第2話 発覚~えっちな本が家族にバレるのってなんであんなに恥ずかしいんだろうね?

 お互いに、疑惑を抱えたまま、迎えた次の日────。


 あの後結局、届いた通販商品は、お互い使することもすることもないまま悶々とした悩みを抱えて、二人はそれぞれの夜を明かしたのだった。


 そして、そんな二人の心境とは関係なく、いつものように何事もなく朝は訪れ、いつものように登校が始まろうとしていた。

 楓自身の方はというと、一晩悩んである程度心の平穏が戻りつつあった。


 のだが……。


「───ご、ごめん! あたしちょっと用事あるから……先行くね!」


 ほぼ毎日、一緒に登校していたゆずの方はというと、家から出てくるなりそんな事を言って走って先に行ってしまったのである。


 …………………


 明らかに様子がおかしかった。

 いつものあいつではない。


「…………」


 これは、怪しい。

 いや、まずいと言ったほうがいいのだろうか?


 昨日感じた疑惑が事実だとしたら、俺がアレを買っていたことがゆずにバレているということになる。

 これは由々しき、恥ずかしき事態だ。


 しかし、まぁ……。

 一晩に渡る、熟考の果てに導かれた結論───


 それくらい別に、しょうがないか、という開き直りができていた。実際、気にするほどの問題じゃ無いじゃないか、とさえ思っていた。

 あまりに考えすぎたせいで、逆に蛮勇が湧いてしまったのかもしれないが。


 経験上、こういうのは変に恥ずかしがって隠そうとするから却ってネタにされるものだ。アレを買ったからといって、別に人道に反しているわけでもないし、犯罪でもない。なにしろ俺は、もう18歳だ。18歳未満お断り、の文言は伊達ではないのだ。

 実際、クラスの男共も、どうせ一つくらいは持ってるだろう。

 よしんば噂が立ったところで、深刻になることもないだろう。中には、堂々とそういう話題を話している奴もいるくらいなのだから。


 それに、柚はあれで義理堅いというか、下世話な噂なんかは好まないたちだ。ある種の男気がある、なんというか、まっすぐなやつなんだ。わざわざ誰かに言いふらしたり、なんて事は考えにくい。


 これはたぶん、俺がそういうものを使用していると知って驚いたか、あるいは恥ずかしかったか、戸惑ったのか。


 いや、ひょっとしたら……気持ち悪かったのかな?


 だとしたら、申し訳ないことをした、ということにもなるが……。

 いやでも、俺がやらかした訳じゃないんだけどなぁ。



 俺は、いつもの通学路を歩きながら、一人考える。

 もし仮に、この疑惑が事実であるなら……


 一昨日の時点で、誤配が起きていたということは、あいつも気づいている。そして、柚の買った通販の中味も俺にバレている、という状況にも気づいているということだ。



『───な、なんでもいいでしょう? かえでこそ、何買ったのよ……?』


 ───箱を、ぎゅっと胸に抱いて隠す素振り……

 あの時の、あいつの慌てぶり……。

 去り際に、ちらちらと俺を伺う視線……。

 あれは、きっと不安の表れだったのだろう。



 もしや、ぱんつがTバックだということが俺にバレた事の方が、あいつにとっては重大なことなのかな?


 まぁ、確かに驚いた。

 それは事実だ。


 だが、それだって犯罪なわけじゃないし、校則で禁止されてるわけでもない。そもそも、学校に穿いてきてるかどうかさえもわからないのだ。デザインが過激だというだけで言ってみれば実用品、ただの下着だ。別に恥ずかしがる事でもない────


 ……いや、それはさすがに無理があるのかな。女の子にとっては、普通の洗濯物見られたって恥ずかしいだろうからな。


 ───そう、幼馴染みとはいえ、年頃の女の子だもんな。


 いや、むしろ逆に。

 知られた相手が幼馴染みだという事の方が、あいつにとっては恥ずかしい事なのかもしれない。


 俺は、自分の身に置き換えて考えてみる。


 家族とか、身内に知られる恥ずかしさみたいなものを感じたのだとしたら、どうだろう。


 ……うん、確かに。

 仮に、買ったアレが自分の家族にバレたりしたら俺だって相当恥ずかしいと思う。

 以前、部屋を母さんに掃除された時のことだが、迂闊にも出しっぱなしだったえっちな本が綺麗に本棚に納められていたという事があったのだ。

 その時、何故かわからないが、ものすごく恥ずかしかった気がする。


 それと同種の恥ずかしさ───そう思うと……う~ん……。


 いや。

 この手の恥ずかしさは、むしろ早めに解消してやった方がいいんじゃないかな。


 俺の脳裏に、あのときの記憶がよみがえる。


『───女の裸なんて、わざわざお金かけて見るもんじゃないよ。タダで見せてくれる女、探しなよ~♪』


 結局あの時、母さんはそう事も無げに言ってのけていた。

 なんだかんだで、あのあっけらかんとした対応に、俺はずいぶん救われたような気がするのだ。


 要は、相手が全然気にしてないよ~、という意志さえ見せてくれれば、死ぬほど恥ずかしい状況からは脱することができると思うんだが……。

 せめて、俺が全く気にしていない、そして他人に口外しない、ということを伝えられればあいつの懸念も取り除けるのではないだろうか。



 ────まぁ、現時点ではどれもこれも不確定な疑惑のままではあるが……。

 おそらく事実として、そうであったのだろう。そう仮定して行動しよう。

 取り越し苦労だったなら、俺が勘違いしたアホになれば済むことだ。


 正直、柚に対してこんな気まずい気分でいることのほうが、俺にとっては何倍も苦しいのだから。


 柚本人は、どう思ってるのかわからないけど。


 いずれにせよ、話してしまえば済むことだ。

 うん、善は急げだろう。


 俺は、柚にコンタクトを取ることを決めて、学校に臨んだ───。



 ……………………



 HRが始まるまでの、のんびりした朝の時間、朝のHRが終わって、ちょっとした時間。休み時間……、そして───。


 お昼休み。


 業間の短い休憩時間には、うまく躱されっぱなしだったが、この長めの昼休みの時間なら、柚にコンタクトできるだろう。


 この時間こそが、タイミングだ。


 と、そう思っていたのだが………柚は思いの外、手強かった。


 何処を探しても、その姿が見えないのだ。

 いつもの場所はもちろん、友達と一緒にいそうな場所や屋上、保健室までもくまなく探したのだが一向に姿が見つからない。


 諦めて、席に戻っていると授業開始時には、ゆずはしれっと席についている。


 ………猫か、お前は?

 どこに隠れてたんだ?


 結局、HRの終わった放課後も柚はいつの間にか姿をくらましていた。



 ……………………



 はぁ~……。


 ………いくら俺でも、流石に傷つくぞ。

 そこまで避けなくても、いいじゃないか───。


 そう思いながら、今朝と同じように一人で、とぼとぼと家路につく。


 別に、ゆずに対して特別な想いを抱いていたわけじゃない、と自分では思っていたのだが。いつも隣にいた女の子に、露骨に避けられるというのはここまで心に堪えるものかと自分自身でも驚き、どっと落ち込んでしまっていた。



 ────これ以上はいけない、だめだ。



 ……もう、三年生も半ばを過ぎようとしている。

 高校生活なんか、実際あっという間だ。特別な思い出が欲しいというのは高望みにしても、この三年間の締めくくりが辛い記憶として刻まれるのだけは、なんとしてでも避けたかった。それも、こんなことで……。


 そうだ、こんなの些細なことなんだよ。

 わかってくれよ。


 こうなったら───柚の家に直接、顔出してみよう。

 それで、さり気なく聞いてみて事実なら謝れば済むことだ。

 少なくとも、こんな理由わけのわからないモヤモヤを抱えて過ごすなんて、これ以上はごめんだ。


 そう心に決めると、幾分気持ちが軽くなった。

 うん、最初からこうすればよかったんだ。


 俺は、自宅に着くと鞄だけ放りだして着替えもせずに柚の家に向かう。玄関開けて、ものの5秒だ。隣の家、ならではだろう。


「こんちわ~、柚いますか~?」


 中に声を掛けて、返事を待ってから勝手口から顔をのぞかせる。

 台所には、予想していた通り柚の母親がり、返事をしてくれた。


「あぁ、かえでちゃんおかえり。ゆずなら、もう部屋に戻ってるわよ? 上がってらっしゃい、お茶持っていってあげるから」


 月曜日である今日は、柚の母親の仕事であるスーパーのパートの休みの日なのだ。その為、台所に居るだろうと思い、敢えて玄関ではなくこっちに声をかけたのだ。台所で作業しているのに玄関から声をかけて、わざわざ手を止めさせるのは申し訳なかったからだ。こういう細かな部分に気を回せるのも、付き合いが長いことの利点であろう。


「いいっすか? すみません、おじゃましまーす……」

 そう言って、少しだけ遠慮がちに靴を脱ぐ。


「ふふふっ、最近来てくれなかったから寂しかったのよ~? もっと、気軽に遊びにいらっしゃいよ。まぁ、年頃だから、仕方ないけど♪」


 柚の母親は、とても気さくだ。その点は、うちの母親も似たようなものだが……。

 中学以前なら、頻繁に行き来していたのだが、流石に高校生になってからはその頻度もずいぶん減った。疎遠ではないが、歳相応の距離感になってきた、ということなのだろう。


 年頃だから……か。


 思春期とか年頃とか、自分に対して使う言葉では無いと思う。少なくとも、俺はそう思うんだ。しかし、言葉として好きではなくてもであることは、他ならぬ自分自身が身に染みてわかっている。


 柚の母親に対してならば、俺はこんなふうに気軽に、気さくに接することが出来ている。

 だが、自分の母親に対してとなると、なんだかよくわからない心理が邪魔をして、妙に険がある言葉になってしまったり、ぶっきらぼうになってしまったりするのだ。

 我ながら、子供じみていると思う。しかし、どうすることも出来ないのだ。こんなの、実際は自分自身でさえも嫌なのに。


 たぶん、柚と母親も似たようなものなのだろう。

 ついさっき柚の母は、俺が訪ねてきたことで、ある種の安心感のようなものさえ漂わせていたからだ。


 ………間に他人を挟むことで、成立する親子関係。


 そういうことだって、実際問題としてありうるのだろう。きっと、俺だってそうだから。


 ……………


 台所の暖簾をくぐって、階段を登っていく。

 小学校以前は、毎日というほど通い慣れた、柚の部屋への導線だ。


 【YUZU-ゆず-】


 二階の部屋の扉には、そうネームプレートが貼ってある。

 これだけは、ずっと変わっていない。


 ……ふぅ。

 なんだか、緊張するな。


 コンコン。

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