キース!キース!
ギースリーは屋敷に併設されている訓練所にいた。
「私を探しに来たという事はドナルドル・ルドルドルフは喋ったのか」
ギースリーは隠す事なくドナルドル・ルドルドルフの名前を出した。
「やはり兄様になのですか?邪竜教徒をこの街に入れたのは」
マルテは悲しそうな表情でギースリーを問いただした。
「そうだ、元々は商人としてこの街を訪れた、いや神官だったか?まあどちらでもいい。その時私に言ってきたのだ、そのままでいいのかと」
「それはどう言う事ですか?」
「レッドグレイブ家の者だろ?聞きたいのであれば力を示せ」
ギースリーは剣を抜いた。それは訓練用の模造刀ではなく、本物の真剣である。
「そんな!騎士としての誇りを無くしたのですか!」
マルテは叫んだがギースリーは反応しない。
「姉上、おそらく邪竜教徒によって洗脳の様な状態になっているのです」
「そんな」
「姉上は下がってください。私が行きます」
ソニアは壁に掛かっている盾を持ち、マルテの前に出て剣と盾を構えた。
「お前が相手か」
「お手合わせ願います」
「温い、手合わせなどではない」
ギースリーからは身も凍る様な殺気が溢れ出した。一般人のアーティはおろか武器を構えているソニアでさえ身震いした。
ギースリーは一気にソニアとの距離を詰めて剣を振り下ろした。ソニアはそれに遅れて反応して盾で斬撃を受ける。片腕しかないギースリーだが確実にソニアを圧倒していた。
「ソニアさんも強い筈なのに……」
ギースリーとソニアの力量の差を目の当たりにしたオーズは呟いた。
「兄様はこの国一番の剣の使い手でした。ただ魔物に左腕を切断され騎士団を退役せざるを得なかったのです。それでも圧倒的な力を持っています」
マルテは悲しそうに話した。
剣と盾を駆使して戦うソニアはそれでやっと互角の戦いをしていた。ギースリーの攻撃を受け続けるソニアだが徐々に押し返している。
ギースリーの体力は確実に消耗しているのだ。剣の腕は鈍ってはいなかったが領主としての仕事がある為訓練が出来ず体力だけは劣っていたのだ。
ソニアはその隙を見逃さなかった。ギースリーの剣を盾で弾き、ガラ空きになった首元に剣を突き立てた。
「はぁはぁ、わたしの勝ちです。話してもらいましょうか」
「はぁはぁ、まさか……ここまで体力が落ちているとは」
「何故邪竜教徒に手を貸したのですか?」
「生まれながらに武の道だけを歩み戦ってきた。そんな私から武器を取り上げ何が残る。武人としては生きられず戦場で死ぬことも許されない。剣しか知らないのだ、この私は」
ギースリーの声はこれまでの威圧感は無く悔しそうに震えている。
「その時、邪竜教徒が私の前に現れた。その腕を治してやると、断われる筈がない。また私は騎士として返り咲けるのだからな!」
ギースリーは服の中から黒いカケラを取り出して飲み込んだ。
「しまった!」
ソニアがまたしても止められなかった。
ギースリーの体を黒い瘴気が包む、そして無くなった左腕から瘴気が吹き出して腕を形作っていく。姿はギースリーだが左腕だけ化け物の様であった。
「素晴らしい!これが邪竜の力か!負ける気がしない!」
「それが兄上が目指した騎士の姿なのですか!」
「姿などどうでもいい、必要なのは力だ!」
ギースリーはソニアに斬りかかった。明らかに先程より強力な斬撃にソニアは盾が弾かれそうになる。剣を防いでも今度は異形の左腕が襲いかかる。ソニアは避けるのが精一杯であった。
オーズは床に膝をつきフレイルに話しかけた。
「姫様!俺たちも加勢しましょう!」
「いけません!」
「何故です!」
「今はレッドグレイブ家の内輪揉めですが、私も戦えばそれは王国の問題になります。例えギースリーに勝てたとしてもギースリーおろかソニアやマルテまで投獄される可能性があります。投獄ならまだしも極刑すら有り得ます」
「そんな!」
フレイルも助けに入りたくて仕方ないと言った顔だがその思いを我慢して堪えている。オーズもそんなフレイルを見て悔しかった。オーズが自ら戦えればそんな問題は起こり得ないのだがそれは出来ない。オーズはフレイルを応援するしか出来なかった。ただフレイルの状況は芳しくなかった。
劣勢、それは火を見るより明らかである。ギースリーの剣術に邪竜の力が加わった事によりソニアはなす術がない。ソニアの表情は苦しそうで必死で猛攻を耐えている。
その様子を見て誰よりも心痛めているのはマルテであった。尊敬していた兄が異形の左腕を生やし、愛する妹を攻撃しているだから当然である。そんな何も出来ないマルテは必死に考えた。今自分に出来る事は何かないかと。そして思いついた。
「姫様!」
マルテはフレイルを呼んだ。フレイルがマルテを見ると真っ直ぐ見つめている。その目は覚悟を決めた目であった。フレイルはマルテの考えが直ぐに分かった。
「許可します!」
フレイルの許しを得たマルテは訓練所から飛び出した。残された時間は少ないであろう、マルテは力の限り地面を蹴り走っていく。
「兵士を呼びに行ったのか」
オーズはマルテの考えが分かった。ギースリーを兵士を使って倒すつもりなのだろうと考えた。
「くっ!」
ソニアから声が漏れる。ソニアはあまりに強力な攻撃を受け続け腕の力が入らなくなっている。
ギースリーは手を止めてフレイルを見た。戦いの最中余裕の行動である。
「どうですかフレイル様!この力を見ていただけましたか!」
「凄まじい力ですね」
フレイルは淡々と答えた。
「そうでしょう、この力さえあればソニアの代わりに貴方の護衛騎士になりましょう。騎士団長になる事もできます」
「それは頼もしいですね」
「そうでしょう、私はこんな小さな土地の領主に収まる器では無いのです。騎士となるべき存在なのです!」
「それほどのチカラがあれば可能でしょう」
「なら私を騎士として!」
「断ります」
「な!」
フレイルの返答にギースリーは驚きフレイルを睨みつけた。
「何故です!」
「ギースリー、貴方は先程から護衛騎士になりたいだとか騎士団長に相応しいと言っていますね」
「そうです!誰よりも強い力があります!」
「貴方からはなりたいと言う言葉聞こえてきますが、騎士として民を救いたいとか私を護りたいと言った言葉が一度も聞こえてきません。まるで騎士になる事が目的の様に聞こえます」
「それは!」
「騎士と言う称号は飾りではありません。騎士たらしめるのはその誇り高い行動のみです。騎士を自分の装飾品の様に考える貴方は騎士として相応しくありません」
フレイルの言葉にギースリーは激昂した。
「知った口を聞くな!小娘が!」
それがギースリーの油断であった。フレイルは剣を振りギースリーの右腕を切りかかった。掠っただけだが初めてギースリーに切り傷をつけた。
「くっ!まだやるか!」
ギースリーは後退してソニアと距離をとる。
「ギースリー、先程の言葉は聞かなかった事にしておきましょう、なにせ寛大な私ですからね。ただ他の者がいればそれも叶いませんので今後は言葉を気をつける様に」
「そんなもの知るか!私を認めない国など用はない!」
ギースリーは踏み出したがソニアの斬撃が飛んでくる。明らかにギースリーの集中は途切れておりソニアの動きを読めていない。
「邪魔をするな!」
「姫様に手を出すな!」
ギースリーの攻撃は大振りになりソニアもなんとか避けれる様になった。そんなギースリーはより焦り、怒り、攻撃は雑になっていった。
双方決定打が出ないままの攻防が続いた。その時訓練所の扉が開かれてマルテが入ってきた。
「マルテさん!」
オーズは援軍に喜んでいるがマルテの後ろには一人しかいない、それもその一人も兵士ではなかった。
「神官?」
そう、マルテが急いで呼んできたのは神官であった。
「え!領主様?!これは一体!」
神官も状況が飲み込めていない。
「今はいいから!姫様!連れて参りました」
「じゃあ早速始めて下さい!オーズ!マルテのところへ!」
フレイルの命令に訳も分からずマルテの下にオーズは行った。
「さぁ早く!」
マルテは神官を睨みつけた。
「えっと、これより婚姻の儀を始める」
神官は状況が理解できないまま喋り始めた。
「え?婚姻の儀?」
「黙ってて!」
オーズが漏らすとマルテは怒り咎めた。
「晴れ渡る日は共に働き、雨に濡れる日は滴を拭き、嵐の日は身を寄せ合い、死が二人を別つまで共に手を取り合い、互いの為に生きる事を誓いますか?」
向こうで殺し合いが行われてる最中こちらでは結婚式が行われている。
「誓います!」
「え、あ誓います」
「それでは誓いのキスを」
オーズは流されるままに返答してしまった。結婚式の流れでキスをする事になったがオーズとしては昨日あった女性といきなりキスするのは抵抗がある。向こうでソニアが戦っているが踏ん切りがつかない。
するとフレイルが抱きついて無理やりキスを迫る。
「ほら!動かない!」
「いや!マルテさんは大変魅力的な女性だと思いますが、こういうのはやっぱり時間を掛けてゆっくりと!」
「いいから!男を見せなさい!」
マルテはオーズの後頭部を押さえて引き寄せる。
「ほらキース!キース!キース!」
フレイルが最悪の煽りをするがどうにも身体が抵抗して唇を遠ざける。
「本気なのですか!姉上!」
「真剣な場面で何をいちゃついているんだ!ふざけるな!」
ソニアもギースリーも戦いながら叫んでいる。
「もう!アーティ!マルテの後ろに行って!」
「え?あっはい!」
フレイルの指示の下アーティはマルテの後ろについた。
「これでいいですか!」
「オーズを呼んで!」
その言葉でアーティは理解した。
「はい!ごめんなさい!来てお兄ちゃん!」
アーティのスキルによりオーズはアーティに引き寄せられる、勿論オーズとアーティの間にはマルテがいる。オーズの抵抗はここまである。
オーズとマルテの唇が重なった。これがキスと言えるのか甚だ疑問が残るが形を見ればキスである。形式上キスであるならそれは誓いのキスとして扱われる。キスを見届けた神官は宣言した。
「今、女神の下に二人は結ばれました、二人の人生に幸あれ!」
「おめでとう!オーズ!」
「えっと、おめでとうお兄ちゃん」
二人は結婚した。姫に妹に祝福された素晴らしい式である。その瞬間マルテはオーズの頭を床に押し付けて土下座させた。
「うお!」
結婚した二人の夫婦初めての共同作業はオーズの土下座である。
ギースリーの攻撃を避けていたソニアに変化が起きた。突如体の痛みが引き腕の痺れも無くなった。
「まさか!」
一瞬状況が飲み込めなかったソニアにギースリーの左腕が襲いかかる。しかしギースリーの攻撃は確かにソニアに当たった筈のに、ソニアを傷付ける事はなかった。
「な!どういう事だ!」
「まさか本当に無敵に……」
ソニアは盾を捨てて一気にギースリーと距離を詰める。両手で剣を持つことで斬撃の威力が上がる。
ギースリーは剣を振りソニアに当てるがソニアを切ることができない。
「どういう事だ!これは!何故倒れない!」
ギースリーは動揺し剣筋が鈍る、更に大振りになる左腕はソニアを捉える事が出来ない。
守りを捨てたソニアの前にギースリーは圧倒されていく。ギースリーの顔からは多量の汗が流れていく。異形の左腕の傷から黒い瘴気が噴き出す。
「負けるのか!この私が!また!」
ソニアは渾身のチカラを込めて剣を振り下ろした。ギースリーは左腕で剣を防いだ。しかし剣は容赦なく左腕を切り落とした。
「ぐうわぁぁぁぁぁ!!」
左腕の切り口からおびただしい量の瘴気が溢れ出した。邪竜の力が抜けていくのが目に見えて分かる。
「また、またなのか!また左腕が!」
必死に切り口を右手で押させるギースリーだが瘴気の流出を止める事は出来ない。瘴気が止まる頃にはギースリーは膝をつき項垂れて動かなくなっていた。
「死んでしまったの?」
マルテは恐る恐る聞いた。
「いえ、気絶しているだけです。左腕も無くなったみたいです」
フレイルは語った。
「やはり、兄様は操られていたのですか?」
「いえ、心の中にある弱さや闇につけ込まれたのでしょう。邪竜教徒はその思いを強くさせて暴走させるのだと思います」
「それが兄様の暴挙に繋がったのね。こんなに近くに居て気付いてあげれなかった」
マルテも悲しそうな顔をしている。
「だからこれ以上被害者を出さない為にも邪竜教を壊滅させないといけないのです」
「姫様、私も協力します。兄様を辱めた連中を必ず打ち倒します」
「ええ、これからもよろしくお願いします」
フレイルとマルテは決意を固めた。
状況が飲み込めない神官は土下座をしているオーズに尋ねた。
「なんですか?これ?」
「えっとなんでしょうね、ソニアさん」
「私に聞くな!」
ソニアは顔は赤くなっている。激しい戦闘で体が熱くなっていると言うより何処か恥ずかしくて堪らないと言った様子である。
レッドグレイブ領の騒動はこれで幕を下ろした。
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