第6話 逢歓~親の居ぬ間に……

 大きめの箱を小脇に抱えてサンダルをつっかけ、俺は隣の家の勝手口に向かう。そして、呼び鈴を押す。扉の向こうから、ピンポーンという古典的な呼び出し音がなったのが聞こえた。


 ほんの少しの静寂の後、その扉が静かに開く。


「あ、楓……。届いたんだね、それ」


 静かな声で、歓迎の意を送ってくる。柚も着替えており、薄着の上下で出迎えてくれていた。


「うん……。ありがと……それとごめんな、いろいろ」

「ううん、あたしのほうこそ、ごめんなさい」


 半開きの戸口で、ぼそぼそと言葉を交わす二人。

 そこに、道路を挟んで向かいにある家の前で飼っていた犬が、わんわんと吠えるのが聞こえる。どうやら通行人に向かって吠えているようだ。あの家の犬は、見知らぬ人が通りかかると誰彼構わず吠えまくるのだ。番犬としてはとても優秀だが、少々騒がしいのが難点でもある。


「あ……上がって。部屋で話そ?」

「ん、うん」


 通行人に見られては少々恥ずかしいシチュエーションでもあるため、俺は促されるまま、勝手口から中に入り戸を閉めた。

 俺が靴をぬいで台所に上がると、柚は置いてあったサンダルに足は通さず踏み場にして手を伸ばし、勝手口の鍵を閉めていた。


「うん、これで今日は邪魔は入らないよ」

 柚は、妙に楽しそうにそう言った。

 家族相手とはいえ、一人になりたいこともあるのだろう。


「いいのか? 怒られないかな?」

 俺は思わず、そう問いかけてしまっていた。


 このあたりは田舎のため、在宅中は鍵をかけないのが普段の習わしである。と同時に、親の不在時に勝手に家に上がり込んでいるというのが、少し罪悪感を感じてしまう部分でもあった。小学校の頃なら、全然気にもしなかったことなのに。

 分別が付いた、ということなのだろうが心の距離が生まれたようでもあり、少し寂しさも感じた。


「へいきへいき♪ 誰かきたら、呼び鈴鳴らすでしょ」

 まぁ、それもそうか。


「行こ。あ、飲み物はアイスコーヒーでいい?」

 柚は、そう言ってテーブルの上に準備していたグラスの乗ったトレーを手に取る。

「あぁ、うん。なんでもいいよ」

 俺がそう言うと、柚は冷凍庫から製氷皿を取り出して、グラスいっぱいに氷を詰め込み、アイスコーヒーのボトルを取り出しなみなみと注いでゆく。そして、茶箪笥からガムシロップとミルクの小分けを適当に掴んでトレーに乗せた。


 飲み物を持ったゆずに、改めて促され二人連れ立って二階へと上がっていく。


 部屋に入る前に、廊下の突き当りにある、姉の花梨の部屋の扉をちらりと見る。両親と同様に、姉の花梨も今日は不在なのだろう。たぶん、柚はこれを見越して今日の日を選んだのだろうな、と邪推してしまった。


 部屋に通され、俺はテーブルの脇に持ってきた段ボール箱を置いて、自身も腰を下ろした。それから、部屋の中にちらりと目線を走らせると、勉強机の上に俺の贈ったと思われる同じロゴマークの入った段ボール箱が置かれていた。もちろん、開封済みのようだ。


 柚は、俺の前にグラスを置くと、机の上からその箱を下ろしてきて、俺の前に差し出すように置いた。

「えへへ、一個だけ食べちゃったけど、まだほとんど手を付けてないよ」

 それを聞いて、俺は思わず笑みがこぼれる。

「お前がお菓子を我慢するなんて、なかなか無いよな」

 そう言って俺が、控えめにからかうと、

「だって、一緒に食べようって、書いてあったんだもん。それが無かったら、全部食べてたけどさ~」

 そう言って柚は、あははっ、と笑った。

「意味ないって、それじゃ」

 つられて俺も笑う。

 ただのおやつじゃなくて、話をするためのきっかけなんだから。そう思ったが、また明るく笑う柚を見られたのだ。そんなことはもう、些細なことのような気がしていた。


 ……………………………


 二人の選んだお菓子を、とりあえずテーブルの上に広げてどんな物が入っているのか、二人で確認することにする。


「これ、わざわざカブりが出ないように選んだのか?」

 俺がそう問いかけた。


 柚の選んだお菓子セットには、俺の選んだものに含まれている同じものは一つも入っていなかった。わざわざずらして選んだとしたら、えらい念の入れようだと思ったのだ。


「そうだよ~♪ せっかく選ぶんだもん、色々食べたいじゃん」


 相変わらず、お菓子に妥協のないやつだ。お陰で、今日のこの「うたげ」は、楽しめそうな予感しかしなかった。


「意外と、甘いものが多いのはそういうことだったのか」

「うん、あたしも食べるつもりで選んだからね~♪」

 ちゃっかりしている。

 いや、そのおかげで今があるのだ。感謝しないとな。



 ふたりで、先日の顛末をお互いに話して状況を共有しながら、思い思いのお菓子を手に取り口に運んで談笑を弾ませる。


 予想した通り、俺の注文したアレは全く同じ日に柚のところに届けられていたそうだ。注文した日が、偶然ふたりとも同日だったため、誤配に気付けなかったという事情はあるだろう。でも、お互いの親が受け取りの際に名前の確認を怠ったという点は、俺達共通の憤慨ポイントでもあった。


「どっちの親も、おんなじことしてたんだな~」

「ね~? 変なとこだけ似てるんだよね、うちらの親ってさ~」

 別に、姉妹でも親戚でもないのに。


 あの日、柚も箱を開封してみたら中味が全然違ったため、ひどく動揺したそうだ。更に、そんな柚子の部屋に例のごとく姉の花梨が漫画本を借りるためと称してノックもせずに入り込んできたそうなのだ。


 当然、柚子は大慌てだっただろう。

 何しろ、物がモノである。

 いきなり部屋に入られ目撃された柚は、当然憤慨。


 一方の花梨は、げらげらと爆笑しながら物珍しそうにアレを観察し始めてしまったそうだ。意外なことに、実物を見るのは花梨も初めてだったそうである。

 柚は、もちろん俺に返却しようと思っていたそうだが、アレの使用方法を花梨に聞かされて、恥ずかしさと躊躇が生まれてしまったそうなのだ。

 まぁ、普通に考えれば女の子が手にするものではないから、それも致し方ないことだ。物の正体が何なのか知る前だったら、普通に持って行っただろうと柚は言っていた。


 そこで、一生懸命考えた結果、俺と同じ方法でごまかすという発想に至ったそうなのだ。

 

 そこで、ふたりともある点に気づく。


「自分の物が相手に届いてる、っていう発想は……お互い、出てこなかったんだね」

「そう言えばそうだな。なんでだろう?」


 楽観バイアスが影響したのだろうか、あるいはごまかすことに必死で、単純にそこまで頭が回らなかっただけなのだろうか。変なところまで、似た者同士な俺達である。

 そして、偽装のために注文したものが、微妙に間違っていた、というところまでそっくりだったのだから、なんとも。


「それさぁ、どこが違ってたの? ちゃんと同じもの頼んだつもりだったんだけどなぁ」

 柚が、不思議そうにそう言った。


「うん? ぜんぜん違ってたぞ?」

 俺は、間違えて注文された方の商品名を思い出して説明する。

「俺が注文したのは『人妻の誘惑』だ。お前が注文した方は『誘惑の人妻』だったぞ?」

 聞いた柚は、ぶふっ、と吹き出すように笑う。

「そんなのわかんないよ~! 『人妻』って入ってたらおんなじものだと思っちゃうじゃん!」


 ………いや、違うのだ。

 ぜんぜん違うのだよ。


「ところで楓、人妻が好きなの?」

「お前の方こそ、何が違ったんだ? こう言っちゃなんだが、色はもちろんデザインに至るまで完璧に合わせたつもりだったけどなぁ?」

 柚の素朴な疑問は華麗にスルーして、俺は柚に逆に質問をする。


 あのぱんつは、注文を確定するまで本当に時間をかけて写真を拡大して、レースの模様や刺繍の違いまでじっくり見比べて完璧に合わせたのだ。それこそ、間違い探しのごとく。あれで違うと言われたら、もうお手上げである。


「うん。デザインは完璧だったよ。あそこまでおんなじ物があるなんて、あたしも思わなかった」


 うん?

 じゃあ、何が違ったんだ?


「サイズか? そういや、おまえ意外と尻でっかいのな?」

「うっさい! 窮屈なの苦手なのよ。普段はLだからね!」


 サイズでもないとすると、もはや全くわからない。


「あんたが注文した方は、紐ぱんだったのよ、腰で紐結ぶやつ。あたしが選んだのは、普通の形状のショーツなの」

「えっ? そんな違いあったのか!?」


 模様のデザインにばかりに気を取られて、形状の方は確かにちゃんと確認できていなかったのかも知れない。あるいは、Tバックだから大丈夫だろうと思いこんでいたのか。


「わっかんないもんだな~。あんなにしっかり確認したつもりだったのに───」

「ぷっ! ぱんつをじっくり吟味してるかえで……ぷふふふっ! なんか、笑える~、あはははっ!」


 しょうがないだろう、俺だって必死だったんだから───。

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