第3話 衝突~思春期の家族って……つらいかも

 ……ふぅ。

 なんだか、緊張するな。


 コンコン。


 俺は、部屋の戸をノックしてから声をかけた。

ゆず~、俺だよ。ちょっと、話できないかな?」

「……え? ───えぇ ……!? か、楓!?」


 驚いた声が、部屋の中から返ってくる。

 そして、なにやらばたばたと、物を動かす音が聞こえてきた。


「ちょ、ちょっとだけ! 待ってて!」


 あー、慌てさせちゃったかな。

 事前に、LINEでも打っておけばよかった。頭回ってないな、俺。


 扉の前で1分ほど待っていると、

「お、おまたせ」

 そう言って、おそるおそる柚が顔を出した。


 見ると、柚は既に着替えを済ませていたようだ。

 部屋の壁に、ハンガーにかけられた制服があった。たぶん、スプレー消臭剤を振って乾かしている最中なのだろう。これもおなじみで、いつものルーティーンだ。


「あー、悪いな。ちょっと、話がしたくて……」

「……う、うん」

 意外にも、柚はすんなり部屋に入れてくれた。


 よかった、なんとか話を聞いてくれそうな雰囲気だ。


「あ、その辺に座って待ってて。いま、何か飲み物持ってくるから……」 

 と、思っていたが、やはり少し狼狽えているというか、慌てている雰囲気が残っている。柚は、そそくさと部屋を出ていってしまった。

 まぁ、それはしょうがないだろう。飲み物持ってきてくれるなら、世間話しながらさりげなく話題を向ければいいだろう。


 柚の足音と気配が、階下に消えていく。


 ふぅ……。

 柚ほどではないけど、俺も緊張していたようだ。部屋に一人になって安心している自分に気づいた。


 ──柚の部屋を、見回す。


 柚以外の女の子の部屋なんか入ったこと無いけど、きっとこれが『年頃の女の子』の部屋なのだろう。以前入ったときより、格段に整頓されている。そして、いい匂いがした。まるで、誰かに見られることを前提としているような、そんな緊張感さえ感じる整頓加減だった。少なくとも、俺の部屋はここまで整ってはいない。


 そして俺は、気がかりのの姿を、探してしまう。


 さすがに、その辺の見えるところに出しっぱなしなんて事はないだろう。さっき、慌ててばたばたと何かを仕舞い込んでいたような物音がしていたけど、あの時どこかに隠していたのかもしれないな。


 ────すると突然、


ゆず~! これ、もう要らないんだったらアタシ貰ってくよー?」

「うわっ!?」


 ノックもせずに、ガチャリ、と扉を開けて部屋に入り込んできたのは、


「あ、楓じゃん。ごめーん! 来てたんだぁ!?」

 柚の姉、花梨かりんだった。

 全く罪悪感の感じない表情で言い放つ。まぁ、美人と言って差し支えない、この女性。


 柚とは、ほぼ正反対の性格と云える、とにかくノリが軽く人付き合いが上手く、そしてがさつで奔放──なのになぜか勉強ができる。

 それがこの、柚の姉……渡辺花梨かりんという女だ。

 俺には、とても親切で優しく、小さい頃は柚と共によく遊んで貰っていた。花梨が大学に行ってからは、あまり会うことはなくなっていたが、たまに会えば親しく話す間柄であった。


「──う、うん。お邪魔してるよ」


 驚きながらも、俺はそう答えた。

 だが、花梨が慌てて後ろ手に隠したを、俺は見逃さなかった。


 ……アニメ風の女性キャラクターが描かれた、20cm四方くらいの箱────。


 間違いない、

 先日、俺が注文していたアレだ!


 やっぱり、柚のところに届いていたんだ!

 何で、花梨が持ってるのかは謎だが。


「お、おねえちゃん!!」


 その時、廊下から柚の大きな声が響く。

 と、同時にがちゃん! という、グラスが落下し、割れる音。カラカラと、お盆が回転する音が、それに続く。


「ゆ、ゆず……!?」

 俺は、その音に慌てて廊下に出る──。


 廊下には、両拳を握りしめて直立し花梨を凝視している、いや──怒りを露にしている柚がいた。足元には、取り落として割れたグラスと中身の麦茶と思われる液体が散らばっていた。


「おねえちゃん、また勝手に部屋に入ったの!? しかも、それ勝手に持ち出して──」

 酷く悲痛で、相手を非難する声色──。


「いやほら~、要らないって言ってたからさぁ、サークルの男どもにくれてやろうかと思ってさ~」

 一方の花梨は、のらりくらりと悪びれもせずに、軽薄な目的を平気で口にしていた。


「いっつも……そうやって……、自分勝手なことばっかり言って……! あたしの言うこと聞いてくれたこと、一度でもあった!? せめて、あたしの領域に勝手に入るのだけは止めてよ……! 何度言ったらわかるの────」


 柚は、酷く陰鬱な声色で花梨を非難したあと、諦めたような表情でしゃがみこんで割れたグラスを拾い始めた。


「ゆ……ゆず──……」


 ──話さなきゃいけないことは、あった。話すべき事柄も、いくつか頭に思い浮かんでいる。だけど俺は、混乱と動揺でその優先順位が分からなくなってしまった。

 とにかく、手伝おうと柚のとなりにしゃがんで一緒に割れたグラスを拾おうとした。


 だが、柚は──。

「──ごめん、楓……今日は……帰って──」


「ゆ、ゆず……?」

 俺は、ゆずの顔を見る。

 ……唇を歪めて、顔をくしゃくしゃにして──泣いていた。

「──帰って!」


 俺は、柚の大きな声にびくりとして、手伝おうとしていた手が止まってしまう。

 泣くはずなんて無い、と思っていた気丈な幼馴染の涙を見て、俺はどうすればいいのか分からずに、また立ち上がる。

 すると目の前には、両手を合わせて表情で「今日のところは、ごめん!」と訴えている花梨の顔があった。


 正直、花梨にも言ってやりたい事はあったが、もちろんそれは今じゃないだろう。俺は、少し非難を添えた顔で「ちゃんと謝ってくれよ?」と、表情だけで返事をして、それから、

「ごめんな、ゆず……」

 震えている柚の背中に、そう声をかけて俺は二人の脇を通り抜けて、階段を降りて行く。


 台所の戸口からは、柚のお母さんが少し困ったような顔をして階段の方を覗き込んでいた。二階から降りてきた俺を見て、台所に引き入れて扉を閉めた。

 そして、俺に、

「……ごめんね、せっかく来て貰ったのに」

 困りながらも、優しい微笑みで、そう切り出した。

「最近、ちょっとぎくしゃくしてるのよね、。こんなこと、楓ちゃんに愚痴る事じゃないんだけど」

 苦笑しながら、頬に手を当てている。


「ううん、大丈夫。俺の方こそ、ごめんね。こんな時に、急に押し掛けて」

 すると、お母さんは俺に身体を寄せて、

「ん~ん、来てくれて嬉しかったの。楓ちゃんの前なら、柚も素直に話してくれるから……。──そう思ってたんだけど……花梨もねぇ……、もうちょっと……柚を子供扱いしないでくれればいいんだけど」


 どうも、思春期特有の気難しさに起因する姉妹喧嘩の状況に、お母さんも手をこまねいている様子だった。まあ女同士だ、馬の合わない事もあるのだろう。

 男は、潜在的に女に対して畏れと引け目があるから、口では乱暴なことを言っていても決定的な決裂には至りにくいと思っている。

 その点は、俺と母親の場合と比べて感覚が違うところなのだろう。


 でも、女三人寄ればお互いに譲れないこととか、あるだろうし。

 なんにせよ、今日のところはこれ以上の進展は無理だろう。


「──じゃ、今日はこれで……。また、後で来るから」

 俺はなるべく笑顔で、再度お母さんに詫びて、それから靴を履いて勝手口に手を掛けた。

「ほんと、ごめんね……。近いうちに、また来てね、必ずよ?」

 なぜか、念を押すようにお母さんは俺にそんなことを言っていた。




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