第19話 ある家族の食卓(19、置き去り)
※残酷描写あり、注意。
夕方。
大学帰りの旭は、家の近くにあるバス停跡のベンチで、男の子が泣いているのを見つけた。小学一年生くらいの子。
「どうしたの?」
旭が声を掛けると、男の子は顔を上げて旭を見る。
「お家にみんないないの」
「みんないない?」
旭が分からず聞き返すと、
「ぼく、一人で帰るの怖い。お兄ちゃんも来て」
男の子に手を取られ、旭は引っ張られた。ついて行かないといけない気になって、そのまま男の子と歩く。案内されたのは、一軒家。周りは木々に覆われて、こんなところに家があったのかと思うほどの立地。男の子は旭の手を掴んだまま、家の引き戸を開ける。しんとした家の中に、二人の足音が響く。
リビングのテーブルには、五人分の夕飯が並んでいた。食事からは、微かな湯気が立ち昇っている。
(今さっきまで、人が居たみたいな……)
旭はこの家の、得体の知れない雰囲気にゾクリとした。
「お母さん、お父さん、お兄ちゃん、おばあちゃん……どこ?」
男の子は旭の手を引いたまま、家中を回る。誰の姿も見つけられず、リビングに戻って来た。テーブルの上へ目を向けた旭は、息を呑む。
「ーーっ!?」
そこには、女性二人と男の子よりやや年上であろう少年の生首が乗っていた。
「お母さん!兄ちゃん!おばあちゃん!」
男の子はテーブルに飛び付き、泣き出した。
「……ごめんなあ、ごめんなあ……お前もなあ」
旭たちの背後から、男の声がした。反射的に旭が振り向くと、猫背で虚ろな目をした男が、リビングの入り口に立って男の子を見ている。手には、血染めの斧を持っていた。
「お父さん!お父さん……!」
男の子はその場で泣きじゃくったまま、お父さん、と連呼する。父親は迷いなくやって来て、男の子へとその手の斧を振り上げた。男の子の首が、軽々飛んで行く。残された身体が無感動に倒れた。血飛沫が旭を濡らす。固まる旭の手を、幼い手が掴む。ハッとして旭が見ると、首を飛ばされたはずの男の子が、旭を見上げて泣いている。
「みんないないの」
「え……?」
「お父さん!お父さん!」
泣く男の子へ、斧が振り上げられ、首が飛んで行く。身体が倒れる。男の子はまたリビングへやって来て、斧を持つ父親も現れーー。
「繰り返してる……?」
呆然と呟く旭に、男の子が抱き着く。旭を見上げる両の目からは、真っ赤な血が、涙のように伝っていた。
「僕だけ置いてかれて、首だけになるのやだよ!お兄ちゃん……代わって……?」
旭の目に、リビングでの光景が飛び込んで来た。
老婆の首を鷲掴みにしてリビングに入って来た父親は、それをテーブルの上に置く。台所からやって来て悲鳴を上げる母親を襲い、彼女の首も置かれた。悲鳴を聞いてやって来た男の子の兄は、一撃では死なず、血だらけでリビング中を逃げ惑った末にーー。
そこへ、何も知らず帰宅して来た男の子が目を見張っている背後から、父親がやって来、先ほどの光景が続いた。
旭は真っ青になり、男の子に引きずられるままその場に座り込む。
「お兄ちゃん……」
男の子は泣き笑いの顔で、旭にしがみつく。
口元は無邪気に笑っているのに、目には邪悪な輝きがある。テーブルの上から、三人分の笑い声が聞こえて来た。狂ったような悲しんでいるような声が、旭の耳を刺す。その中にまた、父親が歩いて来る足音が入って来た。
(ずっと、繰り返してるんだ。この子だけ)
旭は泣きそうになるのを堪えながら、男の子を力一杯抱き締めた。
「……ごめん。僕には代わってあげられない。何も出来ないから、君を助ける方法も分からない。もう、こんな思いしなくて良いのに」
(もう終わってほしい……)
祈るような気持ちと共に、旭は男の子を抱き締め続ける。男の子は目を見張って、そんな旭を見た。斧を振り上げる気配がして、旭は男の子を庇うように抱え込む。きつく目を閉じた。
「ーー随分派手にやったねェ、人間にしちゃ」
旭の耳に、聞き知った艶やかな声が響く。
「お兄ちゃん……ありがとう」
パッと目を開けた旭の腕の中には、笑う男の子の生首があった。
「……ごめん」
呟いた旭の視界が、急にぼやける。目を閉じ、力なく倒れる旭の腕から男の子は浮き上がった。床に倒れ伏す寸前、旭は伸びて来た腕にしっかりと抱きとめられる。
「ーー旭」
弥命だった。その傍らに、生首の豊ノ介が笑いながらやって来る。
「やるじゃないか、旭」
いつの間にか生首たちの笑い声は止んでいたが、集って旭たちをじっと見下ろしている。その中には、いつの間にか、父親の生首も混じっていた。
青い顔でぐったりと気を失った旭を抱えたまま、弥命は生首たちを睨む。
「俺は。生きてようが死んでようが、善意につけ込むヤツは大嫌いなんだよ!」
叩きつけるように、弥命は何かを男の子の生首へと投げた。それは、鶺鴒の絵が描かれた御札。触れた途端、男の子はホッとしたような笑みを浮かべて、消えた。他の生首たちも消え去る。
ひらりと、御札が落ちて来た。
「……この札くれた寺の住職の言う通り、この一家も、首塚に眠ってたってことかよ」
不機嫌な弥命の言葉に、豊ノ介はカラカラと笑う。
「そうみたいだねェ。眠りから覚めちまったから、ここで死んだ時を延々繰り返してたんだろうよ。この家、首塚の側にあるしさ。ーーその昔、狂った父親が家族全員の首を落として殺めた。その父親も、何者かに首を落とされて死んだんだと。誰だったんだろうねェ、父親の首落としたのは、サ」
豊ノ介は床にある御札を見ながら、妖しく笑った。
それからゆるりと、旭へ目をやる。
「自分には何も出来ないって知ってる旭は、賢いじゃないか。賢いお人好しってなァ、なまじ優しいだけのお人好しより厄介だよ?叔父貴」
「うるせぇよ」
弥命は御札を回収し、旭を背負う。冷え切っていた旭の身体に温かさが戻るのを感じながら、弥命は息をついてその家を出る。
振り向いて弥命が見た時には、その家はボロボロの廃屋の姿となっていた。
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