襲撃

ルーンの剣技は見事なものであった。襲いかかってくる騎士を相手にしながら、しっかりとオーズを守り近付けないようにしている。

 オーズは何も出来ないのでその戦闘を観戦に徹していた。ルーンの剣技を見るたびに自分と差が明らかにあるのが分かる。

 ――そりゃ皆んな怒るよな

 オーズは特例で護衛騎士になった。しかしこの選抜試験に挑む者達の多くは幼少より戦闘訓練をして、己の体に鍛え技を磨いてきた。ぽっと出のオーズがその事情を無視して護衛騎士に抜擢されれば反感を買うのは無理もない。

 オーズがそんな事を考えていると戦闘の決着がついた。ルーンは相手の騎士を転ばせて試験官に一撃与えたのだ。これが実戦ならフレイルは死んだ事になる。護衛騎士失格は仕方ない結果である。

 敗れた騎士は試験官に連れられて森の外に向かった。ソニアの試験終了の笛の音は聞こえてこないのでまだまだ生き残りがいる筈である。

 ルーンは周囲を警戒している。今の戦闘で誰かがルーン達に気付いたかもしれないからだ。

 耳を澄ますと草をかき分ける音が聞こえてくる。ルーンは音をする方向を向き剣と盾を構えた。

 木々の合間から出てきたのは一人だけである。それは騎士の格好をしていない、黒いローブの男であった。

「誰だ!この敷地は騎士団のものだぞ!直ぐに立ち去れ!」

 ルーンは大声を上げて警告した。しかし男はニタニタ笑っている。オーズは直ぐに非常事態用の笛を取り出して鳴らした。甲高い笛の音が森に響き渡る。

「何をしてる!男一人に笛を吹いて!」

「あれはただの男じゃない!」

 オーズは叫ぶと直ぐに土下座の態勢になった。

「オーズの言う通りだ嬢ちゃん。もし油断したまま俺が近付いてたら危なかったぜ?」

 男はニタニタ笑いながら話しかけてきた。

「お前は誰だ!名を名乗れ!」

 ルーンは剣を男に向けながら叫んだ。

「俺の名前はジュリアス・ジェニアスJr.だ。邪竜教の幹部の一人だ。まあ最近どんどん幹部は捕まっちまって減ってるがな」

 ジュリアスは剣を向けられているが全く動じない。ルーンは話しが終わるや否やジュリアスに斬りかかった。

 ジュリアスの肩から振り下ろされた剣は体を切り裂いた。

「ぐは!」

「油断をしているのどっちだ」

 オーズはルーンの行動の速さに驚いた。全く人を斬るのを躊躇わない。これはオーズには出来ない事である。

 しかし斬られて地面に倒れ込んだジュリアスは消えてしまった。そして木の影から斬られたはずのジュリアスが現れた。

「怖い怖い」

 そんな事を言ってるがその表情は余裕そのものだ。

「何かのスキルか?」

「そうだよお嬢ちゃん」

 その声は目の前にいるジュリアスからではなく真逆の方向から聞こえてきた。そちらを見るとジュリアスが立っている。この場に二人のジュリアスがいるではないか。

「二人もいる!」

 オーズは土下座をしながら驚いた。

「俺のスキルは分身。こうやって俺を幾らでも増やせるんだよ。それと助けは期待しない方がいい」

 ジュリアスが喋り終わると森の向こうから笛の音が聞こえた。これは試験終了の笛の音ではなく非常事態が起きた時に鳴らされるソニアの笛である。

「俺の分身はここだけじゃなく、お前らのお姫様の所にも行ってんだよ」

 その言葉を聞いてオーズは動揺した。

 ――どうする!でもここで土下座を止めたらまずい。向こうの状況が分からない以上土下座を止めるの危険だ。だとしたらルーンがジュリアス・ジェニアスJr.を倒さないといけない。そんなこと出来るのか?

 オーズは答えが出ないまま無意味な問答をするばかりである。

 ルーンはジュリアスの一人を斬った。全く迷いが無い。

「こいつらを倒して直ぐに姫様の下に戻ります!」

「させるわけないよね」

 ジュリアスの身体が黒いオーラに包まれた。そしていつもの如く化け物の姿になって現れた。

「これが噂の!」

 それでもルーンは果敢にジュリアスに斬りかかる。しかし化け物に変身したジュリアスの体に刃は通らない。

「無駄無駄!お嬢ちゃんの力で俺には勝てねーよ!そして!」

 化け物になったジュリアスは二人に分身した。

「この状態でも分身が出来るんだよ!」

 ルーンは二人のジュリアスに挟まれる形になってしまった。

「貴方も戦いなさい!何を命乞いしてるんですか!」

 ルーンはオーズを見て怒鳴ったがオーズは土下座を止めることができない。

「おや?知らないのか?そいつのスキルを?」

「スキル?」

「こいつはよ、なんでか知らねーけどよ、土下座をしてるとお姫様が傷付かなくなるんだよ。だから護衛騎士になってんだよ。そして向こうの状況が分からない以上こいつは土下座を止めることが出来ねーんだよ」

「そんなスキルが……」

「だから俺達の相手はお嬢ちゃん一人で頑張りな。俺はサマンサ・マサマーやドナルドル・ルドルドルフと違って手は抜かねーぜ」

 そう言うとジュリアスは二人同時にルーンに巨大な爪を振り下ろした。ルーンは間一髪避けたが直ぐに追撃が来る。剣と盾で何とか攻撃を凌いでいるがあまりにも劣勢である。ルーンの勝機は全くと言っていいほど無かった。

 一方的な攻防は直ぐに決着がついた。ルーンの剣が折れ、巨大な爪がルーンを引き裂いた。

 しかしルーンは無傷であった。オーズの土下座スキルは新たに妹となったルーンにも適用されていた。

「あ?なんで喰らわねーんだ?まさかまたお前か?」

 ジュリアスはオーズを睨みつけた。

「まあいいや、それならお前ら二人を攫えばいいだけの話しだ」

「何で俺たちを攫おうとする!」

 オーズは土下座しながら質問をした。時間稼ぎでもあるが少しでも相手から情報が欲しかった。

「言う訳ないだろ」

 ジュリアスは完全に死んだと思っていたが生きており状況が飲み込めないルーンを掴んだ。

「じゃあ二人を抱えてさっさと退散するか」

「離せ!」

「嫌だね、そんなに離して欲しければお嬢ちゃんが持つスキルでも使えばいいだろ?使えるならな?」

「そうだ!ルーンちゃんスキルを使うんだ!どうにかなるかもしれない!」

 オーズはルーンのスキルについて何も知らなかったが状況を打破するために懇願した。

「おっと今度はお前が何も知らないか?仲間同士の情報共有は大切だぜ?」

「知らないって何を?」

「じゃあ教えてやるよ。さっきの質問を答えられなかったお詫びにな。お嬢ちゃんのスキルは爆破。その手の周りで爆発を引き起こせる強力なスキルだ」

「なら今こそ使うんだ!」

「それが出来ないんだよなー。お嬢ちゃんはスキルを暴発させて火傷をしちまったらしい。それ以来怖くてスキルが使えねーんだとよ。馬鹿だよな自分のスキルで傷付くなんて」

「そんな事が……」

 ルーンは何も言わないが悔しそうに噛み締めている。

「こんな小さなお嬢ちゃんが騎士になれたのも強力なスキルありきなのに、それを使えないなんてよ。スキルが使えないお嬢ちゃんに何の価値もないのによ!」

「ふざけるな!」

 ジュリアスの言葉にオーズは激昂した。

「ルーンちゃんは強い!さっきだって一人で騎士を相手にしてた!スキルが使えなくたって立派な騎士だ!お前こそスキルと邪竜の力に頼っているだけじゃないか!お前にルーンちゃんを馬鹿にする資格はない!」

 オーズは思いの丈を全てジュリアスにぶつけた。

「ルーンちゃん!こんな奴の言う事なんて聞く必要はないんだ!今のルーンちゃんは誰にも傷付けることは出来ない!勿論自分自身もだ!大丈夫!俺を信じて!スキルを使って!そしてそのジュルジュルJr.をぶっ飛ばしてやれ!」

「ジュリアス・ジェニアスJr.だ!そして人を説教する時は土下座をやめてから言え!」

 ルーンを捕まえていないジュリアスがオーズの下へ来ると何度もオーズを踏みつけた。しかしオーズは全く意に介さない。

「大丈夫!ほら全然痛くないから!だから安心して!こんな奴にルーンちゃんは負けちゃいけないんだ!」

「うるせえ!」

 ジュリアスは何度も何度もオーズを踏みつけるが全く効いていない。

「だから効かないってバーカ!バーカ!」

「土下座しか出来ない能無しが!」

 ジュリアスは腕を大きく振りかぶった。すると背後からとてつもない爆発音が聞こえ、爆風がジュリアスを襲った。

 振り返ると爆発による土煙が舞っており、どうなっているか分からなかった。そして徐々に土煙が晴れるとそこには手から煙が上がっているルーンと腕を吹き飛ばされたジュリアスがいた。

「な!爆発させただと!」

 生き残っているジュリアスは明らかに動揺している。

「その人はレッドグレイブ家の人間だ。その人を馬鹿にする事は許さない」

 ルーンの動きは素早かった。剣と盾を置き素手になった事で動きが格段に速くなっていた。

 その動きにジュリアスは反応出来ていない。一気に距離を詰められるとルーンは右手をジュリアスに伸ばした。

 ジュリアスの目の前で爆発が起きた。爆発によりジュリアスの身体は吹き飛ばされて、ゴロゴロと地面に転がっていく。

 ジュリアスはヨロヨロと立ち上がるとニヤリと笑った。

「まあいいさ、お姫様の所にも俺はいるからな。どうせお前はその態勢から動けないんだろ?ひひっ」

 そう言うとジュリアスの体は消えてしまった。

 ジュリアスの言い分は正しかった。オーズは直ぐにフレイルの下へ行きたかったが、向こうの状況が分からない為土下座をやめられない。そして土下座をしていると動けない。

 オーズが悩んでいるとルーンが口を開いた。

「一つだけ方法があります」

 どんな方法か分からないがオーズはそれに賭けるしかなかった。

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