護衛騎士の日常

玉座の間では護衛騎士の任命式が行われていた。

 オーズは護衛騎士の鎧を着込み髪を整え直立していた。先日ここに来た時も周りからは怪しい目で見られていたが今日はその比じゃない。

 兵士や貴族といった面々がオーズを睨んでいた。厳粛な式典であるため不満を口にする者は誰一人いないが誰も納得していなかった。

「オーズ、前へ」

 フレイルは玉座の前に立ちオーズを呼んだ。

 オーズは緊張しておりぎこちない歩みでフレイルの下へ進みフレイルの前で膝をついた。

「其方をフレイル・スウィンバーンの護衛騎士に任命する。これより私の剣となり盾となりその命を私に捧げよ」

「妃殿下の仰せの通りにこの命尽きるまで剣となり盾となる事をここに誓います」

オーズは練習通りに教えられた文言を言った。

「新たな護衛騎士に祝福を」

 フレイルが宣言すると参列者は拍手をオーズに送った。跪いているオーズは誰からも祝福も歓迎もされていないだろうなと分かっていた。顔を上げた時フレイルの顔が少し微笑んでいるようにオーズは見えた。

 式典は滞りなく終わった。そして護衛騎士としての日々が始まった。

 

 オーズの護衛騎士としての仕事は殆どなかった。四六時中フレイルの後ろで立って警護するだけであった。

 そして警護の合間に中庭でソニア監督の下素振りをする事になった。スキルがあるからといって剣は扱えなければならない。いざという時の手持ちの手段は多い方がいい。

 素振りをしてその後ソニアと剣と盾を装備して打ち合い、また素振りをするの繰り返しであった。初日は腕のパンパンになりスプーンも持てないほどだった。

 フレイルはそんなオーズを優雅にお茶を飲みながら応援していた。応援と言っても熱心なものではなく、心が全くこもっていない簡単なものだった。

 フレイルの姫としての仕事は殆ど無かった。マナーやダンスのレッスン、外国語に歴史の勉強を毎日していた。オーズはそんなフレイルを助ける事は出来ずただ側に立っているだけであった。

 催し物があると来賓としてフレイルは出席し少し挨拶をして後は座るだけであった。権力の無い王族など飾りに過ぎなかった。

 そんなフレイルの毎日を見てオーズは同情した。何一つ不自由なく自由のない生活にフレイルは何を考えているのだろうかと思った。

 全ての予定が終わりフレイルの自室に帰るとやっと本性を表す。

「疲れたー」

 フレイルはベッドに身体を放り出しゴロゴロした。

「姫様ドレスがシワになります」

 ソニアはフレイルを注意した。オーズはそんな高級なドレスを雑に扱うフレイルを見て血の気が引いた。

 ――あのドレス給料の何ヶ月分なんだ?

 どうしても庶民感覚が抜けないオーズはいつまで経っても城の物は怖くて触れなかった。

 フレイルの自室では主に土下座スキルの解明に力を入れていた。

 色々実験して分かったが土下座の無敵状態になるためには足と手のひらが地面に着いている様な状況でなければならなかった。手を上げたり片膝になると無敵で無くなってしまった。

 そして体勢さえ土下座をしていれば仰向けでも無敵になれた。そのセミがひっくり返った様な体勢にフレイルは笑い転げた。オーズも土下座をするより情けない気持ちになった。

 オーズは常にフレイルと行動を共にする為行く先々で白い目で見られた。貴族やメイド、そしてなにより王宮の兵士達に。

 兵士にしてみれば面白くない話である。訓練もせず剣も握った事のない平民が突如姫様の護衛騎士に抜擢されたのだ。

 ソニアはその事が分かっていたのでオーズには決して姫様から離れるなと忠告した。フレイルの近くにいれば兵士達は手を出さないのでオーズは安全なのだ。おかげで仕事をし始めてこのかた悪口は面と向かっては言われていない。

 これでは護衛騎士が姫に守られる形になっているがそもそもはフレイルのわがままが原因なのでオーズは全ての責任をフレイルに押し付けた。

 オーズが自宅に帰るとアーティが晩御飯の準備をしていた。

「おかえりお兄ちゃん」

 アーティは真っ白なエプロンに身を包みキッチンからご飯を運んでいた。オーズもキッチンに向かい食器の準備をした。

 アーティが作るご飯は日によってメニューが違った。今までは一週間豆のスープなんてざらであった。今は食卓に並ぶ料理が毎日変わり品数も増えていった。

 アーティは仕事を辞めたのでずっと家に一人であった。まだここに住んで間もないので招く様な友達おらず毎日兄の帰りを待つ生活になってしまった。毎日家に居てもやる事がないので本屋でレシピを買って料理に励むことにした。

 これまでと違い様々な食材を使えることによりアーティは料理を楽しんだ。元々凝り性であったため料理の腕はメキメキと上達していった。

 それでも高級食材などは使わず安い食材でいかに美味しく作るかが本人のポリシーであった。アーティの貧乏性も中々抜けなかった。

「美味しい!」

 オーズはアーティの料理に素直な感想を述べた。よく考えたら前世でも仕事が忙しくまともな食事をとっていなかった。

「そう?よかった自信あったんだ」

 アーティはニコニコしてオーズを見ている。二人は食事を楽しんだ。食事を楽しむなんて二人がまだ幼く両親が生きていた時が最後であった。

 食事が終わると二人で食器の片付けをする。そして用事が無ければすぐに寝てしまうのだ。ランプの油も勿体無いからだ。

 窓の外ではまだ街の火が灯っている。明かりを消して寝ているのは二人くらいであった。

 朝はアーティの方が早起きして朝食を作る。オーズはどうしても朝が弱かった。

 アーティに起こされてオーズは起床する。そして朝から簡易ながらも多くの料理がテーブルに並んだ。護衛騎士として訓練するようになったオーズにとっては沢山食べられるのは本当にありがたかった。

 食事が終わると二人で片付けをする。オーズは今日の帰りの時刻をアーティに教えてから城に向かう。

 アーティは玄関の前まで来て兄を見送った。

 今ではそこそこ慣れたものだが城の門番はオーズをいつも冷たい目で見ている。通り過ぎると後ろで何やら陰口を言ってるのは分かった。護衛騎士としての実力も無ければ実績も無いオーズは申し訳なさそうに通り過ぎるしかなかった。

 それは城の中に入っても同じことであり誰かにすれ違うたびに後ろでコソコソと陰口を言われる。オーズは寄り道をせずに真っ直ぐフレイルの下へ向かった。

 フレイルの自室の横にはオーズの部屋が用意されていた。そこで護衛騎士の鎧に着替えて一日の業務が始まる。これが護衛騎士になったオーズの一日であった。

 今日はオーズが城に泊まっていた。フレイルの自室の隣の部屋で待機するのだ。朝まで寝る事は許されずただ待つ仕事であった。社畜時代徹夜で仕事するなど当たり前であったオーズは苦ではなかった。

 苦ではないが何もしないのは辛かった。何かやる事があればいいのだが待機するのがオーズの仕事だ。気を抜くことは出来なかった。

 座っていると寝てしまいそうなので部屋の中をうろうろした。オーズが何をするわけでもなく待機しているとフレイルの声が聞こえた。

「兄ちゃん、兄ちゃん」

 フレイルは部屋にいないが確かに声は聞こえる。どうやらフレイルの自室側の壁から声が聞こえた。

 オーズが壁に近づくと壁には昨日までは無かった小さな穴が空いていた。

「聞こえる?兄ちゃん?」

 小さな穴からフレイルの可愛らしい声が聞こえた。

「聞こえるけどこの穴は?」

「空けちゃった」

 フレイルはいたずらっ子のような声で告白した。

「これでいつでも話せるね」

「いつでもって毎日話してるだろ」

 オーズは呆れていた。フレイルが自室にいる時はいつも砕けた喋り方でオーズと話していた。

「だっていつも誰かいるじゃん、そしたら兄ちゃんすぐよそよそしく喋るし」

 フレイルは姫だがその気性も性格も城で大人しくするにはあまりにも似合わなかった。そして両親も兄弟もいないフレイルにとってオーズだけが本音で話せる唯一の肉親であった。

「それで何を話すんだ?」

 オーズはフレイルに聞いてみた。オーズと話し相手がまだいれば起きていられるしフレイルと話していれば危機をすぐに察知できた。

「何でもいいよ、例えば兄ちゃんは城に来るまで何してたとか」

「そんなんでいいのか、特に面白い事なんてないぞ」

「いいからいいから」

 オーズはフレイルの注文通りこれまでの人生を話した。

 城下町で生まれて妹がいる。両親は流行病で亡くして妹と二人暮らしをしていた。それからは毎日仕事をして慎ましく暮らしていた事を。なんて事もないこの世界ではありきたりな人生だ。

 オーズが話していると壁の向こうで寝息が聞こえた。どうやらフレイルは寝てしまった様だ。

 今のオーズはフレイルに触れることはできない。頭を撫でる事も寝る時にさすってやる事も。兄らしい事は何一つ出来なかった。

「お休みアカリ」

 唯一出来るは声をかける事だけであった。

 その日からフレイルはオーズが宿直の日が楽しみになった。もちろんソニアには内緒である。


 フレイルは昼食を食べるために食堂に向かっていた。

「姫様、食後は王国史の勉強とダンスのレッスンです」

 ソニアは食後の予定を伝えた。フレイルは明らかに不機嫌そうな顔をした。オーズの記憶ではアカリの頃勉強は良くできていたが運動はそこまで成績はよくなかった。おそらくダンスレッスンが嫌いなのだろう。フレイルはオーズを睨んだがオーズにはどうする事も出来ない。

「応援しています姫様」

「他人事だと思って」

 オーズの言葉はフレイルには響かなかった。

 食堂に入るとフレイルは真ん中の席に座った。やたらとでかいテーブルだがそこにはフレイルしか座っていない。メイドやシェフは壁際に立っている。そこにはカミガーナー等多数の大臣もいた。

 食事のたびにオーズは悲しい気持ちになった。こんなに人がいるのにフレイルはいつも一人で食事をしている。どれだけ豪華な食事でも一人で食べるのは寂しいものだ。

 フレイルがオーズを手元に置きたい理由が護衛騎士になって分かるような気がした。

 フレイルは姿勢を正し美しいマナーで食事をしている。自室で転げ回って笑っていたフレイルとは同じ人物に思えなかった。

 食事中に大臣から王国の近況等をアーティは聞かされた。何もこんな時じゃなくていいと思うのだが食事とは時として会談の場になる。食事中にも話が出来て尚且つマナーも完璧でなければならない。他国の要人と会食する時にそれが出来なければ国のメンツに関わるのだ。王族は常に誰かの目を気にしなければならない。

 フレイルが食事を続けていると急に咽せ始めた。オーズは最初何か喉に引っかかったのかと思ったら。しかし周りの人間は険しい表情でフレイルを見た。オーズは流石に心配しすぎだと思った。

 しかしフレイルは咽せ続け顔色はどんどん青白くなっていく。コップを取ろうとする手が震えていた。ようやく取ったと思ったらコップを床に落としながらフレイルは倒れ込んでしまった。

 周りの臣下は慌てていた。すぐに動き出したのはソニアだった。

「姫様失礼します」

 そう言うとソニアはフレイルを起こし口を開けさせその中に思い切り指を突っ込んだ。

 フレイルは床に嘔吐した。何度も咽せながら胃の中の物を全て床にぶちまけた。

 先程までの優雅な食事が嘘の様に食堂は慌ただしくなった。

 オーズは何もする事が出来なかった。周りでは大臣が兵士に誰も外に出さないように指示していた。

 オーズはその中のカミガーナーに違和感を覚えた。慌ただしく心配しているがその目は冷たく笑っているように見えた。


 フレイルは寝室で横になっていた。その顔色は悪く呼吸も浅い。医師の診察によると食事に毒を盛られていたらしい。

 寝室にはソニアとオーズしかいない。

「毒が盛られるのはよくあるんですか?」

 オーズはソニアに質問した。ソニアは険しい顔でフレイルを見ている。

「ああ、何度かな」

「やっぱり姫様を暗殺するために」

「それもあるが警告の意味が強い。継承権を放棄しなければどうなるか分かっているか?という事だ」

 オーズは怒りを覚えた。こんな少女を私利私欲の為に苦しめる奴らにそして何より何も出来ない無力な自分に。オーズは拳を握った。解消されない怒りを握りしめた。

「兄ちゃんそんな顔しないで私は大丈夫だから」

 フレイルは横になりながらオーズに話しかけた。

「姫様お身体に触ります。どうぞ寝ていて下さい」

「大丈夫死にはしないから。だけど今回の毒はちょっとキツイね」

 フレイルはオーズに心配をかけないように気丈に振る舞った。オーズはその事が分かっていた。

「兄ちゃん手を握ってて」

 フレイルはオーズにお願いした。いつものフレイルとは思えない可愛らしいお願いであった。

 オーズは膝をつきフレイルの手を両手で握った。その手はか細くそして冷たく震えていた。

 オーズは初めてフレイルの置かれている状況を理解した。暗殺と言われていたがフレイルは明るく振る舞いそんな素振りは決してオーズに見せなかった。だからオーズは暗殺を現実のものと捉える事が出来なかった。しかし今は違うこうして目の前で毒で寝込むフレイルがいる。

 フレイルは苦しかったはずだ。早くに両親を亡くしその幼い背中に国を背負い、そして周りにはどこに敵がいるか分からない環境で生きて行かなければならないのだ。

 オーズはフレイルの手を離して土下座した。オーズには土下座くらいしかやれる事はなかった。

「ごめんアカリ、何も出来ない兄ちゃんで。こんな辛いのにアカリの事全然分かってなくて。今度から兄ちゃんが毒見するから、何でもするから死なないでくれ、それでまた楽しく過ごそう、女王にならなくてもいいから、何処に行ってもそばに居るから」

 オーズは謝り、願い、懇願した。それしか出来ない自分にもどかしさを感じながらも素直な想いを伝えた。

「バカ、大袈裟だから、まだ死なないから」

 フレイルは小さく笑った。

「そんなみっともない事してないで立ちなよ、それにそんなに身体も辛く無いよ?ほら休んでいたから段々と元気になってきたし……」

 フレイルは喋るのを止めた。何か違和感があったのだ。正確には違和感が無くなったのだ。それはソニアも気付いた。フレイルの顔色が見違えるほど良くなっている。

「あれ?辛く無い……なんで?」

 オーズは顔を上げた。そこには起き上がりすっかり元気になったフレイルがいた。

 フレイルは寝巻きのままベッドから降りてくるくるとその場で回った。そして血色が良くなった両手をまじまじと見た。

 三人は元気になった喜びより困惑の感情が大きかった。そしてこの不思議な現象について一つの可能性を思いついた。フレイルとソニアは床に座っているオーズを見た。フレイルはボソッと言った。

「もしかして土下座?」


 実験したところどうやら土下座スキルはフレイルにも適用されるようであった。オーズが土下座するとフレイルも無敵になる。先程フレイルが元気になったのは体内の毒を無毒化したからだ。

 ソニアも試しにオーズが土下座をしている時に叩いてもらったが痛かった。

 土下座スキルとはオーズが土下座をしているとオーズとフレイルが無敵になるものだった。

 フレイルは喜んだ。ソニアも姫の安全が保障された事により安心した。オーズも喜んだがそれに加えて疑問が生まれた。

 何故オーズが土下座をするとフレイルも無敵になるのか。オーズの土下座にフレイルは何も関係が無いように思えた。

 悶々と考えているとフレイルのある言葉を思い出した。

 スキルはその人間の人生に大きく影響される。

 前世でマサルが土下座をする時は謝罪やお願いする為であった。しかしそれはアカリの為であった。マサルは妹の為に方々で土下座をしていた。土下座はアカリを守るためであった。

 土下座スキルとは妹であったフレイルを守るためのスキルであったのだ。

「姫様この後どうしますか?念の為このままお休みになりますか?」

 ソニアはフレイルを心配した。しかしフレイルの答えは違った。

「私に毒を盛った狼藉共に目にものを見せてやる」

 フレイルの目はギラついていた。


 カミガーナーは執務室でご機嫌であった。カミガーナーの刺客が見事フレイルの食事に毒を盛ったからだ。

 ――小娘が調子に乗りおって。さっさと継承権を放棄すれば苦しまずに済んだものを

 カミガーナーは遠縁だが王家の血を引いていた。フレイルが失脚した暁には必ずや自分が王になるつもりであった。

 ――姫がどこぞの馬の骨を護衛騎士にした時は少し警戒したが、なんでもない小僧であった。あれはただの戯れのようだな

 カミガーナーは声には出さないが笑いが止まらなかった。

 ――今回ばかりは流石に姫も苦しいかっただろう、後は弱った心につけ入り心配する振りをして継承権の放棄を勧めるだけだ

 カミガーナーはあと少し脅せばフレイルが継承権を放棄してどこかの田舎に引っ込むと思っていた。

 カミガーナーは晩御飯を取る為に執務室を出た。その足取りは軽く玉座に座る自分を想像していた。

 廊下を歩いているとカミガーナーは思わぬ人物に出くわした。

「カミガーナー卿、随分とご機嫌のようで」

 フレイルであった。フレイルは元気にその長い金髪を揺らしながら歩いていた。

「これは姫様お身体の方は大丈夫なのですか?」

 カミガーナーは慌ててニヤついた顔を取り繕い心配そうな顔をした。内心ではものすごく焦っていた。

「調子も戻ったので今から晩御飯をいただきに食堂へ向かうところです、それでは」

 フレイルは満面の笑みで答え去っていった。カミガーナーの顔は引き攣っていた。

 カミガーナーは執務室に戻りすぐに毒を盛った刺客を呼び出した。その刺客はメイドの格好をした女性だった。

「おい、毒を盛ったのだろう!何故あんなに元気そうなのだ」

「分かりません、確かに食事中倒れたのは毒の症状によるものです」

 カミガーナーもメイドも何が何だか分からなかった。

「無臭ですが原液の匂いを嗅ぐだけでも苦しくて咽せるような強力な毒です。おそらく無理をしているのでは?」

 メイドの言葉にカミガーナーはフレイルの考えが分かった。

「なるほど我々への牽制というわけか。こざかしい真似を。ならもう一度毒を盛れ!あの血だけが取り柄の小娘を分からせてやるのだ」

 メイドは執務室から出ていった。

 カミガーナーは遅れながら食堂に向かった。その足取りはまた軽くなっていた。カミガーナーは食堂の扉を開けた。

「カミガーナー遅ればせながら参上致しました」

 そこには驚愕の光景が広がっていた。

 フレイルが美味しそうに食事をしているではないか。毒が入っている不安など微塵も感じさせぬほど堂々と美しい所作で食事をしている。まさに姫に相応しい佇まいだった。

 それよりカミガーナーが驚いたのが床にいる謎の物体であった。何故かフレイルの横で護衛騎士が土下座をしていた。周りの人間もチラチラと土下座をしている男を見ていた。その目は同情、困惑、恐怖、侮蔑と様々なものであった。

「あの姫様、遅れてきた為状況が飲み込めないのですが何故彼は土下座を?」

 カミガーナーは恐る恐る男の奇行をフレイルに尋ねた。

「ああこやつは私が苦しんでいるのに指を咥えて何もしなかった無能な護衛騎士だからこうやって反省させているのです」

「ははそうですか……それはそれは」

 カミガーナーはぎごちない笑顔を作った。性格の悪いカミガーナーも流石にやり過ぎだと思った。

 フレイルの下へ次々と食事が運ばれて来る。それをフレイルは美味しそうに平らげていく。

 土下座のせいで一瞬忘れていたが毒はどうなっているのかカミガーナーは分からなかった。

 カミガーナーは刺客であるメイドに目配せした。メイドもドン引きの表情を浮かべていた。

 ――おい、本当に毒を盛ったのか!

 何もカミガーナーは喋っていないがメイドは何が言いたいか分かっていた。

 ――確かに毒を盛りました

 メイドは必死に目で訴えた。

 フレイルは最後に出されたデザートを食べ終わり全ての料理を完食した。護衛騎士の男はその間ずっと土下座をしていた。

 フレイルは立ち上がった。そうするとようやく護衛騎士は立ち上がり食堂の扉を開けた。

「それではご機嫌よう」

 フレイルは爽やかに挨拶すると何事もなく去っていった。その後に二人の護衛騎士がついていった。

 食堂は扉が閉まると一気に話し声で溢れた。

「姫様あんまりだ」「それよりとても元気でいらした」

「俺も土下座させられるのか?」

 口々に疑問や不安を漏らしていた。

 執務室に戻ったカミガーナーはメイドを呼び出し詰め寄った。

「本当に毒を盛ったのか!効いていないではないか!」

 カミガーナーは怒っていた。

「確かに配膳前に毒を入れました」

 メイドにはスキルがあった。それは毒無効。自分で毒を盛りそして自分で毒味をして安全だと姫に渡す。それが今回の毒を盛った方法であった。

 メイドは小さな小瓶を取り出した。小瓶には無色の液体が入っていた。

「貸せ!」

 カミガーナーはメイドから小瓶を奪うとその蓋を開けてしまった。

「本当に効くのか!すぐに立ち直ったし食べても効かんし!」

「いけません!カミガーナー様!」

 メイドの忠告は遅くカミガーナーは小瓶を開けて毒の匂いを嗅いでしまった。

「ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!」

 カミガーナーは盛大に咽せた。その時小瓶の中身をぶちまけてしまい自分の服にかけてしまった。

 カミガーナーはさらに咽せた。服にかかった毒が延々とカミガーナーを苦しませる。服を脱ごうにも咽せてボタンが外さない。

 騒ぎを聞きつけた兵士が廊下から呼びかけた。

「カミガーナー様何かありましたか!」

 心配しているが事が事だけに二人は助けを呼ぶ事ができなかった。

「何でもゴホッ!何!持ち場にゴホッ!戻れ!」

 カミガーナーはしばらく苦しみ悶えた。


 自室に戻ったフレイルはご機嫌であった。久しぶりに心ゆくまで食事を楽しんだからだ。

「やっぱり何も心配せず食べるご飯は最高だね」

 オーズは弱って寝込んでいたフレイルを見ていたため元気になって嬉しかった。しかし

 ――もしかしてこれから毎日食事する時土下座するの?

 オーズは一抹の不安を覚えた。だかこれはフレイルを守る為のスキルだ、オーズはそれでフレイルが元気でいるならそれもいいかと納得した。

「それに見た?大臣たちの驚いた顔、最高だったでしょ」

 フレイルのご機嫌は止まらない。

「その件ですが食堂の中で特に怪しい動きを見せていた者がいました」

 ソニアはフレイルが楽しく食事をしている間に周囲の監視をしていた。いつもなら食事に異変がないか注視しているのだがオーズが土下座していたおかげで周囲に気を配れた。

「カミガーナー卿の動きがどうにも不審でありました」

 その名を聞きフレイルはニヤリと笑った。

「やっぱりあいつね、いつも胡散臭い笑顔で怪しかったのよ」

「それで今から捕まえに行くの?」

オーズは身構えた。遂に護衛騎士らしい事が起こるかもしれない事に。

「いや十分な証拠はない。相手は貴族だ、怪しいだけでは拘束は出来ない」

 ソニアは冷静だった。フレイルは不満げな顔を浮かべた。

「いつもコソコソやりやがって、さっさと尻尾を出せばぶっ殺してやるのに」

「姫様流石に言葉遣いが乱れています」

 フレイルはこれまでのフラストレーションを全てぶつけるつもりでいた。しかしそれは現状叶わなかった。どうしたらカミガーナーを捕まえられるか三人で考えているとフレイルが顔を上げた。

「いい事思いついた!」

 フレイルは自ら立てた作戦を二人に伝えた。

「反対です!姫様!それは危険すぎます!」

 ソニアはその作戦を真っ向から否定した。

「大丈夫、なんたって兄ちゃんがいるから。それに早く捕まえないと兄ちゃんのスキルがバレるかもしれないでしょう?その前に片をつけないと今度こそ私が危ないでしょ?」

 フレイルは自らの提案の正当性を主張した。

「確かにそうですが……それでも」

「じゃあ決まり、明日早速準備しよ」

 フレイル作戦の日が楽しみで仕方がなかった。ソニアはフレイルを止められない自分を悔やんだ。オーズは自分の妹は狂ってるんじゃないかと正気を疑った。

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