呼び出し

 夏祭り翌日。

 学校へ行くと、にへらと嫌な笑みを浮かべる鴨川さんが私たちのことを教室で待ち受けていた。

 いやまぁ教室だから居るのは当然なんだけどね。でもなにか企んでるような笑みにおっかなびっくりしてしまう。小さな覚悟を決め、息を呑む。


 「なによ」


 愛姫は睨みながらそう言って、しっしっと手で鴨川さんを追い払う。

 強い……。


 「ツンツンしちゃって~」


 と、鴨川さんは気にすることなく追いかける。

 愛姫は自分の席に着く。絡まれることなく逃れた私は自分の席に着き、ぼーっと二人のことを眺める。


 「昨日は熱々だったね。やーん、見てるこっちが恥ずかしくなっちゃった。もうきゅるんきゅるんだよ」

 「なっ……また盗み見していたのね」

 「言い方! それじゃあ私が犯罪者みたいじゃん。合法だもん。合法! 偶々居ただけ」

 「盗み見よ、盗み見。犯罪じゃない」

 「腕を組んで、同じわたあめを二人で食べて、かき氷もあーんしあって、金魚すくいに夢中なって――」

 「ど、どこまで見ているのよ」


 愛姫はかぁーっと顔を紅潮させながら、鴨川さんの口を両手で塞ぐ。


 「ストーカ? ストーカね。通報するわよ」

 「通報したって鼻で笑われるだけだよ」

 「突然冷静に正論言わないでくれる」


 あれやこれやと言い合ってる二人を見て、和やかな気持ちになった。

 瀬田さんに歯向かったけど、なーんにも変わらなかったなぁと思いながら。


 「それはそれとしてね」


 物を持ち上げて動かすようなジェスチャーをする。


 「雄大になにかしたの? なんか二人の席を見ながら? 睨みながら? うーん、良くわかんないけど、文句言ってたし、なんか覚悟決めたような顔してたよ。もしかして殺されるんじゃない」


 殺されるって物騒な、と思うけど恨みは買ってそうだし、真っ向から殺されるかもっていう危惧を否定できるかと問われると怪しい。


 「えー……面倒ね」

 「心当たりあるわけ?」

 「ないわけではないわね」

 「つまりあるってことじゃんそれ」


 わぁと鴨川さんは口を大きく開ける。


 「殺されちゃう感じ?」

 「ありえない……とは言えないのよね」

 「わー、笑えねぇ……なんかあったら言ってね。ね?」


 愛姫に目線を送ったあとに、私にも目線を送る。私はこくこくと頷いた。


 放課後。愛姫に私は手を引かれる。


 「え、あの、えっと、な、な、なに? ちょっと、ほんとに待ってって。荷物教室に置きっぱなしだし」


 なにも説明されることなく手だけ引かれ、どこかへ連れて行かれる。

 私が嘆いても、答えてくれない。黙って手を引くだけ。


 「おーい、愛姫ちゃーん。おーい、おーい……お、おーい」


 誰もいない廊下で声だけが響く。


 「な、ほんとになにこれ。愛姫ちゃーん。愛姫さーん。愛姫~。んん、小野川さーん」


 色々と呼び方を変えてみるが効果はあまり感じられない。

 そのまま連れて来られたのは校舎の裏であった。

 愛姫が瀬田さんに告白した場所であり、私と愛姫の関係が始まった場所でもある。なんだか懐かしさを感じてしまう。久しぶりだなぁと感慨深くなる。けど無言で連れて来られた恐怖が勝り懐かしさは消えてなくなる。

 少し目線を落とす。


 「って、上履きのままじゃん」

 「靴履いていないのだからそれはそうでしょう。自動で履き変わるようなシステムが搭載しているわけでもないのだし」

 「喋った?」


 というかここはゲームの世界かな。自動で上履きが靴にならないことくらい知ってる。どんだけ常識が欠落してると思われてるんだろうか。日頃の行いが悪いのでは、と言われてしまうとぐうの音もでないのでやめて欲しい。


 「で、私はなんでここに引っ張られたの?」


 なにも言われないと、色々勘繰っていまう。なにかやらかしたかなとか、怒らせるようなことをしてしまったかなとか。

 一度ネガティブな思考に入ると止まることなく、ぐるぐると動き続ける。


 「瀬田に呼び出されたのよ」

 「な、なるほど?」


 私は首を傾げる。


 「呼び出されたのは愛姫だよね。私も一緒に連れてくるように言われたとか?」


 一つの結論に至り、答えを確認するように問う。

 しかし愛姫は首を横にふるふると振る。どうやら違うらしい。違うんだ。


 「え、じゃあなんで私を連れてきたの」


 抱いて当然の疑問だ。

 意味がわからない。私も一緒に呼び出されてるのならまだしも、愛姫しか呼び出されてないのなら私がここに来る必要性がないと思う。邪魔でしかないだろうし。

 考えれば考えるほど、一緒に来る必要ないだろとなってしまう。


 「なによ。なにか理由がないと彩風を連れ出しちゃダメなのかしら」

 「いやー、そういうわけでもないけど」


 私は困りながら、首の裏を触る。


 「私の彼女じゃない」

 「彼女だけど」

 「彼女なら一緒に来てくれたって良いと思うのだけれど」

 「彼女とか関係なくない? 絶対に関係ないよね。というか、来てくれたんじゃなくてもう連れて来られてるんだけどね」

 「嫌味?」

 「いやいや、そういうわけじゃないよ」

 「じゃあ良いじゃない」


 むっと頬を膨らませる。

 たしかになら良いのかなぁとか思ってしまう。


 「というか、なんで呼び出されてるの」


 根本的な部分に疑問を抱く。

 そもそもそこがわからない。


 「わかんないわよ。突然ここに来いって言われたのよ」


 唇に指を当て、うーんと唸る。

 そしてハッとなにか思いついたかのような表情を浮かべた。


 「もしかして彩風と別れろとか言わちゃうのかしら」

 「え、な、なんで? アレにそんな権限ないでしょ」

 「アッ、アレって……いいや、そのくらいが丁度良いのかしら」


 愛姫は苦笑する。


 「でもあの感じ絶対彩風のこと好きじゃない。そうじゃないと夏祭りの時みたいなことしないと思うのよね」

 「私のことが好き?」


 愛姫はこくりと頷く。


 「そんなのありえないでしょ」

 「なんで?」

 「だって私特に可愛いわけでもないし、なにか面白いことが言えるわけでもないのよ。ずば抜けてなにかできるわけでもないし」


 なにか惚れられるような要素はあるかなと考える。パッとこれだ、と浮かぶものはない。


 「そんなことはないわよ。彩風は多分自分が思っているよりも何倍も可愛いし、変な子だもの」

 「へ、変な子って……」

 「それに私は彩風のことが好きなのよ。自分のこと卑下し過ぎるのは私の感情を否定するのに等しいと思うの」

 「いや、えーっと、それは……」


 目線を逸らす。正論だと思った。その通り過ぎる。愛姫は私のことを好いてくれてる。私を否定するのは愛姫の心を否定するのと同義なような気がする。

 でも恥ずかしいし、照れるのもまた事実なわけで。


 「褒められ慣れてないから、恥ずかしい」

 「ふふ、なら今日から私が沢山彩風のこと褒めてあげるわよ」


 彼女はなぜか楽しそうに微笑むと私の髪の毛をくしゃくしゃと触った。

 愛姫に髪の毛を触られると落ち着く。気持ちが良い。

 そんな快感に浸る。


 「それはそれとして、怖いのよ」

 「怖い?」

 「そう怖いの」


 はて、と私は首を傾げる。


 「私も瀬田から用件は言われてないのよ。ただ呼び出されただけ」


 深々としたため息を吐く。そして頬に指をぴたりと当てる。


 「なにを言われるのかわからないから怖いのよ。知らないってなによりも怖いことだから。怖いから彩風に居て欲しいの。一緒に居れば、近くに居れば、きっと少しは安心できるから」

 「そんなんで安心……」


 そんなので安心できるんだ、と最初は思ったし、途中まで口に出かける。でも良く考えてみれば、私も同じだなぁと思った。私だって愛姫が近くにいるだけで、無償で安堵を得ることができる。例えどんな状況であっても。

 というか怖がってるの絶対に鴨川さんのせいでしょ。あの人が殺されるんじゃないとか余計なこと口走るから。


 「わかった」

 「隣に居て欲しいの」

 「ちょっと隣は……」


 苦笑しながら後退りする。

 この後瀬田さんが来る。私が愛姫の隣に居たら、困ってしまうだろう。別にアイツなんて困らせてなんぼだと思うけど。

 私も少し気まずいし。


 「そこの陰で見守ってるから」


 だから折衷案を出す。

 愛姫の告白を盗み見してた例の場所だ。


 「好きね、そこ」

 「陰キャなもので、えへへ」

 「でも近くにいるってわかるだけで勇気が出るわね」


 胸に手を当て、にこりと微笑む。


 「それじゃあ」


 私は小さくガッツポーズをしながら、陰に向かって、しゃがんで待機してたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る