彼女と夏祭り
翌日。
今日も夏祭りにやってきてしまった。
まさか一年に二回も夏祭りの地に立つ日が来るとは……。
人生ってなにがどうなるかわからないもんだなぁとぼんやり考える。
昨日に比べて動き難い。
浴衣を身に纏っているのだから当然なのだが。
締め付けがキツく苦しい。
別に肥えてるわけじゃない、はず。
それにしても人も多い。
昨日よりも明らかに多い。
こんな田舎にどこから人が集まってるんだろうかってくらいには人が多く、夏祭りというイベントの強さを認識させられる。
駅前で待ち合わせをしてるんだけど、乗車人数が多すぎて遅延してるらしい。
電車のダイヤを乱すほどの人数。ヤバいよね。
電車が到着する。しばらくすると改札に人が流れ込む。
ぴっぴっぴっと改札の音がひっきりなしに響く。
普段の駅の顔とは大違いだ。いつもは暇そうに老人の対応をしてる駅員さんも今日はあっちこっちに走り回ってる。
「ごめんなさいね。予定よりも遅れてしまったわ」
改札からピンク色の髪の毛の女性がひらひらと手を振ってやってくる。
顔は整っており、髪色もあってかなり目立つ。
男の視線はもちろん、女性からの視線もちらほら。
私の彼女ってやっぱり可愛いよね、と誇らしくなった。
暖色の浴衣が似合う。
たしか、浴衣って胸が小さい方が……やめておこうか。
とにかく銀河一似合ってると言いたいくらいに似合ってる。
「仕方ないよ。電車遅延してたんだし」
「そう言ってもらえると助かるわ」
ホッと胸を撫でおろす。その仕草さえ愛おしい。
周囲の中でも一際輝いて見える。
私はこの人の恋人です、とアピールがしたいがために彼女の腕に腕を絡ませる。
愛姫の頬はみるみるうちに赤く染まった。
髪の毛はピンクで、頬は赤く、浴衣はオレンジを基調とした暖色系。
一層明るく見えた。
腕組みをしながら歩き出す。
ロータリーから既に出店が広がる。
昨日はこの道を歩いても楽しいという感情は微塵も湧いてこなかった。
なのに今日はもう満足感に溢れる。
隣に誰がいるか。小さなことのように思えるかもしれないけど、それがどれだけ大事なことなのかを痛感させられた。
夏祭りが楽しいわけじゃない。愛姫が隣にいるから楽しいのだ。
高揚感と共に、周囲に目が向くようになる。余裕がでてきたのだろう。
初々しいカップルがチョコバナナを食べさせ合って、微笑んでいる。見ているこちらが恥ずかしくなり、温かな視線を送りたくなってしまう。
と他人事のように眺めていたが、私達も周りから見ればそう見えてるのかな。カップルに見えてるのかな。見えてると嬉しいな。
「なにから食べようかしら」
愛姫は無邪気に笑う。
周囲の人達はそんな彼女の笑顔を眺める。
けどその笑顔は私のためだけ向けられているものだ。
羨望混じりの眼差しを受け、独占できることの喜びを噛み締める。
私だけの笑顔。
私だけの愛姫。
いかんいかん、良くない。
「食べ歩きできる軽めのものが良いよね」
邪な気持ちを隠すかのように、私はそう言いながら、辺りをキョロキョロ見渡す。
わたあめが売ってる。
夏祭りっぽいし、歩きながら食べれるな。
「あれにする?」
「綿菓子……風情があって良いわね」
「綿菓子。わたあめ?」
「どっちでも良いんじゃないかしら」
私の疑問を読み取ったかのように、愛姫はそう答えた。
わたがしを食べる。一つだけ購入し、愛姫が時折分け与えてくれる。
この甘さははたしてわたあめの甘さなのか、それとも愛姫の甘さなのか。なんて邪なことを考えてしまう。
彼女は「美味しいね」と微笑する。
その笑顔の甘さで私のお腹はパンパンになる。幸せでお腹いっぱいだ。
陰キャでぼっちだった私がこんな幸せを味わって良いのだろうか。明日になったら死んでしまうのではないか。幸せに対立するような形で不安がもりもりとやってくる。
「かき氷も良いわね。暑いし」
かき氷の屋台を見つけた愛姫は嬉々とした様子で指差す。
私の抱える不安なんか、愛姫の笑顔を見れば簡単に吹き飛んでしまう。
「暑いなら普通にコンビニとかでペットボトル買った方が良いんじゃない?」
「それじゃあ風情がないじゃない」
「風情……」
わかんない、風情。
「ラムネとかは? ほら、あそこにあるけど」
「そうね。ラムネも悪くないけれど、やっぱりかき氷の方が風情あるわ」
「そうなんだ。じゃあ、かき氷にしようか」
要するにかき氷が食べたいということなのだろう。
最近、愛姫のことが少しだけわかってきたような気がする。
機嫌良さそうな表情を見てそんなことを思ったのだった。
列に並び、もう少しでかき氷を手にできるというところでふと愛姫は口を開く。
「浴衣可愛いわね」
「急だね」
こういうのって最初に言うものじゃないの。
「あまりに可愛くて言い忘れていたなと思い出したのよ」
「そっか」
直に可愛いと言われると柄にもなく照れてしまう。
私が可愛いのではなくて、浴衣が可愛いだけ。
そんなこと言われなくても理解してるんだけど、でも恥ずかしくなるし、嬉しくもなっちゃう。我ながら単純すぎるなぁと思う。
愛姫は目をキラキラさせる。なにを求められてるのかを理解する。
「愛姫ちゃんも綺麗だよ。可愛いし」
「そうかしら」
「うん、可愛い」
「取って付けたようなセリフね」
ぶっきらぼうな口振りにカチンとくる。
これじゃあまるで義務感で言っているみたいだ。
私は本気で可愛いと思っているのに。わからせてやろう。
「まずはその色合い。もう愛姫にピッタリ。柄も派手さもなければ地味さもない。それが愛姫らしいなって思う。あとは髪の毛も。私はそこまでやれないけど、愛姫はしっかりとセットしてくれてる。本当に可愛く見せようって努力してるんだなってのが伝わってきて、より一層――」
「だ、大丈夫よ。もう伝わったから……」
愛姫は照れくさそうにはにかむ。
この笑顔のためなら、いくらでも学校の生活を捨てても良い。
あの時、しっかりと瀬田さんに立ち向かおうと覚悟を決められて良かったと思う。
もしあそこでどっちにも良い顔をするような安定を選んでいたら、この笑顔をみることはできなかったはずだから。
私は間違えたけど、間違えなかったのだ。
決して喜んで良いことではないと思うけど、少しくらいは自分を褒めてあげようと思った。
かき氷を受け取って、沿道でしゃがむ。
愛姫はガッと勢い良くかき氷を頬張る。そんなに焦らなくてもかき氷は逃げないよ、だなんてベタなセリフを言いたくなるような勢いだった。
ラブコメの主人公みたいなこと言いたくないので、私は我慢しながら、チマチマとかき氷を食す。
彼女の手は突然止まる。まだ青色のシロップがかかったかき氷は残ってる。
どうしたのかと首を軽く傾げながら見つめていると、ことんとアスファルトにかき氷を置いた。
両方のこめかみに手のひらを当てる。
「頭痛い……」
「あんだけ勢い良くかき氷食べたらそりゃね」
ほんと私の彼女可愛い。
ちろっと青く染まった舌を出しながら辛そうに顔を顰める愛姫を堪能した。
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