第2話 煙を食む(2、食事)


生首の男の名前は、とよすけというらしい。

食事は煙を食べると言うので、好奇心で食事風景を見てみることにした。

「面倒くせぇ」

仏間の真ん中で叔父さんが怠そうに、線香の束を燃やしていた。青い髪、赤地に黒い彼岸花が数多あまた咲く柄シャツに、大きなあかい金魚が左耳で揺れている。中々の絵面だ。叔父さんの対面で、生首ーー豊ノ介さんーーが笑っている。微かにたなびく煙を、彼は美味しそうに口へ吸い込んでいた。こっちも中々の絵面である。叔父さんって、生き物の世話をちゃんとするタイプなのか。生首が生き物の部類に入るかは分からないけども。

「美味しいんですか?」

美味うまいねェ。旭もどうだい?」

誘う生首の頭を、叔父さんが軽く叩く。

「さっさと食え」

「気が短くていけないね。あさひを見習いなァ」

「干し首にされてぇのか」

射抜くように睨む叔父さんと、豊ノ介さんの挑発的な目線が交わる。火花を散らすとは、こういう感じだろうか。

「代わりましょうか、線香。ずっと同じ姿勢っぽいですし」

「おっ、サンキュ。こいつ煙食うから、煙草吸えなくてな」

線香の束を受け取りながら、首を傾げる。

「どういうことです?」

「こいつに煙草の煙吸われると、煙草じゃなくなんだよ、それが腹立つ。じゃ、頼むわ。燃え尽きたら終わりにしていーから」

叔父さんはさっさと立ち上がり、庭の方へと去って行った。豊ノ介さんはカラカラと笑い出す。

「線香の煙ってどんな味なんですか?」

煙をまとわせるようにふわりと浮かび上がる豊ノ介さんを見上げ、僕は尋ねてみた。本当に生首なので、切断面はなるべく見ないようにする。

「そうだねェ、この世にあるもんだと中々例えがたいけど、美味だよ。甘みが強いかね、無理やり当てめんなら、一番に感じるのは菓子の落雁らくがんてとこか」

「へえ、」

「でも、菓子じゃないからねェ。ううむ、思ったより難題になっちまったかな」

何となく、分かったような分からないような。

「とにかく美味しいってことなんですね」

「そうだね」

ふと疑問が湧いたので、そのまま聞いてみる。

「最近、花とかお菓子とかの香りがするいろんな種類の御香おこうがありますけど、普通の線香以外の御香の煙も食べるんですか?」

「おお、食いつくじゃないか。ーー逆にそういう香があるのは今初めて知ったよ。なるほど、今の世は目新しいものが山程あるんだねェ」

懐かしそうな切なそうな目を細める生首の豊ノ介さんは、生きた人間と変わらないように見える。途中で、灰が盛られた器に差した線香の束は、ゆるゆると燃え尽きようとしていた。

「ねェ、旭」

薄らぐ煙を吸って満足げに笑う豊ノ介さんが、僕を見る。その目は、あやしく照っていた。

「あたしが、一番の馳走ちそうは生きた人間の生気、って言ったらーーどうする?」

あっと思う間に、豊ノ介さんの笑う顔が近付いて来る。思考が追い付かないけど、もし、本当にそうなら。

「叔父さんの生気を食べるのは、止めた方が良いですよ」

「自分の心配はしないのかい?」

少し勢い付いた冷たい唇が、僕の首筋に触れた。ゾクリとする。いつの間にか、豊ノ介さんの長い黒髪に、両手が捕らわれていて動けない。くぐもった笑い声が、耳と皮膚を転がる。

瞬間。

カン、と小気味よい音がしたと思うと、豊ノ介さんは壁まで吹っ飛んで行った。引きずられて僕も畳を少し滑るけど、腕を掴まれて乱暴に引き戻される。殺気を感じて振り向くと、叔父さんだった。怖い。

「ったく、目離すとろくなことしねぇ首だな」

苛立ちを隠そうともしない様子で生首を睨む顔は、極悪そのもの。僕もられると思った。

「これ以上勝手が過ぎるなら。元いた所に帰してもいいんだぜ」

氷みたいな叔父さんの声に、豊ノ介さんは真っ青な顔をしている。

「そりゃあ……勘弁だね……」

「なら大人しくしとけ」

叔父さんは思い出したように僕の腕から手を離すと、豊ノ介さんを睨んだまま外を示す。

「飯食いに行くぞ。気分悪ぃ」

「……分かりました」

実は叔父さんが不機嫌な理由があまり分かってないけど、何も言わないでおく。僕が外に出たのを見て叔父さんも出て来る。そのまま後ろ手で、わざと音を立て、乱暴に戸を閉めた。









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