わからないなりに満足

 私は導かれるように引っ張られて、近くのショッピングモールへと誘われた。

 連れ込まれたショッピングモール。一応私もインターネットで下見らしきことはしていたんだけど、無意味だったかもなぁと小野川さんを見ながらぼんやりと眺める。


 「あっちはカジュアルな感じのお店、あっちは大人っぽいお淑やかな感じのお店、であそこはファストファッションよりはおしゃれだけれど比較的安価なお店だね。上の階ならまた違うお店が沢山あると思うけれど。奥の方ならファストファッションもあるわね」

 「く、詳しいですね」

 「この辺来たらここは来るもの。何回か来たことあるからある程度は把握しているわよ」


 住む世界が違うんだなぁと痛感する。

 私はここに来るだけでとんでもないくらいに疲弊してるというのに、小野川さんはさも当然みたいな顔をしてる。なんというかすごいな~という小学生みたいな感想しかでてこない。レベルが違うんだろうね。


 「で、どういう感じの服にするのかしら?」

 「どういう感じって……それも含めて選んでもらって構わないですよ」

 「なになに、もしかして私が頭から足まで選んで良いの?」

 「あ、あ、頭から足まで……」


 いや、まぁ、お願いしたのはこっちだし。でもなぁ、そんな資金私にあるのかな。

 元々お財布の中身はスカスカだったし心配になる。


 「お手柔らかにお願いします」

 「うんうん、任せて」


 ぽんっと胸を叩く。


 「大船に乗った気持ちでいてくれて構わないわよ」


 自信満々な小野川さんにあれやこれやとぽんぽんとコーディネートされたのだった。

 私の知らない単語ばかりが飛んできて、混乱しまくった結果、良くわからないまま時間だけが過ぎて今私は小野川さんに言われるがままに購入した服を身に纏っている。

 まずは黒いキャップ。頭になにかが被さるって違和感がある。白いワンポイントのTシャツ。なんか英字が印字されてるんだけどなんて書いてあるのかは良くわからない。それでも胸元の圧迫感は薄く、着心地は悪くない。締め付けがないというのは大きな胸を持つ人間にとっては高ポイントである。ワイシャツのようなものを羽織るように着る。ボタンは閉めない。歩くたびにヒラヒラとボタンの部分が動く。最初こそ邪魔だなと鬱陶しかったけど、慣れれば悪くないという感想に至る。ワイドパンツにも初挑戦。こっちはこっちでシャカシャカと鬱陶しさがある。けど少し歩けば慣れる。とにかくざっとこんな感じ。今日の収穫は着心地の良くない服も着れば慣れるということだ。食わず嫌いは良くないね。あ、ちなみにサンダルも買わされたんだけど、私にはただのサンダルにしか思えないから割愛する。

 冗長に語ってしまったが、どれもこれも一人だったら絶対に手を出さないような代物だ。Tシャツはワンチャンあるかもしれないけど、ワイドパンツやキャップは絶対に手を出さなかった。そういう意味では小野川さんに頼んで正解だった、というのが言いたかった。


 「うん。悪くはないのよねぇ。そもそも素材がかなり良いから外れることはないのだけれど。でもイマイチ盛り上がりに欠けるのよね」


 口元に手を当てながら、私のことを舐めるように見つめる。

 なにか深刻そうにため息を漏らす。


 「は、はぁ……。そ、そうですか」


 なにを言っているのかわからなくて、そんな聞いてるんだか聞いていないんだか判断できなさそうな微妙過ぎる反応をしてしまう。


 「ストリート系じゃなかったのかしら」

 「ストリート系……道ですか」

 「違うわよ。というか本当になにも知らないのね。本当に女の子なのかしら。あぁ女の子ね」


 腕を組み、おぉと口を開ける。かと思えば睨むように私の胸元に目線を向ける。その上に舌打ちのような音まで聞こえてきた。気のせいかな。気のせいということにしておこう。


 「良くわからないんですけど、に、に、似合わないってことですかね」

 「違う、違う、そうじゃないのよ。平戸さんは似合っているわ。正直このままでも良いとも思う。というかそのままでも十分可愛いのだけれど、平戸さんを活かしきれていないような……そんな物足りなさがあるのよね」

 「なるほど?」

 「難しいわよね。要するにもっと可愛くできるんじゃないかなぁと思うわけよ」

 「これで私は満足ですけど。普段巡り合わないような洋服たちにも巡り合えましたし、このズボンとか、帽子とか。一人だったら絶対に買うことはなかったので。そ、そ、その……感謝してます」


 あとは純粋にお金が足りなくなりそうだから。これ以上追加で買われてしまうとちょっと困ったことになる。この帽子とかやけに高かったし。二千円くらい出せばお釣りがくるくらいの相場だと認識していた。実際は樋口一葉さんが一枚私の元から去ってしまった。あぁ、恋と金は尊くあさましく無残なものなり。


 「ふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃない」


 小野川さんはにかーっと明るい笑みを浮かべる。そして私の頭に手を置いて、もしゃもしゃと撫でる。


 「そういうことならこれで良いかな」

 「そ、そうですか」

 「うんうん、本人が満足ならそれが一番だもの」

 「た、たしかにそれはそうですね」

 「で、次はどうするのかしら。カフェでお茶でもして解散かしら」


 小野川さんはそう言いつつスマホに目線を落とす。


 「お昼になったし、時間的にはちょうど良さそうではあるわね」

 「時間的にちょうど良さそう、で、ですか?」

 「そう。ここからカフェでお茶して、解散。時間的にはちょうど夕方前くらいかなぁ……と思うけれど」

 「あ、いや、えーっと、そ、それはそうですね」


 解散するつもりなんだ。私の描いてた予定とは大分違う。でも違うと言えるわけもない。ここでしっかりと意見を言えるような性格をしていたら陰キャにもぼっちにもなってない。でも予定を立てたのは私であって、本来は言うべきなんだろう。わかってるけど行動には移せない。


 「とりあえず行きましょうか」


 時には問題を先送りにするのも悪くないよね。うん、悪くない。自分にそう言い聞かせながら、小野川さんの手を握って突き進む。

 もっともこれも問題の先送りなんだけどね、と理解しながら目を逸らした。

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