おまけ

おまけ1 ウェディングドレス

 一枚の受付用紙に『平戸愛姫』とボールペンを走らせる。その言葉の響きにドキドキしてしまう。

 左手薬指にはキラリと輝く指輪がある。

 私の左手薬指にも同じ指輪がある。

 法律上はまだ結婚していないが、気持ちだけはもう結婚している。法律上とか関係ない。私たちが幸せならそれで良い……って、少し気分が昂って演説みたいなことをしてしまった。失敬。


 ちなみに私たちはブライダルフェアへとやってきている。

 一生に一度来るか来ないか、そんな高級ホテルが会場だ。お金持ちになった気分になれる。とか、思っている時点で多分私は小心者だ。


 ここへやってくる経緯を簡単に説明するとこんな感じ。

 「愛姫がウェディングドレス着てみたくないかしら? 女の子のロマンじゃない」

 と、言い出したのが始まりであった。


 ウェディングドレスってレンタルでも結構高い。女の子の節目節目の衣装って全体的に高額だ。成人式の振袖とかね。振袖のレンタル代、当たり前のように払ってくれた両親には感謝しなきゃならない。


 記名をしてしばらく待っていると担当の方がやってきた。

 軽く自己紹介をして、今日の簡単な流れと、なにをしたいか、聞きたいかという希望を訊ねられた。

 女二人でやってきたことをツッコんできたりするんじゃないかって構えていたが、ツッコミは飛んでこなかった。時代の変化ってやつだろうか。


 最初は披露宴で出される料理の試食だ。

 このホテルの雰囲気に負けず劣らずな見た目である。口に運べば、舌がもっと欲しいと要求してくる。

 まぁ要するに凄く美味しい。

 食レポとしては大失格な感想であるが、求められているのは食レポではないので良しとしよう。


 次にやってきたのは式をあげる際の会場である。

 会場に一歩足を踏み入れる。

 まるで天使が舞い降りてくるんじゃないかというような神々しさに恍惚としてしまった。


 「すごいわね……」


 愛姫は声を漏らす。


 「すごいね、これ。本当にすごい」


 私も愛姫と張り合うように小学生みたいな感想を口にする。

 でも本当にすごすぎて、もうすごいとしか言えない。


 「私、結婚式に興味湧いてきたかもしれないわ」


 私も愛姫も結婚式に興味はなかった。

 お金と時間だけがかかる悪しき風習とさえ思っていたまである。現代人の悪い癖だ。

 でもその考えが変わった。

 それは私も同じ。


 「いつか挙げたいね、結婚式」

 「そうね。ただしっかりと認められてからしたいわよね」

 「区切り、みたいな感じでね」


 愛姫はうんと頷く。

 結婚式自体は挙げようと思えばいつでも挙げられる。いや、お金的な問題はあるけど。

 ただ法律上結婚していないのに結婚式を挙げるってのはどうなんだろう、と思う。

 やっぱり結婚式はしっかりと結婚が認められたタイミングで挙げたいなぁと思うわけであって。


 「お次はドレスのご案内となります。ご試着もできますがどうされますか?」

 「します!!!」


 愛姫は食いつくように答える。

 担当の方は苦笑している。

 そりゃそうだ。

 今日一番の笑顔を見せているのだから。


 「それではご案内しますね」


 と、私たちは案内に従った。




 目的地に到着する。

 所謂ウェディングドレスが沢山並んでいた。

 女の子のロマンが大量にあって、愛姫は瞳を輝かせている。

 私も結構興奮している。

 なにこれ、すごい! って。


 「これどれを着て良いのかしら?」

 「もちろん構いませんよ」

 「そうなのね」


 声を弾ませる。

 ウェディングドレスも良いが、それに喜びを隠さない愛姫を見ているのもまた良い。


 「彩風も一緒に!」


 ウェディングドレスが並ぶところまで歩いていた愛姫は振り返って、私に向けて手を差し出す。


 「私が?」

 「ええ、そうよ」

 「大丈夫だよ。愛姫ちゃんが思う存分楽しんでる姿見てるのが楽しいから」


 建前というほど建前ではない。結構本音である。

 ただ「私なんかが着て良いもんじゃないよ、これ」と思っている気持ちは隠しているが。

 実際こんな可愛いの私が着たって誰も喜ばない。ウェディングドレスさえも「お前が着るのかよ、最悪」って悪態をつくかもしれない。

 ウェディングドレスは私にとってかなりハードルの高い存在だった。こうやって目の前にして、より一層強く感じた。


 「ダメよ、ダメ」


 愛姫は首をぶんぶん横に振る。そして私の手を掴み、引っ張る。


 「ほら、彩風にはこれとか似合うわよ!」

 「え、私には恐れ多い……」

 「むぅ、なに? 彩風は私のセンスに異論を唱えるってわけ?」

 「いや、その、えーっと……決してそういうつもりではなくて」

 「じゃあ着なさいよ」

 「それとこれは別というか」

 「着なさいよ」


 引くに引けない。

 これはあれだ、私が折れない限り延々とこの押し問答が続いてしまうやつである。うん、私にはわかる。


 「わかった……」


 諦めた私は承諾して、ウェディングドレスを着ることになった。




 ウェディングドレスを着て、お化粧までしてもらって。さっき軽く歩いた会場へと戻ってきた。

 愛姫はなにしてるんだろう。

 ウェディングドレスの試着を始めたタイミングから姿が見えなかった。別々で試着を始めたので仕方ないのだけれど。ちょっと不安はある。


 「彩風!」


 愛姫の声が聞こえて、バッと振り向く。


 ウェディングドレスを身に纏う愛姫の姿がそこにはあった。


 まさに花嫁。紛うことなき花嫁。

 ウェディングドレスさえも着こなしてしまう容姿端麗さ。

 可愛すぎて思わず抱きめしたくなったが、突然抱きつくのは流石に気持ち悪いのでやめておく。

 大体試着のウェディングドレスで抱きつくのはマナー的にもマズイだろうし。


 「可愛いじゃん」


 もっと色々言いたくなったが、自制してその一言に集約する。


 「そういう彩風も、よ。あれだけ嫌がっていたけれどやはり似合っているわね。私の目に狂いはなかったのよ」


 むふんとドヤ顔。

 恋は盲目、というが本当らしい。

 私個人の感想としてはウェディングドレスに着られているなぁという感じだった。

 鏡の前に立った時にそう思った。


 「よろしければお写真お撮りしますよ」


 担当さんは気を利かせてそんな提案をしてくれる。


 「本当ですか?」

 「はい。お客様のスマートフォンをお貸し頂ければ撮影いたします」

 「それじゃあお願いしても良いですか?」


 愛姫は早速スマホを担当さんに手渡す。トントン拍子に話が進む。

 私の意見なんて一切聞かなかったけど、まぁ良いか。


 「それじゃあお撮りしますね」


 愛姫は寄ってくる。

 肩と肩がぶつかり、髪の毛が私の頬を擽る。

 ふんわりと香る彼女の匂い。

 いつもと違う。多分お化粧するタイミングでなにか香水をつけたのだろう。フルーティな香りがする。これはこれで良い。


 「はい、じゃあいきますねー。はい、チーズ」


 掛け声と同時に私の頬に柔らかな感覚が走った。


 愛姫のスマホには、ウェディングドレスを着た私の頬にキスするウェディングドレスを着た愛姫の姿が写っていた。

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ハッピーエンドは似合わない こーぼーさつき @SirokawaYasen

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