第11話 悶々~そういう問題だろうか?

 怒られるなら、柚の親父さんに……だろうな。

 そこは、覚悟しておこう。


 俺は、ドアノブのぐるぐる巻きにされた紐をほどいて扉を開け、横からドアラッチの部分を凝視する───。


「SH◯WA、258……か。これなら普通にあるだろう」

 俺は、ドアラッチに刻まれていた型式を読み取り、それからスマホを取り出していつもの通販サイトを開いた。


 そして………

 ドアノブ 鍵付き……と。

 

 たんたん、とタップして検索をかける。

 画面には、ずらりとドアノブが並んでいた。


 だが、今回はこれだけでは選べない。

「……柚、ドライバーってあるか? ねじ回し」

 俺は、柚に尋ねた。

「うん、あると思うよ。プラスでいい?」

「あぁ、それと……物差しあったら、借りるぞ」


 柚は、うんと頷いて階下に降りていった。

 俺は、柚の学習机の上にある筆記用具の中から15cmの物差しを拝借して、ドアの厚みを測る。

「35mm……。大丈夫だな」

 俺は、画面に出てきたドアノブの中から目の前のドアノブに似たデザインのものを探す。……程なく、ほぼ同じ形状のものが見つかったので、それをタップして施工要件を確認していく。


「───はい、これでいいかな?」

 柚が、ドライバーを持って部屋に戻ってきた。

「お、さんきゅー。……じゃ、ちょっと外して確認するぞ?」

 一応、もう一度柚に確認を取ってからドアノブを外していく。

 ドアノブの付け根にあるプラスネジ、これを内と外の二ヶ所外せば簡単にドアノブは外れてくるのだ。


 引き抜かれたドアノブを見て、柚は少し驚いている。

「こんな簡単に外れるの!? なんか不用心だね……」


 たしかに、そう感じるのも無理はないだろう。

 だが……。

「これは、屋内用のドアノブだからな。玄関のやつとかはネジが露出していないんだ、ここまで簡単には外せないよ」

 俺は、そう言って豆知識を添えておいた。


 外した後の、ドアに空いた穴を確認してから、そこも物差しを当てて計測しておく。

 穴の形状は、左右横配置で穴のピッチ(間隔)は40mm………。


 画面上の、施工要件と照らし合わせて再度確認する。

 左右開き兼用で、ラッチ付き。

 ……うん。

 内側からサムターン施錠。外からは鍵で施錠……、予備鍵2本付きか。

 よし、これでいいだろう。


 俺は、スマホを柚に手渡して画面を見せる。

「これだったら、デザインも一緒で目立たないぞ。どうだ?」


 柚は、画面を拡大して写真と目の前のドアノブを見比べている。


「わ、すごいそっくり! これだったらきっとバレないよ!」

 ……まあ、バレないということはないだろうけど、違和感は少ないだろうな。


「楓、注文して! すぐ付け替えたい!」

 柚は、はぁはぁする犬のように身体を揺らしながら、俺を急かしてくる。


「あ、あぁ……いいけど、値段は───」

「五千円までなら出す!」


 即答であった。

 それなりに値の張るものでもあるが……よほど、欲しかったのだろう。


 俺は再度、画面で値段を確認する。

「あ、良かったな。割引中だぞ……1,588円だってさ───」

「ポチって!」


 柚は即座にゴーサインを出す、ずいぶんな性急さだ。

 と、ここで……一思案する。


「なぁ、これだと俺のとこに届いちゃうけど……柚のところに届けようか?」

 施工するのはどうせ俺だから、俺のところに届いたとしても全くもって問題ないわけなのだが……。


「あ、そうしようか。じゃあ……届いたら連絡するね?」

 柚の返答に、俺は頷いて………。

 先日ののために登録してあった、柚の名前と住所の方を届け先として選択する。……うん、これでいいだろう。


「お金は……届いてからでも、いい?」

 そして、柚は支払いについても確認してきた。

「あぁ……別に、いつでもいいぞ。思ったより安かったかったからな」

 俺は、そう言って心配要らない旨を伝えた。


 …………………………………


 さて、これからが本題だ。

 今日はお互いに、誤配された商品を元の持ち主へ返還するためにわざわざこうして柚の部屋に集合したのだから。


「で……。俺は持ってきたけど、柚の方は? どこにおいてあるんだ?」


 先ほど、部屋を見回してもそれらしいものは置いていなかった。

 すると柚は立ち上がって、部屋の壁に備え付けられているクローゼットに向かう。


「ここに隠してあるの。その辺に置いてたら、またお姉ちゃんに持っていかれるかもしれないから」

 そう言って、クローゼットの扉を開け更に奥に押し込んであった段ボール箱を引っ張り出してそれを開ける。そして、中から例のブツを取り出した。


 当然、柚は恥ずかしがると思いきや、平然としているのが意外だった。

 クローゼットの扉を閉めて、俺の前に座り……それを、俺の前に差し出すように置いた。


 ようやくの、ご対面だ。

 ………長かったなぁ。


 こんなものなのに、何故かしみじみとしてしまう。

 俺は、自分が持ってきた箱を柚の前に置いて、それと交換するように差し出した。


 柚は改めて、自分の元に返還されたその箱を開け中身のぱんつを確認すると……なぜか異常に恥ずかしそうに身体をクネクネとさせていた。


 ………?

 淫具よりぱんつのほうが恥ずかしいのか? 変なやつだな……。


 そして、柚はさっとその箱を引っ込めるように受け取って身体の後ろへ隠すように置いてしまった。……まあ、これで返還の儀式は終わり、ということだろう。


 俺も、目の前の淫具の箱に手をかけて……。


「ね、ねぇ……?」

「うん?」


 柚が、おそるおそるという感じで聞いてくる。

「それ……さ、開けてみても……いい?」

「へ?」


 それ……って、のことだよな?

 俺は、手元の『人妻の誘惑』という商品名の淫具に目を落とす。

 そういえば、これは箱のまま開封されていなかった。


「あ、あたしのだけ中身見られてるって、なんかずるくない?」


 妙な理屈を持ち出してきた。

 確かに、俺はビニールの個別包装までは破らなかったが、透明な袋だったため中味はバッチリ見てしまっていたのだ。厳密に言えば、これはフェアじゃない……かもしれないが……でも、そういう問題だろうか?


 もちろん、見たいと言うならやぶさかではないのだが……。

「……こんなもん、見ても面白くないぞ? きっと」

 俺は、一応忠告しておいた。


 ───花梨みたいな女の人ならともかく……正直、普通の女の子が見たら気持ち悪いというか……もっと言えば、グロテスクな印象を受けるんじゃないだろうか。これは女性の局部を象ったものではあるが、生身の人体とはかけ離れた形状をしているのだ。それに……女の子でも自分のものをまじまじと見るのが苦手な娘もいると聞いたことがある。


 柚はどうなんだろう。なんか、挙動不審な感じもするのだが。

「ま、まあ……その。興味というか……後学のために?」

 そんな事を言っている。


 そんなものか……?

 正直、男性のそれを象ったものを見たいかと言われれば、俺だったらNOと答えるだろう。もちろんそれも、人それぞれだとは思うが……。


「まぁ……。見たいんなら、別にいいけど。……びっくりするなよ?」

 そう、前置きして……俺は、商品の箱を開封し始めた。


 箱の大きさに対して、中味はそれほど大きくない。

 説明書きのされた、小さなカード状の紙が一枚。それから、調味料のような小袋に入った一回分のローションが付属していた。そして……。


「……なんか、緊張するね」

 柚が、固唾をのんでその作業を見守る。


 不透明の袋に包まれたそれを、箱から取り出す。

 そして、俺はその袋の封を解いて……ゆっくりと中味を取り出した。


「……ひっ!?」


 柚は、びくっと身体を震わせた。


 ピンクがかった肌色の、ぷるぷるするゼリー状の物体。

 思ったよりも大きく……ずっしりとしたそれは、おおむね円筒形ではあるが、有機的な曲線を帯びておりその両端部……の造形。それは……間違いなく、女性器の形状を立体的に再現した(と思われる)、非常に精巧な造形をしていた。


「おぉ……」

 俺は、姿を現したそれを見て、感嘆する。


 さすが、俺が厳選した商品だけのことはある。

 たぶん、リアルな造形なのだろう。少なくとも俺のイメージの中では、これは本物と思わせるほどの姿形をしていた。手に持った感じも、以前のものよりかなり重量感があった。


 一方の、柚の方はというと……

 なにやら────難しい顔をしてそれを凝視していた。


 意外にも、嫌悪感や拒否感は感じられなかったので、試しに聞いてみた。

「なんか……難しい顔してるな? 気持ち悪いなら、仕舞うけど?」


 俺がそう言うと、柚はちょっと首を傾げてから……。

「……も、持ってみても……いい?」

 そう、許可を求めてきたので、頷いてそれを差し出す。

 すると、おそるおそる手を添えて、柚はそれを持ち上げた。


「ぉぉお……ぶるんぶるんしてる………。けっこう、重いんだね?」

 柚は、未知との遭遇を思わせるような、複雑な心境を思わせる表情で、触れてみたり摘んでみたり、揺らしてみたりしていた。


 そして、おもむろに────

「あの……さ。幻滅しちゃうようなこと、言ってもいい?」

 柚は、そんなことを確認してきた。

「……? 別にいいけど、ていうか……たぶん大丈夫だぞ。幻滅はしないと思う」

 もしされるとすれば、それはむしろ俺のほうだろうから。


 柚は……。

 少し、うつむき加減で、残念そうな顔をして……。

「あたしの……こんな綺麗な色じゃない。お毛々も……生えてるし」

「は?」


 いや……。

 それは、当然というか……変な感想だな?

 当たり前だが、作り物だぞ、これ。


「いや、別に……。こういう色が標準だと思ってるわけじゃないぞ、俺は?」


 これは、男の願望をこれでもかと詰め込んだ、いわば偶像だ。

 さすがの俺も、実物がここまで綺麗なものだとは思っていない。

 透き通った(実際、少し透き通っている)ような肌色に、濃い桃色を帯びたそれは、確かに美しいと言って差し支えないものではあるが、同時に……ありえないほど整いすぎているのだ。実物は……恥ずかしながら見たことはないが───。

 映像で見たことがあるは、少なくとも目の前ののような綺麗な色をしているものは一つもなかった。まあ映像作品に出演してる女の人は、みんな本職の人だろうから相当使い込まれた結果なんだろうけど……。


「でもさ……。通販サイトでもさ……こんなのが山ほど売られてて……みんなこういうのがいいと思ってるわけでしょ……?」


 む……。

 そういう解釈もできるのか。


「世の男に草食系が増えてるのって……これが原因なんじゃないのかなぁ───」


 柚は、妙な仮説まで語り始めた。

 それも、あながち的外れとも言い切れないのが恐ろしい………。


 引かれる、気色悪がられる………という事態は、予想していたのだが、まさか落ち込まれるとは思っていなかった俺は………。その後、お菓子を食べながら柚と談笑するのにもどこか気を使う時間を過ごしたのであった。

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