妹に振り回される土下座する無敵な兄

なぐりあえ

スキル土下座ってなんなんだ

「女神様の神託により貴方のスキルが分かりました。貴方のスキルは土下座です」

 神々しい神殿で神官からそう告げられた。その時青年オーズの頭に電流の様なものが走った。オーズは何故かこの時この瞬間に思い出した。自分には前世があり、前世とは全く違う世界に転生した事を。


 オーズの前世である佐藤マサルは5歳年下の妹のアカリと二人暮らしであった。マサルの両親は二人とも交通事故で同時に亡くなった。悲しみに暮れる暇もなく身寄りのない二人だったのでマサルは大学を辞めてすぐに働き始めた。マサルはその選択に後悔は無かった。

 マサルは妹のアカリには大学を出て欲しいと願い一生懸命に働いた。それでも二人の暮らしを支えて大学の費用を捻出するのは難しく何度も家賃の滞納をした。その度に大家にマサルは土下座をして待ってもらっていた。

 他にもブラック企業で働いていたため理不尽な上司に土下座したり営業先で土下座したりと家の中でも外でも土下座をしていた。

 アカリは元々生意気で兄を手下の様に扱っていた。マサルが買ったアイスを勝手に食べ、マサルが残していた唐揚げを奪い、自分の用事を兄に行かせたりした。

 しかしアカリの傍若無人ぷりは思春期と両親の死が重なり悪化した。マサルはいつか妹が精神的に立ち直る事を願いアカリの言いなりになった。物を投げられようが無視されようが無理難題を押し付けられてもマサルはできる限り従った。

 そんなアカリも大学の受験勉強はしっかりしていた。兄の気持ちが分かっているのか分からなかったがマサルはそれだけで十分であった。アカリには幸せになって欲しいただそれだけであった。

 受験の合格発表日二人は珍しく一緒に出かけた。アカリがマサルを照れくさそうに誘ったのだ。マサルはその事が嬉しくまだ合格発表を見ていないのに年甲斐もなくはしゃいだ。

 マサルはアカリの合格発表なのにスーツを着込んで出かけようとしアカリに怒られた。そんな風に会話してくれるのもマサルは嬉しかった。

 その日は珍しく雪が降っていた。二人は傘を差しながら無言で歩いた。アカリは何も話さなかったがマサルはそれでも嬉しかった。また妹と並んで歩ける事に喜びを感じた。

 二人で出かけるなど葬式以来であった。それが最後の思い出なので余計にマサルは嬉しかった。

 マサルは合格したら何を買うか悩んでいた。

 ――ウチはそんなに余裕は無いし、やっぱり服かな?オシャレして大学生活を楽しんで欲しいな。いや、待て落ちたらどうしよう。どうやって励まそう……

 マサルはアカリを無視して勝手に悶々と悩んでいた。

 交差点で信号待ちをしているとアカリが口を開いた。

「にいちゃん……あのさ……」

 アカリが何を言おうとしたのかそれはマサルには分からなかった。二人の短い人生はこの瞬間幕を閉じたからだ。

 スリップ事故であった。慣れない雪道をタイヤを変えず走りスリップしてしまった。その車は運悪く二人に突っ込んできた。

 雪の中で倒れたマサルは横に倒れているアカリを見た。何が出来る訳でもないのに必死に真っ赤な手を伸ばしてアカリに触れようとした。しかしその手がアカリに届く事は無かった。


 オーズは神殿に続く階段に座りぼーっとしていた。短い黒髪をボリボリと掻きそしてまたぼーっとした。前世の記憶を思い出し頭の中を整理していたのだ。記憶を思い出した事により今まで見慣れていたこの古いヨーロッパの様な街並みも着ている服も新鮮に見えた。

 ――短い人生だったな。それよりアカリは無事だったのかな

 オーズは妹の心配をした。自分が死んだ事は分かっているが妹はその後どうなったか分からない。一緒死んでしまってはあんまりだと思った。両親を早くに亡くし合格発表の日に死んでしまったら。まだまだ人生これからという時なのに。

 オーズは中々立ち直れなかった。しかし今の自分にはどうする事も出来ない。

 ――悩んでも仕方ないか……

 オーズは立ち上がり神殿を見た。そして頭を下げて妹の無事を祈った。今オーズにはそれくらいしかやれる事は無かった。

 ――こちらの神様に祈っていいのか分からんが、アカリ無事でいてくれ!幸せであってくれ!あと素敵な人と出会ってくれ!あちらは多様性の時代だ!男でも女でもいいから!でもおじさんはやめてくれ!それがダメなら犬とか猫とかにしてくれ!だからおじさんはやめてくれ!おばさんは?……おばさんでもいいから!幸せでいてくれ!

 オーズは熱心に祈った。祈りなのか懇願なのか分からない煩悩まみれの願いを必死に届けた。

 顔を上げるともう夕方だった。随分と長い間神殿の前に座っていたらしい。オーズは何も出来ず無力感に苛まれながら家に帰った。その足取りはひどく重かった。


 とぼとぼと集合住宅の階段を上り自宅の前に着くと妹のアーティが扉を開けて出迎えた。

 こちらの世界でもオーズには一つ年下の妹がおり、そして両親は流行病で亡くしていた。前世と違う事は妹も働いており前世ほど生活に困窮していなかった。困窮していないと言ってもこちらの世界基準の話で前世と比べると非常に質素に暮らしていた。

 若い二人暮らしの兄妹に近所の人は皆親切にしてくれた。様々な人の助けを借り二人は両親の死を乗り越えて明るく暮らしていた。

 妹のアーティは肩にまで掛かる黒い髪をなびかせて家の中にオーズを招いた。

「お兄ちゃんそれで信託はどうだったの?別に何も授からなくても私は気にしないよ?」

 アーティはいつまでも帰らない兄を心配していた。もしかしたらスキルを得られず落ち込んでいるのだと思っていたのだ。

 この世界では18歳になると神殿に行き神託を受けスキルを授かることがある。これは誰しも授かるものではなく数十人にいるいないか程度のものである。

 オーズは18歳になり神託を授かりに行った。何か特別なスキルを授かれば新たな仕事に就け妹との生活が少しでも楽になればと思っていた。例えば物作りのスキルなら自分の工房を持てる。武術系のスキルなら兵士になれる。スキルがあるだけで今の月給の五倍は貰えた。それだけスキル持ちは優遇され重宝される存在であった。

 オーズはすっかりスキルの事を忘れていた。あのタイミングで何故か前世の記憶が蘇ったからだ。

 よく考えるとスキルと言うのも不思議な話だった。あちらの世界には無いものなのに当たり前のように受け入れていた。

「なんか土下座だって、俺のスキル」

「土下座?」

 アーティは聞き返した。それもそのはずそんなスキル聞いた事がなかった。勿論オーズも聞いた事なかった。

「土下座ってあの謝る時にするあれ?」

「だと思う、それしか思いつかない」

 アーティはジェスチャーを交えつつ質問した。そんな疑問にオーズは煮え切らない答えをするしかなかった。何とも言えない沈黙が続いた。

 その時アーティが思いついた。

「じゃあ土下座してみれば何か分かるかもよ?」

 アーティの提案はもっともだった。オーズは早速土下座をした。それはそれは綺麗な土下座であった。こちらの世界で初めて土下座をしたがしっかりと前世の土下座の記憶はオーズに刻まれていた。

「お兄ちゃん、何か起こった?」

「何も」

「もっと真剣に!」

 オーズはさらに深々と土下座した。妹に土下座する兄という珍妙な光景がそこにはあった。

 ――今日俺の誕生日なんだよなぁ、誕生日に土下座するって完全に予定をすぽっかした彼氏じゃん。アーティにもしそんな男が出来たらぶん殴ってやる

 オーズはそんな事を考えながら土下座した。妹は兄が居た堪れなくなり立ち上がらせた。少し申し訳なかったのだ。オーズは照れ臭そうに笑った。

「まあどんなスキルか分からないけどとりあえずお誕生日おめでとう、お兄ちゃんの好きなシチューを作ったから食べよう」

 アーティの優しさにオーズは申し訳なくなった。

 二人はテーブルを囲み肉のないシチューと固いパンを美味しく食べた。二人に笑顔が戻りいつもの日常がそこに広がっていた。

 オーズは質素ながら生きていけることに感謝し明日からもっと働いて妹に楽をさせてやりたいと改めて思った。


 翌日すっかり寝坊したオーズはアーティに起こされた。

「あと少し」

 布団の中でモゾモゾとオーズは駄々をこねた。

 オーズは昨日の夜色々考え事をしていて中々寝付けなかった。いくら違う世界で生まれ変わったからと言って簡単に割り切れるものでは無い。戸惑いや悲しみ、無力感など様々な感情が布団の中のオーズに襲っていたのだ。

「お兄ちゃん!起きて今日は仕事に行く前に図書館に寄るんでしょ?」

 アーティはオーズの事情などお構いなしに布団をひっぺがし無理やり起こした。眠気まなこを擦りながらオーズはよろよろと起きた。アーティは兄の背中をバシバシ叩き洗面所に追いやった。アーティは優しい妹だが生活習慣に関しては厳しい一面がある。

 テーブルには既にアーティが調理した朝食が並んでいた。朝食は硬いパンに豆しか入ってないスープである。庶民の朝食なんてこんなものである。

 アーティに寝坊の謝罪と朝食のお礼を言って二人は食事を始めた。オーズは前世の食事と比べて貧相な朝食に舌が抵抗するのではと心配したが身体はこちらの世界のものなのですんなり食べることができた。

 ――何か前世の知識で役に立ってればいいけど、大学も中退したからなぁ

 オーズは回らない頭で考えた。たらたら食べる兄をアーティは叱った。

 二人は朝食が終わると食器を片付け出かける準備を始めた。

 オーズの仕事は家具屋の下働きである。毎日木を加工したり運んだり、掃除をしたりと雑用という雑用は全てオーズの仕事であった。

 アーティは街の工房で織物をしていた。女性が働ける仕事は限りがあり街のほとんどの女性はそこで働いていた。

「それじゃあ行ってくるね」

 アーティと別れの挨拶をして家の前で二人は別れた。いつもなら途中まで一緒に職場に向かうのだがオーズは街の中央にある図書館で調べ物があった。

 この土下座と言うスキルについて図書館で調べるためである。どんな些細なスキルでもいいから効果を知り仕事に生かせないか考えるためだ。

 オーズは一応字は読めた。この国の初等教育を受けて日常困らない程度の読み書きが出来た。アーティも同じで兄よりも優秀ですぐに初等教育が終わった。優秀だが平民の仕事など限られている。アーティは優秀な頭を使う事なく仕事をしている。

 

 早く図書館に行かないと仕事の時間になってしまうのにオーズは図書館に中々辿り着けなかった。城に続く大通りを横切らないと図書館に行けないのだがそこは人混みで溢れていた。大通りは元々人通りが多いが今日は異常な数であった。

 オーズはあまり街の中央に来ないので知らなかったが今日はこの国の姫君が大通りを馬車で通るらしい。そのため大通りは封鎖され人の流れが寸断されていた。

 オーズはとりあえず行ける所まで行って間に合わなそうなら図書館は諦めて仕事に行くことにした。

 人混みを掻き分けて何とか大通りに着くと兵士がズラリと並び道を封鎖していた。兵士は叫びながら市民に誘導している。

 大通りは向こうに渡ろうと待っている人と姫を一目見ようと集まった野次馬でごった返していた。兵士達も市民の誘導に苦労していた。

 ――今日は無理かな

 オーズは諦めて仕事に向かうことにした。どうせ今日じゃ無くてもいつでも調べられるからだ。

 オーズが諦めて帰ろうとした時遠くの方で歓声が聞こえた。どうやら姫が乗った馬車が近付いてきてる様だった。

 その歓声聞いて野次馬が最前列で見ようと押し合いへし合いしオーズはもみくちゃにされた。

 ――こんな事なら明日にすればよかった

 群衆の波に動かさせれながらオーズ何とか脱出を試みた。しかしオーズの思いとは裏腹に人波は勝手にオーズを動かし大通りの方へ流されて行った。

 遂に目の前まで馬車が迫ってきた。その時女の子の叫び声が聞こえた。人波に耐えきれず子供が兵士の脇をすり抜け大通りに押し出されたのだ。女の子は馬の前に倒れた。

 女の子が道路に倒れた事で馬は急停止した。ヒヒンと馬はいななき前足を上げた。人を踏みつけない様によく躾られた馬であった。

 辺りは騒然とした。姫の馬車を止めてしまったのだ。先程までの騒ぎは嘘の様に皆声を潜めた。兵士たちもこれはまずいとビクビクしていた。

 馬車の中から一人の男が降りてきた。男は腕にも指にも首にもジャラジャラと宝石を身につけており、肥満体型のため高価そうな服の腹部は膨らんでいた。ダルダルの頬が特徴的な顔を顔をしており髪は薄く白髪混じりの灰色に見えた。

 その男は転んだ女の子を見て叫んだ。

「姫殿下の馬車を止めるなど何を考えておる!」

 女の子は何も言えず涙目を浮かべるだけであった。言葉にならない嗚咽の様な短音を発するしか女の子には出来なかった。

 男は御者が持っている馬用の鞭を奪い手のひらをペチペチと叩きながら脅した。御者も抵抗することが出来ず男の後ろで慌てるだけであった。

「不敬な市民よ覚悟はできているのだろうな」

 男は子供相手に鞭を打ちつけるつもりであった。辺りの大人は騒然としたが何もする事が出来なかった。もしここで口を出せば自分の身も危うくなる。

 女の子は恐怖で泣いてた。男が鞭を振り下ろす瞬間オーズは女の子の前に出た。それに男は驚き動きを止めた。

「申し訳ありません。私がこの子を押してしまいました。罰なら私が受けます。どうかこの子はご勘弁を」

 オーズは男に向かって土下座した。地面に額をつけて深々と土下座した。オーズは前世から土下座をしていたので慣れたものだった。今世では二度目の約半日ぶりの土下座であった。

 男は突然割って入ったオーズを見て驚いたがすぐにニヤリと下品な笑みを浮かべた。

「なるほど自らが代わりになるとは何と素晴らしい心掛けだ。天に座す女神様もさぞや喜んでおられるだろう。しかし罰は罰だ。ここで許せば姫様の沽券に関わる。しっかりと罰を受けよ」

 男は鞭を振り上げた。男は手加減する気は無かった。

「はい」

 オーズは顔を上げず返事をした。

 男は何度も鞭でオーズを叩いた。周りの市民はそれを止める事は出来なかった。警護していた兵士たちも気の毒そうな目で見ていた。女の子も動けず震えている。その場で嬉しそうなのは鞭で叩く男だけであった。

「ほれほれほれほれほれほれほれほれほれほれほれ」

 男は何度も嬉しそうにオーズを叩いた。しかしオーズは冷静だった。

 ――えーなんか貴族様テンション高くない?そして鞭が当たってないんだけど。下手なのかな、これ当たってないですよって自己申告した方がいいのか

 オーズは顔を地面につけていたので周りの状況が全く分からなかった。

 そんな風にオーズにとって不毛な時間が流れていると

「何をぐずぐずしているカミガーナー」

 馬車の中から女の子の声が聞こえた。それはとても偉そうで傲慢な声であった。

 カミガーナーと呼ばれた男は鞭を打つ手を止めた。そしてすぐに馬車の窓に駆け寄った。

「申し訳ありません姫様。今馬車を止めた市民に罰を与えておりまして」

 カミガーナーは慌てて姫に言い訳をしていた。

「そんな事はどうでもいいのです、早く馬車を出しなさい」

 姫に命令されるとカミガーナーはハイと勢いよく返事をして御者に早く出せと命令した。カミガーナーはそそくさと馬車に乗り込んだ。

 御者がカミガーナーが乗り込んだ事を確認すると馬車は動き出した。オーズがチラッと顔を上げると馬車が目の前を通り過ぎた。馬車の窓から姫らしい人影が動いたがよくは見えなかった。

 馬車はオーズを置いてさっさと行ってしまった。馬車が遠くに行った事を確認して皆がオーズを取り囲んだ。

「大丈夫か?」「よくやったにいちゃん」「無茶して」

 市民はオーズを褒めそして労りの言葉をかけた。人混みから一人の女性が抜け出してきた。

「お母さん!」

 女の子がその女性に駆け寄る。泣きそうだった女の子の母親だった。母親も転ぶように娘の下に駆け寄り娘を抱きしめて泣いていた。そしてオーズにこれでもかと感謝の言葉を並べた。

「ありがとうお兄ちゃん」

 女の子もオーズにお礼を言った。オーズは女の子が無事でほっとした。

 オーズは周りに注目されているのに気付き小っ恥ずかしくなりその場を急いで去った。女の子が何度もお礼を言っている声が聞こえて振り返りながら手を振り別れた。

 オーズは結局図書館に行けなかった。女の子と別れてからすぐに仕事場に向かったからだ。オーズは今朝起きた事を誰にも言わず黙々と作業をした。

 オーズの仕事は夕方近くまで続いた。その日の仕事の終わり親方から日当を貰い何事もなかったかのように帰宅した。日当はその日のご飯を買えるか買えないか程度であったが大体どの仕事もこれくらいの相場であった。

 家に着くとアーティが勢いよく扉を開けた。

「お兄ちゃん!大丈夫だったの!」

 アーティは涙目だった。どうやら職場でオーズの噂を聞いた様だ。それも又聞きの又聞きで内容が無茶苦茶だった。オーズは馬車に轢かれた、いや兵士にボコボコにされた、貴族に鞭打ちにされたらしい。色んな人からオーズの噂を聞いてアーティはどれが本当か分からず仕事中も上の空だったとか。

 アーティはオーズの身体を弄り傷がないか確認した。

「くすぐったいって」

 オーズは思わず笑ってしまった。オーズは笑っているがアーティは真剣そのものだ。

「お兄ちゃんじっとしてて!」

「鞭には打たれたけどどこも痛くないから大丈夫だよ」

「鞭で打たれた!」

 オーズはそう言ってアーティを必死に止めようとしたが逆効果だった。アーティは服を脱がせて身体をくまなく確認してようやく諦めた。オーズは今日一番疲れた。

 二人は夕食で豆のスープとパンを食べている。オーズは鞭打ちの事は気にしていないがアーティはまだ納得していない様で睨んでくる。

「お兄ちゃんは大丈夫だから心配するなよ」

「お兄ちゃんはそう言うけど鞭打ちって痛いって聞くよ、大丈夫な訳ないよ」

「ほら貴族様の鞭は下手だったんだよ。全然痛くなかったし当たらなかったんだよ」

「鞭が下手って何?聞いた事ないよ」

 こんな風にあれこれ理由を考えてもアーティはどれも納得しなかった。オーズも疑問に思っていたが何処か他人事の様な感覚でいまいち真剣味に欠けていた。もしかしたら前世の記憶を思い出したからなのかもしれないし、鞭が当たらず痛みが無かったからかもしれない。

 アーティは寝る直前までオーズを睨みつけていた。何処か身体の悪いところがないか確かめるためだ。オーズは二人暮らしをして初めて居心地の悪さを感じた。

 二人とも布団に入ったがアーティの視線は感じた。

――見てるよな……

 オーズの思った通り、オーズはアーティに背を向け寝ているがアーティはオーズの方を見て目を見開いていた。そして何かぶつぶつ呟いていた。

 ――……怖い何を言ってるの

 居心地の悪い夜が明けた。その日から数日アーティは過保護なほどオーズを心配したが何も無かった。アーティはオーズが無事なのが分かったらしく少しづつ態度を柔らかくしていった。

 

 ある日の朝二人は朝食を食べ仕事に行く準備をしていた。何も変わらないいつも通りの朝だ。オーズが鏡の前で髪を整えていると玄関の扉を叩く音が聞こえた。早朝の訪問は珍しい事だった。

「大家さんかな?でもまだ家賃の日には早いよね」

 アーティが疑問を口にして扉を開けた。そこには二人の兵士が立っていた。

 アーティはギョッとした。物々しい雰囲気でアーティを見る兵士たちは決して友好的な雰囲気では無かった。その事をアーティは感じ取り何か大変な事をやらかしたのではないかと考えた。

「ここにオーズと言う男はいるか?」

 兵士の一人がアーティに質問した。その声は威圧感がありアーティは身を縮めた。

 ――お兄ちゃんを隠さなきゃ

 アーティは直感的にそう思った。絶対に悪いことが起きると勘が告げていた。

「はいなんでしょう、俺がオーズです」

 アーティの心配をよそに後ろからオーズが顔を出して答えた。オーズは特に考えなしに顔を出してしまった。アーティはオーズの顔を見ながら何をやってんのといった顔をしていた。

 二人の兵士は何やら紙を取り出して話している。人を呼び出しておいてかなり失礼な態度である。

「確かに人相は合っている」

「聞き込みをしてもこいつだと皆が言っていたな」

 兄妹を無視して二人の兵士はずっとゴソゴソと喋り続けた。オーズは仕事に行かないといけないので早くして欲しかった。

「貴様は先日無礼にも姫様の馬車を止めた男で間違いないな?」

 オーズには心当たりがあるような無いような気がした。それもそのはず馬車を止めたのはオーズではなく女の子だからだ。はいそうですと言ったら嘘になるしそうじゃないと言っても違う気がする。

「はい、多分俺だと思います、多分ですけど」

 オーズは仕方ないので煮え切らない返事をした。ほぼほぼオーズの事であるが微妙に違うからだ。

「どっちだ!多分とは何だ!」

 兵士は怒った。中途半端な返事をしたオーズも悪いがそんなに怒鳴らなくてもいいじゃないかとオーズは思った。しかし兵士の心象を悪くするのはまずいと思いオーズは

「私です、私が止めました」

 自分がやったと認める事にした。

 兵士は確認が取れたのでオーズに命令した。

「よし、ならば貴様を城まで連行する」

「ほえ?」

 オーズは間抜けな返事をした。アーティは血が引きクラクラと床に座り込んでしまった。もう二人とも仕事どころではなくなった。

  

 

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