一日に二回振られる人
ごめんなさい、と言うために口を開きかけたところで、小野川さんは私の言葉を遮る。
わざとかよ、ってくらい綺麗なタイミング。
もっとも小野川さんは私が喋ろうとしていたことすら気付いていないっぽいが。
「
ふわっとしている髪の毛を耳元にかける。
その仕草には妖しさがある。
小野川さんは私のことを覗くように見つめ、私の心を掴む。
「す、すみません。その、えーっと、あの違うんです」
「ふーん、違うんだ」
「違くないですけど、いいや、違います。違うんです」
「そう……」
つーんとした声色で私から少し距離を取る。というか元の位置に戻る。
「あ、あ、あ、は、はい」
私はこくこくと大きく頷く。
命がかかっていると思いながら頷く。
はたから見れば滑稽かもしれないなぁと思いつつも、私にとってはそんなのは些細な問題だった。
「言葉の綾と言いますか、その、えーっと、はい。違うんです。とにかく違うんです。出過ぎた真似をしました」
こくこくと頷いてから、ぺこぺこと謝罪する。
髪の毛が長ければ、ぺちぺちと皮膚に髪の毛が当たるんだろうけど、短いからふさふさと前髪が揺れるだけ。
「なーんだ。違うんだ」
つまらなさそうに、くーっと背を伸ばす。
「は、はい。違います」
はっきりとそう口にする。そのあと首肯する。
「残念」
「ざ、残念?」
私はこてんと首を傾げた。
「な、なにが残念なんですか」
対応が面白くなかったということなのだろうか。面白さを求められたって困る。こっちだって必死なのだから。
「面白そうだなぁと思ったのよ」
「は、はぁ」
イマイチ終着点の見えない会話に、そんな適当な返事をしてしまう。
結局どうしたいのかがわからない。
ずっとふらふらしてる。
「付き合うのも面白いかなぁと思ったのよ。それだけ」
くすくすと笑う。
本気で言ってるのか、冗談なのかわからない。
ただはっきりと言えるのは私の胸はギュッと締め付けられたということだけ。
「どう? 私たち付き合っちゃう?」
「ふぇっ」
告白紛いのことを返され、変な声が出てしまう。
私ってこんな声出せたんだ、と場に似合わぬことを考える。
上目遣いで問う小野川さんは可愛い。
「生憎、私好きな人に振られちゃったから、彼氏もいなければ、好きな人もいないのよね」
またくすくすと楽しそうに笑う。
からかってるだけなのか、それとも本気なのかわからない。
そもそも女の子同士なわけで、付き合うという思考になるのがおかしい。
ふと私は本気か否かを考えてしまった。
考えてしまったということは案外悪くないかもと思っているのだろう。
「いや、でも」
女の子同士と付き合う。
やはりそれには少し抵抗がある。
しょうがない。
世間一般的という土台に乗せてみれば明らかに異端なのだし。
少なくとも私の周囲に同性同士で付き合ってる人はいない。
これを普通と呼ぶのはちょこっと、いいや大分ハードルが高い。
なによりも、これが冗談だった時、私は死に悶えることになる。
恥ずかしいという一言では片付けることのできない感情に襲われることになるのだ。
もしも冗談だったら、小野川さんに一生「平戸さんは私に告白してきたのよ。冗談なのに気持ち悪いわよね。女の子と付き合うわけないのに」って馬鹿にされ、吹聴されるのだ。
いやいや耐えられない。
そんなことになったら恥ずかしすぎて悶え死んでしまう。
「なにか失礼なこと考えてないかしら」
「き、き、気のせいじゃないですかね」
あははは、と作り笑いを浮かべる。
引き攣ってるの思う。
そんな私を見て、小野川さんは露骨に不満を表す。
「ふーん、平戸さんも私とは付き合えないって言うのね。まぁ、そうよね。私はそこまで魅力のある女じゃないもの。わかっているわよ、それくらい」
むっと頬を膨らませる。
「あーあ、私一日に二回も振られちゃったわね。しょうがないわよね。この世の中は顔と胸よね。そうよね。知っていたわよ」
本気なのかな。冗談ならばたち悪いなぁと思うから本気であるべきなんだろうけど。
というかこの落胆を演技でしているのならば女優にでもなった方が良い。
「い、いや、小野川さんは魅力的だらけですから。決して、そういうわけではないです。そういうわけではないんですけど……」
手をぎゅっと握る。
怖い。
笑われるのが怖い。
怒られるのが怖い。
けど小野川さんに見捨てられるのはもっと怖い。
色んな想いや思考が私の心の中で交錯する。
「そういうわけじゃないんですけど?」
続きを催促するように、小野川さんはおうむ返しをする。
「ただ正気ですか?」
「正気だよ、正気。正気だし、本気。こんな最低な冗談口にしないわよ」
うんうん、と二度大きく頷く。
「平戸さんはやっぱり私のことそういう人間だと思っているのね」
はぁと大きなため息を吐かれた。
ここまで言われ、そんな反応をされてしまうと、嫌ですと断れない。
そもそもこれは私が蒔いてしまった種でもある。
だからなおのこと断れない。
断りたいというものでもないので、まぁ結果オーライではあるんだけど。
でも改めて、私って臆病だなぁと思う。
自分の意見を周りの目を気にせずはっきりと口にできない。
なにか言おうとしても、怖くなって、足踏みして、足が重くなって、前に進むことすら困難になる。
私が我慢すればどうにかなるんだ、という悪い自己犠牲精神が働いてしまう。
と、悪い部分までしっかりと理解はできているんだけどね。
もしこれが改善できるのなら、こんな性格していない。
ぼっちになることもなければ、陰キャになることもなかった。違う未来が待っていたはず。陰湿でネットに入り浸るような女子高生じゃなくて、きゃぴきゃぴした女子高生になっていたかもしれない。
まぁ要するに私には勇気というものが著しく欠如しているのだ。
悲しいけど、それが現実だ。
「そ、そうですか」
結局その程度の反応しかできない。
「あはははは」
と乾いた笑いを浮かべながら。
「で、どうする? 平戸さんが嫌ならやめとくけど」
後ろで手を組みながら半歩前に出てくる。
「つ、付き合いましょうか……」
「無理に付き合う必要は無いのよ」
「む、無理はしてないので、だ、大丈夫です」
声を震わせながらそう答える。
緊張で震えて、顔も強ばっているが、無理強いされているわけではない。
「ふふ、そう。それじゃあよろしくね」
小野川さんは私の手をぎゅっと握る。
臆病で怖気ついたからこそ、訪れた展開とも言えるだろう。
仮に私が思ったことをズバッと言えるような性格だったら、こんなのおかしいとハッキリ言っていたような気がする。
言っていたらこんな展開は訪れなかった。
と、考えれば、こういう性格も案外悪くないのかもなぁと思う。
ただ、この関係はとても歪なものだ。
砂の城のように柔らかくて脆く。
シャボン玉のように小綺麗で簡単に弾けてしまう。
そんな関係。
絶妙なバランスで立って、続いていく。
なにかトリガーがあれば簡単に壊れてしまう。
だからこそ、一瞬一瞬を楽しむべきだなぁとは思うけど、やっぱり私には勇気がないから一歩引いてしまう。
今回はこの性格のおかげでこのような展開になったが、基本的には私に不利益を被らせる。
だから変わりたいなぁとは常々思っていた。きっとこれは良い機会だ。
お前は今日から変われ、という神のお告げかもしれない。
ならばまずは一歩踏み出そう。
考えて、思ってるだけじゃいつまでも改善されないから。
「さっ、早速なんですけど」
私は握られている手をぶんぶんと振る。
小野川さんも楽しそうにぶんぶんと手を上下に振る。
私が力を抜いても手は動く。
「なに?」
手を止めると、私を見つめる。見つめられると緊張してしまう。
バクバクと鼓動が聞こえる。小野川さんにも聞こえてるんじゃないかと心配になる。
もっとも聞かれていたところでって感じなんだけど。
でもやっぱり聞かれるのは嫌かも。言葉で説明できないけど。
なんか嫌。
「私たちって付き合ったんですよね」
一応確認だ。もしもこれで違ったら恥ずかしい。
一人で盛り上がって、思い悩んで、苦しんで、その上に勘違いしたことを口走ることになるから。
「そうだね。カップルよ」
うんと頷く。
私は安堵する。
「カップルってデートをすると思うんですよ」
アニメや漫画の知識だ。
そんなのとは無縁だったので違うのかもしれない。
「うん? うーん、まぁ、そうね。デートはするわね」
顎に手を当てながら頷く。
「で、ですよね。お互いにまだちゃんとどういう人かっていう部分を理解していないわけじゃないですか」
「それはそうよね」
「だから、デートしようかなと思うんですよ」
「なるほどね。良いんじゃない?」
ニコッと微笑みながら、サムズアップをする。
「にしても遠回りなお誘いだったわね」
「あ、いや、こういうのになれていなくて」
自覚していたことを指摘されてカーっと恥ずかしくなる。
頬が火照る。
朱く染まっているであろう頬を隠すために私は俯く。
「そっか。えらいね、えらい」
小野川さんは私の頭を撫でる。こういうことを素でする小野川さん。人たらしの才能があるよなぁ。
「せっかくだからデートプランも考えてみよっか」
「え、は、はい? わ、私がですか」
「そう。平戸さんが」
「できますかね、私に」
遠回しに無理ですと断る。
無理なものは無理なのだ。
だってデートとかしたことないし。
どんなのかわかんないし。
変なことしてしまって小野川さんに幻滅されたくない。
つまらない人間だと呆れられたくない。
そしてなによりも嫌われたくない。
「大丈夫よ。デートプランなんてそんなに難しいものじゃないもの。デート期待しているわよ」
「え、あ、は、はい」
もちろん私が断ることなんてできないので受け入れる。
できるかなという不安を抱えつつも。
私は不安だということすら口にできない臆病者だから。
まぁ、ぼっちで陰キャな私にはハッピーエンドなんて似合わないので、好き勝手やっちゃって良いのかもしれない。
嫌われたらその時はその時。
ぼっちで陰キャな私らしいじゃないかって受け入れてあげれば良いよね。
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