土下座という武器

オーズは馬車の中にいた。馬車の中にはフレイルが座席に座っておりオーズは床に座っていた。ソニアは御者として外で馬車を操っていた。その姿は深くローブを被り周りからは誰だか分からない姿であった。

 馬車はお忍びでフレイルの母の故郷に向かっていた。

 お忍びのため馬車の周りには護衛がおらず姫君が乗っているとは誰も思わないようになっていた。

 馬車はゆっくりと街道を進んで行く。舗装されていない道を行くためゴトゴトと馬車は揺れている。

「姫様そろそろ森の中に入ります」

 ソニアは外からフレイルに声をかけた。

「仕掛けて来るとしたらここら辺ね」

 フレイルは笑った。

「本当にやるのか?今なら引き返せるぞ?」

「やるに決まってるでしょ!腹を括りな」

 フレイルはオーズに檄を飛ばした。オーズは心配であった。おそらくこの後護衛騎士になって初めての本格的な戦闘になる。ソニアとは何度も試合をしたが今度は本気の殺し合いだ。この世界は日本ほど治安が良くない。王都の外で人が殺されるなど日常であった。しかし前世の記憶を思い出す前からオーズは殺しに抵抗があった。

「大丈夫、完璧な作戦だから」

 フレイルは自信満々だった。その自信がどこから溢れ出てくるかオーズは分からなかった。

 フレイルの立案したのは囮作戦だ。フレイルがわがままを言ってお忍びで母の故郷に帰る。その時に必ずフレイルの命を狙う刺客が来るはずでそれを返り討ちにし主犯を吐かせるつもりであった。

 普通に考えれば危険な作戦ではあるがフレイルはオーズが土下座をしていれば無敵である。だからフレイルは自らを囮にする事ができた。ソニアはオーズがいなければこの作戦は決して賛同しなかった。

 森の中に入り外は一気に暗くなった。オーズはいつ敵が来てもいいように土下座した。オーズは緊張して額から汗が流れた。

 馬車の音しか聞こえなくなってから数分後外からソニアの声が聞こえた。

「姫様」

「分かった」

 ソニアの合図にフレイルは即座に反応した。馬車はゆっくりと停車した。オーズはついに来たかと土下座に力が入った。

 馬車の前に四人の男達が武器を持って立ち塞がった。どう見ても善良な一般市民には見えない風貌であった。

「悪く思うなよ、殺しの依頼をされたからよ」

 男の一人がソニアに言った。ソニアはフードを取り剣に手を掛けた。

「誰の差金だ」

 ソニアは凛とした態度で男に聞いた。

「それは言えねえな、それに言ったところで無駄だろ」

 男達はニヤニヤ笑っていた。

 いつの間にか馬車の後ろにも三人の男達が現れて馬車を取り囲んでいた。

 フレイルは武器を取り馬車から降りた。馬車を降りる時ドスンと重たい音がした。

「おいおいなんだそれはお姫様」

 男達は笑った。それもそのはずフレイルが持っているの武器はハンマーであった。フレイルの格好にはあまりに不釣り合いの大きなハンマーを引きずって男達の前に立った。

「まさかそれで戦うつもりか?お姫様?」

「怖い怖い」「助けてー」「持てるのかよ」

 男達はフレイルを口々に馬鹿にした。どう見ても華奢なフレイルでは扱えない物であった。

 フレイルは笑った。そして勢いよくハンマーを振り回した。フレイルは何故がハンマーを振り回せた。

 オーズは作戦の前にフレイルのスキルを聞かされた。それは城の中でもごく一部にしか知られていない極秘事項であった。

 フレイルのスキルは「振り回す」

 フレイルが手に持てる物ならどんな重さでも振り回す事が出来る暴力的なスキルであった。

 本来ならスキルは成人した時に神殿で神託を受け授かるのだが、王族や一部の貴族は早いうちにスキルの有無を確認する事で身を守ったり進路を決めることにしていた。

 その為フレイルはまだ成人ではないが神託を受けスキルを運良く授かる事が出来たのだ。

 突然のフレイルの攻撃に男達は驚いた。フレイルが軽々とハンマーを振り回すと思っていなかったからだ。しかしすぐに体勢を立て直す。

「あれが聞いていたスキルだ!安心しろ!こいつはただ振り回してるだけだ!怖くねえ!」

 流石貴族からの刺客である。そこら辺のならずもとは場数が違った。

 ソニアも剣を抜き盾を構えて戦っている。護衛騎士に任命されるだけあって二人がかりでもソニアを倒す事は出来なかった。

 しかし多勢に無勢、ソニアだけではこれだけの人数を相手には出来ず多くの男がフレイルを狙っていた。フレイルもハンマーを振り回しているが隙が大きく簡単には当たらない。

 男の一人がフレイルの隙をついて剣で切り裂いた。男は笑った、確実に仕留めたと思ったからだ。しかしフレイルは元気にハンマーを振り回して男の脇腹にハンマーを殴りつけた。

「ぐあっは!」

 男は嗚咽の様な悲鳴を上げながらハンマーの衝撃で吹っ飛んだ。確実に骨が折れており男は動けなかった。口からは血が出ている。それは周りに衝撃を与えた。

「何やってやがる!ガキ相手に油断するからだ!」

 男達は何が起こったか分かっていなかった。どうせ剣を外しただけだと思った。

 男達はフレイルを取り囲んだ。フレイルがハンマーを振り回すが勿論当たらない。それでもフレイルはハンマーを振り回し続けた。

 一人の男が背後からフレイルを切りつけたしかしフレイルは倒れない。もう一人がフレイルに剣を刺した。しかし刃はフレイルを貫く事はなかった。

 ここでようやく男達は異常事態に気付いた。フレイルを倒せない事を。どんなに切っても刺しても全く通用しなかった。そして気付いた時には遅かった。ハンマーが男達を殴りつける。

「死ね死ね死ね!頭かち割ってやるからこっちに来いや!高貴なる私に剣を抜いたことを後悔させてやる!」

 ここで初めて男達はフレイルに恐怖した。フレイルは笑顔でハンマーを振り回す事ができ、こちらの攻撃は何も通用しないのだ。

 男達は逃亡しようとした。こんな相手は誰も勝てない。しかし逃げる者はソニアの剣の餌食になった。

 オーズは馬車の中で土下座をしていた。外の絶叫が聞こえるたびに土下座しているだけで戦闘をしないで済む事に心から喜んだ。女性二人が外で戦っている中土下座をしている事を少しも恥なかった。これが自分の戦いだと言い聞かせていた。

 それよりも

「オラ何処だ!殺しに来たんだろ!こっちに来いよ根性無しが!」

 フレイルの凶暴な雄叫びにオーズも恐怖していた。先日の床に伏し弱々しく手を握ってくれと言っていた少女はいったい何処に行ってしまったのか。オーズは遠い目をした。

 フレイルは自分を侮り馬鹿にしている人間をボコボコにするのが好きだった。人の苦労も知らないで好き勝手言うやつを殴り倒す事に快感を覚えていた。日頃のストレスをここで全て発散する勢いだった。

 戦いは終わった。当然勝利したのはフレイルとソニアである。

 辺りはひどい惨状だった。ハンマーをモロにもらった男達は地面にうずくまりピクピクと痙攣していた。あるものは血を吐き、またあるものは失禁していた。逃げようにも骨が折れて立ち上がれない者もいた。

 その中でリーダー格と思われる男が命乞いをした。

「待て!俺を殺せば首謀者が分からなくなるぞ!それでもいいのか?俺がそいつのとこまで案内するから」

「どうせカミガーナーでしょ」

 フレイルはあっさり首謀者を答えた。男は口をパクパクして何も言えなかった。

「別に話さなくてもいいよ、このお忍び知ってるのカミガーナーだけだから」

 その言葉で男は全てを悟った。フレイルに嵌められた事を。カミガーナーしかこの暗殺計画を立てられないのは明白だった。罠に嵌ったのは男達の方であった。

 ソニアは馬車に用意してあったロープを使い男達を縛り上げて放置した。あとで騎士団に連行してもらう為だ。今はそれよりも他にやる事がある。

「それじゃあ城に戻るよ」

 フレイルは馬車に乗り込んだ。そこにはずっと土下座しているオーズがいた。

「あ、忘れてたもう土下座しなくていいよ」

 オーズは安心した。やっと戦闘が終わったのだ。外の声で何となく分かっていたが念のため土下座を続けていた。

「姫様出発します」

 ソニアは馬を操り今まで来た道を引き返した。行きよりもだいぶ馬車は速く走っている。そのせいでより馬車は揺れた。

「兄ちゃんの土下座のおかげで安全にハンマーを振り回せて爽快だったよ」

「それはよかったです」

 フレイルは満面の笑みを浮かべていたがオーズの笑顔は引き攣っていた。フレイルに恐怖していた。

 ――絶対フレイルに逆らうのはやめよ

 オーズは決意した。元々姫と護衛騎士の関係だがその上下関係は恐怖によりさらに強固なものになった。

「これからどうするんだ?やっぱりカミガーナーのとこに?」

「当たり前でしょ!あのうすらハゲを血で赤く染めてやるんだから」

 オーズは背筋が凍った。今のフレイルならやりかねないからだ。

「兄ちゃんも来るんだよ、あいつ兄ちゃんを鞭で叩いたやつだから、一発くらい殴ってもいいよフレイル様が許可する」

「ありがたき幸せ」

 オーズはフレイルの提案に一応乗った。

「それより兄ちゃん、いつまで正座してるの?」

 オーズはずっと床に座っていた。


 カミガーナーは玉座の間にいた。そこにはカミガーナー以外誰もいない。逸る気持ちを抑えきれずにいた。

 カミガーナーは暗殺の成功を確信していた。わがまま姫の気まぐれでお忍びで出かけた所を襲撃する。適当に賊を襲われた事にすれば誰も文句は言わないだろうと。後はカミガーナーが王位を継ぐだけであった。

 ――まさかこうも簡単に次のチャンスが巡って来るとは、これは神が私に王位を継げと導いているに違いない

 カミガーナーは玉座を見た。

 ――後もう少し、もう少しであそこから全てを見下ろすのだ

 カミガーナーは野心家でありプライドが高い男だった。今までも王家に仕えてきたが王家に頭を下げる事を嫌っていた。そしてフレイルが次の王位を継ぐ事が許さなかった。自分より何歳も年下の小娘に頭を下げて仕えるなど想像しただけでも反吐が出た。

 カミガーナーは自身のプライドの為だけにフレイルを暗殺しようとしていたのだ。

 カミガーナーの背後で扉が開いた。振り返ると扉の先に兵士達が立っていた。その兵士達の目は鋭くカミガーナーを睨んでいた。

「誰だ!何の用だ!」

 カミガーナーは兵士に怒鳴った。せっかく人が気持ちよく玉座に座る光景を思い描いているところに水を差したからだ。

「私が用事があるのです」

 コツコツと廊下から歩く音が聞こえた。兵士の後ろからフレイルが現れた。その顔は凛々しくカミガーナーを睨みつけていた。

「なっ!え?姫様!」

「どうしました?カミガーナー卿。まるで私が生きてる事がおかしいような顔ではありませんか」

 フレイルは嫌味ったらしくカミガーナーに質問した。

「いえそんな、てっきりもう出立したかと、まさかまだ城におられるとは」

 カミガーナーはしどろもどろに言い訳をした。額には汗をかきどう見ても狼狽えていた。

「いいえ、確かに私は数刻前に城を出ましたわ。ただ道中問題が発生して引き返さざるおえなかったのです」

 フレイルはわざとらしく話した。カミガーナーは焦りに焦った。

「それは誠に残念ですなあ。姫様はお忍びを楽しみにしておいででしたのに」

 カミガーナーもわざとらしい。

「そうねせっかく楽しみにしていたのに残念だわ。だから私の旅を邪魔した不届者にはしっかりとは罰を与えないといけませんね」

「それなら私めが姫様の代わりにその賊を処罰致しましょう。奴らは今何処に?」

 カミガーナーは自らの手で刺客を処分して証拠隠滅を企んだ。どうせ使い捨ての駒でありすぐに代わりは補充出来るからだ。

「それには及びませんわカミガーナー卿。それにしても不思議ね、私一度も賊に襲われたなんて一言も言っていないのに」

 カミガーナーの顔が青ざめた。フレイルの周りの兵士も疑いが確信に変わったようでカミガーナーを見る目は罪人を捕まえようとするより鋭いものとなった。

「いえ、それは何と言うか」

「それに奴らですって?何で一人じゃなくて複数人だと思ったのですか?」

「え!それも何と言うか」

 フレイルが手を挙げ合図すると兵士がカミガーナーを取り囲んだ。カミガーナーに逃げ場は無かった。フレイルは勝ち誇った笑顔を見せた。

「茶番は終わりにしましょうカミガーナー卿。言い訳は豚箱でたっぷりと言ったどうです?それはそれは長い事入っていられるのですから」

 カミガーナーは力無く座り込んだ。口は開けっぱなしで額から汗が滝のように流れている。

「カミガーナー・ウスイナルを拘束せよ」

 ソニアが兵士に指示した。兵士はカミガーナーの腕を上げて無理やり立たせて連行した。カミガーナーは足はフラフラと覚束なく兵士に引っ張られらように歩かされた。扉の前にくると何かカミガーナーがぶつぶつと呟いていた。

「まだだ、まだ終わっておらん、こんなところで終わってなるものか」

「あらまだ何か?」

 フレイルはカミガーナーに余裕の態度見せた。

 カミガーナーは兵士の拘束を振り解き胸の内ポケットから何かを取り出して飲み込んだ。それはあっという間の事で誰も止める事が出来なかった。

 「何をしている!」

 ソニアは叫び。兵士はカミガーナーを床に押さえつけた。カミガーナーは押さえつけられているのに不気味に笑っていた。

 押さえつけられているカミガーナーから黒いモヤが出た。兵士は驚きカミガーナーの拘束を解いてしまった。

 兵士達はすぐに武器を構えてカミガーナーを取り囲んだ。ソニアも剣と盾を構えた。

 カミガーナーはモヤを出しながらゆっくりとゆらゆらと立ち上がった。

「何をしたカミガーナー!」

 ソニアはカミガーナーに問いかけた。カミガーナーは笑っていた。

「ふはははははは、最終手段だ」

 カミガーナー顔は歪み口からは鋭い牙が生えてきた。身体は一回りも大きくなり身体中に鱗が生えて着ていた服がはち切れた。手は異常なほど大きくなり指の爪も巨大化し何もかも引き裂けるほど鋭利になった。

 カミガーナーは元が誰だか分からないほど変貌し正真正銘の化け物になってしまった。

 カミガーナーは雄叫びをあげた。兵士達はその雄叫びを聞いてすくんでしまった。

「攻撃を許可する!」

 ソニアの判断は早かった。ソニアの指示により兵士達は一斉に槍を突き立てた。しかしカミガーナーの硬い鱗に全て弾かれてしまった。

「いいぞ!いいぞ!最初からこうすればよかったのだ!」

 カミガーナーは大きな腕を振り兵士達を吹っ飛ばした。兵士は壁まで飛ばされてしまった。カミガーナーは恐ろしい力を有していた。

「オーズ殿!土下座!」

「はい!」

 ソニアの指示でオーズはその場で流れる様な動きで土下座した。ソニアはフレイルの前に立ち剣と盾を構えた。フレイルも倒れた兵士の剣を取り不慣れながらも剣を握った。

 カミガーナーは己の力を楽しんでいるかの様に暴れ回り次々と兵士を薙ぎ倒していく。

「最後に変身するなんてボス戦って感じ」

「言ってる場合か!」

 オーズはフレイルにツッコミを入れた。フレイルは軽口を叩いているが焦りの表情が見えている。

 オーズは逃げたくても玉座の間の扉の前にカミガーナーは陣取っている。これでは逃げられない。

 騒ぎを聞きつけた兵士達が続々と集まっているが刃が通らなければどんなに数がいようと無駄である。

「せめてハンマーさえあれば」

 フレイルは悔しそうに言った。フレイル愛用のハンマーはここには無い。そもそも戦闘になるとはつゆ程思っておらず何かあれば兵士だけでも事足りるはずだった。

 カミガーナーがフレイルの方を見た。

「どうせもう王にはなれんが私を侮辱した小娘に罰を与えなければ気が済まん!」

 カミガーナーはどすどすとこちらに近づいてきた。カミガーナーの後ろでは兵士が槍で突いているが全く効いていない。

「邪魔だ!」

 カミガーナーは腕を一振りすると当たった兵士が飛ばされた。兵士の中には恐怖し動けない者もいた。

 カミガーナーはオーズを見た。

「何だ小僧命乞いか?女を盾にして情けないそれでも護衛騎士か?」

 カミガーナーの言う事は至極当然の事であった。姫の危機が迫っているのに土下座してる護衛騎士なんていてはならない。

「正論はやめろ!」

 オーズは土下座しながらカミガーナーに反論した。情けないのはオーズが誰よりも分かっていた。しかしこれがオーズの戦いなのだ。

 ソニアとフレイルがカミガーナーに切りかかった。勿論二人の攻撃はカミガーナーに全く効いていない。それでも二人は斬り続けた。

「はっは愉快愉快、姫が必死になって。無駄のことを」

 カミガーナーは腕を大きく横薙ぎした。ソニアは回避できたがフレイルは避けられなかった。フレイルは吹き飛ばされ壁に激突した。

「姫様!」

 ソニアはフレイルに駆け寄った。しかしフレイルは何事も無かったように立ち上がった。カミガーナーは驚愕した。

「何故立てる、確かに直撃したはず」

 カミガーナーはフレイルが無傷でいる事を怪しんだ。フレイルのスキルは知っていた。だから別の何かがフレイルを守った事になる。

 そしてカミガーナーはオーズの方を見た。オーズとカミガーナーは目があった。

「もしや小僧?貴様の力か?そういえば食堂でも土下座をしていたな」

 カミガーナーの勘は鋭かった。と言うよりこの場で不自然に逃げ出しもせず土下座を続けている男を怪しまない方がおかしかった。

「なら先に貴様からだ」

 カミガーナーはオーズに近づいて行った。オーズは土下座をしながら器用に後ろに下がった。それはそれは情けない姿であった。しかしそんな事をしても逃げられる訳もなく簡単に追いつかれた。

「死ね!」

「ひぃいいいい!」

 オーズは情けない悲鳴を上げた。カミガーナーはオーズをその巨大な手で叩きつけた。

「兄ちゃん!」

 フレイルは叫んだがオーズはカミガーナーの手の下でピンピンしていた。

 ――こえー、大丈夫だと分かっていても怖すぎる

 オーズはビビり散らかしていた。オーズは土下座以外何もできない。土下座を止めれば即死してしまう。

「何だお前も効かぬのか」

 カミガーナーは何度も何度も手でオーズを叩いた。オーズは無傷であるが床はヒビが入った。ドスンドスンと玉座の間に衝撃音が響き渡る。

「姫様今のうちにお逃げ下さい」

 ソニアがフレイルの手を引っ張り逃げようとする。

 カミガーナーは振り返りフレイルを見た。

「逃すと思うか!」

 カミガーナーはオーズを手で掴みフレイルに向かって投げた。

「うわぁぁぁぁぁああぁぁぁ!」

 フレイルとソニアに当たりはしなかったがオーズ叫びながら壁に激突した。

「大丈夫!兄ちゃん!」

 フレイルは心配したがやっぱりオーズは無傷である。

「めっちゃ怖かったけど大丈夫、心配するな、必ず守るから」

 オーズは精一杯フレイルを励ました。

 しかし事態は深刻であった。オーズが土下座をしている限り二人は無敵だ。しかしそれでは何も解決しない。カミガーナーも攻撃が効かないがフレイルを掴むことができる。そうやって遠くに連れて行く事も可能なのだ。そうなったらいつかはフレイルは殺されてしまう。カミガーナーの変身もいつまで続くか分からない。どうやっても事態が好転するとは思えなかった。

 カミガーナーがニヤニヤ笑いながらゆっくり向かってきている。

 ソニアはフレイルを守るように前に出て盾を構えた。

 フレイルは決断した。

「二人とも逃げて。私が時間稼ぎするから」

「何を言っているのですか姫様!」

 ソニアはフレイルの発言に怒りを表した。

「そうだ逃げるならお前だろ、俺が時間稼ぎするから早く逃げろ」

 オーズもソニアに同調した。

「あいつはわたしが狙いでしょ、だから私さえ捕まれば満足するはず。これ以上被害を出すことはできない」

 フレイルは目は気高い王族のものだった。周りには倒れた兵士達がいる。

 オーズは自分の無力さに打ちひしがれた。

 ――守るって約束したのに、また死んじゃうのか

「アカリ……」

 オーズは涙声で妹の名を口にした。

 フレイルはオーズの前に膝をついた。

「バカ、兄ちゃん今はフレイル様だよ、兄ちゃん少しのだけど楽しかったよ」

 フレイルはオーズの手を強く握った。その手は震えていた。オーズはフレイルの震えを感じるたが何も出来なかった。

 オーズは涙を流した。毒を盛られた時だって賊に襲われた時だってそして今だって何も出来ない。土下座する事で何か役に立つと思ってたのに肝心な場面でどうする事も出来なかった。

 前世の死ぬ時もそうだった、ただ倒れて妹を守れずただ心配する事しか出来なかった。あの時の後悔がまたオーズの襲ってきた。

 力が欲しかった。妹を守れるだけの力が欲しかった。でもオーズにはそれは叶わなかった。

 オーズは涙を流して少し浮いた。

「え?」

 オーズはキョトンとした。感傷に浸っていたらなんか浮いたのだ。フレイルを見るとフレイルとキョトンとした顔をしている。先程の真剣な表情はそこに無かった。

 ――浮いてる?なんで?

 オーズは自分が床から少し浮いている事に焦った。オーズは生まれてこのかた浮いたことは無い。

 フレイルは少し考えてからニヤリと笑った。オーズは何かを察した。

「そうか、最初からこうすれば良かったんだ」

「待て、アカリ、落ち着け、少し考えよう」

 フレイルは土下座の姿勢のままのオーズを持ち上げた。そして片手でオーズの手首を持ち肩にかけた。

「待って!危ないから!怖いから!下ろして!」

 オーズは命乞いをしている様であった。

 カミガーナーもソニアも目を見開き茫然としている。

「さあ、仕切り直しね」

 フレイルの顔は自信に溢れていた。

 フレイルのスキルは振り回す。フレイルが掴める物なら何でも振り回せる能力である。フレイルはオーズを掴んだ。感動的なシュチュエーションで掴んでしまった。

 オーズが土下座をしている限りフレイルは無敵であり。また土下座をしている無敵のオーズをフレイルは武器にできる。まさに攻略不可の無敵の組み合わせであった。

 フレイルは片手でオーズを振り回した。推定60キロを超える鈍器がカミガーナーの膝に直撃する。あまりの痛みにカミガーナーは膝をついた。

「そんなバカな事があるか!」

 カミガーナーは叫んだ。オーズもそう思った。

「散々私に毒を盛ったりと苦しめたでしょ?ただじゃおかないから」

 フレイルはそう宣言するとカミガーナーをオーズでボコボコに殴り始めた。まさかカミガーナーも自分が鞭でしばいた相手でしばかれるとは夢にも思わなかっただろう。オーズも自分が鈍器の代わりにされるとは夢にも思わなかった。

 オーズは土下座をするしか出来なかった。もちろん痛みはない。ただ妹に鈍器代わりにされている事に悲しんだ。

 ――何でもするって言ったけどこういうことじゃない

 オーズは自分がフレイルとした約束を後悔した。

 フレイルがオーズは振るたびにオーズの視界にはチラチラとボコボコにされているカミガーナーが映る。その顔は恐怖に歪んでいた。そして少し離れた所で見ているソニアはドン引きした表情をしていた。

 ――そんな目で見るなよ

 オーズは涙が出た。それは先程の感動的な涙では決してなかった。

 フレイルの手が止まった。散々殴られたカミガーナーの顔面は腫れ上がり歯も折れ吐血していた。

「何なんだ何なんだお前らは!どうかしてるぞ」

 カミガーナーは叫んだ。どうかしているのはお前らではなくフレイルの方だ。まるでオーズまでこの惨劇の片棒を担いでる様な口振であった。担がれているのはオーズの方だ。

「何だですって?これは兄妹の絆だ」

 フレイルは高らかにそう宣言した。オーズの絆では無いと確信していた。

「兄妹?何を抜かしておる!」

「分からなければそれでいい。だけどその身に刻んだあげる!」

 フレイルはオーズを振り上げた。オーズは床を見下ろした。オーズは何かを叫んでいる。カミガーナーも何かを叫んでいる。

「これが兄弟の絆!くらえ!必殺兄ちゃんハンマー!」

 フレイルは勢いよく兄ちゃんハンマーをカミガーナーの頭上に振り下ろした。

 鈍い打撃音が響き、その衝撃は床が振動するほどであった。

 カミガーナーは脳天に痛恨の一撃をもらい白目を剥きながら床に大きな音を立てうつ伏せで倒れた。

 カミガーナーから黒いモヤが出る。すると徐々にカミガーナーは元の人間の姿に戻っていった。にんげんに戻った姿も化け物の時と同様に全身を殴られていてボロボロであった。

「これで解決。これも私と兄ちゃんのおかげだね」

「……そうですね」

 フレイルは笑顔だがオーズは何だか納得できないモヤモヤした表情であった。ソニアも何だか目が死んでいる様に見えた。廊下で見ていた兵士達も歓声を上げる事もなく死んだ様な目で見ていた。諸悪の根源を倒したのにフレイル以外誰も喜んでいなかった。、

「ソニア早く捕まえて」

 フレイルはソニアに指示した。ソニアは我に帰り慌ててカミガーナーを拘束した。兵士達も雪崩れ込みカミガーナーを取り押さえた。

「やっぱりゴミカス野郎はシバくにかぎるね兄ちゃん」

「そうですね」

 フレイルは爽やかな表情であった。今までの鬱憤という鬱憤を全てカミガーナーにぶつけたからだ。それは毒の件や襲撃そしてカミガーナーには関係ないレッスンのストレス等本当にありとあらゆる全てであった。

「あのーフレイル様」

「何?」

「そろそろ下ろして頂けませんか?」

 オーズは兵士やメイドの怪訝な表情や冷めた目に耐えきれなかった。

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