第6話 首塚の目覚め(6、眠り)


「この近所に首塚があるんですか?」

「そうさ。そうと分かってなきゃ誰も立ち入らない場所にあるから、余程古くから住んでる人間でないと知らないだろうけどねェ」

ある日の晩。

居間で、僕は豊ノ介さんの髪を結っていた。髪の結い方なんて知らないと断ったのだけど、ただ一つにまとめて縛れば良いと押し切られた。畳にじかに居られてもやりづらいので、座布団を何枚も重ねてその上に乗って貰った。なかなかシュールな絵面だ。くしつややかな彼の髪をかしながら、気になったことを聞いてみる。

「この辺に縁のある人の塚なんですか?」

「人一人の塚じゃあないんだよ。大勢眠ってる」

「大勢、ですか」

「そう。あたしが此処ここにいることだし、面白いことになりそうだけどねェ」

「面白いこと?」

重ねて聞こうとしたら、丁度テレビで豊ノ介さんの好きなグルメ旅番組が始まってしまい、髪も何とか結えたので、話は流れてしまった。


それから数日後。

「ーーっ」

帰って来て居間に入った瞬間、僕は絶句した。

所狭しと、老若男女数多あまたの生首が並んでいる。皆一様に目を閉じ、血の気の無い真っ白な顔。いやおうでも“死顔”という単語が頭をぎる。頭が真っ白なはずなのに、冷静に個々の首を見渡している自分もいて、動けなくなった。目線だけ動かしていると、見知らぬ顔ばかりの中、知る顔が飛び込んで来る。

「……叔父さん?」

声が出たことも分からないまま、僕はゆっくり近付きながらその生首を注視した。青い髪。左耳に下がる大きな金魚。いつもは凶悪な眼光を放つ目だけが、今は固く閉じられている。首から下は、無い。本物な訳が無い、という声と、なら本物に見えるこれは何なのか、という声がせめぎ合う。

どうすることも出来ず立ち尽くしていると、周りの生首たちが一斉いっせいに目を見開き、カカカと笑い出した。皆一様に、同じ声。人形みたいな表情で笑う彼彼女らに、気付いたら囲まれていた。外に出ることも出来ず、僕は耳を押さえてうずくまる。

「ねェ、旭」

聞き慣れてきたつやっぽい声が、耳に入って来る。気付くと左肩に、重みを感じた。豊ノ介さんだ。

「眠りをさまたげるってのは、しちゃいけないことだよ。それが、例え生きてようが死んでようが、サ」

「それってどういう、」

この生首たちは一体。叔父さんはどうしたんだろう。考えている間にも、豊ノ介さんだけでない重みが、どんどん被さって来る。生首たちだ。触れる肌や髪の感触は人のそれで、こんな時だけど気色悪さが先行して来る。

「悪いねェ、旭。あたしがいるから、ここいらの首も広く騒がしいのさ。それに寝起きってのは訳が分かってないことが多いだろう?」

「ここいらの首……?」

いや、それより本当に潰される。圧死だ。息が苦しい。笑い声と苦しさでおかしくなりそうだった。もがくように、上へと手を伸ばす。生首しかないはずの空間で、僕の腕を誰かが確かに掴んだ。

「旭!」

引っ張り上げられるように、僕は生首の山から脱出した。黒地に白い髑髏がいこつだらけの柄シャツが飛び込んで来る。よりによって、なんという柄のシャツを着ているんだ。こんな柄シャツを着るような人間、僕は一人しか知らない。

目線を上げて行くと、大きな金魚が見えて、青い髪。首と胴がちゃんと繋がっている叔父さんだった。ちゃんと生きてる。

「俺を勝手に殺すとは良い度胸じゃねぇか、おい」

地の底から響くような重く低い声。口元は笑ってるけど、目は殺人五秒前、みたいになっていた。

「あちゃあ」

何処からか、ちっとも悪びれていない豊ノ介さんの声が聞こえた。


「さっきの生首たちは、近所の首塚に眠ってる人たちってことですか?」

「簡単に言うとそうだ。こいつがいるから、塚に眠ってたけど引っ張られて起き出してるのが多いんだよ」

豊ノ介さんはご機嫌そうに、にこにこ笑っている。叔父さんはそんな豊ノ介さんを、射殺いころさんばかりの目で睨んでいた。

「波長が合えば、よりリアルに見えるし聞こえるし触れられるんだけどさ。旭は相性が良いらしいね。大勢とかなり物理的に触れ合ってたじゃないか」

「嬉しくないです。叔父さんが帰ってなかったら、危うく圧死するとこだったんですよ」

豊ノ介さんはますます笑っている。僕はもう一つ、聞いてみた。

「……叔父さんの首があったのは?」

「それはあたしだよ。旭に明かしちゃいなかったが、あたしはちょいと幻術が使えるのさ。あんなの朝飯前だよ。知った顔がある方が、より近付けるだろう?」

「近付ける?」

「あたしらのがわにさ」

僕の目を覗き込む豊ノ介さんの目が、妖しくきらめく。叔父さんがすかさず、豊ノ介さんの頭を叩いた。艷やかな黒髪を広げてふらふらと墜落する。ふらふらなのは僕の方なのだけど。一気に疲れて、居間を出て部屋へ行こうとしたところに、声が追って来る。

「旭」

振り向くと、叔父さんが意地の悪い顔で笑っていた。

「俺が死んだと思ったか?」

一瞬、言葉に詰まった。真っ先に、無事生きてて良かったと思う。同時に、情けないやら恥ずかしいやら豊ノ介さんへの怒りやら、いろんな感情が押し寄せる。でも、ここで強がっても意地を張っても仕方ない。

「……思いました」

思ったより沈んだ声が出てしまった。叔父さんだって勝手に殺されてたのだから、困るだろうな、こんな反応されても。叔父さんを見ると、目を丸くしていた。あれ?意外な様子に、困惑する。どうしようかと思っていると、叔父さんがつかつかと歩いて来て、僕の髪を撫でるようにぐしゃぐしゃにする。

「わっ、」

「飯食いに行こうぜ。今日は繁華街の方に連れてってやるよ」

「えっ、と、ありがとうございます。荷物置いてきますから、待っててください」

少し和らいだ叔父さんの雰囲気が悪くならない内にと、僕は階段を駆け上がった。




旭の背を見送る弥命の表情は、近頃にないほど柔らかいものになっていた。

「ニヤついてるねェ、叔父貴おじき。あんな顔で心配されちゃあ、嬉しいよね」

浮上した豊ノ介が、ニヤニヤと笑いながら弥命の側までやって来る。弥命はじろりと生首を睨む。

「もう少し早くけてやればいいのに。ずっと見てたくせにさァ」

「諸悪の根源のお前が言うな」

「弥命の首を見た時の旭の顔と来たら。幻術使い冥利に尽きるねェ」

くつくつと豊ノ介が笑う。弥命は、心底嫌そうに顔を顰めた。

「性悪な生首だな、本当」

「弥命みたいなのに信頼置いてるんだから、旭も奇特だねェ」

「あ?」

弥命の目付きが、極悪なそれに変わる。

「おー怖い怖い。お前さんもそのじつ、この状況を面白がってるくせに。まさか、旭がここまでやってくれるとはねェ」

弥命は真正面から、笑う豊ノ介に対峙する。

「面白がってるのはそうだがな。お前にき回されるのは腹立つんだよ」

豊ノ介は僅か、弥命を見下ろすように浮かび上がり、美しく笑う。

「ふふん。旭で遊んで良いのはお前さんだけってことかい?まあいいさ。面白いことはもっとあるだろうよ。仲良く一緒に楽しもうじゃないか」

「お前とは仲良く出来る気がしねぇ」

「違いないねェ」

豊ノ介は一人で高らかに笑った。















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る