第16話 望みの面(16、面)
近所のスーパーへ、買い物に向かう途中。
日は落ちて、街灯の少ない道は暗くなっている。夕飯のことを考えながら歩いて行くと、目の前に人が立った。僕よりかなり上に、顔が有る。黒いロングコートの裾が、揺れていた。ぼんやりと、青白く光っている。
「良いナア、ソノ
「はい?」
足を止める。いつの間にか、その人の周りには大勢の人々がいた。皆、真ん中の黒いコートの人と同じ顔をしている。真っ白な肌、大きく塗りつぶしたように黒い目。真っ赤で細く釣り上がった口。額には何か模様があるように見える。いや、この顔は変だ。
「……お面?」
カラカラという笑い声。かりん、と乾いた音がして、面が割れる。コートがするりと脱げて、その中身は生首だった。その顔面には目と鼻が無く、口は縦に付いている。あんまりな光景に声も出せないでいると、お面の人々に羽交い締めにされた。
「ちょっ、何するんですか!」
大勢の笑い声。人々の力が強くて、動けない。
「ソノ面チョウ〜〜ダ〜い〜〜」
大きく開いた生首の口から、手が伸びて来る。頭を押さえられ、前に突き出すような姿勢にされた。顔を取るつもり。
「ええっ」
こんな訳の分からない死に方をするのか。思わず目を閉じた時。
「ーー顔がお留守だな」
叔父さんの声。ハッと目を開ける。同時に、ギイィと呻く声がした。生首の顔面に、何か紙が貼られている。伸びた手は、ゆっくりと下ろされた。人々は不意に消え、僕は解放される。お面の生首はうっとりしたように顔を両手に当て、煙のように消えた。
「大丈夫かい?旭」
聞き慣れた艶っぽい声もする。顔を上げたら、豊ノ介さんと叔父さんがいた。赤地に般若の面がプリントされたシャツを着ている。左耳には大きな朱い金魚。命の恩人だけど、夜道で見たくない服だ。
「今の……何ですか?」
まだ痛い身体を擦りながら聞いてみると、叔父さんは笑って言った。
「さあな。整った顔欲しがってたから『二枚目』って書いた紙、貼っただけだ。あんなバケモンの知り合いがいてたまるかよ」
分かったような、分からないような。第一、整った顔が欲しいなら、そもそも僕じゃないだろう。
「それで何で僕が襲われるんですか?」
叔父さんは驚いた顔で、僕をまじまじと見る。豊ノ介さんが愉快そうに笑い出した。
「こりゃ傑作だよ!旭は本当に面白いねェ」
「あー……そういう……いや……マジかよ。本当に自覚無いとはね」
叔父さんは困ったような、楽しそうな、よく分からない表情になる。僕だけ、何かを理解出来ていない?
「あの、教えてくださいよ。本当に分からないんで」
「その話は今度。俺、もう仕事だし。次は、豊ノ介を身代わりにしろ。そいつも顔面整ってるから」
「嬉しくない言い回しやめなァ。ま、この中じゃあたしが一番なのはそうだけどさ」
「ええ……」
叔父さんはさっさと仕事に向かってしまったし、豊ノ介さんは僕の顔を見てずっと笑っているしで、結局何もかも有耶無耶に終わってしまった。次は、って言ってたけど、あんなのと二度と会いたくない。
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