昇降機の頂 Vol.2
コガの受けた仕事というのは、E.Mechanicが新規開発した総合制御装置、および内部にパッケージされた特殊なアルゴリズムの奪取である。
E.Mechanicの提供する現行リソースは、当然地球圏にてトップシェアを誇り、同時に技術力でも同様の経緯を辿ってはいた。
同時に、時空間というものに深く精通する企業だからこそ、栄光というものがどれだけメッキをしても尚錆び付いていくのかを知っている。
だから彼らは、抜本的な構造革新を常に目指していた。どれほど足を進めればトップを走り続けられるのかを彼らは知らないし、把握する術もないが、しかし足を止めれば近いうちに滅びるということを知っている。
彼らの防衛範囲は地球と宇宙の境目全てを抑えており、網目に例外があってはならない。彼らは電子的に凄まじく高度な処理能力を実現するノウハウを持っていたが、同時に機械屋でもあった。現状の電子的な概念に対して傾倒している機械製造技術から、まるで古代のからくりのように回帰して、構造的な問題解決能力概念を得るために奔走しているのだ。
つまりインプラントと共通規格、そして人体の「横に繋がった」物理的論理回路の構築計画であり、頭脳の偏在であり、知性の並列である。
このアルゴリズムを介して人体のシステム連結状態を調整することによって、疑似的に人間の肉体配置に数値的な意味を持たせ、以て演算能力を確保するという試み。これはE.Mechanicの中央集権的な制御システムとは真っ向に反抗するものであり、だからこそ次世代の研究にふさわしいと思われていた。
これはシンノウの制御システム──というのもおこがましい恐ろしい行き当たりばったり──に部分的な相似を持つ。例えば自然界での淘汰というシステムは知性を持たないというのが通説ではあるが、人間は常にそこに何らかの意思を見出してきたものだ。
それは神だったり、あるいは「必要性」という形を持つ──それが必要だったから、進化してその能力を手に入れたのだと評される──。その実、アカデミックな場では双方無視されている代物である。神は居たとして考慮できないから神なのであるし、必要性というものは主観的なものに過ぎない。
シンノウはそのカオスをよく理解していなかったが、理解できないということを受け入れていた。E.Mechanicは、それすら演算装置にしてしまおうと睨んだ。
(問題は、あれほどケチな探偵どもに何故我々のセキュリティを突破されたのか、だ)
要素を一つ一つ抜き出していく。コガとかいうやつはそもそも論外だ、そこら辺の制限付き機械歩兵にすら順当に敗北し、身柄を拘束されるのは当然である。立ち回りも弱い。
ヤガミは既にコガの行き先を絞り始めていた。BBの優位性を加味しても異様な速度であり、それは彼らが情報戦において素人であるということを意味していた。
(であれば、何故ツチイが私たちの流通状態を把握していた?)
E.Mechanic内部の情報統制は完全に限りなく近い。人間の数が他の企業に比べて異常に少ないために、システムの占める割合が多いからだ。当然、人間個人単位での動向もある程度理解していた。つまり、新規開発事業の移送に関しての情報源は限られてくる。
(エンカルナシオンはこちらに情報を出し渋っている。それは明確だ、隠蔽の程度は低いが──隠蔽しようとした事実が重要だ。欠落を前提に事件を眺めなければならない)
エンカルナシオンの目的までは、彼にとっても簡単に推測できる。当然責任逃れに過ぎないだろう。そしてその隠蔽すら完璧ではなく、コガという探偵とエンカルナシオンが共謀していることも知っている。
加えてコガが、本来敵対している存在であることも知っていた。
(最初からエンカルナシオンが手を引いていた……彼女が何らかの手段で新製品を外部へと流出させ、私腹を肥やそうとしていた可能性──状況証拠的には正しい、が違う。彼女は徹頭徹尾愚かな被害者に過ぎない)
(最初からコントロール下なのであれば本来失敗していない筈だ──ツチイとかいう探偵はある程度の能力が保証されている。ウチのも……シンノウのも、ダイダロスメディカルのも入っている。全てが高級品だ)
ヤガミが土壇場で医者から抜き出した記憶から、E.Mechanic襲撃事件の実態を少しずつ彫刻していく。
(コガはおそらく実績作りのための、居ても居なくても構わん程度の新人──探偵どもは特権的だ、バカげた犯罪スレスレの事業でも尚外生にしょっ引かれない限りは被害者の自己責任で片付けられる──武勇伝にすらするのだ、忌々しい)
とするならば、やはり消去法で浮上するのは共同開発企業の面々である。下部企業、そしてカオス理論のデータ収集において協力を依頼したシンノウ──彼らには細かに断片化された情報しか渡していないために、本来であれば捜査線上に浮上してくることはないのだが──
(可能性があるとするならばそこだ)(何者かがこの断片化した情報をつなぎ合わせて、軌道研究施設から地上の実地実験に向けた移送ルートを割り出した)(我々には想像もつかない方法で!)(それが出来るのは──)
(探偵しかいない)
しかし、大企業相手に個人がそれほどの大立ち回りをすることがあるだろうか?──しない反証もない、そして出し抜かれない反証もそうだ。シンノウなら猶更である。
(BB犯罪者どもなら、やりかねない)
BBは強力すぎる力を市井にばらまき、威力は未だに衰えていない。それに全能感を持った電子ハッカーどもは、ただでさえ無法地帯と化しているダークウェブに巣食い、中には人間としての形を失っているものもいる。当然彼らにも肉の檻はあったのだが、最早ログインしていない時間の方が微かであろう。
企業に比べて不安定であり、主義信条なども感じ取れないほど無軌道な存在ではあるが、しかし探偵で恐ろしいまでの被害を出すことで度々恐れられている。
(前任者もこれに苦しめられていたのだろうか……ならば、私の番が来ただけだ)
例えば関西をねぐらにしていた“シチニンミサキ”などは、核となる一人のBB技術者が、常にいくつかの探偵たちの肉体、精神を裏側から支配していて、しかも不定形の組織体系としての偽の記憶を使い回すことで、かつてE.Mechanicに対して甚大な被害をもたらしたと言われている。
結局は人(機械)海戦術をぶつけて接触被疑者の探偵を片端から浄化、解析し、技術者が居ると目される地域全域を封鎖し建築物の解体まで行い身柄を拘束したのだ。この事件によって消費されたE.Mechanicの予算は、通常年度の2.3倍にも及ぶ──たった数か月の出来事だったのにも関わらず。
余談ではあるが、“シチニンミサキ”の中核技術者はその後E.Mechanicに物理的、精神的にとらわれており、インシデントに対する自動反撃プログラムとして運用されて“いた”。
彼を悩ませるもう一つの要素──数年は運用されていたシチニンミサキプロトコルが、軌道開始から数時間でシステムとしての消息を途絶えさせた──正確には、完全に破壊されていたのだ。
当然、電子戦闘技術も市井、企業問わずに常に進歩し続けるものではあるが、しかしかつて稀有だった才覚の持ち主がこうもあっさり世を去るとなると、それは骨の折れる仕事が舞い込んだことを意味している。
(外生が介入したか、あるいは……)
陰謀論めいた考えが浮かぶ。限界に達した下手人であるツチイは、ある種の病状を発現していた。医者であれ所詮はクローズドであった彼がその正体を知らないのは仕方のない事であるが、対する企業役員はデータとして世間から隠された恐るべき症状を把握していたのだ。
(“先祖返り”事案──“ダイダロスメディカル”が動き出している可能性がある。とするならば、コガも、ツチイも──)
(我々ですら、フラスコの中で踊らされている)
彼にとっては、タペストリーの裏側に潜む獣が微かに笑ったような気がしたことだろう。
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