第18話 反撃~謀は密なるを貴ぶ
この日、
基本的にいつも機嫌がいい柚ではあるが、俺に向ける眼差しが今日はどこか優しさを帯びてさえいるような気がする。
それというのも……先日、俺に持たせた例の射◯管理ノートが順調に機能していることに気を良くしているのかもしれない。
あれから俺は、不承不承ながらも使用履歴をきちんと記入し毎朝、柚に提出していた(はい、してるんです)。交換日記のように、毎朝……。
しかしながら、射◯管理の文字は流石に恥ずかしすぎるので、表紙には動物の大きな写真を貼り付けて隠してある。ちなみにカピバラの写真で、これは柚のリクエストだった。
学校での柚は、それほど頻繁に俺と絡むわけではないが以前よりも気軽に話してくるようになった気がする。別にそれはいいのだが……その流れで他の女子たちとも楽しそうに話しているのを見ると、内心では俺の秘密のことが話題にされているのではないかと少々落ち着かない気分でもあった。
もちろん、柚はそんなやつではないのは分かっている。だが、幼馴染に一方的に
そんなこんなで、その日の放課後。
今日も柚との帰り道──。
「──なんか、やっぱ悪いよなぁ……って」
「え? なにが?」
わざとらしくならないように罪悪感をにじませた不意の俺の言葉に、うまい具合に戸惑った様子で返事を返す柚。
掴みは上々、と言ったところだろうか。
……もはや今となってはこの管理されてる状況の、嫌とか恥ずかしいとか不本意だとかいう要素には諦めがついている。だがあまりに予想外に絡め取られた展開だった為、この状況に一矢報いたいというささやかな野心も、俺にはあったのだ。
だが、正面から文句を言ったり不満そうな態度で抵抗を示すというのは美しくない。二人のこれまでの関係性からいっても、それは愚策だ。
そこで俺は、
何も正面突破だけが能ではない、ときに策略をめぐらし相手の虚を突くことが状況を打開することもあるのだ。──孫子の兵法にも書いてある。
まあ実際は、クラスメイトの男子に借りた古い三国志の漫画が思いのほか面白くて、そこから影響を受けただけなのだけど……。
「ほら、例のアレだよ……お金だって結構かかってるだろう? 毎日ノートのチェックとかも大変だろうし」
俺が努めて、『下から下から』の低姿勢を徹底して見せたため、予想通り柚も戸惑っている。こうして揺さぶりをかけていれば、柚も付け入る隙を見せるに違いない。
「だから~、あたしは自分でしたくてしてるんだから気にしないでいいのよ。楓がマトモになってくれれば、それで♪」
もちろん柚子が本心からの善意で言っているのは分かるが、既にこの状況が異常だとは……どうやら思わないらしい。
具体的に性的な接触は一切無いのに、他に例の無いほど不健全な関係ではないか?
そんな気がしてしょうがないのだよ、俺は。
……そもそも、年上趣味ってそんなに悪いことですかね?
あれから柚は、一週間毎に別なオ◯ホを注文しては俺の住所に送りつけてくれている。もはや驚きも感慨も無くなりつつあるが……。恥ずかしながら、やはり新しい相手とのファーストコンタクトの時には、否応なく胸が高鳴ってしまうものだ。
特に三番目に送ってきた商品のあまりの良さに、ノートに使用感まで書いてしまって柚に笑われたこともあったが、それ以降、商品の選定には柚自身も
少し心配になって後で価格を調べてみたが、その点では柚も気を使っているというか倹約家の一面というか、気後れするほど高いものは選ばれていなかった。
「──あぁ、同年代の良さが分かってきた気がするよ」
柚を油断させるため、そんな心にも無いことを述べてみせたりもする。
「……ほんとにぃ~?」
当然柚は怪しんでいるが、半分は本当だ。
正直なところ、俺自身あんなものの設定年齢とか売り文句などというのは単なるフレーバーであって、実際の使用感はどれも似たようなものだろうと高を括っていた。
しかし、素材の柔らかさや柔軟さ、内部の形状や外観の造形など、数を知るほどにどれも違うということが次々と分かってきたのだ。少なくとも、「名前だけ変えた同等品」などということは全く無かった。日本のものづくりというのは、こういう部分でも手抜かりがないんだなぁ、と変な感心までしてしまうほどだった。
残念なのは、俺の持っていた『人妻シリーズ』は未だ柚に没収されたままなので、直接比較することができないということだ。
今や、記憶の中の彼女たちの感触は既に薄れ始めている。
そんな、別れたかつての伴侶(?)を思い出して少々、感傷めいた気持ちが湧いてくることもあるのだが、そこは俺も男子という悲しき生き物。眼の前に別なオ◯ホがあれば、とりあえずそれで致してしまうのである。おまけに満足できてしまうのである……。
気持ちとは裏腹に、出るものは出るんですよ──。
そんなほろ苦い気持ちを抱えつつも、俺は柚に清々しい顔を見せて隙を伺う。
「──ああ……おかげでクラスの女子達が輝いて見えるくらいだ」
「それは、それで問題だけどね……」
あれ、なんか間違えたかな、俺……?
だが、柚に警戒心はないようだ。
「ま、まあとにかく、柚には感謝してるってことで……」
「うんうん、健全っていいことよ。それこそが真っ当な高校生よね」
この関係は、だいぶ不自然で不健全だと思うのだけど……。
そんな、再三に渡る心のツッコミは内に秘めたまま、俺は柚に切り込みを開始する。
「──それでな、俺からも柚になにかお礼がしたいと思ってさ。なにか、欲しいものがあるなら教えてくれよ。なんでもいいぞ?」
感謝を伝えておだてて、油断させたところで本音を引き出す。これが俺の策略であり、これこそが『
……まぁこれ、三国志でも孫子でもなく老子の思想だけどね。
だがこれには、柚はあまり反応が良くない。
「お礼って……別に気にしないでいいってば。お金なら後でいいし、なんなら奢りでもいいから」
柚はそんなことまで言っているが、……オ◯ホが奢りだなんて、聞いたこと無いぞ。
「いや、そういうわけには……」
俺は、なおも柚に攻め込み続ける。
「……いくらお隣さんの幼馴染とはいえ、こんな一方的な奢りは良くないだろ? 何かしらのお礼はして当然だと思うんだよ、俺は」
仮にもお礼と言っているからには、現金で直接返すのは憚られるものだ。
我が家の家訓で、『恩は遠くから返せ』という言葉があり、それは柚も知っているはずだ。
あまり直接的に返すと、それは恩義ではなく取引になってしまう恐れがあるからだ。現代の近所付き合いの病巣も、そんなところから始まっているのかも知れない。贈り贈られ、恩義の押し売り、精神的に相手に懐柔されまいと鎬を削り合う、もはや無意味な争い……。
あくまで、気を遣わせない距離感。
相手の返礼を当然と思うようになったところから、破綻は始まるものだ。
だからこそ、相手の欲しているものを把握し、相手の合意のもとでそれを贈ることが求められるのだ。
だが、あくまで柚は遠慮深い。その上、
「それに、楓のお陰で新しいバイト先も見つかったし、寧ろこれくらいは当然よ? あたしのほうが感謝してるんだから」
……そんな話まで持ち出してきた。
実は先日の柚の話を受けて、俺のバイト先である『
職場の先輩という立場でもあり、普段ならちょっとした優越感にでも浸るところだが今に限っては、これは
「──いや、だってお前……せっかくバイトしたお金、こんなことに使っていいのかよ……。もっと他に欲しいもんとか、あるんじゃないのか?」
俺の、ちょっとマジなトーンにあてられて、ようやく柚も少し真面目な雰囲気を見せた。
「そりゃあ……無くはない、けど」
そう言ってから、ちょっと困ったような表情で、
「このまま放っといて……楓に歪まれても、寝覚めが悪いじゃん?」
だから、歪んでないって……。
柚はどうも、歳上好みということに神経質過ぎる気がするんだよな。
たぶん、見られたオ◯ホの銘柄に加えて、花梨との一件、俺と柚ママと仲が良いこと等が重なったせいで過剰に反応しているだけだとは思うのだが……。
あるいは、俺が急に性的なことに目覚めたように感じて、変な親心でも湧いたのだろうか? 性への興味など、遥か以前から芽生えていたのだが……。
「それにあたし、楓に払うお金だったら全然気にならないけど……?」
───いや、それはアカンて。
ダメ男に貢ぐ女の前兆じゃないか……?
なんか逆に、お前の将来のほうが不安になってきたぞ、俺は。
……つか、誰がダメ男やねん!?
俺は自分の思考に突っ込みつつ、柚にも反論する。
「いや、自分で働いたお金は自分のために使うべきだぞ。俺に世話を焼いたところで、なにかメリットがあるとも思えんし」
だが、柚は相変わらず手強いというか、自分のことに関しては欲がないと云うか……。
「堅苦しく考えすぎだよ~。おやつの奢りならいつもしてるじゃん? それと似たようなもんだよ~」
……こんな調子で、柚はなかなか隙を見せてくれない。俺は頭をフル回転させて突破口を探しだす。
「……なんか、こう……あるだろ? 欲しいものの一つくらい、言ってみろよ? それでお礼するからさ……例えば──」
例えば……あ、そうだ!
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