第10話 開けるな(10、来る)
ある日の夕方。
部屋に居た僕のところに、叔父さんがやって来た。
「今夜。深夜かな。まあ、寝てる時には違いねぇか。足音が上ってきて、この部屋の戸を叩いても、開けるなよ。開けても入れるな」
「何の話ですか?」
ちっとも話が飲み込めない僕を、叔父さんは耳元の金魚を揺らしながら笑う。今日は黒地に、井戸から骸骨みたいな女が立ち上っている絵が書かれた柄シャツを着ていた。肝を試されているようで、何とも言えない気持ちになる。
「何かあっても、開けなきゃ良い話だ」
聞けば聞くほど、怖くなって来る。だが、重ねて聞いても、叔父さんに説明する気は無いらしい。笑うだけの叔父さんの顔を見た僕は諦めて、とりあえず頷いた。
その晩。
ふと目を覚ました。スマホを見ると、深夜二時過ぎ。それで、夕方の叔父さんの話を思い出した。すると図ったように、階段を上がって来る足音が聞こえてくる。本当に来たのか。
僕はそっと起き上がり、部屋のドアを注視する。鍵が掛かる部屋で、今鍵は掛かっていた。足音は階段を上り切り、ぴたりと止まる。僕の部屋の前。
コンコンコン。
良く通るノック音。僕はただ、ドアを見ている。誰が、何が、来たのだろう。また続けてノック音がした後、叔父さんの声が聞こえた。
「昼間の話は冗談だ。開けてくれよ」
拍子抜けするほど、普通の叔父さんの声だ。それでも、部屋がピンと、張り詰めたような空気になっていることに、今更気付いた。
「旭、開けてくれ」
ドアの向こうの声を聞きながら、僕は夕方の叔父さんの話を思い返す。とーー
「開けないのかい?旭。律儀というか、健気というか」
天井から、豊ノ介さんがふんわり落ちて来た。この状況下で、生首が落ちて来るのは絶叫ものである。だが、怖すぎると声が出ないらしい。僕は何拍も遅れて、
「豊ノ介さん」
と、呟けただけだった。豊ノ介さんは大笑いしている。ドアの向こうの音が大きくなった。
「開けろ!」
ノック音が叩く音になり、ドアの取っ手がガチャガチャ鳴る。これ、開けなくても入って来るやつなのでは。豊ノ介さんが、笑い過ぎで涙目になりながら口を開く。
「安心しなよ。この手のは、中から招かれないと入れないからさ。気の短いヤツだよ。あのまま大人しく演技してりゃあ、騙せたかもしれないのにねェ」
豊ノ介さんは、僕を見て怖いような顔で笑う。今の僕に、安心出来る場所は無い気がした。
「
「ええ……」
どうなってるんだ、この家。今更だけど。
結局この夜、僕はドアを開けなかった。空が明らむ頃、ようやく声と音が止んだ。すっかり明るくなってから、豊ノ介さんと階下へ下りた時。縁側で叔父さんが、やや疲れたような顔で煙草を吸っていた。叔父さんは、僕と豊ノ介さんを交互に見た後、不敵に笑った。
「よぉ。賭けは俺の勝ちだな、豊ノ介」
「ふん。今回はね」
「賭け?」
今度は僕が、叔父さんと豊ノ介さんを交互に見た。
「賭けってのはね、」
「ろくな話じゃねぇよ、気にすんな。今夜は何も来ないから、安心して良いぞ」
豊ノ介さんが言い掛けたのに被せるように、叔父さんが少し早口で言う。
「結局、誰が来てたんですか?」
「さあな。知らない方が良いやつ、だよ」
叔父さんは煙草を咥えたまま、両手をだらりと下げる。お化けの仕草。
「そうですか。叔父さんは大丈夫なんですか?」
一瞬、驚いたように叔父さんの目が丸くなったけど、直ぐ戻った。声を出して笑われる。
「なーんも無いよ。腹は減ってるけど。今朝は何作んの?旭」
「おっかない目に遭ったばかりの甥っ子に飯作らせるなんて、ろくでもない叔父貴だねェ」
豊ノ介さんが、わざとらしい溜息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます