嫉妬がかわいい

 今日も小野川さんと帰る。

 並んで歩いてはいるんだけど、私たちの間には気まずさが流れており、会話することが憚られてしまう。


 「あ、あ、あの」


 とはいえ黙りっぱなしというのも良くない。

 だから静寂を切り裂こうとするけど、陰キャ過ぎてまともに喋ることができずに吃って、惨めになる。

 私って陰キャ過ぎでしょと自傷的になる。こんなんだからぼっちなんだよなー。


 「怒ってる?」


 恐る恐る尋ねる。からかって怒らせるのは可愛らしさがあって嫌いじゃないけど、こういう雰囲気はあまり得意じゃない。ただ怒らせてるだけだし。というか、得意な人っているのかな。


 「怒ってないわよ」


 そう言いながらも、目は合わせてくれない。

 そんなの怒ってるじゃん。どう考えても怒ってるじゃん。怒ってない人は突き放すように「怒ってないわよ」だなんて言わないよ。

 誰が聞いたって怒ってると理解できる。だからさらに臆してしまう。


 「怒ってるでしょ」

 「だから怒ってないわよ」


 むすっとしながらこっちを向く。

 表情と言葉があまりにも矛盾してて笑ってしまう。なに笑ってるんだって怒られそうなのですぐに真顔に戻す。

 怒ってるんだとしても、そうじゃないんだとしても、隣に居てくれるんだという安心感をふと覚えたからだろうか。

 すん、と緊張感は消えた。作った真顔だけが残る。


 「ただ」


 小野川さんは指をくるくるさせながら絞り出すように声を出す。

 尻すぼみな声はやがて聞こえなくなる。ただ、という二文字しか認識できなかった。その後になにか言葉が続いていたのかもしれないけど、わからない。聞こえないのだからわかりようがない。


 「ただ?」


 私は問う。もう一回言ってくれるように促す。

 促しながら、こてんと首を傾げる。


 「私とは連絡先交換してくれないのに、あの人とは簡単に交換しちゃうのね、と思っていただけよ」


 やっぱり怒ってんじゃんって心の中で叫ぶ。

 いいや、怒ってはないのか。これはもしかして嫉妬? 妬いてる? もしかしたらそうかも。ふふふ、ならば案外悪くないかも。


 「交換したかったの? 私と連絡先」


 嬉しくなって頬がゆるゆるになる。

 昼休みにあった嫌なこともすべて吹き飛んでしまうくらいに気分は良い。

 好きな人って偉大だ。恋人って癒しだ。えへへ〜、と気持ち悪い笑みが零れそうになる。


 「交換したかったけれど」

 「ふーん」

 「な、なによ。なにか文句あるわけ。良いじゃない。そもそも恋人同士なのに連絡先無い方が不自然じゃない。連絡先持ってないってバレたら邪推されたりすることになるもの。玲奈にバレたらあることないこと勘繰って、実は付き合ってないんじゃないかみたいな間違った方向に話進めるかもしれないわ。それは良くないと思うのよ。実際付き合ってるわけだし。だから連絡先は必要だと思うのよね」


 饒舌にダーッと勢い良く喋る。私が口を開くどころか頷く隙間すらない。一方的に殴るように喋ってから、目を細め、ぷいっとそっぽを向く。

 さっきまで存在感を漂わせていた怖さは欠片もない。その代わりに可愛さがするすると混入するように入ってきた。


 「なーんにも」


 もう頬の緩みを隠すことなく、ゆるんゆるんに緩ませながら、私はスマホを取り出す。

 QRコードを表示させる。あまりの手際の良さに笑ってしまう。心の持ちよう一つでこんなにも動きが身軽になったり、重々しくなったりするのだなぁと感動さえしてしまう。


 「はい」

 「平戸さんの連絡先?」

 「そうだよ。私の連絡先」


 私の答えを聞くと小野川さんは黙ってスマホを触り、そのまま唇も表情も動かさずに友達の申請を送ってくる。

 ぶるりとスマホが震えて、友達の申請が来たことを知らせるプッシュ通知が現れた。

 その通知が消えると次に『AKI』という名前の人から、可愛い女の子のキャラクターのスタンプが送られてくる。


 「これでいつでもお話できるわね。家でも授業中でも」

 「えぇ……授業中もなんだ」


 私は苦笑しながら、子犬がサムズアップしながら「イイヌ」と言ってるスタンプを送信した。


 「なによこれ」

 「イイヌ」

 「それはわかるのだけれど」


 困惑気味にスマホに目線を落とす。


 「お気に入りのスタンプだよ」

 「変なのね」

 「え、可愛いでしょ。可愛いよ。可愛くない?」

 「そうかしら」


 どうやら私と小野川さんには少しだけ感性の壁があるらしい。

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