本当の伝説
遂にその日が来た。
フレイルの祖母であるエリザベート・スウィンバーンに会う日が。
フレイルは祖母に会う事を知ってからマナーのレッスンをより真剣にこなしていた。オーズは何がそんなに怖いのか分からなかったが、あのフレイルに恐れられている人間なのだから凄い人間なのだろうと感心した。
そして今フレイルは扉の前にいる。部屋の中にはエリザベートが既におりフレイルを待っているのだ。
「姫様?」
扉の前で止まっているフレイルにアーティは心配そうに声をかけた。緊張で手が震えているフレイルは意を決した。
「開けてちょうだい」
フレイルの指示に従いソニアが扉を開けた。緊張の面持ちでフレイルが部屋の中に入っていく。
部屋の中には背筋を伸ばしてシャンと座ってる七十代くらいの女性がいた。七十代と言ってもその姿はキリッと引き締まっており、その目からは力強さを感じた。髪は真っ白な白髪だがしっかりと整えられており艶を出してきっちりと纏められている。服は飾り気の無い至ってシンプルなドレスで、それがより彼女の雰囲気を引き締めていた。
この女性こそフレイルの祖母、エリザベート・スウィンバーンである。
「お久しぶりですお婆様」
フレイルはそれはそれは丁寧な挨拶とお辞儀をした。お辞儀をしたが怖くて顔を上げられないでいる。
「久しぶりねフレイル、座ってちょうだい。あなたの噂は色々と聞いております。随分と大変な事に巻き込まれているようですね」
エリザベートの声は強くしっかりとした芯のある声である。その声を聞くとフレイルは縮みあがってしまうのだ。
「周りの人達が助けてくれるおかげでこうして生きております」
フレイルは小さくなりながらもエリザベートに答えた。フレイルはエリザベートに言われた通り大人しく椅子に座った。
「そう、護衛騎士の皆さん、ありがとう。これは先代の女王ではなく、私エリザベート個人からのお礼です」
エリザベートの言葉に護衛騎士の三人は背筋を伸ばした。高貴な人間が直接お礼を言うなど本来などあり得ないからだ。
「この子は早くに両親を亡くし、そしてただ一人の王位継承者。その為周りから随分甘やかされて育ちました。これからも皆さんには迷惑を掛けるでしょうがどうぞ宜しくお願いします」
エリザベートはフレイルには厳しく接しているが何処にでもいる祖母の様であった。エリザベートにとってフレイルは可愛い息子の忘形見なのである。
「お、お婆様!それより何か大事な話があるから城に来ると手紙に書かれていましたけど」
フレイルは恥ずかしくなりエリザベートの言葉を遮った。そんなフレイルにエリザベートはフウと一つ息吐いて呆れた。
「相変わらず落ち着きのない子ね。まあいいわ、貴方達席を外してくれる?」
エリザベートは後ろに控えていた使用人を部屋の外に出るよう促した。使用人達はそれに従い素直に部屋から出ていく。
「では我々も」
ソニアも外に出ようとオーズとアーティに促すとエリザベートはそれを止めた。
「ああ、貴方達はいいの、ここに残って」
そう言われるとソニア達も残らざるを得ない。不思議そうな顔でソニア達はその場に残った。部屋の中にはフレイルとエリザベート、そして護衛騎士の三人を含めた五人しかいない。
部屋のドアが閉められたの確認してエリザベートは淡々と話し始めた。
「フレイル、これから話す事は代々王位継承者にしか話さない事です。心して聞きなさい」
「わ、分かりました」
フレイルはいつになく緊張している。
「この国には邪竜の伝説があるのを知っているわね?」
「は、はい。初代国王が女神様から槍を授かり邪竜を討ち倒してたと聞いています」
「貴方はそう聞いているのね」
「は、はい神官様から」
「初代国王が女神様から授かったのは槍だけではありません。邪竜が放つ瘴気から守る為の鎧も女神様から授かったのです」
「でも王家の紋章にも伝説にもそんな事は」
「この王国は何度も鎧を巡って王位継承の争いが起きました。鎧を手にした者が王になれると。繰り返される悲劇に終止符を打つ為に王国から鎧の伝説は抹消されたのです。そして王位継承したその人のみが鎧について知る事が出来るのです」
エリザベートはこの国の真実をフレイルに話し終えた。この事は王族でも一部しか知らない極秘事項である。
「この話は本来王族であるフレイルだけが知るべき事ですが、今は邪竜教なる輩が暗躍していると聞きます。護衛騎士の皆さんにはこの事を知り少しでもフレイルの力になって下さい」
エリザベートの言葉にオーズ達は気に引き締めた。そんな中フレイルだけが何処か思い詰めた表情をしている。そんな異常な雰囲気をエリザベートは直ぐに勘付いた。
「どうしました?ちゃんと聞いていたのですか?」
エリザベートが質問するとフレイルはゆっくりと口を開いた。
「お婆様、何故今その話を?私の即位はまだ先です。まさか……お身体が?」
フレイルは不安そうな顔でエリザベートを見ている。フレイルの質問にエリザベートは安心させるかの様に微笑んだ。
「本当に聡い子ね」
「それじゃあ!」
フレイルは勢いよく立ち上がった。
「落ち着きなさい。確かに病は患っていますが今すぐ死ぬ様な事はありません。これは現状を考え判断した事です。それに私は百まで生きるつもりです」
フレイルは安心したのかヘナヘナと椅子に座った。こんなフレイルを見るのはオーズは初めてであった。前世と今世の二度で両親の死を体験しているフレイルにとっては親族の死は何よりも耐えられない事なのである。
「さあ、堅苦しい話はこれでお終い。今度は貴方の話を聞かせて欲しいわ」
エリザベートは穏やかな声でフレイルに言った。
「私ですか?私から報告する様な事はこれと言って何も」
そうフレイルが答えた瞬間エリザベートは鋭い目つきでフレイルを睨んだ。
「本当にそう思うのですか?先程言いましたよね?貴方の噂は色々と聞いていると」
フレイルは背筋に寒気が走った。この後エリザベートは長時間に渡りフレイルを説教した。フレイルの独断行動、姫としての振る舞いや言葉遣い等あらゆる事にエリザベートは知っていた。
その説教は横で立っているオーズ達が気の毒に思える程であった。
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