先祖返り Vol.2

 コガは戦闘音の中に、聞きたくもない聞きなれた銃声が混じっていることを認めた。火薬式でも、電磁式でもない、数十年前の人間には想像することすらできないほどの歪んだ音。E.Mechanicの誇る、重力加速式投射器の放つ銃声だ。


『エンカルナシオン様?』


 話が違う、そういった声色でコガは問う。個人的にやりきる理由が幾つもある仕事ではあったが、それはクライアントの雑な情報提供を許す理由にはならない。続いてケチな電磁銃の散発的な発砲音が響いた。対する重力の歪みの音は、それが自然からかけ離れた恐るべき冒涜であるのにもかかわらず、規則正しくリズムを刻む。


 追って、何か建造物が次々に崩壊する轟音が上がる。


『まさかもう監査役員が直々に動いたと?お前が何か決定的な証拠を残したからじゃないのか、私は出来る限りの隠蔽・妨害工作をしたぞ』


 対するエンカルナシオンは、彼と最初に会った時のように怒りを交えて、そして冷静さを強く欠いたような文章が口をついて出てきていた。


『それでは企業の重役ともあろう方が、私の頑張りの最中一つも功績を積み上げられなかったわけですか』


 彼はここにきて鼻で笑った。今日初めての笑顔であり、そしてささやかで儚い。


『お前……』


 咄嗟に何かを言い返そうとするも、絞り出したのは反芻するかのような呼びかけのみ。


 エンカルナシオンは絶句しかけた自分の気持ちに鞭打ち口を開いたが、しかし自分の用意できる代償の悉くを使い潰してしまったがために、後に続ける意義を持たなかった。信用と立場の実質的な破産である。


『少し前までは、貴方がまるで天井の人間にように感じられていました。見下してきて、偉そうで、あんまり好みじゃなかったんですけど』


『何が言いたい。クソッ、流石にまだ年季が違いすぎたか』


 返答から少しずつ力が失われていくことに──否。コガの色眼鏡が一枚はがれたのだろう。真実ではないにせよ、今まで分厚くのしかかっていた無意味なファクターが取り払われたのだ。彼はあの冷徹な機械人間に対して、奇妙な愛着すら覚える。全てがうやむやになるまえに、やみくもに手を伸ばし合った仲だ。


 俗にいうストックホルム症候群というものである。ただし、どちらが加害者であるかの明確な基準や境界線というものはとうに消え失せて久しい。結局のところ、お互いに相当な加害者であった。


 次は配管ではなく、鋭く恐ろしい弾丸が飛んでくる。音より早く、光よりは遅い鉄の塊。コガは角を曲がった直後、恐慌状態に陥った一人のReadymadeを見た。Readymadeたちもまた、突然現れたコガを見た。見たそのままに、彼はゴテゴテした鉄の塊──おそらくは銃をこちらに向けて、引き金を引いたのだ。反射行動であり、ここに意識の介在する暇は無かった。


 放たれた弾丸はコガの目の前へと殺到し、遅れて空気の膜が鼓膜を破るほどの衝撃波を伴ってやってくる。


 コガは辛くもそれを避けた。申し訳程度に強化された脚部の力を使って後ろに吹っ飛んだ。仰向けに転がって、大小さまざまな瓦礫の破片を弾き飛ばし、皮膚に傷を作りながらも、銃弾よりは一瞬の生を選んだ。その間、幾つもの追撃が肉体を掠った。当たったものもあるかもしれない。


『市販の電磁機関銃だな。企業兵が使うものにしては精度も速度も悪い』


 不機嫌な態度を隠そうともしないまま、何処のものかもわからない道具の等級に文句を言う。コガは背後に食い込む鋭い粒どもの圧力を痛みとして感じながら、先ほど巻き込んだ瓦礫よりはよっぽど大きく、人が済むには最早向かない瓦礫に転がり込んで、ようやく次の呼吸を続けた。


『E.Mechanicの正式戦力ではない、というわけですね』


『そうだ。この程度なら私一人でもなんとかできる』


『じゃあ手伝ってくださいよ』


 返事はない。空白と沈黙にすら不機嫌がにじみ出ているかのようだった。エンカルナシオンは恐れている。自らの空虚な生まれに積み重ねた巨大な塔が、今まさに小さなほころびによって崩れようとしていることに。同時にそのほころびが、どうやら親近感すら持って自分に接してきているらしきことが我慢ならなかった。


『……お前がここにいる理由の半分はけじめをつけるためだろ。違うか?』


 散発的に放たれているレールガンの高速弾頭は、当たりどころさえよければ簡単に建材を貫通──特に技術進歩著しい世界の中で、とりわけ特別においていかれている再開発待機区画の建材には、与太者が使っているとはいえ最新鋭の兵器を防ぐだけの性能は無かった。脇腹のすぐ横を弾頭が潜り抜けた。綺麗にひび割れすらなく“消えた”円形の弾痕が見えた。


 コガは一瞬、自分の身体もいつの間にか穴だらけになっているのではないかという錯覚すら覚えたが、自分以上に冷静な共通規格はずっと、緑色のバイタルサインを維持している。


『そうでしたね』


 次は頭のすぐ隣を弾丸が通り抜けていく。たまらずコガは遮蔽を挟んでいるというのにも関わらず匍匐する。そして、こうして生き残る自分一人のために何人の似たような若者が死んでいるのだろうと想像して、自らの幸運と死に溢れた世界に辟易した。


『リロードは何発位で挟まると思います?』


『あと六発だな。銃声を解析してわかったが、あれは自社の民生向けデチューン品だ。型落ち品だよ、変な改造をしていなければ……確かに六発で間違いない』


 建材の斜面にぶちあたり、高速弾頭が惜しくも貫通しなかったであろう、高く情けない音が鳴る。匍匐のまま上を見れば、空高く舞い上がった飾り気のない弾頭が、くずおれかけたビル群の隙間より差し込む人工太陽の光に照らされてきらきらと輝きを振りまいていた。


『暇なら数えておいてくれると助かります』


『まさかそこまでお前の電脳が低能だとは思ってもなかった。残り五発だ』


 風きり音が聞こえた。背後を見れば、そこにある壁面の自分が立っていれば丁度十二指腸があった位置に、またもや綺麗な丸い穴が開いていた。隙間から見える世界は変わらず灰色で、一緒になって殺意も流れ込んできているかのようだった。


『残り四発』


『そういえば、該当製品の給弾形式を伺ってもいいですか』


 先ほどより早い感覚で、風きり音。遮蔽を大きく外れた位置をすっ飛んでいく。違和感に気づいたか、威嚇射撃の色も混じり始めた。音の嵐の中に、今にもここを制圧しようと近づく靴の音も聞こえてくる気すらする。脅迫的な幻聴。


『何の話だ』


『コッキングが必要なら最期の一発は残した状態でリロードするかもと思いまして』


『電気制御のレールガンだぞ、薬室管理もコンピューターとサーボで管理されている。相手の装填に付け込みたいんだろう、そんな癖も出る不確実な勝ち筋に拘るならある程度は諦めろ、数発位気合で避ける覚悟でやれ』


 破砕音。跳弾せずとも貫通はしなかったようで、ひび割れた瓦礫の破片が顔や胸に降りかかった。


『あと三発』


 全身に力が巡る。以前のコガなら、きっと緊張していると表現したことだろう。共通規格は淡々と評価を下す。『心拍数増加、運動状態』。アレにとっては、それ以上でもそれ以下でもないのだろう。


『諦めろといった理由だが、この立場になって製品仕様状況を調査しているとな、案外戦闘に身を置く人間の中には迷信やルーティンに浸っているものもいる、母数は少ないが』『リロードする際には必ず二つ弾を残している、という妙なこだわりを持つものも居た。理由は分からんし、もしかすると何らかの戦術的価値を見出している可能性も否定できないが、まあそういうやつがいる』


 顔の横から地面が砕けて跳ね上がった。鼻先を石ころが掠って、擦り切れた痛みがじんわりと顔全体を覆う。


『それどうやって調べてます?』


『企業秘密だ。残り二発だぞ、もしかしたらこいつがそのタイミングでリロードするユーザーかもしれ──』


 激痛。頭脳の処理能力が一次的に限界を超え、エンカルナシオンの小言を聞き逃す。まあ、内容はどうせ大したことではないと気持ちを切り替える。一瞬白飛びした世界に白よりも明るい灰色の光が戻ってきて、『左腕損傷率-18.2%』の文字がでかでかと入り込んできた。


『違ったな。残り一発、頭に当たらなければ逆転できるかもしれん』


『私たちも、二発リロードユーザーにちなんで何かしら信じてみますか』


『お前自身と私を信じろ。最悪私だけでもいい。必ず出し抜け』


 風切り音が響く。コガは損傷率に意識を割くことすらなく、脊椎の速度で自らの身体を跳ね上げた。匍匐状態から一瞬で立ち上がった姿は、人類の進化にしては随分と急ぎ足だった。


 何を信じるか、最早彼にとってはどうでもよかった。追い詰められた、限界に達しかけた存在は、目先の最善を選び続けることでしか生き延びることはできないのだ。

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