第18話 椿、生首になりて落つ(18、椿)


「おや、椿だね」

豊ノ介さんの声で、僕は顔を上げた。

庭に、椿の花が咲いている。

「椿なんて、あったかな……?」

僕が呟くと、豊ノ介さんが、からからと笑う。

「でも、現に咲いているじゃあないか」

それはそうなのだけれど。縁側からそれを見ていた僕は、その椿へと近付く。豊ノ介さんもついて来た。見れば、真っ赤な椿がいくつも咲いている。と、思う内に、花が全て人間の顔になり、生首となった。

「うわ、」

老若男女の生首たちは、皆一様に僕を見てゲラゲラと笑っている。

「こりゃあ、賑やかだねェ」

同じ生首の豊ノ介さんも、笑いの輪に入る。段々、皆の笑い声が大きくなっていって、うるさくなった。耳を刺して来るようなそれに、僕は堪らず両耳を塞ぐ。目眩もして、その場に屈んでしまった。僕はいつの間にか、椿に囲まれていた。咲いていく赤い椿の花はどんどん、笑う生首になる。

「う……」

「旭も混ざっちまえば良いのに」

豊ノ介さんの声が近付いて来て、言葉が、耳に吹き込まれる。

「そうすれば。楽だよ?」

身体の芯が、痺れるような感覚になった。楽?

離れたいけど、花と葉に埋もれて動けない。目を閉じる。笑い声に囲まれて、頭も痛くなって来た。これは、いつまで続くのだろうか。

「ーーうるせぇな」

嫌にはっきりと、その声だけが聞こえた。ハッと目を開けて見上げると、叔父さんが草刈り用の鎌で生首たちをばさばさと切っている。ぼとぼとと落ちた生首は、地面でまた椿になった。椿の赤い山が出来て、叔父さんは手を止める。笑い声は、いつの間にか止んでいた。椿も消えて、いつもの庭に戻っている。

「叔父さん」

自分の声が、なんだか遠くに聞こえる。耳鳴りがした。叔父さんはちらりと僕を見た後、僕の上で浮いている豊ノ介さんを見た。

「唆してんじゃねぇよ。何回言わせる気だ?」

「旭が面白いし、すっ飛んで来る弥命はもっと面白いからねぇ」

悪びれもなく言う豊ノ介さんを、叔父さんは凶悪な目で睨む。

「てめぇ、」

「おー怖い怖い。今日は退散だよ。ーー言っとくけどサ、こんなの唆しの内にも入りゃしないからね。むしろあたしは、優しい方さ。旭にはね」

豊ノ介さんは艷やかな黒髪を広げて、にんまりと笑う。叔父さんは、豊ノ介さんを見上げて舌打ちする。それを見て声を出して笑うと、豊ノ介さんは中へ入って行った。静かな庭に、少しホッとする。

「すみません。いつも」

ようやく落ち着いて来た。最近、叔父さんがいないと死にかけるような目にばかり遭う。

「首ども、何か考えねぇとな。何で俺らが、って話だけど。面倒くせー」

叔父さんは鎌を仕舞って来てから、僕の肩を叩く。

「あばら家のラーメン食いに行こうぜ、旭」

なんてことのないような調子で言って歩いて行くので、僕は何も言えなくなり、結局黙って後を追った。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る