地獄よりも地獄がこの世の中にはある

 なんだか視線を感じる。瀬田さんがイケメンすぎるからかな。

 でも私が見られてるような気がする。自意識過剰なだけだろうか。多分そうなんだろうなぁ。私って自意識過剰なところがあるから。陰キャは多分皆自意識過剰だ。でなきゃ陰キャになんかならないし。


 「手離すとはぐれるから、繋いどけよ」

 「そっちが意地になって離さないじゃないですか」

 「あぁ、なにか言ったか?」

 「ひぃっ……な、な、なにも言ってないです」


 ぽろりと出てしまった言葉を慌てて訂正する。

 瀬田さんに歯向かうとはこれを継続するということ。

 やっぱり無理だ。

 怖いもん。


 「とりあえずなにか食べようか。僕お腹空いたから」


 雑多な音を掻き分けるように、そう口にする。


 はぁそうですか。

 勝手にしてください。

 一人で行ってきてください。


 というのが私の本音だ。


 けどそんなことは言えない。

 言えるわけがない。


 「わかりました」


 と頷く。

 頷きながら惨めだなと嘲笑した。

 それはそれとして、やっぱり視線を感じる。

 なんだろう。違和感とかそういうレベルじゃない。誰かに見られてると断言できるほどに視線を感じるのだ。

 気になるけど、キョロキョロ周囲を見渡してもその視線を送ってくるのが誰なのかはわからない。でも見ず知らずの人が私のことを見てるとも考えられない。

 人が多すぎて、視線の元を上手く把握できない。

 もしかしてイケメンな男と可愛くもなければ綺麗でもなく華奢でもない女が手を繋いで歩いてるから、なにか怪しまれて警察に尾行されてるとかなのだろうか。明らかに釣り合ってはいないもんね。

 なにも悪いことはしてない。いいや、悪いことはしてるな。でも法を犯すようなことはしてない。

 でも堂々としてられない。一度気になると、もうどうしようもなくなる。


 「どうしたんだい。そんなに落ち着かない感じでキョロキョロして」

 「あ、いや、なんでもないです」

 「うん? そうか。それならそれで良いけど。もしかしてなにか食べたいものでもあったかな」

 「そういうわけではないです」

 「わかった、わかった。あれだな。人混みにやられたとかそんなところだろ。一旦抜けようか」

 「え、あ、あ、はぁ」

 「僕も人混みはあまり得意な方ではないからね。人混みは酔うんだよ」


 そう言ってはははと笑うと、瀬田さんは手を引っ張る。

 沿道から外れた。

 神社へと続く細い道に出た。少し先には石段があり、そこを進めば山の上に神社がある。

 この細い道は祭りへやってきた人たちの休憩スポットのような形になっていた。もちろん公式的に設置されてるものではない。

 端で腰を落としたり、焼きそばやたこ焼きを食べてたりと、様々な人がいる。

 普段は人気のない場所なのだが、今日ばかしは人が多い。

 それでも屋台のある場所と比べればマシだ。

 走り回ることができそうなくらいには空いてる。


 「ちょっと休憩しようか」


 手を離して木の葉を軽く退かして石段まで歩いて腰を落とす。

 隣をぽんぽんと叩く。


 「座ったら?」

 「立ってるだけで、その、だ、大丈夫なので」

 「そう、気遣わなくて良いよ。同級生なんだから」


 誰が言ってんだよ、と思う。

 少なくともお前が言うなよと心の中で叫ぶ。

 あれだけ都合良く脅しておいて本当に……どの口が言ってるのか。


 「ほらほら」


 またぽんぽんと叩く。

 こうなったら座る他ない。座らなかったらそれはそれでまた色々と言われてしまうかもしれないし。

 隣に座るとか避けたかったけど詮無きことだ。諦めよう。もうこうやって夏祭りに来てしまった時点で避けられるものも避けられないから。

 座ると同時にまた私の手を握る。

 露骨に嫌悪感を表に出す。それでも離さない。一層強くなった。


 「やめてください」

 「ごめん、聞こえない」


 さっきの場所に比べればわりと静かなところなのに、それで誤魔化せるとでも思ってるのだろうか。

 ぶつぶつと心の中で文句を垂れてると、すっと手を離す。あれだけ離さなかったのにあっさりと。

 さてはて、どういう風の吹き回しなのか。訝しみながら瀬田さんの顔を見る。

 化け物でも見つけたかのような引き攣った表情をしてた。すぐに真顔に戻し、笑顔を見せる。私以外の誰かに笑顔を向けてる。なんなんだろうと疑問を抱く。

 首を傾げつつ、彼のことを見つめる。なにがあったのだろうかと考えながら。


 「ふふ」


 聞き馴染みのある声が聞こえた。

 安心感と同時に恐怖もやってくるという不思議な感覚を胸に運ぶ声。そして冷や汗が止まらなかった。


 だって、そこには小野川さんが居たから。

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