第18話 波乱?の花火大会

「わー、見て見て。すっごい人いっぱいだよ!」

「わかったから。慌てなくてもお祭りは逃げないよ」

「だってだってぇー」


 今日は神社での花火大会当日。

 天音がはしゃぐ気持ちもわからないわけじゃない。

 立ちのぼるソースの香りに気分が盛り上がっていくのがわかる。


「あとで買ってあげるから我慢しなさい」


 ふらふらと屋台に吸い寄せられていく天音の手を引きながら、集合場所に向けて歩き始めた。


「ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけどいい?」


 それから少ししたところで天音は真剣な表情をしてこっちを見つめてきた。


「課題なら手伝ってる余裕ないからね」

「それは全然大丈夫! えっと、あたし学校の……ほら、キャラあるじゃん? 友達に打ち明けようと思ってて」

「あぁなんだ、例のやつね。一人でなんとかなりそうなの?」

「変なこと言っちゃうといけないし、暇な時練習に付き合ってもらえると嬉しいんだ」

「そういうことならお姉ちゃんに任せておきなさい!」


 俺がウインクすると「やったぁ!」と天音の表情は明るくなった。

 そうして気づけば本殿の近くまでやってきていて、このあたりまで来るとさすがに人の姿は大分少ない。

 事前に舞が言っていたとおり待ち合わせるにはちょうどいい場所みたいだ。


「あおと天音ちゃんこんばんは」

「あ、みゆさんやっぱり一番だ!」

「やっほーみゆ」


 石動さんと合流した俺達は残りのメンバーを待つことになった。

 そういえば二人はいつもどんな話をしてるんだろう。

 トイレから戻ってきたついでに、こっそり木の裏側に潜んで聞き耳を立ててみる。


「でねでね、こっちが寝てる時のおねえでこっちがゲームしてる時のおねえ!」

「す、すごい……! こんなにあるんだ」

「欲しいなら送るよぉ?」

「いいの? じゃあ全部お願いしようかな」

「みゆさんの欲しがりさんっ!」


 天音の言うおねえって俺のことだよね?

 なんだか知らないところで取引が行われているようだけど、聞かなかったことにしよう。

 二人のもとに戻るのと同時に舞とミーアがやってきた。


「ミニなのミーアちゃんだけなんだ。ちょっと残念だなー」

「そうなんですよ! 葵サンにも勧めたですけど断られちゃいまして!」

「またの機会に着てもらうとしてっと。それじゃ行きますかー」


 花火の打ち上がる時間までは屋台巡りをすることになっている。

 待ちきれない様子のミーアと天音が先行して、残った俺たち三人はあとから追っている。


「なんかまいまい、今日いつもと違うような……」


 石動さんは舞をじーっと見つめてつぶやいた。

 浴衣は彩り鮮やかな金魚柄で、薄くメイクもしているみたいだ。

 そして髪型は普段以上に気合いの入ったアレンジがされている。


「本当だ。舞も花火楽しみにしてたんだね」

「あは、わかっちゃった? ところで二人に聞いておきたいんだけどねー。今後の配信でやってみたいこととかないかな?」


 舞は立ち止まりこっちを見た。


「うーん、急に言われてもなぁ」

「なんでもいいんだよ。例えばみゆっちなら話題のお店の食べ歩きとか、葵ちゃんは視聴者さんを罵倒しながらゲームとか」

「わたしだけ明らかにおかしくない?」

「そういう声があるものですから。さておき、今ならどんなご要望にもお応えするよー」

「ねえあお。こういうのは……」


 考えていると石動さんは俺の側まで寄ってきて耳元でささやいた。

 息がふわりとかかりくすぐったい。


「おやおや、内緒のお話し中?」


 舞は俺たちの間に入ってきた。


「本当になんでもいいんだよね?」

「もちろん。今日のうちには二言はないよー」

「だったら次の配信に舞も出てもらいたいな」

「葵ちゃん、それ本気で言ってる?」

「二言はないんだよね?」


 俺がそう答えると舞は大きく息を吐いて頷いた。


「さっきの内緒話ってこれかー。二人にはやられたよ」

「いつものお返しだと思って!」

「でも一回だけだからねー?」

「みんなさん、なにしてるでーす? アタシもうお腹ペコペコですよ!」


 その声はミーアでいつの間にかすぐ近くまできていた。

 そのあとたこ焼や焼きそば、リンゴ飴などを満喫した俺たちは射的をすることになった。

 けどなかなか難しいようで誰も的に当てられない。


「はい、葵ちゃんなら簡単に狙えるんじゃない?」


 言いながら舞はおもちゃの銃を手渡してくる。


「でもこんなのやったことないんだけど」

「なにを言います。狙うのは慣れてるじゃないですか、ヘッショのお姫さま?」


 そのあだ名はともかくとして、確かにあれを標的だと思えばいけるかもしれない。


「おねえ、頑張ってー!」

「当てたら忘れられないくらいものすごいキッスしてあげます!」

「ミーア、私がそうはさせない……!」


 皆の盛り上がる声をよそに集中すると狙いを定める。

 ここの的はゲームとは違って動かないし、いっそ大物にしぼってもいいかもしれない。

 そのまま撃ちぬくイメージで弾を飛ばすと目標は簡単に倒れた。


「え……どうしてうちに?」

「可愛いの好きでしょ。いつものお返しみたいな?」


 取ったばかりの熊のぬいぐるみを渡したのだけど、舞はなぜか目を合わせてくれない。

 その上顔を覗き込んだ途端、くるりと反対側を向いてしまった。


「さてさて、お次は金魚すくいいこっかー」


 舞のこんな反応は初めてかもしれない。

 なにか気に障ったのかな?

 それが心の中に残りつつ皆のあとについていった。


「わーん……これどうやるのぉ」

「いぇい、練習の成果が出ましたです!」

「私だって負けないから」


 まったく取れていない天音と三匹すくいあげ競っているミーアと石動さん。

 その様子を後ろで眺めていると舞が隣にやってきて俺の手を握った。


「なに、どうしたの?」

「葵ちゃんいいかな」


 俺が返事をする前に舞はぐいっと引っ張ってきた。

 もしかするとさっきのことかもしれない。

 あえて抵抗せず連れられるままにここを抜け出すと、集合場所だったところまで戻ってきた。


「ねえ、わたしなにかした? もしそうならちゃんと言ってよ」

「……ちょっとだけ変な話するね」


 相変わらず目は合わない。

 いつもとは違う様子に少し緊張を覚えながら平静を装って答える。


「いいよ」

「私ってさ、いつからうちって言うようになったと思う?」


 そう言われるまで意識してなかった。

 一年の時はずっと『私』って言っていた気がするけど、いつの間にか変わっていた。


「たしか二年になってからかな?」

「はずれ。正解は葵くんが葵ちゃんになってからでした」

「え? それってどういう」

「私、葵くんのことが好きだったの」


 ようやく舞と視線が合ったけどいつものように笑っていない。


「ちょ、ちょっと待ってよ。舞は可愛い子が好きなんだよね? 前のわたしは可愛くも格好よくもなくで……」

「それはあくまでも表面上の好みだよ。実際葵くんと遊んでるといつも楽しかったし、もっと側にいたいなって思うようになってた」

「じゃあさっき言ってた、自分の呼び方を変えたのはどうして?」

「葵くんがいなくなっちゃったからだよ。それにみゆっちのこともあったし、変に気持ちが残らないようにしたかったの」


 平然とすらすら語る舞だけど、これまでのキャラは演じてたってこと?

 あまりのことに理解がついていけず言葉が出ない。


「えっと、舞……。わたしなんて言えばいいのか」

「本当はずっと黙っておこうと思ってたんだよ。でもあのぬいぐるみが嬉しくて抑え切れなくなっちゃった。こんな話聞いても、葵ちゃんはまだお友達でいてくれる?」

「そんなの当たり前でしょ」

「そっか、ありがとう」


 舞はにこりと笑うと俺に背を向け歩き出した。


「あ、ねえちょっと」


 問いかけても舞はなにも答えない。


「聞こえてる? さっきのってさ」

「そういう設定がうちにあったらこれから面白くなると思わない?」

「……へ?」


 口が開きっぱなしの俺を見て舞は首をかしげている。


「驚きすぎだよ葵ちゃん?」

「いやいや! 設定ってさ、もしかして今までの全部作り話だったの!?」

「いっけないいっけない、花火始まっちゃう。みんなのとこまで急がないとー!」

「ちょっと、ちゃんと答えてよ。って足速っ!」


 舞ははぐらかしたまま全速力で駆けていった。

 結局またからかわれた? それにしては真に迫った表情だった気がするんだけどな。

 まあ、今は考えなくてもいっか。


「あおもまいまいも探したよ。いったいどこに行ってたの?」

「ごめんね。人混みがすごくて迷っちゃった」


 戻ってきたのはいいけどこんな言い訳しかできない。

 それは舞も同じだったようで、こっちと目が合うと下手くそなウインクをしている。

 すっかりいつもの調子に戻っているみたいだ。


「おーねえ、もうすぐ始まるみたいだよぉ!」


 天音がはしゃいで俺に抱きつくと、石動さんとミーアも寄ってきて一緒に空を見上げる。

 色とりどりの花火が次々と打ち上がっていて綺麗だ。

 ふと正面を見ると、舞が一人離れたところからこっちにスマホを向けて微笑んでいた。


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