第14話 鏡月(14、月)


夜になったばかりの時間。

豊ノ介さんに見守られながら、庭の掃き掃除を終えたばかり。縁側に腰を下ろして、ふと空を見上げた。半月だ。でも、

「月が二つある」

言いながら、そんな馬鹿なと思う。疲れているんだろうか。豊ノ介さんも空を見上げ、妖しく笑った。

「ああ。ありゃ偽物の月だね」

「偽物の月?」

豊ノ介さんを見れば、彼も二人になっている。生首の彼を、一人二人と数えていいのかは分からないが。

「どうなっているんですか」

「相変わらず肝が据わっているねェ、旭は」

どちらの豊ノ介さんも、すいと寄って来る。

「どっちが本物か、分かるかい?」

さらさらの長い髪が二人分、ぶわりと広がって、僕を絡み取る。急にそんなことを言われても。言葉に詰まる僕の手に、いつからあったのか、水盆が触れた。水面に映る月は一つ。ああ、

「……僕が今いる世界こっちが偽物なのか」

何でこんなことを言ってしまったのか、分からない。豊ノ介さんの笑い声が響く。一瞬、天地が引っくり返ったみたいな、変な浮遊感と揺れを感じる。気付くと身体が傾いて、縁側に倒れていた。

「お?帰って来たか」

聞き慣れた声が降って来る。まだ目眩を覚えながら起き上がると、叔父さんが僕の隣に座っていた。空を見上げると、月は一つ。叔父さんは凶悪な顔で、僕に絡みついている豊ノ介さんを毟るように引き剥がした。

「自分で気付くたぁ、旭もやるじゃないか」

叔父さんを睨みながらも、豊ノ介さんは楽しそうに言う。

「何の話ですか?」

ちっとも話が見えない。

「水盆だよ」

叔父さんの声が挟まり、僕は傍らの水盆を見る。

「これ、叔父さんのですか?」

「そうだ。出した覚えはないが、月見たさに出たんだろ。半身を埋めたいのかもな」

ほれ、と叔父さんが指差した先。水盆の底には、綺麗な半月が彫られていたのだ。

「いつもこんなことが起きるんですか?」

叔父さんは可笑しそうに笑った。

「起きないな。こいつのせいだろ」

顎で示された豊ノ介さんは、気にした風でもなく空を漂う。

「あたしの力は強いから、仕方ないねェ」

詠うように言う豊ノ介さんの後ろには、半月が一つ、所在なさげに霞んでいた。

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