそもさ………こんな物、誰が考えたんだろう……?」

 最終的に、呆れという感情が勝利したのか、そんな感想をこぼしていた。


 それについては、俺も興味があったので少し調べてみたことがあるのだ。発明者の名はわからなかったが、発想自体はかなり古くから存在していたらしい。

「日本でもかなり以前から似たような物はあったらしいぞ。江戸の町は女不足だったという背景もあったらしいし。……なんか、衆道って言って……男色文化も普通にあったらしいしな」


 それを聞いた柚は、問いにならない問いを発した。

「え……、男色って……男色?」

 なんか、口元がニヤけているが……まあそういうことだ。女ってほんと、BLとかそういうの大好きだよなぁ……。


「ん~……なんか、衆道にハマった坊さんが若い男の子をあまりにも、って云うんで、それを聞いた別の優しいお坊さんがこれを作って「脚の間に挟んで使いなさい」と助言したのが始まりとか……なんとか───」

 調べている最中も、俺は……「いや、こんなもの作ってやるくらいなら普通に止めろよ」と思ったものだが。

 ………止めるまでもないほどに、こういう事は文化として普通に根付いていたのだろうな。


「────当時は、種をくり抜いたひょうたんとかに果物の果肉やこんにゃくを詰めたりしてだな、それを代用品に使ったりして……」

 それを聞いた柚は、たまらず顔を背けて両手を振り、俺を制した。

「ちょっ……止めてよ?! フルーツ食べられなくなっちゃうじゃない!!」

「あ、す……すまんっ」


 俺も、この話はこれ以上は止めておこうと思った。


「は~………。もう───、あんたがこんな変態だなんて思わなかった」

 そして柚は、困ったような呆れたような顔をして、どんっ、と身体を少しぶつけてきた。

「………ごめん」


 やっぱり、女の子に気軽に話す内容じゃないよな。

 強く非難されないのをいいことに、少々度を超えてしまったかもしれないと、少し反省の心を持った。


「……悪いことじゃない、とは思うけどさ。もうちょっと………その………普通にできないの? その、道具おもちゃとか……使わないでさ?」


 ………もうこの話題はおしまいかと思えば、それでも柚は微妙に話を続けようとしてくる。話したいんだか、そうじゃないのか……。


「普通……、普通ねぇ……」


 言われた俺は、自問する。

 自慰行為の普通ってなんだろう?


 俺は、実態を柚に知られてしまったわけだが、もちろんこれはイレギュラーな事態で、本来的には人に聞いたり知られたりすることじゃないだろう。

 普通を問われると、ひどく難しい話なのだ、これは。


 普通……。

 そういえば────


「───てかさ、お前の買ってたあのぱんつって、あれ普段履きなのか?」

 俺の何気ない問いに、柚はビクリと身体を震わせて……。

「な、なによ? いきなり……」

 柚は、戸惑ったようにこちらを見る。


「……いや、普通って言うから……あれも実は普通なのかな、って」

 ツッコミ返したわけではない。

 単純に、ちょっと気になったのだ。

「……俺が知らないだけで、実はクラスの他の女子とかも、みんなあんなの穿いて学校に来てたのかな~、とか」

「んなわけないじゃない! 何、変な想像してんのよ!!」

 俺の何気ない疑問に、柚は思いっきり否定の意を返してよこす。

 ついでに、ばしんっ! と背中まで叩かれてしまった。


 ………さっきのお◯ほの歴史の話よりも、ずいぶん非難が鋭い。


「こんなの穿いて学校来る子なんか見たこと無いよ! そんなのエロ漫画の中だけ!」

 柚は、全力で否定してきた。


「……いや、気づいてないだけで実は、ってことはあるんじゃないか?」

「無い!!」

 ………ずいぶん、はっきり否定するな?

 なんか、根拠でもあるのかな。


「少なくとも、学校じゃ見たこと無いし……。あたしのも普段穿きと違うから」


 ふぅん……?

「そうなのか」


 ぱんつだから、穿くためのものなんだろうけど。

「……じゃあ、あれ……いつ穿くものなんだ? ……よそ行き用なのか?」

 俺は、つい気になってさらに深堀りしてしまう。


「い、いいじゃない!? いつだって……!」


 当たり前だが、柚はそれについては教えてくれない。

 けど……なんか妙に、隠そうとしてるよな。


 付き合いが長いから、柚の性格はよく知っている。

 嘘のつけないやつだからこそ、隠そうとするのだろうけど────。



「はっ……もしかして!?」


 俺は……急に嫌な考えがよぎった。


「おま……、もしかして……パパ活とかしてんじゃないだろうな!?」


「……はぁ?」

 俺の突然の発想に柚は、混じりっけ無しの「お前はなにを言っているんだ?」という表情をする。本当に、心当たりがないのだろう。

 だが、それでも不安の気持ちが勝った俺の言動は止まらなかった。


「その……えろいオヤジ客相手に、あんなぱんつ穿いて……とか」

「ば、バカじゃないの!? そんなわけないでしょ!」


 柚は、少し狼狽えて……そして慌てて否定した。


「いや、マジで……やめろよ? そういうのだけは……なんていうか────よくねぇよ、そういうの」


 ………今のご時世では、それくらいは普通のことになってしまってるのかも知れない。業態としてそいういう仕事も存在するくらいだ。法律に違反していないのなら、止める事ではないのかもしれない。


 ────こんなこと言ったら、子供っぽいとか世間知らずとか言われるんだろうけど……。でも、俺はやっぱりこういうのは倫理的にも感情的にも受け付けないんだ。女の子にだって、リスクがある事だろう。……これはもう、理屈じゃないんだよ。


「なによ、変な話題振ったのそっちのくせに。急に真面目ぶってさ……?」

「ぶってじゃねぇよ、本気で言ってんだ!」

 柚は、びくりと身体を震わせた。


 柚が、俺の知ってる幼馴染じゃなくなってしまったような、そんな変な感情が芽生えて、それが少し気に入らなくて……思わず俺は大きな声を出してしまったのだ。


「わ……分かったわよ、もう……怒鳴らないでよ……」

 そして、少し悲しそうな顔をする柚。

「う、す……すまん」

 今まで殆ど見たことのなかった、柚のそんな表情を目にして、一瞬で胸が苦しくなってしまう……俺。


 少しの間そのまま無言で、二人で……てくてくと歩き続ける……。

 だが、これはちゃんと最後まで言うべきことだと思って、俺は続けた。


「でもさ……。もし、そんなことするくらいなら、せめて……先に、俺に言えよ?」


 すると柚は、嫌悪感というよりは困惑したような顔で反論する。

「はぁ!? な、なんであんたなんかに!?」

 そして、変な解釈をした。

「あたしがいちいちお金貰ってあんたと付き合うわけ────」

「あぁ、もう……そうじゃねぇって……」

 俺の言いたいこととは随分ずれた考えを口にする柚を、俺は遮って否定した。


「え……?」


 これは、本当に大事なことなんだ。

 だから、ちょっと間を置いて、ゆっくりと……静かに伝えた。


「……もし、本当に金が必要だとか、金で困ってる、とかだったら……。そういうこと考える前に、まず俺に────あ、いや」


 そこまで言って、俺は普段なら滅多に無いほど考えを研ぎ澄ませていた。

 こういうのは……別に俺じゃなくたって、いいんだ。大事なのは、じゃない。


「───誰でもいいんだ。俺じゃなくても……親とか、姉ちゃん……花梨だっているだろ? そっちの方が言いにくいならさ、俺でもいいけど……。最悪、俺の親とかでもいいんだから、さ……」


 今の彼女の心情と状況を鑑みて、俺はなるべく多くの選択肢を提示する。


「………そのための、長いお隣さんづきあいだろう?」

 気まずいとか、世間体とかで遠慮して……それでもし、取り返しのつかないことになったりしたら、俺ら家族だって絶対に悲しい思いをするだろう。別に親戚とかじゃないけど、心情的にはもう他人じゃないんだ。


「───せめて、他の方法くらい……考えてから……って、……そういうことだよ」


 そこまで聞いた柚は、いくぶん真面目そうな思案の色を帯びた表情をしていた。

「……うん。分かってる」


 こいつは、前にも言った通り勉強は得意じゃないかもしれないけど、馬鹿じゃないし、真っ直ぐなやつなんだ。

 もし仮に、柚がに手を染めているのだとしたら、きっと理由があっての事だろう。

 そんな事情なら、俺も俺の家族も全力で手助けすると思う。


 そしてどうやら、柚にも俺の気持ちは伝わってくれたらしい。

 いつもの、真っ直ぐな笑顔に戻って、柚は言った。

「心配しないで。そういうことには、あたし興味は無いから………それに」


 うん………?


「────相談するにしても、お姉ちゃんだけは、絶対無いと思うけど……」

 今度は、少し悪どい笑顔で、柚はそんなことも言っていた。


 そんな柚に、俺は安心しつつ姉の花梨との険悪な仲の方も少し心配になる。

「そんな毛嫌いしてやるなよ? あれで、人生経験は俺たちよりあるんだからさ──」


 ところが、俺の言葉に柚は反射的に反論する。


「だからヤなのっ! 何かにつけて、大人ぶって……! あたしより経験あるからって、いっつも上から物言ってきてさ……。それで、偉そうなことばっかりいうくせに……人の言うことは全然聞いてくれないし、軽薄だし、男の趣味は最悪だし、おまけに尻が軽いし……!」


 ……ひでぇ言われようだ。

 まぁ、その意見は間違っちゃいないけど……。


 ……あの時、花梨が柚から俺のオ◯ホを貰おうとしたのは、あの時の言動からして、たぶん大学の男友達にでもプレゼントするつもりだったんだろう。あいかわらず、オープンスケベな姉ちゃんだ。つくづく柚とは対照的な性格だよなぁ。


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