バカップル
五分ほど人混みを掻き分けて歩くと、小さな公園に辿り着く。
駐輪場と化しており、溜まってる人はいない。
だからベンチは空いてる。
「こっち来なさい」
「は、はい」
ベンチに腰掛ける。
「質問があるのだけれど」
「そ、その前に」
私はパッと立ち上がった。
そして勢い良く頭を下げる。
「ごめんなさい。小野川さんに迷惑かけたくないと思ったのに、結果的に迷惑かけちゃった」
「顔上げて」
小野川さんはベンチから立ち上がって、私の顎を掴む。
骨に指がこつんと当たる。
「彩風は優しいから、押しに弱いのよね。それが彩風の良いところってわかってるから大丈夫よ」
「小野川さん……」
「話聞くまでは浮気されているのかと思ってしまったのだけれど」
「そ、そ、そんなことはない。絶対にないから。今もさっきもこれからも、浮気なんて絶対にないよ。だって私小野川さんのこと、自分でもびっくりするほど好きだから。大好きだから」
「そう……」
小野川さんは顔を赤らめて、沈むようにベンチに座る。
私も並ぶように座った。
小野川さんの体温が私に伝わる。肌と肌が触れてるわけじゃないけど。
「今更聞く必要もない気がするのだけれど、不安だから聞かせて欲しいわ」
「う、うん」
「面倒な女と思うかもしれないけれど、それは彩風が悪いのよ」
「うん」
「小野川さんは私と付き合っているの嫌なのかしら。やっぱり本当は男の人と付き合いたいとか思ってたりしないのか不安なのだけれど」
「そ、そんなことはないよ。さっきも言ったけど、私本当にびっくりするくらい小野川さんのこと――」
「大丈夫よ。それ以上は言わなくてもわかるから」
小野川さんは両手を私の口元へ持ってくる。
けど、私は避ける。
「私さっきので学んだから。恐れることなく言葉を交わさないといつか大火事になってしまうって」
「さっき聞いたもの。だから大丈夫よ」
「そ、そう?」
「そうよ」
「でも言うよ。好き。大好き」
顔を真っ赤にしながら、ぱたぱたと手で頬を扇ぐ。
そして「あっつ……」と言葉を零す。
照れるように頬を綻ばせたと思えば、咳払いをして真面目な表情を浮べる。
忙しない。
「それなら……」
「はい?」
「ちょっと重たいこと言うかもしれないけれど大丈夫かしら」
不安そうに私の顔を覗かせる。こうした一因は間違いなく私にある。どんな重たさかは想像もできないけど、私にはどんな重たさであろうとも受け入れる義務があると思う。
「どんとこい」
だから私は胸をポンっと叩く。
「なにかあったら相談して欲しいの。迷惑をかけたくないと思っているかもしれないけれど、私は彩風に迷惑かけられたいと思っているわ」
なんだ、そんなことか。
と、正直思った。
重たいって言うから、もっとハードなことを考えてた。
キスしよっかとか、一緒に死のうとか、そういうことを言われるのかと身構えてたのだ。
なので拍子抜けする。
「それくらいはお安い御用だよ。というか、自分で解決しようとした結果が今回のこれを招いたんだし」
一応自己分析はできてますから、とどや顔をした。
「彩風の悩みは私の悩みでもあるのよ。嬉しいことも、幸せなことも、苦しいことも、辛いことも、全部半分にしたいの」
「そ、そっか」
あはははは、と笑う。
ふつふつと心の奥の方に眠る重たさがちらりと見えた気がする。
「まだあるのだけれど」
「贖罪として全部聞くよ」
この際だから不安なこと全部言って欲しい。
付き合うってどういうことか私にはイマイチわからないから。
知らず知らずのうちに小野川さんに我慢させてることがあるかもしれない。
こういうのは貯め込むといつしか大爆発してしまうから。
「私以外の人と手とか繋がないで欲しいのだけれど」
「うん。わかった」
「私の手だけ握っていて欲しいの」
「うん、わかった」
「私以外の人に笑顔向けないで欲しいの」
「う、うん。わかった」
「私のことだけ見ていて欲しいの」
「う、う、うん。わかった」
「明日、私と夏祭り回って欲しいの」
「うん。わかった。って、え? 明日?」
「そう。明日。明日もあるのでしょう?」
「土曜日だけじゃないんだ」
「ほら、明日もあるみたいよ」
小野川さんは柵に張り付けられてるポスターを指差す。
そこにはたしかに明日の日付も書かれている。
どうやら二日間あるらしい。
夏祭りと無縁すぎる生活を送っていたので全く知らなかった。
「こんな重たい私だけれど、それでも好きでいてくれる?」
ポスターを指差していた手を緩やかに下す。
そして迷うことなく、私の手に覆い被さった。
「もちろん。だって大好きだから」
「それなら良かったわ」
満面の笑みを浮かべる。
この笑顔を二度と崩さないようにしようと誓おうとしたけれど、それはちょっとやめておく。
今だから言えることだけれど、嫉妬する小野川さんそれはそれで可愛かったから。
まぁ本人にそんなこと言えないんだけどね。
だから心の中に留めておく。
「あ、あと」
忘れてたと言いたげな様子だ。
つんっと私の額に人差し指を当てる。
「私のことも下の名前で呼んで欲しいのだけれど」
「え、え、え、え、えーっと……」
さっきのどの要望よりも難しくて恥ずかしい。
意識すればするほど、言葉は詰まる。
「愛姫……さん」
「さんじゃなくて呼び捨てかちゃん付けが良いわね」
贅沢な、と思ったがさっきの後ろめたさのせいで言い出せない。むむむ。
「愛姫ちゃん」
「良いわね。もう一回」
「愛姫ちゃん」
「満たされるわね。もう一回」
「愛姫ちゃん」
「最高ね。円満具足だけれど、もう一回」
「愛姫ちゃんっ」
「今度こそ最後。呼び捨てで」
「愛姫」
「やっぱりまだまだ――」
バカップルみたいなことをベンチで長々としてたのだった。
まぁ、楽しいから良かったのかな? 多分。
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