護衛騎士になる為に

玉座の間から出たら廊下には多くの人が待機しており何か騒いでいた。オーズは試合の事で頭がいっぱいで何を言っているのか聞き取れなかったが大体は下賤のものとか、王族の自覚とか、そんな事であった。

 そんな周りの声に聞き耳を持たずフレイルはさっさと進んで行った。その後をペコペコとオーズは頭を下げながらついていく。

 三人は城の中にある中庭に着いた。そこは綺麗な花壇が広がっており実に手入れが行き届いていた。何も喋らない綺麗な花だけが今のオーズを慰めてくれた。

 フレイルは中庭に用意された椅子に座った。ソニアは何処からか持ってきた木剣を二本持ってきてそのうち一本をオーズに渡した。

「それじゃあ始め」

 フレイルは突然合図を出した。

「待て待ていきなり始めるな、ルールとかあるだろう」

 オーズはフレイルを制止した。

「そうですよ姫様、流石にそれはあんまりです」

 これにはソニアも同調してくれた。

「うーんじゃあ兄ちゃんはソニアに一撃入れたら勝ちで、ソニアは兄ちゃんに膝を着かせたら勝ちね」

 オーズにかなり有利な条件だがソニアはそれを飲んだ。オーズは一撃すらも入れられないと思っているのだ。

 ソニアは剣を構えた。それは実にカッコよく凛とした女騎士がそこにはいた。それが例え木剣でも絵になった。一方オーズは持った事ない剣を不恰好に持った。こんな事をするのは子供の頃木の棒で叩き合った以来だ。

「始め!」

 フレイルが試合開始の合図を出した。

「姫様の為、そしてあなたの為にも私は勝ちます」

 ソニアは鋭い目でオーズを睨みつけた。オーズは本気で怖かった。真剣では無いにしても木剣も当たれば痛い。フレイルには悪いがオーズは早々に負けるつもりでいた。

 ソニアの剣筋は鋭かった。オーズは持っていた剣が弾かれそうになる。両手で持たないと簡単に飛ばされてしまう。不恰好ながらもオーズは一生懸命ソニアの剣を防いだ。

「ひぃ!」

 オーズは剣を受けるたび情けない悲鳴をあげる。

 ソニアの剣はオーズの肩や腹を掠めた。掠めただけでもそこそこ痛い。オーズはこういう争い事は痛いから苦手であった。

 ソニアは手加減してくれてるのだろう早々に決着するはずだが武器を落とす事で戦意を失わせるつもりであった。

 何度も鋭い斬撃を受けたため手も痺れきて感覚が無くなりつつある。妹の為とはいえもう限界だった。遂に握っていた手が緩んでしまった。ソニアの木剣が腕に当たる。

「痛ってーーーーー!!」

 オーズは叫び声を上げて剣先を下げた。剣を杖代わりして全く構えられない。肩で息をして満身創痍であった、

「何やってんの!真面目にやってよ!」

 フレイルの野次が飛ぶが持てないものは持てないのだ。オーズは肩の痛みと息切れでフラフラだった。

 もうヤケであった。地面に膝をつき剣を前に置きそれはそれは綺麗な所作で正座した。

 この時点でオーズは膝をついたので負けてしまった。フレイルは失望した顔をしていた。

「参りました」

 オーズは頭を下げて降伏した。本日三度目の土下座である。オーズは土下座する事に抵抗はない。

 ソニアはふぅと一息ついて剣を引いた。勝負あった。

 フレイルは椅子から立ち上がりオーズが持っていた木剣でポカポカとオーズを叩き始めた。

「もう!根性なし!妹の為にもっと頑張ってよ!せっかく兄ちゃんに会えたのに意味ないじゃん!」

 フレイルは涙声であった。フレイルは楽観的な思考で試合を提案した。別に勝たなくてもいい、兄が自分の為に一生懸命戦いそして何だかんだソニアはそれを認めてくれると思ってたからだ。

 フレイルは姫である前に妹だ、これまで兄はいつも自分の為に頑張っていた。だから今回も何か結果を残してくれると信じていた。その結果がこれだ。

「バカバカバカバカバカ」

 フレイルの剣は止まらない。何度も何度もオーズを殴りつけた。

「本当に申し訳ない。だけどなやっぱり無理だよ。俺は今は家具職人見習いだし前世だってただの会社員だろ?そんな俺が騎士様相手に剣で戦うなんて最初から結果なんて分かっていただろ?ここはさ俺を護衛騎士にしないで何か別の案を考えるってどうだろう?勿論アカリの事は大切だから兄ちゃん頑張るよ?どんな雑用でもするからさ」

 オーズは土下座をしながらペラペラ思いつく限り喋った。しかしフレイルの剣は止まらない。

 最初に異常性に気付いたのは冷静だったソニアだった。

「あのオーズ殿痛くないのか?」

 ソニアは恐る恐る質問した。

「痛いって何がですか?膝ですか?膝なら大丈夫です。石畳位余裕です」

「いえ、そうじゃなくて」

 オーズはソニアが言いたい事を分かっていなかった。ソニアはフレイルを見た。フレイルも何かに気が付いた。フレイルは持っている木剣と地面で土下座してる兄を見た。

「あのーどうしました?なんで誰も喋らないのですか?」

 オーズはフレイルが本気でキレてしまったと思った。

 フレイルは仮説を確かめるためにソニアに命令した。

「ソニア、思い切りやってちょうだい」

「はい」

 ソニアは剣を振り上げた。

「え?何がですか?何を思い切りやるんですか?教えてアカリ様」

 振り下ろされた剣はオーズの背中を叩いた。それは本気では無いにしろ当たれば確実にあざになる程の勢いだった。

「何が始まるんですか?何で黙っているんですか?そんなに怒らせましたか?」

 オーズは変わらず話している。フレイルとソニアは顔を見合わせた。やはり異常事態だ。

「兄ちゃん顔を上げて」

 フレイルがそう言ったくれたおかげで久しぶりオーズは顔を上げた。二人の顔は困惑しておりオーズは余計に心配した。

「あの?何が始まるのですか?」

 オーズはビビり散らかしていた。手を膝の上に置き正座した、フレイルはオーズの前でしゃがみオーズの顔にビンタした。爽快な音を上げてフレイルのビンタはオーズの頬に直撃した。

「痛っ!悪かったってそんなに怒るなよ」

 オーズは打たれた頬を押させて涙目になっている。

「兄ちゃんもう一度土下座して」

「はぁい」

 オーズは情けない声でフレイルの命令を聞き入れた。そこには情けない土下座した兄がいた。

「これでよろしいでしょうか」

 今度は土下座をしたオーズの後頭部をフレイルは叩いた。叩いたが音も出なかった。

「痛くないのか?」

 ソニアはまた質問した。

「痛いですよ頬を叩かれたなんていつぶりだろ」

「いえそっちじゃなくて後頭部の方」

「何で後頭部?後頭部に何かありますか?なんか血が出てますか?」

 二人の会話はあまりにも噛み合わなかった。

 フレイルは邪悪な満面の笑みを浮かべてオーズの頭を踏みつけた。

「あれ?なんか暗い?なんで?」

 オーズは何も分からなかった。フレイルは笑っているがソニアは驚愕していた。


「スキル土下座って何ー?バッカみたい」

 フレイルは椅子に座り腹を抱えて笑っていた。そのまま椅子ごとひっくり返る勢いだった。

 オーズは先日手に入れたスキルについて話した。そして今回の一件で土下座の効果が分かった。

「まさか土下座している間完全に攻撃が無効化されるなんて。姫様私も見た事のないスキルです」

 ソニアはフレイルの側に立ちながらオーズを見ている。オーズはフレイルの前で正座していた。別に悪い事をした訳ではないが何故か正座させられた。

 「俺も初めて知りました。どんなに土下座しても能力が分からなくて」

 何故か申し訳なさそうにオーズは答えた。

「土下座してる間無敵って分かるわけないじゃん。いつ使うのそのスキル」

 フレイルは笑いすぎて涙目になっていた。オーズはそんなに笑わなくてもいいじゃんと心の中で呟いた。

 「でも何でこんなスキル何でしょう」

 オーズは二人にスキルについて尋ねた。オーズは少しでも詳細を知りたかった。

「スキルはその人の人生に大きく影響されるって聞くよ。兄ちゃんの人生そんなに土下座してたの?」

 フレイルはまだ笑っている。

「いや、こっちの世界ではこの前まで土下座なんてしなかったぞ」

 オーズは反論した。生活は豊かではなかったが土下座をするほど貧困でもなかった。前世と違い近所も職場の人間もみんないい人だ。

「それではその前世の記憶が関係しているのでは?何か心当たりは?」

 ソニアは冷静に分析した。そして心当たりは滅茶苦茶あった。前世の社畜時代毎日土下座してた気がした。

「ねえソニア護衛騎士にピッタリのスキルだと思わない?私が危なくなったら兄ちゃんを盾にしてさ」

 フレイルはとんでもない考えをぶち上げた。ひとしきり笑いフレイル落ち着きを取り戻していた。

 ――今こいつ盾にするって言わなかった?

 オーズはフレイルに恐怖した。

「確かに相手を殲滅するのは難しいですが囮ならばこれほど有効なスキルはないでしょう」

「そうでしょう!だからいいでしょ?兄ちゃんを護衛騎士にして!スキル持ちってだけで城では重宝されるんでしょ?」

 フレイルはおねだりするようにソニアを見た。手を胸の前で組み懇願する様な可愛らしい上目遣いだった。ソニアはフレイルのお願いに滅法弱かった。

「そうですね、試合は負けましたが護衛騎士の適性があると認めざるおえませんね。剣技に関してはこれから最低限鍛えればいいでしょう」

「やったー!これで兄ちゃんは私の家来よ」

 フレイルは飛び跳ねて喜んだ。それはそれは無邪気な笑顔であった。

 ――今こいつ家来にするって言ってなかった?

 オーズはフレイルに恐怖した。

「あのーまだ自分護衛騎士になるなんて一言も言ってないのですか?」

 オーズは申し訳なさそうに喋った。二人が勝手に話を進めていくので割って入らなければ何処まで進むかが分からない。

「私といたくないの?こんな可愛い妹とまた離れ離れになるの?十七年ぶりの再会だよ?」

「いやそういう訳じゃなくて、俺にも生活が、それに騎士じゃなくて雑用とかそういうのでも会えるのではないのでしようか?」

 オーズは身の危険がある護衛騎士はやりたくなかった。城で働くのは大歓迎だが争い事は苦手であった。それにソニアは鍛えると言った。それは確実に先程の試合を何度もするだろうと考えられた。オーズはとにかく剣を振るのが嫌だった。

「護衛騎士の給料は月に金貨10枚なんだけど」

「よろしくお願いします!」

 オーズは深々と頭を下げた。オーズはお金に滅法弱かった。その姿を見てフレイルはケタケタ笑った。ソニアは頭に手を当て呆れていた。名誉ある護衛騎士を月給で決めた人間はオーズが初めてであった。


 オーズは城の前にいた。とりあえず今日は自宅に戻り手続きが終わってから城に勤める事になった。

 オーズを護衛騎士にするには少し時間がかかる。反対する貴族を黙らせ説得する必要があった。

 そしてスキルの事は他言無用だった。スキル知られると対策されてしまう。特に土下座の様な初めてのスキルは秘匿にされる事でその真価を発揮する。

 しかし妹には説得する為スキルのことを話したいとオーズは懇願した。心配症な妹だから護衛騎士になるなんて必ず反対するからだ。妹は頭がよく口も硬いから大丈夫だと二人を説得した。その事をしぶしぶフレイルは了承した。フレイルはオーズの妹に対して何か思う事がある様だ。

 ――親方になんて言って退職しよう、護衛騎士になったなんて笑われるだろうな。何かいいスキルを貰ったってでっち上げるか?でも嘘つくと証明しないといけないかもしれないし……

 オーズはぼんやりと考えながら帰路についた。朝に連れて行かれたのに空はすっかり茜色に染まっていた。オーズが感じた以上に城にいたようだった。

 オーズは自宅の扉を開けるとアーティが椅子に座ったまま机に突っ伏して寝ていた。泣いていたのだろう目は赤く腫れていた。

 そのまま寝かせたままでもよかったがオーズはこれから忙しくなる。可愛い妹には申し訳ないが起こす事にした。

 オーズがアーティの身体を揺すり起こした。アーティは目を覚ますと何度も瞬きをした。そして我に帰ったように泣き始めてオーズに抱きついた。そのチカラは強くオーズは身体をくの字に曲げた。

「お兄ちゃん!よかった無事でー!」

 オーズはアーティの頭を撫でながら落ち着かせた。昔はこうやって泣いている妹をあやしていた。オーズの服は涙でぐしょぐしょになった。

 ひとしきり泣きアーティは落ち着きを取り戻した。オーズは今言うべきか迷ったがいつ城に呼び出されるか分からないので今日起こった事を話し始めた。勿論前世のことは秘密である。

「はぁ?女の子を身を挺して助けたお兄ちゃんを姫様が気に入ったから護衛騎士に勧誘されて、実力を見る為試合をしたら土下座してる時だけ無敵になるスキルって事が分かって無事護衛騎士に採用された?」

 半日で起こった事をとんでもなく要約すると本当にそうであった。そして本当はそこに前世の妹の事や牢屋にぶち込まれた話も入ってくる。自分の事だが自分が聞いてもおかしすぎる。

「本当にそれを信じろって言うの?お兄ちゃん?」

 アーティは怪しむ目でオーズを見た。百聞は一見にしかず、どれだけ説明しても信じてもらえないのでオーズは土下座をする事にした。

「さあ叩いてくれ!」

 オーズは土下座してアーティにお願いした。オーズのスキルの証明方法はこれしか無かった。アーティはオーズには見えないがドン引きしてた。目の前で兄が土下座をして叩くのをお願いしているからだ。

 しかしこれでは埒が開かないのでアーティはオーズの手の甲をつねろうとした。

「あれ?掴めない」

 アーティは何度も指を開いて閉じた。しかしどんなにつねろうとしても皮膚が掴めない、何かに薄いバリアの様なもので守られていた。

 アーティはスキルの事は納得してくれた。

「スキルは本当みたい」

「だろ?言ったら?」

 しかしアーティはまだ疑っていた。スキルは本当でも他の話が信じられなかった。

「でも護衛騎士なんて話美味すぎない?本当なの?」

「そうだ、これ準備金」

 オーズは準備金として渡された金貨5枚をアーティ渡した。ずっしりと入った袋を突然渡されたアーティ思わず体勢を崩した。そして袋を開けて中を確認した。

「私お兄ちゃんはすごい人だってずっと信じてた」

 アーティは納得した。アーティもお金に滅法弱かった。

 その後アーティとは準備金の使い方を相談した。ソニアからの話によればこの準備金を使って引越しや護衛騎士らしい服を買うらしい。それなりの職に就くものはそれに見合う生活をしなければならない。それが貴族社会での常識なのだ。この事はソニアから口酸っぱく言われた。

 特に護衛騎士という名誉ある職は王族の側に居ても恥ずかしくない生活をしなければならない。もし護衛騎士が貧相な暮らしをしていれば王国の財政がそれだけ厳しい事を意味し恥ずべき事であり王族の評価に直結する。自分の評価の為に高給を支給する、つまり王族の見栄なのだ。

 二人はそんな王族の見栄をありがたく受け取った。

「まずは引越しだけど城の近くの家を借りないとね。そっちの方がお兄ちゃんも楽でしょ?明日紹介してもらおう」

「その前に服を買わないと話すら聞いてくれないぞ」

「じゃあ先に服屋に行く?」

「職場は?」

「そうだね退職の旨を伝えないと」

 二人の相談は夜遅くまで続いた。双方内面から出る下心が隠しきれず終始ニヤついていた。

 翌朝二人は早速行動を開始した。オーズはまず職場へ退職の挨拶に向かった。来る生活にオーズの足取りは自然と軽くなった。

 職場に着き親方に護衛騎士になるから仕事を辞めると伝えた。そこでもアーティ同様疑われた。それに加えて土下座のことも話せないので誰も信じなかった。それでも必ず退職する事を伝えると親方は可哀想な人を見る目で

「いつでも戻ってきていいからな」

 と優しい口調で送り出してくれた。おそらく親方は何も信じていなかった。

 オーズの仕事は雑用な為特に引き継ぎ等なくすんなり退職できた。同僚達も親方同様可哀想な目でこちらを見ながら頑張れよとか相談に乗るぞなど言い信じていない様子だった。オーズは生暖かい目で見送られながら慣れ親しんだ工房を後にした。

 広場でアーティと合流した後二人で湯屋に向かった。新しい服を買う前に身体を綺麗にする為だ。

 二人は身体の隅々まで洗い日々の汚れを落とした。

 二人は平日の昼間から湯屋でのんびり身体を伸ばしす事が出来た。客はほとんどおらず男湯女湯共に貸し切り状態であった。

 汚れを落とすだけなのに二人は完全にリラックスしてお風呂を楽しんだ。足を伸ばしてお風呂に入るなんて久しぶりであった。オーズは前世の記憶が戻ったせいか風呂をこれまで以上に楽しんだ。

「やっぱり日本人には風呂だよ」

 思いの外長湯してしまった二人の次の目的地は街の服屋であった。血色が良くなった肌とポカポカの身体で服屋に向かった。平民でも入れる服屋のなるべく高そうな服を選んだ。特にアーティは時間が掛かった。自分の好みであり尚且つ高そうに見える服を吟味した。

 オーズは久しぶり買い物楽しむアーティを嬉しそうに待ってあげた。

 服が決まり着替えてみるとそれだけで二人は豪商の子息くらいの見た目に見えた。これなら大通りの高い店も二人の相手をしてくれるだろう。

 その後ソニアに紹介された大家を会いに行った。大家は二人を見た時こんな若造が家など借りれるものかと疑った。話も聞かずに追い返そうかと考えているとオーズはソニアから渡されたドラゴンと槍が形どられた金のブローチを見せた。すると大家の態度が豹変した。

 ドラゴンと槍はこの国の象徴であり、その金のブローチを持っているという事は王室の関係者に他ならなかった。そしてそのブローチの不正使用は重罪であった。

 大家は二人にとびきりの物件を紹介した。しかし二人は城に近い事と安いこの二つ条件の物件をお願いした。大家は困った。城の人間に安い屋敷など紹介したら後が怖い。

 大家との熾烈な値段交渉が行われて最後には城の近くにある富裕層向けの集合住宅を値切る形で紹介された。大家が少し折れた形になったが二人は自分たちが折れたと思っていた。

 大家に案内されて部屋に入ると高級そうな家具が置かれおり二人は血の気が引いた。大家に確認したところ前の住人が置いていった物なので処分しても構わないそうだ。

 居間の他に個室が二部屋、談話室が一部屋、キッチンだけで一部屋の作りになっていた。お風呂もついておりアーティは喜んだ。

 前の家は居間に個室が一つの作りで二人は同じ部屋に寝ていた。

 二人はこの部屋に決めて一月分の家賃を払い大家から鍵をもらった。大家はやっと終わったと安堵しフラフラと帰っていった。

 外に出ると夕方になっていた。二人は急いで古い自宅に戻り荷物をまとめた。荷物と言っても私物は殆ど無く思い出の品と貯金を持っていくだけであった。食器や家具はそのまま置いていく事にした。これもソニアから言われた事だが家に合う家具と食器を用意する様にと注意されていた。

 二人は新居に蜻蛉返りし荷物を置いた。辺りはすっかり暗くなっていたため二人は外食をする事にした。

 服装がお高い物のため引越し前の小汚い馴染みの店に行く訳にはいかず、新居の近くのお店で食事をとることにした。

 二人は店の前の看板にメニュー表を書いてある店を探した。高級そうな店で食事をしてお金が払えないと困るからだ。二人はメニュー表の料金を見て驚愕した。二人の一週間分の食費が一回で吹き飛ぶ値段だった。

「お兄ちゃんここでいいの?滅茶苦茶高いよ!」

「でも他の店だと値段が分からないし」

 二人が店前で揉めていると店内の店員が不満げな表情で二人を見ていた。周りの通行人も怪訝そうな目で見ていた。二人は申し訳なそうに店内に入った。

 二人はメニューの中で一番安い野菜のスープとパンを頼んだ。それでも二人の今までの食費を考えれば高値だった。

 料理が運ばれてくるとまずはその匂いにそそられた。そしてスープを一口だけ口に運ぶと二人は目を合わせた。その美味しさたるや人生の中で一番美味しいスープであった。

 次にパンを手に取るとその柔らかに驚いた。二人はむしゃぶりつきたい気持ちを抑えてぎこちないながらも誠心誠意優雅そうに振る舞いながら食事した。

 あくまで優雅そうでありテーブルマナーは無茶苦茶であった。

 支払いを済ませ外に出ると二人はその日の疲れが一気に出た。やるの冷たい風が二人に吹いた。

「美味しかったねお兄ちゃん」

「うん」

「それと疲れたね」

「うん」

 二人は新居に帰り寝る事にした。もう何までやる気が起きなかった。

「ただいまー」

 二人は誰もいない新居に挨拶しながら入った。新居は大家の管理が行き届いており掃除をせずにその日から住む事ができた。

 二人はそれぞれ決めた自室に入り寝た。フカフカのベッドに温かい厚手の布団を二人は堪能した。

 新居での初めての就寝だが何も考える事が出来ず布団の気持ちよさも相待って二人はすぐに眠りについた。

 二人は思いもよらず寝坊した。アーティが寝坊するなんて珍しい事であった。

 翌日前の家の大家に鍵を返す傍ら屋台で簡単な朝食をとった。昨日の晩御飯と違い普通の味を二人は堪能した。他にも細々とした用事を済ませながらその日を過ごした。

 二人の貧乏性は抜ける事は無く準備金として渡されたお金を半分も使わなかった。残された金貨を見て二人は下品に笑った。

 

 遂にオーズが護衛騎士として初めて登城する日になった。その日はアーティも城の前までお見送りする事になった。

 ――子供の入学式かな?

 オーズはこの世界では伝わらない例えを心の奥底にしまった。

「9時に城門前でソニアさんと待ち合わせだからそろそろ出よう」

 オーズとアーティはそれなりに高い服を着て家を出た。城に勤める者とその親族は身なりをしっかりしなければならない。

 門の前でソニア立っているのが遠くからでも分かった。その赤い燃えるような髪はよく目立つ。

 二人が近づくにつれソニアの様子がおかしい事が分かった。ソニアは鬼の形相でオーズを睨みつけている。オーズは心当たりはないが何かやってしまったと思った。歩きながら必死で怒らせる事を何かしたか考えていると

「じゃあ私はこれで、お兄ちゃん頑張ってね」

 アーティは危険を察知し逃げる様に帰っていた。オーズはアーティの裏切りに失望し恐る恐るソニアの元へ向かった。

「ご機嫌麗しゅうソニアさん、今日も素敵な1日ですね」

 オーズはぎこちない笑顔と取り繕い不自然な挨拶をした。

 ソニアはその怒りのあまりキバが生えてきそうな口をゆっくりと開いた。

「オーズ殿?大家が確認しに来た時聞いたのだが家賃の値切り交渉をしたとか」

「いえ、まあ……そうですね」

 オーズはまずいと思った。まさか二人の所業がソニアまで伝わってると思ってなかった。

「私は準備金を渡した時姫様に仕える者として恥ずかしくない振る舞いをしなければならないと再三忠告したはずでは?」

「……はい、言ってました」

 オーズは門の前でこんこんとソニアに説教された。オーズは頭を下げるしかなかった。後日家賃は当然適正価格に戻された。

 オーズの所業を聞いたフレイルは笑い転げた。

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