統治惑星の歴史観察と、その経過による副産物について
@Thymi-Chan
マーブルパターン・エコノミカ
赤い馬 vol.1
赤い馬 vol.1
男と、女と、性別を持たないものと、性別を持たないものと、性別を持たないものが向かい合っていた。
空中を、強化プラスチックで模られた瓶が飛んでいる。それには罅が入っていて、バラバラになりつつあった。
男は手に鉄の長い筒を抱えている。それは銃と呼ばれるもので、昨今ではマニア向け、あるいは一般的ではなく、“それ以外にない”時代からすると随分物珍しくなった火薬式のものだ。
引き金には指をかけていて、連動する撃鉄を機械的に叩き落とし始めているが、遅すぎる。
銃より早く女が動いている。性別を持たないものたちは、それを不動の体勢のままずっと眺めている。
性別を持たない者どもの身体中に巻きつけられた計測機器と、被服というには工業的すぎる合成布地のカバーには、抽象化されたロケットと崩された“E”というアルファベットが認められた。
床面は磨き上げられた建材セラミックスが覆っていて、ぎらつく天井のライトの数々、そして男と女と、性別を持たないものどもの靴の裏を映し出していた。
ようやく銃口が光る。続けて煙が噴き出して、鉄の塊が飛び出してきた。同時、女は性別を持たないものどものうちの一人にたどり着いて、ただでさえ速い足取りよりも速く腕を引き、ボディブローを打ち込んだ。
速度の水準がさらに上がる。殴りかかられたそれは、唯の人に比べて早過ぎる女が止まって見えるほどの速度で身をかがめた。脚を、腰を、そして腹と背中すら折りたたむ勢いで、そして実際にそれを可能にする機動力で、迫る拳を頭の上にやりすごした。
女の認識はそれに追いついておらず、虚空を睨みながら何時までも訪れない衝撃に備える。
音が彼女らの場所へと辿り着いた。発砲音だ。銃弾はとうの昔に軌道をそらされている。
傍観を続けていた残りの二体は、いつの間にか銃を抜いていた。火薬の入るスペースの見受けられない、コンパクト極まりない銃。銃口に鈍く光を吸い込むセンサーが取り付けられていて、殺意すら機械化されている。
引き金は引かない。いや、元から見当たらなかった。何の前触れもなく──光ることも音をならすこともなく──うねる弾丸が吐き出される。その数合わせて12個、一瞬のバースト射撃であった。
くるくると回転し続ける弾丸は、先ほど哀れにも通り過ぎて行った銃弾とは異なる形をしていた。円錐形の中にいくつもラインが引かれていて、何らかの物体がはめあわされた形跡を持つ。
まだ体勢を引き戻し切っていない女の肩、腹、太もも、に、神経質なほど均等に分割され吸い込まれていく弾丸。
肉に差し掛かる瞬間、それは突然形を大きく変えて、鎧を脱ぐかのように内側より細く伸びる金属肢を展開した。鋭利で、下処理をされていないかのような荒々しさを感じさせるブレードが、はるかに大きな人間の体躯を切り裂いて潜り込んだ。
女は口を開いた。悲鳴が絞り出される。
その振動が性別を持たないものどもに届く前に、銃弾が、正しくはマイクロドローンがプロセスを展開していく。
高熱を持つ。細胞を焼き、変質させていく。
周囲の細胞構造が破壊されていく。ついでとばかりに熱反応する酵素をばらまいているのだ。つまり出血毒である。
絶叫。90デシベルほどのエネルギーが肉塊を中心に迸る。男は怯えて銃口を揺らし、性別を持たないものは次の行程に移り始めていた。
「先輩!」
悲鳴に比べると、銃声に比べると、小さく頼りない大声が上がった。男の方である。
くずれゆく肉塊、その陰から、次なる標的を捉えた三つの鉄塊が飛び出してくる。
それらはふくらはぎより下が展開されていて、青白い閃光が不気味に漏れ出していた。
「あ、あう、あぁ!」
男は引き金を引こうとした。
それが満足に実行されることはなく、突如後頭部に衝撃。
視界がホールに限定されて、すぐに狭まっていく。黒とも白ともつかない死角が視覚を埋め尽くしていく。
虚空に銃弾が無駄打ちされた。
薄れゆく視界の先にもう鉄塊はおらず、後ろでガチャガチャと音が聞こえ始めた。
腹にストックの食い込む感覚を最後に、意識が離れていく。
22世紀。人間は技術をひと時も留めることはなく、やがて膨らみ続ける知恵は幾つかの大きな転換を引き起こした。
生体の規格化である。
手、足、皮膚、骨と言ったものから、内臓や神経、筋肉、果ては脳そのものに至るまで、人間は遂に工業化を成し遂げたのだ。誇張無く、服を着たり脱いだりするような感覚で、自分の肉体を組み替えることができるようになった。
何が起こるかと言えば、人間は先天的な何かに縛られることはなくなった。
あらゆる不便は買い替えることができる。あらゆる健康は買い直すことができる。
産まれによる不自由は、完全に金銭へと集約された。問題の単純化である。
さらなる副産物もあった。規格化によって、人間の得意とするところである知識の共有を、これ以上ないほどに洗練していたのだ。
例えばこの男は、銃を撃ったことがない。
けれども銃を撃ったことのある人間の知識を購入することが出来た。それを自らの肉体に合わせて補正してインストールすることさえできれば、現役兵士じみた射撃行動を行うことができた。
それらの規格化は、結局“共通規格”という味気のない名前で呼ばれている。
人間が人間である限り絶対的に逃れられない、共通して持つもの。そういう意味を持っていた。
その上、反復される根底原理がある。
そう、人間は技術の歩みをひと時も止めなかったのだ。
やがて衣服のように組み替えられる共通規格は、遂に人間を超えた人間を生み出すために使用されるまでになった。
例えばこの女は、脳幹、瞳、ついで手足と、心肺に至るまで非常に高度な改造を施している。純軍用とまではいかなくてもこの性能だ。
銃弾が引き金に叩かれて飛び出るまでのわずかな間に、数mもの距離を縮め、そのまま殴り掛かって、本人にはなんの反動も無い。
それは明確に人間の範疇を超えていた。これを生まれつきできる人間は何処にもいない、世界に名だたる企業たちの工業化の果てと言えるだろう。
そして当の企業はというと、涼しい顔をして数段先の兵器に身を包んでいた。歩くようにして空間を飛ぶ。文字通り、光という制限を突破していた。ようするに、すごいすごくないという水準で話をしていない。彼らこそがルールであり、それ以外の人間は彼らに定義されている。
結果が、これである。
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