第8話 鶺鴒の絵(8、セキレイ)


夢を見た。

美しい鳥の頭部のみがちょこんと、僕を見上げている。目にはいっぱい涙を溜めて、今にも溢れ落ちそうだ。悲しげなその様子を見ていると、胸が苦しくなって来る。

「どうしたの?何を悲しんでいるの?」

僕が尋ねても、その鳥はただじっと、何か訴えるように僕を見ているだけ。もどかしさが募る。どうすることも出来ない内に、僕は目覚めてしまった。


生首に絡まれてばかりいるせいか、遂に生首の夢を見てしまったのだ。しかも鳥の。僕の精神は大丈夫だろうか。

朝、目を開けて僕は呆然と天井を見上げる。あの鳥は、美しかったな。何を訴えたかったのだろう。起き上がったところに、豊ノ介さんがやって来た。口に、何か紙みたいなものを咥えている。

「それ、なんですか?」

豊ノ介さんは僕を見て頷いた後、咥えていたものを僕の前に落とした。古く変色した紙は、よれよれになっている。絵が描かれていて、これは、

「鳥?」

「千切れて、頭だけになっちまってるけどねェ」

「あ、」

見ている内、気付いた。夢に出て来たあの鳥だ。

「こりゃあ、セキレイだね」

「セキレイ」

豊ノ介さんは、僕の肩に乗って笑う。

「近所の寺の側で拾ったのさ。行ってみるかい?」

僕は、頷いていた。


そのお寺は、思ったより近くにあった。

静かな雰囲気に惹かれて、境内に入ってみる。紙を持ったままうろうろしていたら、住職さんと出会した。目を丸くして、僕の持つ紙を見ている。

「失礼。そちらの紙は」

「セキレイかい?あたしが見つけたのさ」

豊ノ介さんが僕の肩から離れて、浮かび上がる。

「あっ、」

豊ノ介さんは、生首である。大問題だと思ったけど、住職さんは豊ノ介さんを見ても、顔色一つ変えなかった。

「有り難い。それはうちの絵でして」

「うちの絵?」

いろいろあるけど、僕は思わず豊ノ介さんと顔を見合わせた。

お寺の和室に通され、住職さんから聞かせてもらったところ、結局あの絵は、先代住職が若い頃に描いたセキレイだったのだ。

「よく描けたものですから、長年外の見えるところに貼っていたのですよ。しかし、ここ二、三日で頭と胴が真っ二つに破れてしまいましてな。頭の部分が失くなってしまい、探していたのです」

「ふうん。それをあたしが見つけたってわけかい」

豊ノ介さんがふわふわ浮いたまま、唸っている。

僕は住職さんに紙を返した。

「可愛いセキレイですね」

「セキレイはよく、この寺に遊びに来るもので」

僕は恐る恐る、聞いてみる。

「その、この豊ノ介さん、えと、生首、見えてるんですよね?」

「おお、見えておりますよ」

にっこり笑う住職さんに、豊ノ介さんは大笑いしている。僕は何と返そうかと思っていると、住職さんが口を開いた。

「ここはまあ、いろいろ妖しいモノが寄って来ます。生首ではとても驚けませんなあ」

大らかに笑う住職さんを見たら、今度こそ何もいえなくなってしまった。

帰り際、今朝見た夢の話をしたら、僕をじっと見た。何か悪いこと言ったかな、と思っていたら、また笑顔になる。

「きっと、貴方なら助けてくれると頼ったのでしょうね。この絵は修復しますから、たまにまた絵を見に来てやってください。喜ぶでしょう。そちらの、生首殿も」

「あたしは豊ノ介だよ。まだまだ面白い人間がいるもんだねェ」

浮かび上がり、豊ノ介さんはしげしげと住職さんを見る。

「せっかくだしいろいろ話してみたいもんだが……またにしようか」

「是非」

住職さんはにっこり笑った。


その晩、僕はまた夢を見た。

あのセキレイが、今度はとても嬉しそうな様子で鳴いている。僕に気付くと、僕の手に身を擦り寄せてくれた。そっと、指で頭を撫でる。

「直してもらえたのかな。良かったね」

返事をするように鳴いたのを聞いて、目が覚めた。

胸が暖かい気持ち。僕はそれが直ぐに消えてしまわないように、布団の中でゆっくり息を吸い込んだ。











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