爆走兄ちゃん
ジュリアスの分身にソニアとルーンが応戦している。フレイルも参戦したかったがエリザベートの前で暴れ回るのは出来なかった。
そしてこの場ではエリザベートだけが無敵になれないのでフレイルがその場に残ることは意味があった。それでも暴れたい衝動でうずうずしていた。
それにこの場には愛用のハンマーを持ってきていない。そうなると必然的にオーズを振り回す事になる。先程オーズに哀れみの目を向けていたエリザベートの前でオーズを振り回すのは流石のフレイルも気が引けた。
ジュリアスの相手をしているソニアとルーンは手こずっていた。ジュリアスの分身はソニアとルーンを囲む様に移動して二人を翻弄していた。ソニアとルーンもフレイルの護衛もあり、あまり深追いすることは出来ず決定的な攻撃がないまま悪戯に時間だけが過ぎていった。
ソニアとルーンの息が上がり始めた頃ジュリアスが口を開いた。
「無敵と言えど体力は減るんだな」
ジュリアスはしたり顔でそう言った。
「ソニア!ルーン!大丈夫?」
「ご心配なさらず!大丈夫です!」
「まだやれます!姫様!」
フレイルの呼びかけにソニアとルーンは元気よく答えたが遠くから見ても息が上がっているのは分かる。
「お姫様も参戦していいんだぜ?お前の両親の様に殺しやるからよ」
ジュリアスはフレイルに向けて確かにそう言った。フレイルはその言葉が聞き捨てならなかった。
「それはどう言う事?」
「まだ分からないのか?前国王夫妻は旅の途中に魔物に襲われたんだよな」
「……まさか」
フレイルの額に血管が浮き出た。目は大きく見開きジュリアスを睨んでいる。
「それってどんな魔物だったんだろうな?もしかしたらこんな爪を持ってる魔物だったかもな?」
ジュリアスはそう言いながら自身の爪を挑発する様にヒラヒラと見せびらかしている。フレイルは今にも飛び出しそうな雰囲気であった。その時、
「フレイル」
エリザベートがフレイルを呼んだ。フレイルがエリザベートに顔を向けるといつもと表情の変わらないエリザベートがそこにいた。
「何でしょうお婆様。私を止めるのですか?」
今にも飛び出しそうなフレイルにエリザベートは一息ついて言い放った。
「いいえ、あの下品な輩を叩きのめしてきなさい。私が許可します」
「はい!」
フレイルは返事をするや否や土下座をしているオーズを掴んでジュリアスに向かって走り出した。その顔は怒りにより真っ赤になっており、目の前の敵を殲滅する事しか考えていなかった。武器にされるオーズの意向は無視である。
ソニアとルーン、そこにフレイルが加わった事により戦況は一気に変化した。大量に分身を出す事で体力を削る事に注力していたジュリアスだが、暴れ回るフレイルが参戦した為その数を減らしていった。
「本体は何処なの!」
フレイルは叫びながらジュリアスをボコボコにしていく。それでもジュリアスの分身は増え続ける。
「俺かもな」「俺だよ俺」「俺が本体だ」
ジュリアスは挑発しながらフレイルの周りをウロチョロしている。
「うるさい!」
そのうちの一体をオーズで殴り倒したが消えてしまった。
「こっちだって、ほらほら」
また別のジュリアスがフレイルを挑発する。
「姫様!落ち着いて下さい!」
ソニアがフレイルに声を掛けるが、
「これが落ち着ける訳ないでしょ!さっきから何なの!こいつら!まともに戦おうともしないで!」
「確かにそれは私も変だなって思います!」
フレイルの愚痴にルーンも賛同した。何かがおかしい。そう戦っている三人が考えていると、アーティの悲鳴が上がった。
声の方を見てみるとパリンストンがエリザベートにナイフを突き立てていた。
「動かないでください。貴方の大事なお婆様がどうなってもいいのですか?」
パリンストンはニヤニヤ笑いながらフレイルを見ている。
「そんな!警戒していた筈なのに!すっかり忘れてた!」
ルーンは焦っている。それはソニアも同じであった。ジュリアスと戦いながらもパリンストンには注意を向けていた筈であったからだ。
「油断した……いや、そんな訳がない。これは一体……」
ソニアも自身の不注意を考えたがそれでも何処かおかしかった。この違和感にフレイルは一つの仮説を思いついた。
「そうやってカミガーナーやギースリーの記憶を無くしたの?」
フレイルがパリンストンを問いただした。
「やはり聡明ですね。そうです。これが私のスキル、忘却。私の事を思い出せなくする力です。皆さん随分と戦いに夢中だった様で簡単に回り込めましたよ?」
パリンストンは勝ち誇った表情で自身の能力を披露した。
「さあ、道を開けなさい。壁際に移動してもらいましょうか」
パリンストンがフレイル達に指示した。
「フレイル、私の事は気にしないで下さい。貴方のなすべき事をしなさい」
捕まりながらもエリザベートはその凜とした態度を変える事はなかった。例えそれが自身の命の危機であっても。
しかしフレイルは違う。残された唯一の親族であるエリザベートを失う事は耐えられなかった。
「みんな、……下がって」
フレイルは悔しさを滲ませながらそう言った。ソニアとルーンはパリンストンから目を離さずゆっくりと壁際まで移動した。アーティもフレイルの命令に従いゆっくりとパリンストンから距離を取った。
「さあ、残るは貴方です」
パリンストンがフレイルを見た。フレイルは何も言わずゆっくりと壁際まで移動した。
「ご協力感謝します。ジュリアス、鎧を運びなさい」
ジュリアス集団の中の一人が前に出た。その行きがけにフレイルを小突いた。
「じゃあなお姫様」
それでもフレイルは手を出せない。ジッと怒りを堪えてその場に立ち続けた。
ジュリアスはパリンストンの命令に従い鎧が入った棺を担いだ。そして堂々と扉まで運んでいく。パリンストンもエリザベートを人質にとりながらフレイルに見せつける様に歩いた。
「それではご機嫌よう」
パリンストンはエリザベートをつき離して扉の奥にジュリアスと共に消えていった。重たい扉は閉められフレイル達は王墓に閉じ込められた。エリザベートは突き飛ばされたため転んでしまった。
「お婆様!大丈夫ですか!」
フレイルはオーズを投げ捨てエリザベートの下に走り寄った。
「そんな顔するんじゃありません。私は無事です」
エリザベートは孫娘をあやす様に優しい声でフレイルを慰めた。
「お婆様、どうしましょう。鎧は奪われてしまいました」
「まずはここから出ましょう。話はそれからです」
エリザベートが扉を見るとソニアとルーンが扉を押している。しかしどんなに押しても扉は開かない。
「ぐぐぐ!何か向こうで押さえられてる様です!」
ルーンは歯を食いしばりながら報告した。
「多分ジュリアスの分身が扉の前にいるんでしょ」
フレイルは冷静にこの状況を打破する事を考えた。扉を破るのは簡単であるがエリザベートがそれを許すかは分からなかった。
「あの、お婆様……」
フレイルが自身の考えを伝えようと話しかけたが言葉を被す様にエリザベートは答えた。
「許可します。扉はまた作り直せばいいのですから」
「はい!」
その言葉にフレイルの迷いは無くなった。元気に返事をすると投げ捨てたオーズを拾い上げてルーンに指示する。
「ルーン!扉を爆破させて!」
「はい!」
ルーンも迷いなく扉を爆破し始めた。フレイルもオーズを振り回しながら扉を破壊していく。二人の少女の力により扉はみるみるうちに削られていく。
その様子を遠巻きでエリザベートは見ていた。エリザベートはソニアに話しかけた。
「ねえ」
「はい!何でしょう」
「彼はあの扱いに本当に納得しているのでしょか」
エリザベートは鈍器として扉に叩きつけられているオーズを哀れむように見ていた。
「……護衛騎士として誇りを持ってその使命を全うしていると思います」
「そうですか。貴方達だけでも彼に優しくしてあげて下さいね」
「分かりました」
しばらくすると扉は完全に破壊されて瓦礫の山の下にジュリアスの分身が横たわっていた。
アーティが急いで台車を持ってきたが、
「そんな時間は無い!このまま行く!」
フレイルはアーティを止めてオーズを床に置いた。フレイルはその上に跨り座った。
「ルーンも後ろに反対向きに座って!」
「はい!これでいいですか!」
「そう!」
ルーンも迷う事なくオーズに跨った。フレイルとは背中合わせになる形である。この状況を理解できているのはフレイルとルーンだけであった。
「あの?何をするんですか?」
オーズはこれから起こる事を理解出来ていない。
「説明してる暇はない!お婆様!先に行きます!ルーン!爆破!」
「はい!」
ルーンがオーズの後ろで爆発させると乗り物と化したオーズは急加速して長い通路を進んで行った。
「ぐわああああああぁぁぁぁぁー!!」
オーズの悲鳴はあっという間のに遥か彼方に消えてしまった。
「不憫ね」
エリザベートはポツリと呟いた。
「えっと、エリザベート様も行きましょう」
ソニアは気まずそうにそう言った。
長い通路をパリンストンとジュリアスは進んでいる。その遥か後方で爆発音が聞こえた。
「どうやら奴らが迫ってる様ですね」
「俺の分身を置いときましょう」
ジュリアスは分身をして道を塞ぐ様に分身を配置した。そうして歩いていると爆発音と共に分身の悲鳴が聞こえた。
「早すぎる!どうやって来てるんだ!」
ジュリアスは慌てて後方を見た。爆発する事により一瞬光りその全容が分かった。その物体は土下座する男性に二人の少女が跨り、爆発させながら突っ込んでくる異形なものであった。
「ジュリアス!急ぎますよ!」
「はい!」
パリンストンとジュリアスは慌てて走り出した。走りながらもジュリアスは分身をしていくがそのどれもが無惨に飛び散っていく。
そして歓喜の様な怒号の様なフレイルの声が通路にこだました。
「見つけたぞぉおおおおぉぉぉぉ!!!」
その日ジュリアスは初めて心の奥底から恐怖した。化け物の姿であるが棺を持っている事によりジュリアスは早く走れない。
――とにかく前へ!そして分身を!
ジュリアスは正面に外の光が見えた。もう何も考えられなかった。ただひたすらに外を目指した。後ろから爆発音と叫び声がどんどん近付いてくる。
背後で爆風の熱を感じた瞬間、ジュリアスは王墓から脱出した。入り口の脇に転がるように逃げるとその背後から猛スピードで突っ込んできたフレイル達が入り口から飛び出た。一瞬でも判断を間違えていたらジュリアスは轢かれていたであろう。
フレイルの姿は爆発の煙と砂埃舞っている為見る事が出来ない。
棺を投げ出してジュリアスは煙の方を見た。煙の中から二人の影が見えた。正確には三人の影であるが、一人がおよそ人の扱いを受けていない為ここでは二人である。
「アンタが本体でしょ」
フレイルはオーズをブンブン振り回しながらジュリアスに近付いていく。
「ひい!」
ジュリアスは自身の目の前に分身を出した。しかしフレイルがオーズを一振りするとジュリアスの分身は最も簡単に吹き飛んでいった。
ジュリアスはまた分身を出した。しかしフレイルはオーズで叩きつけ分身は地に伏した。
何度分身を出してもフレイルを倒す事は出来ない。ジュリアスは恐怖のあまり尻餅をついた。ガタガタ足が震えまともに立てない。みっともなく後退りをしながらフレイルに訴えた。
「じょ、冗談だよ!俺は別に国王も王妃も殺してねぇ!あれは本当に魔物の仕業だって!なあ?分かるだろ?ちょっとした冗談だからさ!」
ジュリアスは必死に言い訳をしているがフレイルは止まらない。
「ふーん、そう」
「そうなんだよ」
「まあ、そういう事にしといてあげる」
「な?だからさ、もういいだろ?」
「でも知ってる?冗談でも大切な両親の死を茶化す奴は私は決して許さないって事を」
「ちょっまっ!」
ジュリアスは何か言おうとしたがフレイルはオーズを思い切りジュリアスに叩きつけた。ジュリアスは地面に倒れて人の姿に戻った。ピクピク痙攣しており完全に気を失っている。
フレイルは周りを見渡した。道中護衛をしてくれた騎士がそこらに倒れて呻き声を上げている。おそらくジュリアス達が倒したのであろう。
「早く救助を呼ばないと」
「私が馬で行きます!」
「お願いするわ」
ルーンは馬に跨り颯爽と駆け出した。
しばらくすると王墓からエリザベート達が出て来た。ソニアはフレイルに声をかけた。
「ご無事ですか!」
「私は大丈夫、今ルーンに救助要請をさせに行かせました」
「そうです、パリンストンはどうしました」
「あ!」
フレイルはすっかりパリンストンと鎧の事を忘れていた。
「あれじゃないですか!」
アーティは空を指差した。指さす方向には化け物が空を飛んでいて棺を担いでいる姿があった。
「あいつ!」
フレイルはその場でぐるぐる回転してハンマー投げの様にオーズをパリンストンに向かって投げた。しかし空高く飛んでいるパリンストンには届かない。オーズはイタズラに空に投げ飛ばされそして落下していった。
「うわあああぁぁぁー!!」
落ちていくオーズを無視してフレイルは話を進めていく。
「直ぐに追いましょう!」
フレイルが駆け出そうとするとエリザベートが止めた。
「落ち着きなさい。奴が向かう先は分かっています」
「何処ですか!」
「ここから遥か北にある不毛の地、瘴気の谷でしょう。そこに邪竜が封印されていると聞いています。奴も直ぐには辿り着けないでしょう」
エリザベートの言葉にフレイルは落ち着きを取り戻し呟いた。
「瘴気の谷……」
今までの全ての事件の元凶である邪竜がそこにいる。フレイルは最後の戦いなる事を確信した。
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