第13話 えっちぃ二人

「おねえさ、最近夢とかよく見る?」


 それは朝のこと。隣をいく天音は少しだけ緊張しているように思える。


「記憶にないし見てないと思うけどな。それがどうしたの?」

「寝てる時にね。その、おねえからえっちぃ声が出てるみたいなんだよね」

「へ?」

「だからあたし、夜中すごくどきどきしてます……」

「ちょ、ちょっと、変なこと言わないでよ……!」


 耳まで真っ赤な天音の横顔を見ているとこっちまで熱くなってくる。

 お互いに静かになっていたけど、天音は気を取り直したようでいつもの笑顔を向けてきた。


「えーっと、そう、梅雨明けの話しよ! 毎年本当やんなっちゃうよねー!」

「もうすぐ夏休みだね」

「今年は水着新調したいなぁ。あ、おねえは新しく買わないといけないよっ!」

「せっかくなら可愛いのが欲しいな」


 謎の性転換から一月ほどが経った六月のある日。

 こうして天音と登校するのも何度目になるだろう。


 最近の大きな変化と言えば、可愛らしい男の子をみかけると頭を撫でたくてたまらなくなってしまうこと。

 恋愛対象は変わらずなのもあるし単に庇護欲ひごよくのようなものだとは思うのだけど。


「それは間違いなく母性だね。葵ちゃんにもついに芽生えてしまいましたかー」


 昼休み、正面の舞はいいねいいねと言いながらこっちにカメラを向けてきた。


「そういうの急にやめてもらえる?」

「まあまあ、母性記念日だよー」

「下らないこと言ってないで食べなさい」

「ではそんな葵ちゃんに問題ですっ。学校でこの先起こるイベントは一体なんでしょうか~?」


 同好会の活動は順調で収益化も見えてきたと少し前に言っていた。

 だからこんなにうきうきしてるのかな?

 舞は早く早くと答えを急かしてくる。


「期末テスト?」


 そう答えると舞は胸に手を当てて苦しそうな演技をした。


「うぐぐ……。それが無事に終わったものとします」

「だったら夏休み以外になさそうだけど」

「はい正解でーす。ぱちぱちぱちー」


 わざとらしい拍手の裏には新しい企みが潜んでいるはず。また隠し撮りなんてされたらたまったものじゃない。

 俺は腕組みをしてじとーっと舞を見つめる。


「で、またなにかさせるつもり?」

「やだなあ、葵ちゃんってば警戒しすぎー。夏休みは皆で楽しみたいと思っているのですよっ」

「楽しむってたとえば?」

「よくぞ聞いてくれました。うちの家、小さいけど海沿いに別荘があってねー。皆様を招待して優雅にバカンスをと!」


 そもそも一般家庭には別荘なんてものは存在しないはず。だけど舞のあの家を見たあとなら話に信憑性が出てくる。

 そして海となると関心はただ一つしかない。


「ついでに配信もするつもり?」


 石動いするぎさんが三つ目のおにぎりを食べ終え視線を向けると、舞の表情は明るくなった。


「もちろんだよみゆっちー。夏というかき入れ時にやらない理由がないじゃない?」

「でも、水着にならないといけないんじゃ……」

「葵ちゃんはみゆっちの水着姿見たいよねー?」


 舞がにやにやしながら見てくるけどそんなの答えるまでもない。

 俺が無言で何度も頷いていると、石動さんは意を決したように机を軽く叩いた。


「……そういうことならやりましょう」

「よかったよかった。あとの二人は来てくれるだろうしこれで決まりかなー」

「それはいいんだけど、まいまいは補習にならないように頑張らないといけないよ」

「うん、それだけが問題なんだ。そこで学年上位のみゆっちさんに相談なんだけど、うちを助けると思って先生になってくれない?」


 ね? と両手を合わせて懇願する舞は赤点の常習犯。そのうえ俺も人の心配をしていられるほど余裕はない。


「いいけどあおも一緒?」

「それはもちろん……ねぇ?」


 石動さんと舞からの無言の圧に俺はただ頷くことしかできなかった。


「で、ここで勉強ってどうなの? うるさいしなんか集中できなさそうなんだけど」

「いいと思うんだけどなー。ね、先生?」


 舞の問いかけに、石動さんは山盛りのフライドポテトを食べながら何度も首を縦に振る。

 確実にこれは授業料と言わんばかりの量だ。

 俺達はわいわいざわざわと賑やかなハンバーガーのお店に来ている。


「任せて。二人ともきちんと面倒見るから」


 胸を張り自信を見せる石動さんの指導は恐ろしく理解しやすい。難しく考えることなくと頭に入っていってしまう。

 それは舞も同じだったようでだのだの声をあげながら真剣に取り組んでいた。


「あ、ママからだ。ちょっと電話してくるねー」


 そう言って舞が席を離れていったのは勉強会も終わろうとしていた頃のこと。

 一仕事を終えた石動さんは頬を染めながら一心不乱にハンバーガーを食べている。

 これで無自覚なんだからものすごい破壊力だ。

 その様子に俺は思わず目が向いてしまい、やっぱり変な気分になっていた。


「あおも一口食べる?」


 不意に差し出されたハンバーガーに条件反射的にかぶりつく。


「おいしい」

「ねえ、私にもそれちょうだい」


 石動さんは飲みかけのジュースを指差したあと、あーんと口を開けて待っている。

 飲ませてくれってことかな?

 恐る恐るストローを持っていくと薄桃色の唇が触れた。


「全部飲んじゃってもいいよ」

「ううん、それはさすがに悪いから」


 そのまま返されたあと俺はストローを見つめる。

 もしかしなくてもこれ間接キスだよね。

 視線を感じながらすべて飲み干すと石動さんは嬉しそうに笑った。


「今のすごくいいね。撮影中じゃないのが残念でならないよー」


 舞が言いながら戻ってきたと思ったら鞄に荷物をまとめはじめている。


「あれ、もうおしまい?」

「ちょっと急用ができちゃった。うちは帰るけどお二人さんはごゆっくりしていってねー」


 慌しく店を出ていく様子を見届けたあとお互いに目が合う。沈黙のあと石動さんは咳払いをした。


「そういえば、あおは水着持ってるの?」

「それがまだないんだ。ちょうど天音と買いに行こうかって話をしててね」

「あの、お買い物私も一緒に行っていい? 天音ちゃんと話したいこともあるし」

「そうしよっか。あの子もきっと喜ぶよ」


 そうして数日後。待ち合わせ場所には石動さんが先に到着していたようでなにか本を読んでいるのが見えた。


「ほんっとみゆさんって文学少女だよねー」

「天音は漫画じゃないとすぐ寝ちゃうもんね?」

「だってだって、文字で埋まってるの苦手なんだもーん! どうも、みゆさんこんにちわ!」


 勢いよく駆け出していった天音は石動さんに抱きついている。

 ああいう風に振舞えたらもっと楽になれるのかな。でもキャラ的に合ってない気がするんだよね。

 そう思いながら二人に近づいていくと石動さんはこっちに小さく手を振った。


「今日は髪下ろしてるんだね」

「みゆもたまにはイメチェンしてみたら? わたし一度見てみたいな」

「わかった。今度やってみる」


 なんて話しながら歩いていると水着売り場に到着した。

 ざっと見た感じ、男物とは比べ物にならないくらいバリエーションが豊富。

 シンプルなものから際どいものまでよりどりみどりだ。


「じゃああたし見てくるね! せっかくだしみゆさんに選んでもらったらー?」


 またねと天音は離れていった。


「あおはこういうの似合いそう」

「これちょっと露出多くないかな?」

「健康的でいいと思うけど。試しに着てみたらどう?」


 そんな流れで石動さんと二人試着室に入った。不慣れなのもあるし手伝ってもらうことにしたのだ。

 そうして鏡の中には黒いビキニ姿の俺がいる。


「どうかな……?」

「いいと思う。すごく似合ってる」

「よし、みゆがそこまで言うなら!」


 そのあとは石動さんの水着を選び、天音と合流したところで家に招待することになった。


「支度してる間先にお風呂入っててー」


 そうして俺は夕食の準備にとりかかる。

 美味しそうに食べる二人の姿を想像していると楽しくなってしまっていた。


「わーおいしそう! いっただきまーす!」


 山盛りのからあげにはしゃぐ天音。

 その隣では目を輝かせた石動さんが箸を構えている。


「みゆも遠慮せずに食べてね」

「いただきます」


 猫舌なのか何度かふうふうして口に運び、幸せそうに噛み締めている。


「お味はどう?」

「とってもおいしい……っ。いくらでもいけちゃうかも」

「よかった。ごはんのおかわりもあるから言ってね」


 どんどんペースの上がっていく様子に天音は気づいたらしく、石動さんをじっーと見つめている。


「ねえねえ、おねえ」

「ん、なあに?」

「みゆさんっておねえと同じくらいえっちぃね」


 天音はひそひそと耳元でささやいた。


「え……わたしそんなだったの?」

「ほんとなんだって。じゃあ今度録画しとくね」

「いい、いい。しなくていいから!」

「二人はなにの話してるの?」


 石動さんは不思議そうにこっちを見て首をかしげていた。

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