二話
新たな日常
スウィンバーン王国にあるとある屋敷の暗い部屋にフードを被った集団が集まっていた。その顔はフードで覆われており濃い影を落として誰の顔も見えなかった。
「カミガーナーが捕まったらしいな」
集団の一人が話し始めた。
「所詮捨て駒だ、捕まったところで次の策に移るのみ」
「家柄だけの無能な男だ」
「馬鹿なやつだ慎重にやれと言ってやったのに」
集団は次々にカミガーナーの悪態をついた。誰一人カミガーナーの心配をする者はいない。カミガーナーは仲間ではないのだ。
「カミガーナーは主様の力を使った」
その発言を聞き集団はざわついた。
「何とそれで捕まったのか!」
「信じられない一体どういう事だ」
集団はざわざわと騒ぎ立てた。
「フレイル・スウィンバーンに倒されたのだ」
その名を聞き集団は苛立った。
「またスウィンバーンか!我々の邪魔をしおって」
「今の姫にそんな力があるのか」
集団の騒ぎは止まらない。今でも飛び出して行きそうなほど熱を帯びていた。
「落ち着け、密偵の情報によると新たに護衛騎士になったオーズという男が関わっているらしい、今はそいつの情報を集めよ、我らの主様の為に」
集団は落ち着きを取り戻した。
「主様の為に」
集団は一斉に唱えた。そして一人また一人と部屋から出て行った。
暗い部屋には一人だけ残った。
「主様、必ずやこの私が……」
そして蝋燭の火を消して部屋から出ていった。
オーズはアーティと朝食をとっていた。
テーブルには卵焼きとベーコン、カボチャのスープにパンと林檎が並んでいた。アーティは毎日しっかり朝食を用意してくれた。もはや前世での朝食より豪華になっていた。
「もうすぐ賃金が貰えるけどアーティは何か欲しいものはない?」
オーズは食事をしながら質問した。パンをちぎって食べいたアーティはパンを持ったまま考えた。
「うーん特に無いかなー。引っ越してきた時に大体の物は揃ったし」
「日用品じゃなくて服とかアクセサリーとか」
オーズは長い事苦労をかけたアーティに贈り物をしたかった。しかし考えたところで何も浮かばなかったので直接アーティに聞くことにした。前世でも妹にクマのぬいぐるみを贈った時趣味じゃないと言われた。
「うーんやっぱり無いかな、別に誰に見せるわけでも無いし」
アーティは生まれた時から庶民生活をしているので贅沢の仕方が分からなかった。人並みにおしゃれに気を使うが今持っている服で十分であった。
「ソニアさんから言われたんだよ、お金を使う事も姫様に仕える者の義務だって」
姫から貰った賃金は臣下の為に送ったものでそれを使わないのは姫からの贈り物を要らない事を意味し無礼であるらしい。
「俺も何買ったらいいか分からないから今度一緒に買い物に行こう」
結局贈り物の件は保留にした。
「買い物ってお兄ちゃん休みあるの?」
アーティは護衛騎士になって一度も休日が無いオーズに質問した。下町時代でも休日くらいはちゃんとあった。
「なんか休みは申請しないと貰えないらしい」
護衛騎士に決まった休日は無かった。もし休みが決まっているとそこが警護の穴になり姫に危険が及ぶからだ。だから休日は申請しなければいつまで経っても貰えず連勤する事になる。
「今日姫様に聞いてみるよ」
「分かった楽しみにしてる」
二人は朝食を食べ終えて食器を片付けた。アーティは一度片付けは全て私がやるとオーズに言った。外での仕事が無く家にいる時間が長いアーティは家事を全てやるつもりでいた。
しかしオーズは今まで食器の片付けは一緒にやっていたからこれからもそうすると譲らなかった。アーティは妹であり家政婦でない。ただでさえご飯を作ってもらっているのに何もしないのは居心地が悪かった。それにアーティと一緒にいる時間が好きであった。
なので新居に引っ越しても二人の自宅での役割はほとんど変わらなかった。
オーズは鏡の前で身だしなみを整えてた。下町時代と比較すると顔色は良くなっている。やはり偏った食事をしていたからだろう。髪の毛にも艶が出ており全体的に清潔感があった。
オーズは最後に腰に剣を差した。本当は剣など自宅に持ってきたくないがいつ召集されるか分からないため剣だけは肌身離さず持っている事になっていた。
アーティは玄関でオーズをお見送りした。
「行ってらっしゃいお兄ちゃん」
「行ってきます、休みの事は聞いてみるから何処か行きたいとこがあれば考えといて」
オーズは自宅を出た。外に出るとすぐに近くに城が見える。徒歩十五分程の優良物件である。それだけ家賃も高いがこれも護衛騎士の勤めだと思って割り切った。
城の門の前にはいつも門番が立っている。オーズが働き始めてからずっと冷たい目でオーズを見ていたが最近では少し優しい表情になった。
城の中で姫に鈍器代わりにされた事が噂になり皆同情的な態度をとるようになった。そして事あるごとに姫に土下座をする可哀想な人間という認識になっていた。中にはあいつは好きで土下座しているという噂もあった。
周りのオーズに対する反応は概ね正しいのでオーズは強く否定出来なかった。同情される様な事だし可哀想でもあった。好きか嫌いかで言うと好きではない。それではまるでオーズが土下座する事に快感を覚えいる様であった。
オーズは城の中を歩いていきフレイルの自室の前まで来たが中には入れない。部屋の中ではフレイルが使用人と身支度をしていた。
フレイルのドレスは一人で着る事が出来ず、その長い髪も解かすには時間がかかる。豪華なドレスも長い髪も裕福の象徴であった。
一人で着れないドレスはそれだけ人を雇っていることを意味し、長い髪は手入れをしてくれる人間とそれだけの時間のゆとりがある事を意味する。
王族はそれがステータスであり貴族もそれに倣ってやたらと豪華なドレス着て髪を長くしていた。オーズはくだらないと思っているがそれは口に出した事はない。
オーズが出勤する前にフレイルの身支度が終わった試しは無かった。いつも扉の前で待っていた。
――姫様も大変だなぁ
毎日待ちながらそう思ってた。朝食の前にこんなに時間がかかっていたら空腹でイライラしないのかと想像してしまう。
フレイルの身支度が終わり部屋から出てきた。そこには全身を綺麗に整えられた可愛らしい姫様がいた。まさにおとぎ話に出てくる様なお姫様であった。
「おはようございます姫様」
オーズは深くお辞儀をして挨拶をした。
「おはようございますオーズ、素敵な朝ですね」
フレイルは気取った挨拶をする。元々兄妹なのでこのやり取りはいつも小っ恥ずかしかった。それはフレイルも同じであった。しかし使用人が近くにいる為やらざるおえなかった。
そうやって恥ずかしく茶番をしてからオーズの護衛騎士としての一日が始まる。
フレイルは午前中の用事が終わり自室で休んでいた。オーズとソニアも部屋の中で待機していた。
「姫様、長らく治療していたカミガーナーからようやく聴取ができました」
カミガーナーは先日フレイルによって暴力的に殴りつけられ入院していた。それはそれはひどい怪我で喋ることさえままならなかった。それだけフレイルはカミガーナーを殴りつけたのだ。
「それで何か分かったの?」
フレイルはお茶を飲みながらソニアの報告を聞いた。カミガーナー逮捕から長らく待たされたフレイルは報告が楽しみであった。
今回最も重要な事はカミガーナーが変身した方法であった。カミガーナーはスキル持ちではないので何らかの方法で姿を化け物に変えたことは明白だった。
カミガーナーによるとある時屋敷に怪しい人物が訪ねてきてフレイル暗殺の手助けをすると提案してきた。最初は聞く耳を持たなかったカミガーナーだがその人物がカミガーナーこそ正統なる王位の後継者であるとよいしょしてカミガーナーは受け入れてしまった。
そしてその人物はカミガーナーに推薦書を貰って刺客を城に招き入れた。そうして暗殺計画を実行しようとした。
その謎の人物からもしもの時の保険にと黒いカケラを貰った。
「自身の身に危険が迫った時にこれを飲んでください」
謎の人物はそう言っていた。
そうしてカミガーナーはフレイル暗殺計画を実行に移したそうだ。
ソニアの報告にフレイルは全く納得しなかった。
「ほとんど分かってないじゃん!謎の人物とか黒いカケラとか!」
「申し訳ありません、そうとしか報告されてないのです」
ソニアは謝った。だが怒りたい気持ちはオーズにも分かった。散々待たされてほとんど情報が得られなかった。
「その謎の人物の詳細は?」
「何も分からないそうで」
「黒いカケラって何でできてるの?」
「それも分かりません」
「その謎の人物は男なの?女なの?」
「それも報告には無いなのです」
「あーもうこれじゃ埒が開かない!私が直接聞いてくる!」
フレイルは紅茶をテーブルに置き部屋から出て行こうとした。その顔は怒りで真っ赤になっていた。
「お待ちください!」
ソニアは慌ててフレイルの後を追った。オーズも渋々後をついて行く。
フレイルは廊下に出ると真っ直ぐカミガーナーがいる診療所に向かった。ソニアはフレイルを必死に説得しているがフレイルは聞く耳を持たずズカズカと歩いていく。オーズはどうする事も出来ず後をついてくるだけであった。
すれ違う城の人間は慌てて通路を空けて驚きと戸惑いの表情でフレイルを見送った。
城の中の診療所の扉をフレイルは勢いよく開けた。部屋の中の医者は立ち上がりフレイルに頭を下げた。通達のない姫の突然の来訪に驚きを隠せなかった。
「これは姫様本日はどのような症状で?」
医者はフレイルが診察に来たと思っていた。診療所に来るとはそういうことだ。
「カミガーナーは何処ですか?」
フレイルは医者に睨みつけながら聞いた。医者は姫の質問を拒む事は出来なかった。
「一番奥の部屋です。扉の前に兵士がいますのですぐに分かるかと」
「ありがとうございます」
フレイルはそう言うと迷う事なく奥の部屋に向かった。ソニアとオーズは医者に頭を下げてフレイルの後を追う。医者は当然の事に呆然とするしかなかった。
廊下の奥にある扉の前には兵士がいた。兵士は遠くから歩いくるフレイルに驚いた。
「姫様!なぜこのような所に」
「カミガーナーに会いに来ました」
フレイルは短く要件を伝えた。そして部屋に入ろうとした。しかし兵士はフレイルの前に立ち塞がり必死に止めた。
「危険です姫様!カミガーナーは変身して多くの兵士を傷つけました。そんな危険な人物を姫様に会わせる訳にはいきません」
「あら今のカミガーナーは怪我のせいでベッド上から動けない筈では?」
「そうですが……万が一姫様に何かあれば」
「それにその変身したカミガーナーを診療所送りしたのは私です。一体何が危険なのですか?」
兵士は何も言えなかった。兵士は何も悪く無い。城の中で暴れた罪人の所に姫がのこのこ行く方が悪いのだ。
「それじゃあ失礼するわ」
フレイルは兵士がこれ以上何も言わないので勝手に扉を開けた。兵士は何か言おうとしたがフレイルはお構いなく入っていった。ソニアとオーズは兵士に頭を下げながら部屋に入った。
部屋の中にはカミガーナーが包帯でぐるぐる巻きにされた状態でベッドの上にいた。オーズでさえ気の毒に思った。
「誰だ!そこにいるのは!」
カミガーナーは怒鳴った。包帯の量の割には怒鳴れるくらいには元気であった。
「久しぶりですねカミガーナー。随分と愉快な姿じゃありませんか」
フレイルは嫌味たっぷりにカミガーナーに挨拶した。フレイルの声を聞いたカミガーナーは悲鳴を上げた。
「ひぃぃ姫様!誰か誰かいないか!殺される!」
カミガーナーは完全にフレイルがトラウマになっていた。しかし身体は怪我のため動けずただベッドの上で恐怖するしか出来なかった。
「うるさい黙りなさい!」
「ひぃ!」
フレイルが一括するとカミガーナーはブルブル震えながら黙った。オーズは本当に可哀想だと思った。
「私の質問に答えなさい。貴方に暗殺を唆した人物は誰ですか」
「分かりません」
「男ですか?女ですか?」
「分かりません」
「その人物は何処から来たのですか」
「分かりません」
フレイルは質問をするたびに分からないと言うカミガーナーにイライラした。そして遂に
「だあーしゃらくせー!何か覚えてる事はねえのかよ!分からない分からないって!」
「本当に分からないんです、この前まで確かに覚えていたはずのに、頭に何か黒いモヤがかかっている様な気がしておりまして」
カミガーナーはフレイルの恫喝に涙ながらに答えた。
「本当に何も覚えてないんだな」
「はい、女神様に誓います」
これ以上は時間の無駄であった。フレイルはカミガーナーからの聞き取りを諦め部屋から出ようとした。その顔は来たときより不機嫌そうであった。
「あっ」
カミガーナーは何か思い出したような声を上げた。
「あぁ?」
フレイルはカミガーナーを睨んだ。
「ひぃ!」
「姫様それではカミガーナーが何が思い出したようですが喋れません」
ソニアはフレイルを落ち着かせた。ソニアも流石に口を挟まざるおえなかった。これでは収拾がつかない。
「関係あるか分かりませんがその人物が去る時仲間と会話しているの偶然聞きまして、邪竜様の為だとかそんな事を言っておりました」
「邪竜様?本当にそう言ってたのですか?」
フレイルは聞き返した。その目は先程までの怒りが消えて真剣なものだった。
「はい、離れていたので詳しくは聞き取れませんでしたが」
フレイルは神妙な顔をして黙ってしまった。
「分かりました。これで私は失礼します」
フレイルは部屋から出た。オーズは何か心当たりが有るのだと思った。
フレイルは自室までの道のりずっと黙っていた。何か考え事をしているのは明白だった。
自室に入っても何も喋らずじっとしていた。
オーズはカミガーナーの言葉が気になりソニアに聞いた。
「邪竜って何なんですか?」
ソニアは難しい顔をした。
「私も詳しくは知らないがなんでも昔の伝説に出てくる怪物だとか」
オーズは邪竜なるもの知らなかった。ずっと黙っていたフレイルがようやく口を開いた。
「邪竜はねこの国の伝説に出てくる災厄の化身なの。その昔初代国王が倒したって父様から聞いた事がある。そんな邪竜を信奉するのが邪竜教よ」
どうやらフレイルも詳しくは知らないようだ。
「その邪竜教の奴らが姫様を暗殺しようとしてるのか?なんでだ?」
オーズは因果関係が分からなかった。フレイルもあまり知らないのならその集団に直接何かした訳じゃないはずだ。
「私もおとぎ話くらいにしか思ってなかったからあまり覚えてないんだよね。さっきから何とか思い出そうとしてるんだけど」
フレイルはカミガーナーから聞き出した後ずっと思い出そうとしていたようだ。
「姫様、騎士達には邪竜教について調べるよう通達しておきます」
「そうね、ここで考えても仕方ないか、報告を待ちましょ」
ソニアはフレイルの提案を受け入れた。フレイルは未だ割り切れてないようでその顔は不満そうであった。
「それでは姫様この後にダンスレッスンが予定されております」
「えーいっぱい歩いて疲れたのに?」
「歩いたのは姫様が勝手にやった事です」
フレイルはさっきとはまた別な不満そうな顔をしたがソニア折れなかった。
「むー分かった、じゃあ兄ちゃんはもう帰っていいよ」
フレイルは突然オーズに帰宅の許可を言い渡した。これまでもあったのだがフレイルはオーズにダンスを見られるのが嫌らしく廊下で待たせたり帰らせたりしていた。
「いいのか?」
「いいからいいから、お姫様のご慈悲よ」
フレイルは自分の恥ずかしい姿を見られたくないだけなのにご慈悲と都合よく言い換えた。
「じゃあお言葉に甘えて」
オーズはこれ以上食い下がる事はなくあっさりフレイルのご慈悲とやらをありがたく頂戴した。あまり粘るとフレイルの機嫌は悪くなるからだ。
ソニアもその事を知っていたので特に言及する事は無かった。
「それでは失礼致します」
オーズは敬礼して部屋から出た。
オーズは隣の部屋で着替え護衛騎士の鎧を脱ぎ帯刀だけして城から出た。城での用事などオーズには無いのでいつもさっさと帰ってしまう。
――そういえば休暇の申請してなかった。カミガーナーの事でバタバタしてたからなぁ
オーズは外を歩きながらアーティとの約束を忘れていた事を思い出した。
今日は突然予定が空いたがやっぱり丸一日の休みは欲しかった。アーティとの時間を大切にしていきたい。フレイルも妹だがアーティもオーズの大切な妹である。
集合住宅の階段を登り自宅の扉の前まで来た。扉を開けてオーズはただいまと誰もいない居間に向かって言った。
しかしアーティからの返事はない。部屋の中は静かであった。
――買い物に出掛けてるのか?
オーズは居間にアーティをいない事を確認した。毎日のアーティの予定は知らないのでこういう事もあるかと納得しかけたがオーズは気付いた。
――いや、家の鍵は空いていた
オーズは何かやな予感がした。するとアーティの自室からガタンと大きな物音がした。
オーズは急いでアーティの自室に向かいドアをノックした。
「アーティ?いるのか?返事してくれ」
しかし部屋の中から返事はない。オーズは躊躇なく扉を開けた。もし何かの勘違いなら後で謝ればいい。今は不安を払拭するのが先であった。
部屋の中には三人いた。
アーティは口に布を巻かれて喋れないようにされていた。そんなアーティをフードを被った男が肩に担いでいる。更にもう一人フードを被った男は窓を開けて外に逃げようとしていた。
「アーティ!何してるお前ら!」
オーズは腰の剣に手をかけた。ほとんど使った事ない剣だが反射的に剣の柄を握った。
二人の男はアーティを担いだまま窓の外に飛び降りた。ここは二階であり飛び降りても死にはしないがそれなりに痛いはずだった。
外ではドスンと大きな物が落ちた音がした。
オーズは急いで窓に駆け寄り窓の外を見た。下では二人の男がアーティを攫って路地裏に逃げて行こうとしていた。
オーズは迷う事なく窓から飛び降りた。身体が勝手に動いたと言ってもいい。
地面に着地すると足に痛みが走ったがそんな事気にすることもなく男達を追った。
男達はアーティを担ぎながらスルスルと裏路地を抜けていく。オーズは後を追っていく。
アーティを担いでいるはずのにオーズは男に追いつけなかった。距離こそ離されないが男は土地勘があるらしく走りづらそうなオーズと違い軽快に駆けていく。
しかしアーティを担いだまま逃げ切れる筈もなく男は疲れて足が止まった。オーズは男に近づこうとすると男はアーティを地面に置いてナイフを取り出した。
「待ちな!あんたの妹が傷つくことになるぜ」
男はナイフをアーティに向けた。オーズは止まった。近づける訳がなかった。
「そうだ、そのまま下がれ」
男の指示にオーズは従った。オーズの背後からもう一人の男が現れた。オーズはアーティを担いでいる男を追うのに夢中になっていたが途中から一人の男は姿を消していた。その男は途中で別れてオーズを挟み撃ちしたのだ。
後ろの男もナイフを持っている。絶体絶命であった。
そうなるとオーズにできる事はただ一つである。オーズは土下座をした。
「お願いします。妹を解放してください。お金なら払いますから」
オーズは頭を下げた。勿論お金で解決するならそれでもよかったがオーズは時間稼ぎをしようと考えていた。
あそこまで派手に追いかけていたのだ。誰かが兵士に通報する事を期待していた。もしくは時間をかければそのうち野次馬が集まってくるだろうと踏んでいた。
そして何よりオーズの土下座は無敵である。油断した男が隙を作るはずだと考えた。
しかしオーズの考えは見事に打ち砕かれた。
「知ってるぞお前は土下座をしていると攻撃が効かないのだろ?」
後ろの男が確かにそう言った。オーズの額から汗が垂れた。
――なんで知っているんだ
オーズは焦った。スキルの事は極秘であった。その事を知るのはフレイルとソニアとアーティ、そしてカミガーナーを倒した時にいた城の者だけであった。目撃者には他言無用とフレイルが厳命していた。そうなると城の中に内通者がいる事になる。
「早く土下座をやめないとお前の妹が傷つく事になるぜ?」
男はアーティにナイフを突き立てた。アーティは涙目になっていた。
「待ってくれ、話をしよう、何が目的なんだ」
オーズはとにかく時間稼ぎをした。それが最良の策だと考えたからだ。
「話して欲しけりゃまずは立ち上がれよ!」
アーティを脅す男が叫んだ。もう粘るのは難しそうであった。オーズが手を地面から離そうとした時アーティは男の拘束を解いて口の布を取った。
「ダメ!お兄ちゃん!土下座をしてて!」
アーティは叫んだ。その行為が男を刺激した。
「うるせえ!お前は黙ってろ!」
男はナイフをアーティの肩に向かって振り下ろした。少しくらい傷付けても問題無かった。
「きゃあああああぁ!!」
「やめろーーーーー!!」
アーティは悲鳴を上げた、オーズは叫んだが男のはナイフは止まらない、ナイフはアーティの肩に刺さった。肩口から血を流してアーティは悲鳴を上げた。
とその場の全員がそうなると思った。
男のナイフはアーティの肩に刺さらなかった。
「「えっ?」」
全員が声を漏らした。全員の時間が止まった様に誰も動かなかった。
男は仕切り直した。
「お前は黙ってろ!」
男はナイフでアーティの肩に向かって振り下ろした。
「きゃあああああぁ!!」
「やめろーーーーー!!」
アーティは悲鳴を上げた、オーズは叫んだが男のはナイフは止まらない。
そしてやっぱりナイフは刺さらなかった。路地裏になんとも言えない空気が流れた。ナイフを突き立てた男も悲鳴を上げたアーティも叫んだオーズも何だか恥ずかしくなった。
全員が状況が飲み込めずアワアワしていると兵士の声が聞こえた。向こうのほうからガチャガチャと複数の鎧の音が聞こえる。
「何をやっている!」
その声を聞いて男達はアーティをその場に置いて逃げ出した。
路地裏にはオーズとアーティだけが残された。二人とも固まって動かなかった。
「アーティも無敵になるのかよ」
オーズはポツリと呟いた。
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