第4話 機転~秘策というのは案外身近にあるものだ
いつもの通学路、いつもの登校風景。
だが、この前の誤配事件の顛末が分かってしまってから、既に三日が経っていた。
この三日間は、柚に対して気まずさを通り越し、
毎日の登下校も、あれからずっと別々。
これも、今までに無かったことだ。
朝のルーティーンが違うというのは、思った以上に気がかりとして残ってしまうものだ。学校についてから授業が始まるまでの僅かな時間でさえも、懸念がちらついて落ち着かない。
これは、早急に手を打たないと、残り少ない高校生活が本当に辛い思い出になってしまう。
なんとか、なんとかしないと。
謝罪……是非はともかく──まずは、そこから始めるしかないだろう。
会話が成立さえすれば、柚なら分かってくれる。その確信はあるんだ。
しかし、単に間が悪かっただけとはいえ花梨も余計な事をしてくれたものだ。
あの時は、柚も気が動転していてそれどころじゃなかったんだろう。
決して悪意があっての事じゃないのは、お互いに分かっている。だが、天然成分を含んだ花梨の軽薄さと思慮の足りなさが、堅物で真面目な柚には我慢できないのだろう。一緒に住んでるなら、なおさらだ。
それでも、時間の経過とは偉大だ。
今日も俺からの対応は相変わらず上手に躱されっぱなしだったが、柚の交わすクラスメイト女子との会話は、ずいぶん明るくなったのを感じていた。
少し時間を置いた今なら、気持ちが伝えられるタイミングな気がする。
だが、この好機は決して長くは保たないだろう。そして、この機を逸したら、後はひたすら話しかけづらくなっていくばかりであろうから。
もう、一刻の猶予も無いと考えるべきだ。
───問題は、どうやって伝えるか、だ。
直接だと、逃げられるのは目に見えているし、何より今のこの状況で対面での会話は俺の精神のほうが保たない恐れさえある。
直接対話の前の、ワンクッション……。
それを、どうやって作り出すか。
LINEは……今回は、封印だ。
あれは手軽である分、謝罪にはそぐわない気がする。ちょっとした案件ならともかく、今後の関係性を左右するような事情だ、慎重に行きたい。その上、常に返事を催促しているような雰囲気も良くない。最悪、既読スルーなどされてしまったら、今以上にどうしようもなくなってしまう恐れさえあるのだ。
一方のメールは、確実性がない。
一応、柚のアドレスは知っているが。そもそも、最近あいつがメールを使っているところを見たことがないのだ。俺自身、LINEを導入してからは一度も使っていない気がする。下手すると、受信メールに気付かず開封すらされない恐れもあるし、他の迷惑メールと混じって埋もれてしまう可能性だってある。
ならば、電話は……どうだろう?
いきなりかけたら、やっぱ驚くよな。
これも、最近じゃ殆ど使っていない気がするし、相手が出てくれるとは限らない。
メジャーな手段としては、やはり手紙だろうか?
洋の東西を問わず、自身の気持ちを真摯に伝える時の手段として、ずっと我々と共にあった、古来よりの伝達手段。
現に、告白の時などは今でも学校でよく使われているのを見かけることがある。
………問題は、俺が紙の手紙など一度も書いたことがないということだ。
小学校の授業の一環で、クラスメイトに葉書を書いたのが最初で最後の気がする。年賀状は、手紙にカウントしていいんだろうか?
下手な字でも一生懸命書けば……。
うーん……しかし……どうなんだろう。
書いては消し、また書き直し。
そんな恩着せがましい文面ひとつで、柚は心を開いてくれるんだろうか。俺がそんなことをしても作為的で、却って不信感を感じるんじゃないだろうか。
そもそも、一度もやったことのない手段という部分で、いまいち信用しきれていない自分もいるのだ。
……あ~……どうすれば。
そもそも、だ────。
これを謝罪と考えるほうが、むしろおかしいのかもしれない。責任の所在はともかく、被害を被ったのはお互い様の上、それに対して真摯に向き合った結果が、この顛末なのだから。
確かに、恥ずかしい事だった。これは、疑いようがない。
そして、たぶん柚の方が俺よりもずっと恥ずかしかったことだろう。
だが、間違いなくこの秘密を知っているのは俺だけだ。これを、他言するつもりなど一切ないのだから。そのことだけは、ちゃんと伝えてやりたい。
こう言ってはなんだが、ぱんつがワインレッドでTバックだからなんだというのだ。そんなもの、個人の自由ではないか。他人が、とやかく言うことではない。少なくとも俺は誰にも言わん、絶対だ。命を賭けたっていい、あと花京院の魂も。
だから、こんな些細なことを気に病んで欲しくないのだ。その事は伝えたい、いや、伝えなければならない。
残り少ないあいつとの高校生活が、オ○ホとTバックバレで台無しになるなんて、そんなことあっていいはずがない。
……そうだよ。
終わってみれば、笑い話でした。で、済むような出来事じゃないか。
正直、柚が泣く、というのは想定外ではあった。
母親の様子から察するに、最近の家族間でのストレスもあってのことだろうとは思う。予想外の事態が重なったせいで、不意に心が
それでもあの時、柚自身は俺にはちゃんと話そうとしてくれていたんだ。
全く、返すがえす花梨は間が悪いんだよな~。
────普通に、話できないものかなぁ。
……せめて、お茶でも飲んで、お菓子でも囲みながら、和やかに話せる雰囲気でも作れればなぁ。そこまでいけば、あいつも柔らかく気持ちを開いて俺の言葉を聞いてくれるのかもしれない。
いっそ、またあいつの部屋に押しかけるか……? おやつを持って──
────いや、
でも───
お菓子……か、うん。
これは一つ、キーアイテムのような気がするな。
柚は、とにかくお菓子には目がないのだ。たまにスーパーで出会うと、買い物袋いっぱいにお菓子を買っている姿を見かけることが度々あった。
遠足や修学旅行の時などは、あいつのこだわりセレクションのお菓子が、道中に華を添えてくれたのを思い出す。
………ん?
そういえば……
俺は、スマホを取り出していつもの通販サイトを開く。
そして、適当な商品をカートに入れて「ギフト」というボタンを押してみた。
これ……使えるかな──?
この通販サイト、どうやらギフト用メッセージカードというものが商品に添付できるらしいのだ。以前見かけて、記憶の片隅に残っていたのを思い出す。
これで、お菓子の詰め合わせをメッセージ付きであいつの住所に送れば、開封もせずに直接捨てられる、ということは無いと思う。
最低限、何らかの俺からのメッセージだということには気づくだろうし、お菓子くらいは食べてくれるだろう。
うん。
通販で失敗したんだから、通販で挽回する。
それができれば、今後の柚の通販に対する
よし、これで行こう!
そうと決まれば──。
俺は、お菓子の選定に入った。
お菓子 詰め合わせ
……っと。
いつものように、たんたんっ、とタップして検索をかける。
───画面には、バラエティセットと題したお菓子の詰め合わせのリストが大量に並んでいた。
おぉ~すげー、色々あるなぁ。
柚は、どちらかというと甘いものよりはポテチや薄焼きせんべいみたいな塩味系統のほうが好きだったはず。甘いものは、チロルチョコがいくつか入ってるくらいでいいかな。
あ、これなんか面白い組み合わせだ。
いや……こっちも捨てがたい。
むしろ、甘いもの多めでもいいのかもしれないな。
勿論、柚も嫌いではないはずだ。
飲み物は……別に入ってなくていいだろう、家で食べるんだからな。
────うわぁ~♪ 迷っちゃうなぁ、これ……。
なんか、自分でも欲しくなってきた。
あとで、自分用のも注文してみるか。
……………………
よし、このセットでいいだろう、値段も手頃だし。
さて、本題のメッセージカードの文面は、と。
───難しいな。
まず、謝罪。
それから、この件に関しては絶対に誰にも言わないと誓う、ということ。
そして、また一緒に登校したい、ということをちゃんと伝えないとな。
……こんな感じ、かな……ん?
───げ!?
文字制限オーバー!?
なんだよこれ!?
ツイッター改めXよりも文字制限きついじゃねぇかよ!
はぁ~ケチ臭いな、大手のくせに。
えーっと、どこを削るか。
あ~……でも、これだと謝ってる感じがしないかな?
誰にも言わない、は削る訳にはいかない部分だ。これを残したままだと……。
いっそ、また一緒に登校しよう、は無しにするか。いや、でもなぁ───。
…………………
『柚へ
この前のことは、ごめん。騙すつもりはなかった。あの事は絶対に誰にも言わないから、それだけは心配しないで欲しい。お前と登校したりできないのは悲しい。良かったらこれ食べながら、また話がしたい。
楓』
どうだろう?
なんか、文章的に不自然な気がするんだが。しかし、これ以上詰められんしなぁ。
99文字、ギリギリなんだよな。
伝えたい内容は、一応全部盛り込めた気がするんだが。
いや、上手である必要はないんだ。
俺の気持ちがあいつに伝われば、うん。
そう思い直し、俺は祈るような気持ちで、注文確定のボタンを押した。
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