地獄はどこまで行っても怖い
小野川さんは頬に手を当てながら笑いながら立ってた。
ぶるりと身体が震える。
「二人とも、とーっても楽しそうじゃない。ねぇ、とーっても。本当にとても楽しそうね」
自分を俯瞰してるような。
どこか一歩引いて遠くから見てるようなそんな感覚に陥る。
まぁ仮にそういう状況じゃなかったとしてもわかる。
私は今、顔面蒼白で、傍から見れば産まれたての小鹿すら馬鹿にできない状態なんだろうなってことぐらいは。わかるよ。
あぁ、はい。
人生終了のお知らせです。
平戸先生の来世にご期待ください。
……。
最悪だ。
この言葉以外見つからない。
あまりにも適切な言葉。
今の私の心情を表す他の言葉など存在しない。
本当に最悪。
マジで最悪。
最悪過ぎて最悪。
死にたい。
本気で死にたい。
というか、さ。
なんで小野川さんここにいるの。
真面目にわからない。
私の事情で断ったから、小野川さんは暇だし。
あぁ、そっか暇だから来ててもおかしくないのか。
なぜ小野川さんは夏祭りに来ないだなんて思い込んでいたのだろうか。
自分で言うのもなんだが私ったらアホ過ぎる。
過去に戻って自分自身をぶん殴ってやりたい。
良く見るとはぁはぁと息を切らしてる。
ここまで走ってきたのだろう。
さっきまで感じてた視線は綺麗さっぱりなくなる。
もしかしてさっきの視線って小野川さんのだったのかな。
状況的にはそう考えるのが自然だよね、そうだよね。
「あ、あ、あ、あ、あ、の。あ、の、あの……その、違うんですよ」
手をあわあわさせて、弁明しようとする。
言葉を繰り出そうとすればするほど、震え、吃りが混じる。
「じゃなくて、違うの。これは違くて、というか、えーっと」
「良いのよ。ええ、良いのよ」
にこにこ微笑む。笑ってるのに怖さしかない。
「男の子と付き合うのが自然だと私も思うもの。元々私だって異性愛者だったわけだし。なんにも言わないわ」
「違うんだって」
「そう。なにか言い訳があるのね。聞くくらいはしてあげようかしら。私だって問答無用で断罪するほど鬼畜じゃないもの」
「あ、あの……」
どうしよう。
どうすれば良いんだろう。
悩んで、悩んで、悩みまくる。
答えは見つからない。
いいや、見つけられないが正解か。
これもしも選択を間違えてしまったらどうなるんだろうか。
小野川さんには見捨てられ、学校に居場所がなくなる気がする。
もうこの際が学校に居場所がなくなるのは構わない。
今まで似たような状況で過ごしてきたわけだし。
ぼっちになるだけだから。
でも私の生活から小野川さんが離れてく。
それは嫌だ。
想像もしたくない。
あれ、答えは出てるんじゃない?
出てるよね、これ。
「小野川さん違うの!」
私は叫ぶ。もう周りとかどうでも良い。
瀬田さんもどうでも良い。
なにを優先すべきか。
そんなの決まってる小野川さんだ。
周りの目なんて本当にどうでも良い。
変な人を見るような目を向けられたって構わない。
小野川さんを失うことに比べれば、可愛いものだし。
だから思いっきり叫んだ。
遠くで聞こえるお囃子の音を掻き消すほどに大きく。
「ふーん」
「コイツ! コイツが全部悪いの」
私は瀬田さんを指差す。
瀬田さんはビクッと肩を震わせる。
「ぼ、僕かよ」
「そうじゃないですか。私が嫌と言っても触ってきて、私のことを脅してきて」
「断れば良かっただろ」
「断れないような状況を作ったのは誰だ。お前だろ」
勢いに任せる。
徐々に口調が悪くなる。
自覚はあるが口は止めない。
「だから手を繋いで、お祭りに来ていたと」
「そ、そう」
こくこくと頷く。
「全部コイツが画策したことだから。さっきまで小野川さん私のこと見てたでしょ。私の浮かない顔見てたでしょ。あ、スマホに証拠だってあるよ。コイツに脅された証拠!」
私は必死に弁明……じゃなくて、瀬田さんに罪を擦り付ける。
「とりあえず平戸さんを信じることにするわ。これでも彼女だもの」
「小野川さん……」
「信じたとして、なぜ私に相談してくれなかったわけ? 嫌なら相談してくれれば良かったじゃない」
「それはその……」
目を逸らす。恥ずかしさが突然出てくる。けどそんなこと言ってる余裕はない。
羞恥心を押し殺す。
「小野川さんに迷惑をかけたくなかったから」
「本当に? それだけなのかしら」
小野川さんは私にグイっと顔を近付ける。
そして私の瞳を凝視する。
なにも言わずに、ただ見つめるだけだ。目を逸らしたくなるけど、逸らしちゃいけない気がする。だから見つめ返す。
「で、平戸さん。いいや、彩風はそう言っているけれど、瀬田。そっちの言い分はなにかしら。話だけは聞いてあげるわ」
「言えるわけねぇだろ……」
深いため息とともに俯く。
小野川さんはぎろりと睨む。
瀬田さんは髪の毛をクシャっと触る。
「面白いヤツがいるって聞いて、仲良くなろうと思って近付いたら嫌悪感示されて、今まではこれで女なんて落とせてたから闘争心が出てきて、やり過ぎた」
不満そうに口にすした。
「そう。で、なんで目は合わせてくれないわけ?」
「合わせる必要なんてないだろ」
「それもそうね」
小野川さんは私の手を握る。
瀬田さんのように強く握るのではなく、優しく包み込むように握る。
「まぁ、とりあえず状況はわかったわ」
前髪を掻き分ける。
ピンク色の髪の毛から弾けるように、柑橘系のシャンプーの香りが漂う。
「瀬田が悪いのね」
「は、いや、なんでそうな……」
口元に手を当て、眉間に皺を寄せながら目線を下に落とす。
「いいや、そうだな。これは僕が悪い。それで良い。そう、僕が悪かった謝ろう」
なにがどうなってるのかわからないけど、突然態度を豹変させる。
私はもちろん驚くけど、小野川さんも驚く。
というか引いてる。
なんだこいつみたいな目線を送ってる。
こちらとしては有難い限りだ。
一人ですべて責任を負ってくれる。本当にありがたい。
罪を擦り付けられなくて良かった。
でもなにか裏があるような気もするけど、わからない。
真意が掴めない。
それが余計に気持ち悪い。
こう、納得できないのだ。
「彩風はもらっていくけれど、良いわね?」
「どうぞ。もう用済みだから」
「それじゃあ、行きましょうか」
小野川さんに手を引かれ、私は歩く。
さてはて私はどこに連れていかれるのだろうか。
ふつふつと怖さが湧いてきたのだった。
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