合体奥義!兄ちゃんファイナルスラッシュ!

「邪竜が復活した!即時撤退せよ!黒い瘴気が届かぬ場所まで撤退せよ!武器や鎧を捨て少しでも速く遠くへ撤退せよ!」

 谷から抜けるとソニアは大声で命令した。その言葉に邪竜教徒は歓喜し、兵士達は恐れ慄いた。

 兵士達は直ぐに撤退を開始した。剣や槍を手放して林の奥へと撤退していく。兵士達にとって武器を捨て姫を残して撤退するなど屈辱の極みだが自分達に出来ることなど何も無い事は最初から分かっていた。

 それでも撤退していく兵士達は、

「ご武運を!」「フレイル様に勝利を!」「スウィンバーン王国万歳!」

 そう言って撤退していく。それが兵士達に出来る精一杯であった。

 荒野には歓喜に湧く邪竜教徒しかいなくなった。教徒達は逃げもせずその場に残り邪竜の登場を心待ちにしていた。

 撤退の殿を務めたのはギースリーであった。兵士達が撤退をしたのを確認するとフレイルに向かって叫んだ。

「撤退完了しました!このまま兵士達を引き連れて村に戻ります!フレイル様ご武運を!ソニア、ルーン!必ず生きて帰れよ!そしてオーズ君にアーティちゃん!妹達を頼んだ!」

 ギースリーは撤退していった。その後ろ姿をソニアとルーンはジッと見送った。

 しばらくすると谷の奥から黒い瘴気が溢れ出てきた。それと同時に奥からズゴゴと崖が崩れる音が聞こえてくる。

「本当、しつこい」

 フレイルは愚痴をこぼした。

 黒い瘴気が荒野に広がっていく。それは歓喜している教徒達の下にも届いた。瘴気は命を奪う相手を区別しない。林の木々や草花と同様に教徒達の命も奪っていく。

 先程まで歓喜していた教徒達だが、周りがバタバタと苦しみ倒れ始めると我に返ったのか、悲鳴を上げながら逃げ始めた。しかしもう遅い、今更逃げ切れるわけもなく誰一人助からないまま不毛の大地に倒れ込んだ。

 フレイル達もその光景を見ていたが助ける事はしなかった。例え邪竜教徒でなくても最早間に合わない。今はただジッと谷から姿を現す邪竜を待ち続けた。

 谷の合間から邪竜が顔を出した。

「ほう、まだ我に歯向かうと言うのだな」

 邪竜は荒野に残るフレイル達を見付けて言った。

「アンタを倒す為にね」

 フレイルは武器と化したオーズを邪竜に向けて突き出した。

「威勢はだけはいいな小娘。それよりさっきからその手に持っている男は何だ?今はそういう時代なのか?」

 流石の邪竜もオーズの扱いには困惑していた。

「私の最強の兄ちゃんよ」

 フレイルは堂々と言い切った。

「我が言うのもなんだが兄は大切にした方がいいぞ」

「余計なお世話だから!」

 フレイルは邪竜に向かって走り出した。その後にソニアとルーンが続く。ソニアは女神の槍を構えている。

 フレイルはオーズで殴り、ソニアは槍で突き、ルーンは爆発で邪竜に攻撃していく。どの攻撃も邪竜に当たりはするが効いている様には見えなかった。

 勿論邪竜も黙って見ている訳もなく前足を振り下ろしたり尻尾で叩きつけるなど一度喰らえば即死してしまう攻撃を繰り返した。しかし無敵の妹達にはどんな攻撃も通用しない。

「むう……何故死なない」

 邪竜は焦りさえしないが動揺していた。矮小な存在な筈の人間が何度攻撃しても起き上がり立ち向かってくるからだ。そんな無駄な攻撃を繰り返していると、

「まあよい、我の脅威になるとは思えん」

 邪竜はそう言うと大きは羽を広げて羽ばたき始めた。

「逃げるつもりです!どうしましょう姫様!」

 ルーンはフレイルの下に駆け寄りながら次の指示を聞いてきた。

 邪竜の巨体は大地から離れ空へと飛び立った。フレイルはその場でぐるぐると回り邪竜目掛けてオーズを投げ飛ばした。

 しかし邪竜にオーズが届くことは無く、オーズは力無く落下していった。

「やっぱり届かない」

 フレイルが悔しそう声を掛けて出してどう対処するか考えていると、

「姫様!私に考えがあります!」

 ルーンが駆け寄りフレイルに自ら考えた作戦を伝えた。その作戦はフレイルを驚かせた。近くで聞いていたソニアとアーティは顔を引き攣らせている。

「これなら空にいる邪竜に届くと思います!」

「ルーン、本当にいいのね」

「はい!この身は姫様に捧げています!」

「分かりました」

 フレイルはルーンの作戦を受け入れた。

 ルーンは地面に横になり体をピンと真っ直ぐにして待機した。フレイルはオーズを持ち軽く上に投げた。そして地面のルーンの足を掴み持ち上げてブンブンと振りまわした。

 オーズが上から落ちてくる。そのタイミングに合わせてフレイルはルーンを振り抜いた。アッパースイングで振られたルーンは見事オーズにジャストミートした。当たった瞬間ルーンはオーズを爆破した。

 勢いよく打ち抜かれたオーズは爆炎と共に邪竜に向かって突っ込んでいく。先程投げ飛ばされた時より速く、そして高くオーズは空を裂いていく。

 その異様な光景を空から見ていた邪竜は何をしているから分からなかった。その戸惑いが邪竜の判断を遅らせた。

 オーズは邪竜の羽にぶち当たった。邪竜の空中姿勢は崩れて必死に持ち直そうとしている。

「アーティ!もう一丁!」

「あ、はい!お兄ちゃん来て!」

 フレイルの掛け声にアーティは反応してオーズに呼び寄せた。

 アーティに向かって落ちてくるオーズだが、アーティの前には勿論フレイルがブンブンとルーンを振り回して待機している。

「ほら!もう一発!」

 フレイルまたしてもオーズをアッパースイングで打ち上げた。オーズは邪竜に突っ込んでいく。邪竜は先程の衝撃で体勢を立て直していない。それでも必死で羽ばたき回避しようとしている。

 またしてもボール代わりに打ち込まれるオーズは邪竜に命中した。そこからはこの不毛の大地はバッティングセンターと化した。

 打者フレイル、バットはルーン、ボールはオーズ。そしてキャッチーの位置にアーティがいる。

 打ち込まれそして返ってくるオーズをフレイルは邪竜が堕ちてくるまで何度も振り抜いた。邪竜にダメージこそ無いが戦闘を避けようとして飛び立とうとした思惑は叶わず大地に堕ちていった。盛大な音と土埃を上げながら邪竜は大地に横たわった。

「これが人間のやる事か……」

 邪竜は大地に堕ちた衝撃で未だ動けずにいる。

 更に追い討ちをかけたいが邪竜には外傷らしいものは見当たらない。このままではお互い消耗するのは目に見えていた。

 しかしフレイルには一つの考えがあった。ルーンを振り回しているうちに思い付いた作戦である。

「みんな聞いて、これなら邪竜を倒せるかもしれない」

 フレイルの案は単純であった。オーズの上に槍を持ったソニアを乗らせて、フレイルがバットと化したルーンを振り向いて爆発と共に邪竜に突っ込んでいく。その反対側にはアーティがおりオーズを引き寄せ事で更に加速し威力を増して、邪竜に槍を突き刺す作戦である。

 散々バットになったルーンは勿論賛成であり、オーズも乗り物になる事は慣れていたので承諾した。ソニアは、

「……分かりました。私の力では槍を通す事は出来ません」

 少し複雑な表情であったが納得した。遂に自分までぶっ飛ばされるとはと心の中で嘆いた。

 フレイルは各々に指示を出した。

「さあ、邪竜が起きる前に準備を!アーティ!邪竜の反対側に回り込める?」

 しかし邪竜は今にも動きそうであった。それを見たアーティは、

「姫様!間に合いません!私を向こうまで飛ばして下さい!」

 まさかの提案にオーズとソニアは驚いたがフレイルは即座に反応した。

「分かった!行くよ!」

 そう言うとフレイルはルーンを振り回してアーティの背中にぶち当てた。勿論爆発付きである。

 アーティは邪竜の背中を飛び越えて飛んでいく。妹達の覚悟の決まり具合にオーズは怖くなった。ソニアも側仕えであるアーティが体を張ったのだ自分もやらねば恥ずかしいと思い決心した。

「アーティ!大丈夫?」

「はい!姫様!無事です!」

「じゃあ爆発が合図だから!」

「分かりました!」

 ソニアはオーズに上に乗った。そこで一番安定するであろう態勢を模索した。そして辿り着いたのがオーズの頭に太ももを挟み込む形であった。「えっ!ソニアさん!?太もも!?」

「うるさい!何も言うな!我慢しろ!」

 ソニアもオーズも恥ずかしかったが今はそんな時ではない。ソニアはオーズに跨り槍を構え邪竜に向かって突き出した。その後ろでフレイルがブンブンとルーンを振っている。

「いくよ!」

 フレイルはルーンを振り抜きオーズとソニアを打ち抜いた。それと同時に爆発が起きる。その音を聞きアーティはオーズを引き寄せた。

「お兄ちゃん!来て!」

 凄まじい速度でオーズとソニアは邪竜に突撃していく。ソニアは全身に強い風を受けながら必死で槍を構えている。身を屈め体勢を維持する。少しでも力を抜けばその風圧で吹き飛ばされてしまいそうだった。

 邪竜は目の前に迫る異形の男女に目を見開いた。人間は愚かだと常々思っていたがまさかこんな馬鹿げた攻撃をしてくるとは考えてもみなかった。しかしその馬鹿げた攻撃こそが今まさに己の命を奪うと迫ってくるだ。

 邪竜は口から黒い炎を全力で吐き出した。相手に効かない事は承知の上でこの二人を何とか吹き飛ばすつもりなのだ。

 オーズとソニアは黒い炎に包まれた。ほんの数秒であるが二人の姿は完全に見失った。中でどうなっているかは分からない。

 ――やったか!

 邪竜は黒い炎を吹きながら勝利を願った。

 次の瞬間、黒い炎を槍が裂いた。炎を掻き分けオーズとソニアが邪竜の口元目掛けて突っ込んでくる。

「がっ!!!」

 邪竜が何か言おうとしたが遅すぎた。

 二人は邪竜の大きく開いた口に突っ込んで行った。そして口の中に入ると喉元から長い首にかけて槍を突き立て裂いていく。裂かれた箇所から黒い炎と瘴気が一気に噴き出す。その中でも女神の槍は美しく輝き放ちキラキラと一筋の光が闇を引き裂いていく。

 二人は首を突き抜け外に出るとアーティの下へ一直線に飛んでいく。ソニアは後ろを振り邪竜の様子を見た。

 邪竜は断末魔の様な叫び声を上げながら立ち上がり頭を天に突き出している。喉元から首にかけて裂いた傷から黒い瘴気が大量に漏れ出し大地に降りてくる。

 二人はアーティの下へ無事に着いた。その後直ぐにソニアはオーズから降り邪竜に向かって槍を構えた。フレイルも向こう側でルーンを構えている。

 邪竜の叫び声が段々と小さくなっていく。傷口から出てくる瘴気も少なくなってきている。そして完全にその声が聞こえなくなると立ち上がっていた邪竜の巨体がゆっくりと力無く倒れてくる。

 ズシンと大きな音を立て邪竜の体は完全に大地に倒れ込んだ。大地を揺らして倒れ込んだ邪竜はピクリとも動かない。

 フレイル達は邪竜の頭の付近に集まった。

「死んだんですか?」

 ルーンが恐る恐る邪竜に近づく。

「念の為首を切り落としましょう」

 ソニアはそう提案すると邪竜の喉元の傷口に槍を突き立てガシガシと首を切り落としていく。どんなに槍を突っ込んでも邪竜は起きる気配が無い。

「勝ったんだ……」

 フレイルは誰にも聞こえないような小声で溢した。

 そしてようやく実感が湧いてきたのかフレイルは飛びねながら喜びだした。

「勝った!勝った!勝ったー!!」

 フレイルはアーティに抱きつき、ルーンに抱きつき、首を切り落としているソニアにも抱き付いた。

「フレイル様!危ないですよ!」

「いいでしょ!これくらい!」

 そして最後に土下座しているオーズの上に覆い被さる様に抱き付いた。

「勝った!勝ったよ!兄ちゃん!兄ちゃん!!」

「分かった!分かったから!」

 オーズは土下座を止める事は出来ない。まだ邪竜の瘴気が蔓延しているかもしれないからだ。そんな事もお構いなしにフレイルはオーズを抱きしめて、バシバシと叩きオーズと喜びを勝手に分かち合っている。そこには王家の使命から解放されたただの少女がいるだけであった。

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