訪問
フレイルの突発的思いつきでソニアを困らせた日から二日後、フレイルは王族専用の馬車に揺られていた。朝早くに王宮から出発した一行はお昼過ぎにはレッドグレイブ領に到着する予定である。
御者台にはソニアが座り馬を操り、馬車の中にはオーズとアーティも乗っていた。勿論フレイル愛用の特大ハンマーも積み込んでいる。
馬車の中で軽食を取りつつの移動だがフレイルは終始楽しそうである。アーティも王都から出るのは初めてなので何処かソワソワしている。そんな二人の妹を見てオーズは嬉しくて堪らなかった。
馬車は何事も無く順調にレッドグレイブの街に向かっている。
「もうすぐ街に到着します」
「レッドグレイブ領って王都から近いのですね」
ソニアの報告にアーティが感想を漏らした。
「王都で何かあった時直ぐに駆けつける為ですね。それと外敵が侵攻してきた時に守りの最後の要になります。レッドグレイブ家はその為に存在しているのです」
「それじゃあソニアさんも?」
「はい、物心つく頃から訓練して王家に仕える為に鍛えてきました」
「はえーすごいです」
アーティは生まれながらにその人生を決定づけられ全うしていく事に感心した。平民もある程度就ける職業は決まっているが生まれながらにとまではいかない。
「なのでレッドグレイブ領には産業らしい産業もなく、小さな街が一つあるだけです。視察も一日で終わるでしょう」
ソニアはフレイルに言い聞かせる様に付け加えた。フレイルはソニアの声が聞こえている筈なのに「私関係ありません」みたいな顔をして惚けて外を眺めている。
馬車がズンズン進んで行くと街が見えてきた。街は城壁で囲われており、出入りには堅牢な門を通る必要があった。街と言うより城塞と言った方が適切だろう。
門の前にはレッドグレイブの兵士達が立っておりフレイルを出迎えた。フレイルが馬車から降りると兵士達は一斉に敬礼した。
兵士の中には一人だけ場違いな女性がおり、前に出てフレイルに頭を下げた。
「ようこそおいで下さいました、フレイル・スウィンバーン姫殿下。私は領主の代理で案内を務めますマルテ・レッドグレイブと申します」
マルテ・レッドグレイブと名乗った女性は長い赤い髪に褐色の肌であり、その目は細く優しい顔立ちをしている。ソニアと違い細く華奢な指をしておりシンプルだが品のあるドレスを着ている。
「出迎えご苦労様です。今日はご案内よろしくお願いします」
フレイルはいつもの如く猫を被り愛想を振り撒いた。これを見るたびにオーズは笑いたくなる。
「マルテさんはソニアとどの様なご関係で?」
「ソニアは私の妹です。二つ程歳は離れています」
「そうでしたの。ソニアったら何も教えてくれないのですよ」
「あら、それは妹が失礼しました。後で罰として外周させます」
フレイルとマルテは笑っているが後ろで控えているソニアは苦笑いしている。そんな表情のソニアをオーズは見た事がないので、もしかしたらマルテは恐ろしい人なのかと疑い始めた。
視察という事でフレイルは門からレッドグレイブの屋敷まで歩く事にした。護衛騎士であるソニアにオーズもいるがその周りにも兵士がきっちり固めている。これでは視察と言うよりパレードの様である。
「こちらが屋敷に続く通りになっています」
「何だか道が曲がっている様だけど何でかしら?」
「はい、それは敵の侵攻を遅らせる為です。道を左右にうねらせる事により敵の足止めをするのです」
「なるほど、他に何か工夫は?」
「このまま進んでも屋敷には行けず何度か曲がり角があったり、道を塞ぐ為にあえて崩しやすい家もあります」
「本当に城塞都市なのですね」
マルテの案内の下、街の視察をしているフレイルは実に立派なお姫様であった。外出する為にわざわざ視察と言う名目にしているが、視察もしっかりと行っている。街行く人には手を振り声を掛けて笑顔を振り撒く、可愛らしくお淑やかで優しい絵に描いたようなお姫様である。
「ところでマルテさん、領主はどうしているのかしら?急病でも?」
「それが姫様がお越しになる少し前に大型の魔物が出たと報告を受けまして、領主自ら指揮を取り討伐に向かいました。それで私が急遽代理で案内を務める事になったのです」
「レッドグレイブ家の者は領主であっても戦うのですね」
「はい、レッドグレイブ家の者が死ぬ時は戦場と幼い頃より教わっています。私も死ぬ時は敵兵か魔物に殺されるのでしょね。ふふふ」
「……そうですか」
何とも反応に困る返答をされ、流石のフレイルも愛想笑いするしかなかった。
そんな物騒な会話をしながら進んで行くと遂にレッドグレイブ家の屋敷に着いた。フレイルは屋敷の前で足を止めた。
「これが屋敷ですか?」
フレイルが驚くのも無理はない。オーズもアーティも驚いている。それは屋敷と呼ぶにはあまりにも堅牢で威圧的である。窓も小さく、飾りっ気の無い外壁に重く厚そうな扉、つまるところ砦である。
「驚かれました?」
「驚かれるも何もこれは?」
「レッドグレイブ領は元々防衛拠点なのです。その為当時の砦をそのまま屋敷にして暮らしているのです。レッドグレイブ家の者は王家の為に死ぬ最後の時まで、この屋敷に立て籠り戦う覚悟があるのです」
マルテは穏やかな表情で当然の様に話している。マルテの発言の真偽を確かめる為にフレイルはソニアを見たが、ソニアは頷き肯定した。
「見た目は砦ですが内装は暮らしやすい様に所々改装しておりますので安心して下さい。この屋敷に居れば何人たりとも侵入を許しませんのでどうぞ心穏やかにお過ごし下さい。何かありましたら私共が殲滅致します」
マルテの発言には絶対的自信が感じられた。そして優しい笑顔の奥にはフレイルを仇なす者は一人残らず葬ってやるぞと執念にも似た決意が映し出されていた。それはソニアも同じである。
フレイルはそんな戦闘狂の様な一族の屋敷に泊まる事と、今までその一族の一人が側にいた事に少しばかり恐怖した。
勿論オーズもアーティも背筋が凍った。この屋敷で問題を起こせば殺されるのではないかと思い、今一度気を引き締めた。
――絶対にこの一族には逆らわない様にしよ
オーズは誓った。
――屋敷の物、壊したらどうしよう……
アーティは怯えた。
――来るんじゃなかった
フレイルは後悔した。
「さあ、どうぞお入り下さい。お部屋を用意してありますので旅の疲れを癒やして下さいね」
マルテは微笑みながら屋敷に招き入れた。ソニアを除いた一行が腹を括り屋敷の中に入った。
屋敷の中は外と違い置き物が置かれたり、絨毯が敷かれたりとそれなりに見た目に気を遣っていた。
しかしそれだけではなく、剣や槍、弓矢などが壁に掛けられていた。そのどれもが飾りっ気のない実用的な武器であり、本当にこの屋敷で戦闘を行う覚悟が見て取れた。
と言うより明らかに武器の数々に使われた形跡があり、壁にも薄らと切った跡が見つかった。
戦う覚悟あると言う貴族や騎士は幾らでもいるが、レッドグレイブ家はその昔実際にここで戦っていたのであろう。
ちなみに置き物と言うのも魔物の剥製であったり、竜の首を壁に掛けたりである。
「どうです?屋敷の中は案外普通なんです」
マルテはそう言うがそんな訳がない。
そんな屋敷の中を見たフレイルが絞り出した言葉は、
「本当ね……」
オーズは今までフレイルが心折れた所を見た事が無かったが今日初めてその目で見る事が出来た。出来れば兄らしくここでフォローの一つでもしてやりたいと思っているが身体は動かず、フレイルにかけるべき言葉は何一つ出てこなかった。
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