第25話 出て来ようとするもの(25日目・灯り)


「……あれ?」

気付くと、僕は仏間にいた。夜で、部屋の中も外も暗い。

座っている僕より、一メートルくらい離れた場所に、高さのある桶?のような物がある。その前には、火がついた一本の蝋燭。これが、この部屋の唯一の灯りになっていた。近付いて見てみようとして、身体が動かないことに気付く。正座の体勢だけど、足が痺れたとかでなく、金縛り。声も出ない。

僕は仕方なく、蝋燭と桶を見ていた。他に音も無く、蝋燭の火が時折微かに揺らめくだけの時間は、恐ろしく長く感じる。

どれくらい経ったか、桶の中からゆっくりと、何かが見え始めた。黒い。僕はそれを注視する。ゆっくりと昇ってくるそれは、髪の黒、そして肌の色。これは。首?

僕はもう、それから目を離せなくなった。依然、身体は動かないし声も出ない。桶からは、額まで上がって来ている。音も無くゆっくりと桶から出ようとしているそれに、背筋がゾクリとした。無性に怖い。全てを見てはいけない。何故かそう思って、冷や汗が噴き出していた。

眉が見え始める。男性のような気がした。目を閉じたいのに、それさえも出来なくなっている。瞼が見え始め、このままじゃ、目がーー

バコン、と不意に音がした。目の前で、誰かの手が伸びてきて、桶に蓋がされる。視線で辿って行くと、黒地に蝋燭柄のシャツを着た叔父さんだった。朱い大きな金魚も、変わらず左耳に揺れている。いつの間に、部屋に入って来たのだろう。

「あっぶねぇ……」

微かに呟いた叔父さんの声が、確かに聞こえた。珍しく、少し焦っているようにも見える。

ガタゴトと桶の中から物音がしたけど、それもやがてしなくなった。

蝋燭の火が、ふっ、と消える。部屋が真っ暗になり、僕は何も分からなくなった。


「旭。起きろー」

叔父さんの声が降って来て、僕は目を開ける。

明るい。起き上がると、そこは居間で、朝だった。

豊ノ介さんが楽しそうに笑って僕を見ているのを、叔父さんは呆れた顔で見ている。

「叔父さん……」

仏間で見たものは夢だったのだろうか。

「弥命が間に合っちまって、惜しいことしたよ」

豊ノ介さんの言葉に、ドキリとする。僕は叔父さんを見た。

「あの。仏間に桶があって、叔父さんが蓋をしてくれたのは……夢じゃないんですか?」

叔父さんは笑って、肩を竦める。

「残念ながら現実。ま、全部出てくる前に蓋したし、大丈夫だろ」

何が、とは聞けなかった。

「焦る弥命は見物だったねェ。それだけ、おっかないヤツだったんだけどさ。全部見ちまわなくて良かったよ。旭も、弥命もさ」

のんびりと笑う豊ノ介さんを、叔父さんがじろりと睨んでいる。僕はまた、背が冷えた。

「……ありがとうございます、叔父さん」

言いながら、ようやくもう大丈夫だという実感が湧いて来て、ホッとした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣と盾の怪奇録〜生首奇譚拾遺〜 宵待昴 @subaru59

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ