ハッピーエンドは似合わない
こーぼーさつき
本編
プロローグ
「
「最近の調子?」
運転中に突拍子のないことを問いかけられた。
フロントガラスから日差しが差し込み、指輪の宝石は光り輝く。
眩しい……。
左耳からは愛姫の声が聞こえて、視界は太陽に奪われる。
聴覚も視覚も万全とは言えない。
とてもじゃないけど運転するような環境じゃないなぁと苦笑してしまう。
レンタカーのカーナビに表示されてる時間は午後六時。
六月なのに陽が沈む時間早い。
こんなものなのかな。
まぁこんなものかと深く考えるのをやめた。
スピードを落として微かに残った視界で運転する。
本来は左側に一旦停車して安全の確保ができるまでは運転を止めるべきなのだろうけど、時間は有限だから。こんなところで止まっているわけにはいかないとそれらしいことを並べてみる。
「そう、調子」
彼女の質問の意図はなんなんだろう、と少し考えてみた。
もちろん簡単にわかるものではない。
成人して、社会人になったとしても人の心を読み解くという行為はできない。
所詮私は私であって、
愛姫の気持ちを考えることはできても、完全に理解することはできない。
まぁ、時間を潰すための会話であって、意味合いなんて特にないのだろうと推測することは可能だ。真意は不明だが、そういうことにしておこう。これでも愛姫とは長いこと一緒にいるわけだし。
「というかさ、そっちはどうなの? 愛姫はさ、最近あの男と妙に仲良さげだけど、えーっと、なんだっけ。あ、そうそう。鴨川さんだ」
「鴨川さんは女だよ。というか、鴨川さんって玲奈だよ」
「あれ、そうなの。下の名前で呼んでたから忘れてた」
そういえば昔は鴨川さんって呼んでたなぁと懐かしくなる。
「あの男って
「あー、そうそう、それ。それだわ」
ポンっと手を叩く。
「ちょっ、運転中に両手離さないで。危ないじゃない」
「もうあんまり変わらないけど、まぁしょがないなぁ。いやぁ~、あはははは」
むしろハンドルを握った方が危ない気もする。
だから指輪をしていない方の手だけハンドルを握ることにした。
「で、どうなの?」
そちらが会話を途切れさせないよう努力をするなら、こちらだって全力で乗っかってしまおう。
「あっ、もしかして嫉妬しちゃったのかしら?」
ひじ掛けにひじをついて、こちらに顔を向けてニマニマしてくる。
そんな表情を見て、可愛いなぁなんて思いながら見つめた。そんなんで嫉妬するほど私は情深くないんだけどね。
「ちょっ、もう、だから運転に集中しなさいよ。ほら、前見て」
目が合うと、表情を曇らせて、しっしっと追いやるようなジェスチャーをした。
むっと不満を示しながら、運転に集中するフリをする。
これだけ広くて、他に車が走っていないような道路であっても、愛姫の指摘はあまりにもごもっともなもので、一切の反論はできない。素直に従う他ない。
「嫉妬じゃない。うん、嫉妬じゃないよ」
空いているもう片方の手で、ひらひらと払いのけるように否定する。
あと反論したかった心残りも一緒にぶつける。
八つ当たりと言われれば、そうだねと肯定せざるを得ない。
「純粋な疑問だよ」
あはははは、と誤魔化すように笑う。
「そっか。なんかそれはそれでつまらないわね」
つーんというような声色。
あれ、もしかして私地雷でも踏んでしまったかなと不安になる。
そんなことはないのだろうけど。
「つまんないってなによ」
あまり深いこと考えずに問う。
「なーんにも」
おどけるような口調でそんなことを口にする。
なに? もしかして浮気? 浮気なのね。瀬田のことが好きで好きで仕方なくて密会しているのね、そうなのね、そうなんでしょう? と、修羅場ごっこでもしようと思ったが、色々と面倒なことになりそうなのでやめておく。
ただ、ジトーという目線だけは送る。目が合うと、愛姫は無言ながらピシッとフロントガラスの方を指差す。長い大人締めな茶色の髪の毛はさらりと揺れる。
「はいはい」
私は適当に返事をしながらまた運転に集中する。
といっても、ただ真っすぐ走るだけなんだけど。
「で、本当は? なんで仲良くなにしてんのよ」
純粋な興味だ。なんで高校の時の知り合いと今更連絡取って仲良くしているのかなぁという疑問である。不思議に思ってその不思議が興味に移り変わった。だから問う。我ながら単純明快だなぁ……。
「ほら、アイツって英語できるじゃん。というか、進路そっちだったでしょ。って、知らないか。アイツそっち系の大学行ったのね。だから身近な人に英語教えてもらおうと思うと、瀬田に頼むのが一番手っ取り早いってわけ」
つらつらと弁明するように答える。真っ当な理由でなんだかつまらない。ドキドキさせるような理由であったらそれはそれで困るのだが。
「ふーん」
ハンドルに両腕を乗せて、前傾姿勢になる。
「なによ。その含みのあるような反応は」
「ないよ、ないない」
スッと、前屈みになっていた身体を起こして、片手をひらひらさせた。違うよと動きで伝える。顔を向けるとまた怒られるからね。
私だって学習するんだよ。怒られるのも悪くないかもとか考えたのはここだけの秘密だ。
「ん~、ほんとに~」
疑うような声色だ。疑ってどうするんだという感じもあるけど。
でも良い感じなんじゃないのと邪推してしまうのは仕方ない。
だって男女が勉強のために集まるって……。普通はどちらかにそれなりの意識があるんじゃないかと思ってしまうから。まぁすぐにその考えは消える。だから私はこうやって穏やかな気持ちでハンドルを握ることができる。
ちろりと愛姫の方を見るとニマニマとこちらを見ていた。
おちょくっているだけだった。なんだか急に恥ずかしくなってくる。
「ほ、ほら、それよりあの辺だよ」
片手でピシッと前方の看板を指差す。
愛姫はちろりとそちらに目を向けてから、くすくすと優しく笑い始めた。うーん今のところに面白い要素はあったかなぁ。いいや、なかったよね。と自問自答してしまう。
「なに」
不思議に思って聞いてしまう。だって笑うにタイミング明らかにおかしかったし。
「いや、久しぶりだなぁと思っただけよ」
「久しぶり?」
ふーん。うーん……ふーん? と首を軽く傾げる。
「その吃りとか、都合が悪くなると卑怯な感じで誤魔化したりするところとか、なんだか久しぶりに見たなぁと思って」
「久しぶりにって……」
ふふふと私も思わず笑ってしまう。
「それじゃあ、昔の私は卑怯だったみたいじゃん」
「え、間違ってないでしょ」
想定していない言葉が返ってくる。しかも至って真面目なトーンで。否定してくれると思っていたので吃驚してしまう。
本気で思っているのか、それとも冗談を本気っぽくしてるだけなのか。声色だけじゃあイマイチわからなくて、ちろりと表情を見てみる。うーん真面目な顔してるんだけど。
「間違ってはいないのか……?」
ちょっと考えてみよう。
過去の私を、愛姫と出会った高校生の私を少し思い出してみる。
陰湿で臆病で可愛げのない……あ、あれ? わりかし卑怯な人間だったかもしれない、と今になってみると思う。
卑怯な人間だったんだ私って。
「間違ってはないねぇ」
嫌だしできるのならば認めたくないけど、そう結論付けるしかない。
本当に嫌だけど。
「でも、それもこれもひっくるめてね、懐かしいなぁと思うし、あの時はあの時で楽しかったなぁと今になると思うわよ。なんだかんだね。円満具足だったなぁと思うわね」
「そんじゃあ、今は楽しくないの?」
ふと不思議に思って問う。
若干の不安もあるかもしれない。
「ううん、そんなことはないよ」
「そっか」
「あの時の楽しさがあるから今の楽しさがあるのよ。比較対象にすること自体がナンセンスね」
安堵する。
胸を撫でおろしたりはしないけど、そうしたいくらいにはホッとした。
楽しくないとか言われたらこの後どんな顔をすれば良いかすらわからないから。
軽く馬鹿にされたけど、安堵の方が勝ったので気にならない。
「じゃあ、過去に戻れるなら戻りたい?」
目的に到着しそうで到着しないので、沈黙を防ぐためにさらに問いを投げる。
「いいや、私は良いかな」
愛姫は乾いた笑声を出す。
「あ、良いんだ」
意外だった。戻りたいと言うのかなと勝手に思ってた。今の愛姫の人生も輝いてるけど、高校生の時はもっと輝いていたから。未練とかあるのかなぁと。
「今の私が過去に戻ったとして、彩風ちゃんともう一度仲良くなれるかって言われると結構怪しいかなぁって思うのよ」
「そんなことないんじゃない?」
「いいや、私は仲良くなれないと思うわ」
そうハッキリ言われるとなんだか傷付く。
まるでなし崩し的に私と仲良くしてくれてるみたいで、私と仲良くなるのは本望じゃなかったみたいだ。まぁ実際のところそうなのかもしれない。と一人でどんどんとネガティブな思考を加速させる。
「逆に聞くけどさ、今の私みたいなのが高校二年生彩風ちゃんに話しかけたとして、仲良くなってたと思う?」
と言われるとどうだろうか……。ちょっと考えてみる。すぐに首を縦に振ることはできない。
当時の私、まぁ今も大して変わらないけど。
とにかく当時の私はドが付くほどの陰キャでぼっちだった。
そんな私が一番関わりたくないと思っていたのがクラスカーストの上位に君臨する陽キャである。自分が惨めになるから。
一方で愛姫はドが付くほどの陽キャだった。
今もかなりコミュ強なんだけどね。そんな陽キャな愛姫に関わるかと言われれば答えは多分ノーだなぁ。特にあっちから積極的に話かけてくるようなことがあれば、私は全力で遠ざけると思う。後ろめたさなんてないから尚更。しかも卑屈で捻くれてる残念な私はなにか裏があるんだとか、私からお金を巻き上げようとしてるんだ、って勝手に派手な勘違いをして嫌悪感すら抱いているかもしれない。
もう答えは出ている。
「あぁ……仲良くなってなかったなぁ」
関わりは持ったかもしれない。でもこうやって社会人になっても関わるほどの関係性ではなかった。
それは間違いない。
「でしょ。私はね、今の関係が心地良いのよ。だからね、過去には戻りたくないわ。今の関係が私にとっては居心地が良いものだし、唯一無二なものだから」
愛姫は嬉しいことを言ってくれる。思わず頬が弛緩してしまう。
「あ、あの建物じゃない?」
愛姫は指を差す。
「そうだね」
アクセルペダルと離して、ゆっくりとブレーキペダルを踏む。
車の速度は緩まる。けど、カクンとはならない。
――私は運転が上手いからね。ふふん。
と一人でどや顔をしてみた。
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