月曜日の教室にてⅠ
デートが終わり月曜日を迎える。
余韻に浸っていた休日が終わってしまった事実が悲しい。
あまりにも早かった。
日曜日とは本当に存在したのか、と懐疑的になるくらい。けど小野川さん会うことができる。ならまぁ日曜日をすっ飛ばして学校に行くのも悪くないのかも……と憂鬱な気持ちは簡単に吹き飛んだ。
我ながら単純でポジティブな脳みそをしてるなぁと笑ってしまう。
そのうち誰かに頭お花畑だなと笑われるかもしれない。
教室に入る。
小野川さんはまだ来ていないようだ。
残念だなぁという感情が湧く。
わぁ……私って小野川さんのことこんなにも好きだったんだ。
ずっと小野川さんのこと考えてるじゃん。
座ってる時も、休んでる時も、歩いてる時も、扉に手をかける時も。
ずっと脳みそのどこかに小野川さんはいる。
私の思考回路に小野川さんが詰まっていると言っても過言ではない。
それは過言か、あははは。
俯きつつ、苦笑しながら自席へと向かう。
「英語のテスト全く勉強してねぇよ、やべぇ、やべぇって」
「ちょっ、俺もだわ。瀬田。頼むわ」
「俺からも頼む、教えてくれよ、英語」
「満点だったんだろこの前のテスト」
席に着くと、瀬田さんの席の周りに男子が集まりなにやらがやがやと騒いでいた。
英語のテスト、ほーん英語のテストねぇ……。
あらあらそれは大変なことで。
って、あ、あれ、そういえば今日あるじゃん。
やべぇなんにも勉強してない。
詰んだ。
「英語なんて教えるもなにもないよ。ああいうのは慣れだから」
「だーっ、それじゃあダメなんだよ。それじゃあ、俺たち赤点じゃねぇか」
「赤点だと俺の夏休みが……」
「そう言われたって困るよ……」
瀬田さんは困ったように笑いながらも教科書を持ってくるように指示をする。
なんだかんだ教えるんだ。優しいなぁ。まぁ、あの面倒なところを見てしまった以上、好感度が上がることなんか一ミリたりともないんだけどね。
それはそれとして、盗み聞きしておこうと思う。
英語のテスト、赤点だと補習だからね。ちょっと、いいや大分補習は困る。小野川さんとの時間が減ってしまうから。それだけは避けたい。
机につっ伏せながら、英語の内容を耳にする。ヤバい、なんにもわからない。本当に言語なの? ってくらいなに言ってるのかわからない。あぁ本格的に今日のテスト詰んでるのかも。
一人で焦ってると、左耳から女子のざわめきが聞こえてくる。
その中に聞き覚えのある声が聞こえる。この焦りさえも沈めてくれるような穏やかで安心感のあるものだった。安心感があったとしても英語のテストがどうにかなるわけじゃないんだけどね。
「おはよ~」
という柔らかな雰囲気。
私はパッと顔を上げる。
教卓の前を突っ切る小野川さんがいた。
その姿を見るだけで頬が弛緩してしまう。頬をぺちぺちと叩いて緩んだ頬を引き締める。
目が合うと控えめに破顔して、ひらひらと手を振る。私も手首だけ動かしてひかえてに手を振った。
私たちは付き合ってる。
その事実はこの前のデートが証明してくれた。
だから付き合っているという根本的な部分に懐疑的な感情を抱いたりはしない。
不安にもならない。過ぎらない。
そもそも私そんな面倒な人間じゃないし。
だけど、大っぴらに付き合ってると宣言できるかと言われればそれはまた違う。
男女の関係であれば宣言しても良いのかもしれないけど、女と女。
世間一般的には普通とは言えない。
歪なものであるのは理解してる。
この関係は周囲から理解を得られないかもしれないし、嫌悪感を示されるかもしれない。
場合によっては差別の要因になることだって考えられる。
そうなっても私は耐えられる。
まぁ元々同じような環境に身を置いてたわけだし。
でもこれは私だけの問題ではない。
小野川さんに直接関わる問題なのだ。
私の言動一つで小野川さんに迷惑をかけてしまうかもしれない。
そう考えるとどうしても躊躇してしまうし、宣言する必要もないんじゃないかなと思ってしまう。
これは臆病ではない。
小野川さんのことを慮った結果だ。
だから私たちは教室で絡んだりはしない。
他のカップルのように手を繋いだり、休み時間になるたびにイチャイチャしたり、デートどうしよっかとか話したりしない。
時折目を合わせ、手を振り、微笑み合う。
それだけ。
もどかしさがないかと問われれば、ないよと首肯することは難しい。
好きな人と一緒に居たいという気持ちは異性だろうが、同性だろうが変わらないから。
それにこれはこれで秘密の関係という感じで悪くないかもと思う。
と、少し強がってみる。
実際問題、秘密の関係みたいでドキドキする自分もいたりする。
ぼけっと彼女のことを目で追ってると、突然彼女の友達にピシッと指を差される。
指先と目が合う。
あまりにも突然のことで吃驚し、ビクッと肩を震わせる。
なに、なんで私を指差したの。
私今なにかしてた?
もしかして小野川さんのこと見過ぎてたとか?
そ、そんなことないよね。
じゃあ怒らせるようなことしてしまったのかな。
怖くなって、不安になって、そっと目を逸らす。
指差されて目を逸らしたとあの友達に思われるのはなんだか癪だったので、壁に掲示されてる時間割を確認したかっただけですよ~みたいな雰囲気を醸し出しながら掲示物を眺める。
もちろん目線がそちらに向いてるだけであって、意識もそちらに向いてるわけじゃない。意識は小野川さんたちの方へと注ぐ。
「平戸さんだっけ」
「急にどうしたのよ」
「ほらあの子」
また指を差される。見なくとも感覚でわかる。覇気みたいなカッコいいものじゃないけど。なんとなく。
「あの子?」
「そう」
小野川さんとその友達との会話が私の鼓膜を震わせる。頬杖をついて聞こえないふりをしつつ、聞き耳を立てる。
なぜ私の名前が出てきたのだろうと不思議に思う。
自分で言うのもなんだが、クラスでは目立っていない。
陰キャでぼっちだからね。
目立つわけないし、なんなら名前すら覚えられてないものだと思ってた。
だからぽんっと突然私の名前が出てくるのは驚いてしまう。
驚くと当時に不安が襲う。
「愛姫はあの子と付き合ってるの?」
額から輪郭を沿うようにつーっと変な汗が垂れてくる。
慌てて手で拭い、平然を保とうとする。
保ってるつもりだけど、実際どうかはわからない。保ててるように見えるのなら嬉しいなという希望こそあるが、私が決めることでもない。
「平戸さんと? 私が……付き合っている? えーっと、それってつまりどういうことかしら」
小野川さんの声は震えてる。
些細な違いで、ぱっと耳にするだけじゃわからないんだけど、たしかに声は震えてる。
動揺してるのだろうか。
表情は見れないので実際のところはどうなのかわからない。
口調や声色からしか判断することができない。
今、そちらに目を向ければ私のせいで色々とバレてしまう気がするし、私に刃が向いたら誤魔化し切れる気もしない。私人狼ゲームとか苦手だし。言い方は悪いかもしれないけど、小野川さんを盾にして隠れる。
「そのままの意味だけど、恋人的な? そういう関係なのかなぁと思って」
「また突然ね」
はぐらかす。やっぱりそうだよね。うん、付き合ってると首肯はできないよね。二人の関係は隠すことにしようと互いに示し合わせたわけじゃないから、公言しても良いんだけど、しない。私の思考と似たようなことを考えてるんだろうなと思う。
「女の子同士なのにそんな関係になるわけないじゃない」
「だよね~」
「平戸さんとはただの仲の良い友達なだけよ。それ以上でもなければ、それ以下でもないわ」
「そっかそっか、そうだよね。平戸さんって結構陰薄いし、あまり話してるイメージもないし、なんか陰キャ的な感じで雰囲気もあんまり良くないし、愛姫と付き合ってるわけないよね~」
やっぱりクラスの人からはそう思われてるんだなぁとなぜか安堵してしまう。絶対に安堵するところではないのだろうけど。でも自己評価と他者の評価が一致したことがちょっとだけ嬉しかった。言われてることは結構酷いんだけど。怒りは湧いてこない。自覚してるからだろう。
「ねぇ……」
一人でホッとしてると、ドスの効いた小野川さんの声が聞こえ、周囲を取り巻く空気はごろっと転がるように変わったのだった。
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