第20話 金魚、障りを食すこと(20日目・たぷたぷ)
生首の男の子と遭遇した翌日。
旭は熱を出して寝込んでいた。
「あの家と首どもの気に当てられたねェ。ま、そうでなくとも、あれだけのもん見せられちゃ、並の人間でなくとも寝込むか」
ぼんやりと自分を見上げる旭を見下ろしながら、豊ノ介は愉快そうに笑う。
実際、旭はあの家での惨劇を夢で何度も見、寝不足にもなっていた。
「旭、いいもんやるよ」
旭は今、居間で寝ているが、そこへ弥命が何かを手に持ってやって来る。起き上がろうとする旭を再び寝かせ、弥命はそれを見せた。
「……金魚?」
微かな声で呟く旭に、弥命は頷いてみせる。
「そ。硝子のな」
弥命が手に掲げているのは、夏祭りの金魚すくいの縁日で見るような、透明のビニール袋。中には、朱い硝子の金魚。水も、たぷたぷと揺れるほどには入っている。弥命はそれをおもむろに、旭の額に乗せた。旭は目を丸くする。
「え!?水、溢れますよ」
「大丈夫大丈夫、こいつはな」
弥命はにやにや笑って、手を離す。弥命の言う通り、袋から水が漏れることは無く、柔らかに旭の額に乗っている。何とも珍妙な光景で、豊ノ介は大笑いした。
「何のまじないだい?こりゃ」
「熱冷ましと安眠だな。ーー豊ノ介、邪魔するなよ。面白いもんが見られるかもしれんし」
弥命に釘を刺された豊ノ介は、ほう、と興味深げに呟いた。
「弥命がそうまで言うンなら、黙って見とこうか」
「何で、んな偉そうなんだよ」
弥命はじろりと豊ノ介を睨み、旭の顔を見る。弥命と豊ノ介が言い合っている内に、旭は寝入っていた。まだ赤い顔に、苦しそうな呼吸。
「昨夜は、何回も飛び起きてたからねェ。今自分が何処にいるかも分かってないみたいだったし」
詠うように言う豊ノ介には答えず、弥命は旭の布団を整えて立ち上がる。
「明日の朝には、終わってるだろ」
弥命はそのまま、仕事に向かった。
夜半。
空に漂ったまま、豊ノ介は眠る旭を見下ろしていた。
旭の額には、弥命が乗せた硝子の金魚と水の入ったビニール袋が乗っている。まだ旭の熱は下がらず、悪夢も見ているのか、時折苦しげに呻く声が漏れた。魘される旭の口から悲鳴が上がった途端、ビニール袋が内側から淡く光り出す。
「おや」
呟く豊ノ介の前で、袋の口がするりと開き、中から水と金魚が飛び上がるように出て来た。その金魚は透明の朱い身体を輝かせながら、大きくなる。水は全て球となり、金魚の周りに漂っていた。金魚は、旭の真上を舞うようにくるりと回ると、旭の額へ静かに口付けた。旭の身体から、赤黒い炎のようなモノが溢れ、金魚へと吸い込まれて行く。
全てが金魚へと吸い込まれると、金魚は光を失い、硝子の小さな身体に戻って、旭の胸元へ落ちる。水の球も、霧となって消えてしまった。
旭の顔色も苦しげな様子も、嘘のように落ち着き、穏やかな寝顔になっている。豊ノ介は静かに笑った。
「本当、弥命は必死だねェ。笑っちまうくらいに。まァ、かわいい甥の為に頑張りたくなる気持ちはそうさ、分かるよ」
豊ノ介は目を優しく細めて、旭の寝顔を見る。
「あたしも同じだったからねェ」
翌朝。
熱がすっかり下がった旭は、起き上がることが出来るくらいに回復した。
「叔父さん。ありがとうございました。身体、もう大丈夫になりました。この金魚のおかげです」
仕事から帰って来た弥命は、旭の手にある硝子の金魚を見て不敵に笑う。
「な?良いもんだったろ」
豊ノ介は、弥命を見て愉快そうに笑う。
「あたしも面白いもんが見られたよ。弥命の言葉にも乗るもんだね」
「あ?本当に余計なことしか言わねぇ生首だな」
一気に凶悪な目になり豊ノ介を睨む弥命を見、旭は笑い出していた。
剣と盾の怪奇録〜生首奇譚拾遺〜 宵待昴 @subaru59
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