告白現場
吾輩は花の女子高生でありながらぼっちであり陰キャである。名前はまだない。
嘘です。
平戸彩風という名前があります。
どこで生まれたかは見当どころか実際に知っている。
生まれたのは市内の大きな病院だ。
おぎゃおぎゃとあまり泣かない子であったと親から伝えられている。
吾輩はここで始めて告白というものを見た。
おっと、さっき現代文の授業で読んだ吾輩は猫であるが浸食してきている。
夏目漱石パワー強すぎるな。
私は今、校舎の裏側。
少し歩くと校庭に繋がるところにいる。
陰キャでぼっちな私には放課後とは苦痛の時間であった。
すぐに帰ろうにも、部活へ行く人や帰る人たちに溢れて気疲れしてしまう。
なによりも、私には友達がいないんだって惨めになるのだ。
でも私にはインターネットという大海原にお友達が沢山いるから、と強がっているけど、意味を成さない。そもそも友達と言えるような関係性でもないし。ちんけなSNSで繋がっているに過ぎない。
まぁ要するに人気のないところへ逃げてきているわけだ。
ここは私にとっての安息の地。
アットホームな職場です。
けど今日は全く落ち着かない。
来なきゃ良かったと後悔してる。本当に落ち着かない。
向こうの大きな木の下に男女が立っていた。
あれは……告白だ。
そうだ、そうに違いない。
私はしたこともなければ、されたこともないけど、あれは告白だろう。
アニメとか漫画で沢山見たから間違いないはず。
これからきっとキザなセリフが飛び交うんだ。
お前の人生半分くれだの、地球上の誰よりも好きだから、とか。
あぁ羨ましい。私もそんなこと言ってみたいし、言われてみたい。
妄想内だったら何回も経験済みだけどね。
あはは、はぁ……。
顔立くっきりとした美女。
腰辺りまで伸びている髪の毛は艶やかなピンク色をしている。
黒色の髪の毛はこの距離だと一切見えない。
だから思わず地毛なのかなと思ってしまう。
けど地毛でないことは知っている。
なぜかって? あの人はウチのクラスメイトだから。
この前教室内で「ピンク色に染め直したのよ。すごーく時間かかっちゃったわ。ブリーチは痛いし、辛いだけね」と談笑していたからだ。
もちろん私は参加してない。
陽キャさんの会話に参加できるわけない。
ちなみに盗み聞きではないからね。
偶々。
そう、偶然聞こえてしまっただけ。
えーっと、名前はたしか
私ってすごい。
仲良くない人の名前も覚えられちゃうんだね。
まるで仲良い人が居るみたいな表現だが、仲良い人なんて居ない……あ、悲しい人だとか思わないで欲しい。
その同情が私の心をさらに涼しくするから。
スッと、空気感が変わる。
緊張感が校舎の陰に隠れてる私の方まで伝わってきた。
思わず息を呑んで、ギュッと握り拳を作ってしまう。
「好きです。付き合ってください」
風に乗って告白が聞こえてくる。
可愛らしい声なのに強さもあり、ストレートでありきたりな文言なのに心が動く。
女性の告白なのにカッコいいと思ってしまう。
盗み聞きする気はなかったんだけど、結果的に盗み聞きするような形になってしまった。
小野川さんの向かいに居るのは瀬田さんだ。
ウチのクラスのイケメン男子。
陽キャ美女と陽キャイケメンの独壇場。
こんなところに居てごめんなさい、と架空の誰かに思わず謝罪をしてしまった。
あわわわわわわわわわわわわわ。
どうしよう。
って、どうしようもない。
このことを誰かに伝えようにも、その話す相手がいない。
ぼっちだからね。しょうがない。
世の中ではこうやって告白が行われて、こうやって美男美女カップルが爆誕するんだなぁと知る。
私には無縁な世界過ぎて、輝いて見える。
煌々とするとはまさにこのこと。
いつか私もああいう場面が訪れるのかな。
ちょっと想像できないけど。
緑色の大樹の葉も、ピンクがかってるように見えてしまう。
幻想的すぎるけど。
でもそれくらいには青春が目の前に広がっていた。
私のコンプレックスがずかずかと刺激される。
死んじゃうんじゃないかってくらいだ。
死なないけど、今なら間違いなく死ねるね。
これこそまさに青春コンプレックス。
ギターっていう取り柄すらない私はただのぼっちだけどね。
「ごめん。好きって言ってくれるのは嬉しい。だけど君とは付き合えない」
一瞬で目の前の青春は吹き去る。
その場に残すのは、虚しさだけ。
ピンク色の世界は灰色に染まる。
モノクロの世界。
小野川さんの髪の毛は風に靡く。
私は関係ない。
そのはずなのに、なぜか胸が痛む。
アニメを見ているような感覚だからだろうか。
多分そうだろうな。
非現実的すぎるから、一つのドラマのように見えてしまう。
「なんで?」
小野川さんは屈することなく、顔を上げ瀬田さんに問う。
その疑問は私も抱いていた。
なんで告白を断るのだろう。
小野川さんのことも、瀬田さんのこともなんにも知らないけど、顔やスタイル、雰囲気で考えればかなりお似合いなカップルだなぁと思える。
「今はまだその時じゃないと思ったから」
なんだその乙女心を弄ぶような答えは。
ただうざいなぁという回答だ。
なんだそれ。
いいや、マジで。
面倒い彼氏じゃないんだから。
アニメとか漫画でこんなストーリー展開があったら作者は総叩きされるだろうなぁ。
BLでもこんな展開有り得ないよ。
現実は創作よりもうんと理不尽で面倒で利己的なんだなと実感する。
それでもきっと小野川さんは、瀬田さんのことを好きでいるのだろう。
それが現実というもの。
創作のようにスパッと想いは変わらない。
簡単に変化するものもあれば不変的なものもある。
それが現実世界なのだ。
「そう、なのね」
とはいえ絶句したような声色だ 。
そりゃそうだ。
私に同情されたって一寸たりとも嬉しくないだろうけど、思わず同情してしまう。
可哀想だなと悲哀の目線を送ってしまう。
同時に瀬田さんには軽蔑の眼差しを送る。
もっとも互いに私の視線なんて気付くことないのだろうけど。というか、気付かれたら困る。
あわわわわわ、すみません。
見ててごめんなさいって、平謝りすることしかできないし。
あれこれ考えていると、つかつかと足音が聞こえ、その足音は私の近くでぴたりと止まる。
「同じクラスの平戸さんよね」
校舎の陰に隠れていたはずなのに、小野川さんは目の前にやって来て、私に声をかけてきた。
吃驚して、ぶるりと身体を震わせる。
俯いてから、また顔を上げる。
うーん、やっぱり目の前にいる。
もしかしたら幻影かもしれない。
目を擦ってみる。
やっぱり幻影じゃないらしい。
えーっと、はい。
目をつけられました、とさ。
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