Dear my Good Neighbor~親愛なるお隣さんへ

天川

第0話 運命~遅れてきた荷物

「箱、来てたよ~」


 学校から帰宅すると、すかさず母がそう声をかけてきた。


 箱?

 ──なんだよ箱って……


 普段なら、反射的にわずかな苛立ちと声も出るのだが、今日ばかりは違う。

 うちの母は、宅配便が送られてくるとその形状で荷物を示すのである。マンガ本などの場合は「封筒」ということが多い。その他の場合は、大抵が「箱」だ。


「……なんだよ、は、箱って」


 ……くそっ

 平静を装ったつもりだったが、声が上ずってしまった。


 そそくさとリビングに行き、ブツを受け取って早々に自室に引っ込もうとする。

「あんた、帰ってきたなら着替えなさいよ~」

「あー……」


 背中にかけられた声には、いつもどおりの返事が出来たような気がする。


 ふぅ。


 自室のドアを閉めてため息を一つ。


 ……いやっほ~い!

 俺は、箱を持って小躍りする。


 大手通販サイトで翌日配送のため、待ちに待ってはいないのだが、昨日注文したアレが届いたのである。

 そう、アレだ。

 シャイなハイティーンのあふれるパトスを解消するアイテム、……アレだ。


 ──みなまで言わせるなよ?


 ……法律が改正され、18歳からの選挙権等が認められることになった。

 だが、要点はそこではない。俺にとっては「等」の方が本命だ。

 18歳になると自分でクレジットカードの契約ができるようになるのである。


 これまでも通販サイトは利用してきたのだが、さすがに日常的に大っぴらに使うことはできなかった。受け取り時の問題や、代金引換コンビニ決済含め、金銭的な問題それら諸々……。

 その上、うちには妙な決まりがあって、手数料が勿体ないからという理由で、親のクレカで決済することが推奨されており、それが日常だったのだ。


 ありがたいことではあるのだが、迷惑でもあった。


 ……男には、人には言えない買い物というものがあるのだ。


 思えば、それら諸々を牽制するために親が考え出したのが、この変なしきたりだったのではないかと思うところもある。そしてそれは、見事に機能していたと言えるであろう。


 だが、俺は晴れて18歳になった。


 これからは、堂々と自分のクレカで決済できるのである。親の目を気にしてこそこそする必要もない。……クラスの連中も、程度の差はあれ似たようなことを話していた。カードが使えるとネット通販生活が捗る、と。隣に住む、幼馴染のゆずもそう言っていた。


 もちろん、使える金が増えたわけではないので、買い物の量はそれほど変わらない。むしろ、自分の口座から直接引かれるため、余計に節制できていると言ってもいいくらいだ。


 大きく変化したのは、買う品目の方だ。

 そう、冒頭のアレである。


 まだまだ初心者の俺は、これを買うのは2回目だ。最初のやつもかなり良かったのだが、流石に連日となると新鮮味が足りなくなって来るものだ。そのため、新規に買い足すことにしたのである。

 だが、思えば初回のときには流石に緊張したものだ。わざわざ、手渡しで受け取るために、連休の在宅中に届くように配達日を調整してまで手に入れたのだ。……まぁ、連休中ということもあって、結局予定通りには届かなかったのだが──。


 俺は、自室の床にどっかりと座り、辛抱できない様相で大手通販のロゴの入った段ボール箱を手荒く開封する。

 そして、くしゃくしゃの紙の緩衝材を掻き分けて品物を取り出す。


 ん、やけに薄いな……?

 簡易梱包か?


 手に取ったものは、ふにゃっとしていた。

 明らかに、俺の希望した物が入っているとは思えない。

 その、ビニールに包まれた品物を開封して取り出す。


 ……おい。

 まさか、これ使えってのか?


 ──それは、2枚の女物のぱんつだった。


 しかも、デザインがやけに大人びている。有り体に言って、エロいと言わざるを得ないようなものだ。にはもってこいかもしれないが……。


 いやいや、待て待て──。

 そもそも、俺はこんなもの注文していないぞ??


 俺は、あわてて同梱されていた納品伝票を確認する。

 それを見て、すべてを察した。

 改めて、箱に貼ってあった配送伝票も確認する。



『渡辺 ゆず様』



 おおぃい!?

 母さん、ちゃんと確認して受け取れよ!!



 荷物は隣に住む幼馴染、渡辺わたなべゆず宛てであった。


 ───俺の名前は、「渡辺 かえで

 隣に住む柚は、幼馴染で女だけれど親友と言っていいような間柄だった。感性も好みも成績もよく似た者同士だったため、ずっと学校でもつるんでいた。

 だが最近、特に高校生になってからは、お互いの成長と心境の変化もあって、何故か変な意識をし始めているような、そうでもないような、なんとも微妙な感じにはなっている。しかし、仲のいいことに変わりはなかった。


 名前が一文字違いで、間違えられる事もこれまで度々あったのだが、特に注意が必要なのは配送物の間違いである。

 家が隣同士で、当然住所の番地も一つ違い。名前まで似ているとあっては、間違えられるのも無理はない。それでも、田舎特有の事情もあって、ここに配送に来る担当ドライバーはいつも同じ人だったため、そうそう間違いは起きなかったのだ。だが、繁忙期などで別な人間が来ると、稀にだが誤配送が起こることもあるのである。


 今回は、よりにもよってこのタイミングでが起こってしまったということだろう。


 これまでもこんな事はあった。

 だが、長年の付き合いで親同士も旧知の間柄。隣同士の付き合いの経験と気安さもあって、たとえ開封後であっても普通に持って行って「間違えちまったわ、はっはっは~」で済ませることが出来ていた。


 だが、今回はモノがぱんつである。

 お互いの、最近の意識の変化の事もあって、気まずいことこの上ない。


 くそっ……どうする──?


 ゆずにこれ届けられるか?

 いや無理だ、絶対に。


 中身を見たかどうかなんて、もはや重要じゃないだろう。開封したことがバレた時点であいつは確実に怒る、下手したら殺される。レアなケースとして泣く、というのも有り得るが、まあそれは可能性としては低いだろう。


 なんとかして、誤魔化さねば───。


 糊で貼り付けたところで、開封しちまった痕跡は確実にばれるだろう。それ以前に、ビリビリに破いてるから偽装は、もう無理だ。

 かといって、むき出しで持っていくわけにもいかない。箱を別なものにして梱包し直したらかなり怪しいだろう、配送伝票も付いていないし……。


 しかし……

 改めて俺は、誤配送されてきたぱんつを手にとって、まじまじと観察する。

 幼馴染の、知られざる一面を目の当たりにして、俺は────だいぶ困惑していた。


 まず、色からして相当攻めている。ワインレッドと鮮やかな紫だ。

 さらに、身頃の殆どがスケスケのレースになっていて、あろうことかお尻の部分がTバックになっている。


 ゆずのやつ、普段こんなの穿いてるのか……!?

 どう見ても学校に穿いていくようなモノじゃねぇぞ……


 それでも、あいつだってバイトして必死に貯めた金で買ってるはずだ。注文した品が紛失でもしたら大損害だろう。それを思うと、このまましらばっくれる、などということは絶対にできなかった。たとえ物が、ぱんつであっても、だ。


 それにしても、配送屋も配送屋だが、通販業者ももうちょい考えろよ!

 だいたい、何でこんな共通の箱使ってんだよ!? 紛らわしいんだよ、もっと中身に合わせた箱にしろよ! アレとぱんつじゃ大きさも形状もぜんぜん違うだろうが!!


 ……ん?

 共通……共通か。


 何か似たようなもの注文して、箱だけすげ替えるか?

 俺のスキルをもってすれば……きれいにテープを剥いで、詰め替え────いや、無理だろう。

 段ボールに貼られたテープはどんなに頑張っても無傷で剥ぐのは不可能だ。

 こういうときは、環境対応型のヤワなダンボールが恨めしい。


 箱だけ調達するのは………

 あ……



 ────閃いた!



 箱だけじゃなく、中味ごと調達すりゃいいじゃねぇか!

 そんでもって、届け先の住所と名前をゆずにして注文すりゃあ……!


 ──よし、これだ。


 もう一度、ぱんつと納品伝票を取りだし商品名とサイズを確認する。

 そして、スマホを取りだし通販サイトも開く。


 ぱんつ Tバック……と。


 たんたん、とタップして検索する。

 同じものが売り切れてなきゃいいが……

 頼むぞ……。


 ───画面には、ずらりと並んだ数多のTバックぱんつたち。

 

 くっそ、何でこんなに種類があるんだ………?!

 世の中のTバック需要って、そんなに多いのか……?


 ……あ、あった!


 色は……と。

 もう一度、納品伝票をじっくり見て、色とサイズを確かめる。


 ワインレッド……と……なんだこりゃ? エレガント・パープル?

 普通の紫と何か違うのか……?

 まあいいや、エレガントパープル……各一枚、と。

 で、サイズが……なになに、


「LL……か、意外とでけぇな……」


 俺は、今朝一緒に登校した時の柚の姿を思い出す。

 今までも、ずっと一緒に登校してたんで目立った変化に気づけなかったのかな。

 ───結構、成長してたんだな、あいつ。


 よし、この商品を、あいつの名前で購入

 住所も、あいつの家の住所を入力して……と。

 ん~……カード番号でばれるかもしれんが……。


 だが伝票を確認しても、それらしい番号は載っていなかった。


 お、気が利いてるな……カード番号は伏せてあるのかよ。

 よしよし、完璧じゃね?


 画面に、最終確認が表示される。


 ……う。

 一枚1,780円か……まぁまぁ、高ぇな……。

 だが、ここは止むをえん。


 納品日が1日ずれるのはしょうがないけど、

 ……まあ田舎だし? そんなこともあらぁな……♪


 うっし! 確定!




 ────さて、懸案事項が無くなって、改めて思う。

 手元に残ったこのぱんつ、どうしようかな……。




 ………………………




 次の日───。


 週末だったため俺はさり気なく、用事の無いふりをして家で宅配業者の到着を待った。……万が一だが、再度誤配送が起こったら、もはやリカバリーは不可能であろう。万全を期して、俺が自分で受け取って確認をするつもりだったのだ。


 ほどなくして、黒い猫のマークの入ったトラックが、俺と柚の家の前に停まる。


「毎度さまでーす」

「ご苦労さまです」


 挨拶をしながら、ドライバーはトラックの後部から見慣れたダンボールの配送物を取り出していた。……2つだ。


 そして、

「えーっと、渡辺かえで様、ですね?」

「はい……まちがいないですね」


 今度は、確実に名前を確認して荷物を受け取る。

 こっちは、俺が一昨日注文していた例のブツだろう。

 ───やれやれ、昨日これがちゃんと届いてさえいれば、こんな苦労は無かったのに……。


「……お隣さんも、ご在宅っすかね?」


 顔なじみのため、ドライバーからそんなことを聞かれた。

 俺はすかさず、ドライバーが持っていた、もう一つの荷物の伝票をちらりと盗み見る。

 ……間違いない、昨日俺が手配した例のぱんつだろう。

 宛名はしっかりと「渡辺ゆず様」になっている。


「ええ、いると思いますよ………あ」


 ちらりと隣家に目をやると、柚本人が勝手口ドアを半開きにしてこっちを伺っていた。

 きっと、昨日届かなかった荷物の行方が気になっていたのだろう。


「おう、ゆず。荷物来てるぞ~」

「う、うん!」


 俺の声を受けて、柚は戸口からサンダルで小走りに駆け寄ってきた。

「あ、はい。じゃあ……、渡辺ゆず様ですね……こちらになります」

「あ、ありがとうございま~す」

 そして、柚も荷物を受け取る。


「はい、じゃあどうも~」

 ドライバーは、そう挨拶を残して素早くトラックに乗り込み、次の配送先へと走り去って行った。


 それを見送った後……。

「……また通販か、何頼んだんだ?」

 中身が分かっている俺は、わざとそんなことを聞いてみていた。

「……!!」

 柚は、びくっとしてこちらを見た後……商品の箱をぎゅっと胸に抱いて、

「な、なんでもいいでしょう? かえでこそ、何買ったのよ……?」


 柚は、少し顔を赤らめながら……おどおどした様子で聞き返してきた。

「あぁ……、新しいシャンプーとか、シェービングクリームとか、そんなんだ」

 俺は、ほんのり優越感を感じながら適当にそう答えていた。


「……そ、そうなんだ。ふぅん……」


 視線が泳いでいる。

 おもいっきり怪しいが、まあ……あんまりいじめてもかわいそうだ。

 ここは、大人の対応で、をしてやろう、ふふふ。


「んじゃあ、またな~」

「う、うん……」


 去り際まで、柚はこちらをチラチラと伺うような素振りをしていた。

 そんなに心配しなくても、俺は言いふらしたりしないよ。

 なんてったって、幼馴染で……親友だからな。


 ───意外な成長を見せた幼馴染の姿を、視界の隅で見送りながら、

 楓は、ご注文の品を持って、うきうきと部屋に戻っていった。

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