第11話 出たい(11、坂道)


深夜に、酒と煙草を買いに出た帰り。

適当にぶらついていたら、緩やかだが長い坂に出た。そのまま、下り坂をだらだら下る。しん、と静かな道。中程まで来た時、ポーン、ポーン、ポーン、と、背後から音がした。リズム感のある音だ。放っといて歩いていると、声も聞こえて来た。

「おうい、待ってくれよ。俺も連れて行ってくれ」

振り向くと、若い男の生首がポンポン跳ねながら俺を見ている。なんだこいつ。半笑いの表情が、絶妙に不愉快だ。今時の顔立ちで整っているのに、口の端と目からは、血が流れている。とりあえず見なかったことにして、また歩き出す。

「待ってくれよ。無視するな。俺、この坂から出たいんだよ」

出たい、とはどういう意味か。下るか上るか、いずれにしろ、進めば坂は終わるだろ。

「どう進んでも、いつの間にか坂の真ん中に戻って来ちまうんだよ、助けてくれ」

心でも読んだかのように、男は勝手に語り掛けて来る。俺が知るか。そんなこと。

「助けてくれよう。あんたも助けてくれないのか?助けてくれないならーー」

急に、背後の声が冷えたものになる。首筋がピリついたと同時に、俺は舌打ちした。これだから、この手のやつらは大嫌いだ。自分のことしか考えてねぇ癖に、勝手に逆ギレしてきやがる。振り向くと、男は憤怒の形相になっていた。意味が分からん。

「俺と、この坂にいてくれよ」

「ごめんだね」

言い棄てると、首が飛んで来た。血をぼたぼた流しながら。趣味が悪い。俺は避けつつ、坂を駆ける。後少しで終わると思っていた坂が、全然終わらない。あの生首男のせいか。面倒くせぇな、本当。

走り続けるのは不利だが、止まれば首アタックだ。肩越しに見ていた首から、前方へ顔を戻した時。何かが俺の横を掠めて飛んで行った。そのまま後方で鈍い、良い音がする。あの首に何かが当たったらしい。振り向くと、首が白目を剥いて落ちている。その側には、

「桃?」

生の桃が一個、転がっていた。

「生首と追いかけっこかい?弥命」

「叔父さん、大丈夫ですか」

坂の下から張り上げられた二つの声は、よく知ってるもの。俺はまた小走りで下りると、あっさりと旭と豊ノ介の元に着いた。坂を振り向くと、首も桃も消えている。

「旭が投げたのか?あの桃」

問えば、旭は黙って頷いた。豊ノ介が、にやにや笑っている。

「旭、結構良い投擲だったじゃないか。弥命にも当てれば良かったのに」

相変わらず余計なことしか言わない首を睨む。

「桃はまだ家にあるので、大丈夫ですよ」

首を少し傾げながら言う甥っ子に、何をどこから突っ込むべきか考えーー結局放棄した。

「……そこじゃねぇな。まあ、いいか。無駄に運動しちまったよ」

今度から、夜は桃を持ち歩くか。なんて考えながら、旭たちと連れ立ってまた歩き出した。














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