第12話 ヒミツの共有

「おねえ、今日はサイドテールでどーお?」

「うん? これってあの子と同じだよね?」

「たまにはこういうのもいいんじゃないかな~って。ほんとおねえはなんでも似合うから羨ましいよぉー」


 休日の昼前、俺は天音に送り出され駅を目指している。

 ここ最近は褒められると嬉しい気持ちがあふれて頬が緩んでしまうようになった。

 俺の中にチョロさが芽生えてきているのは置いといて、今日は待ち合わせをしている。


 電車に乗り込み空いている席に腰掛けた。

 これまでは俯いてばかりだったけど、最近ようやく周りの様子を落ち着いて見ることができるようになってきた。

 現に今ちらちらと視線を向けられているのがわかる。


 やっぱりこの胸が目立つのかも。でもお腹みたいにひっこめるとかできないし。こういう時はどうすればいいんだろ?

 そればかりを考えていると目的の駅に到着していた。


「葵サーン、ここでーす!」


 手を振るミーアは衆目を集めながらこっちに駆け寄ってくる。

 声の大きさ以上にスタイルのよさが際立っていて、やっぱりこの子はとにかく目立つ。

 その様子をじっと見ているとミーアはパチパチと瞬きをしていた。


「ごめんね、ちょっと遅れちゃった。待ったよね?」

「アタシも今来たところですからご安心です! おぉ……もしかして髪オソロイにしてくれたんですか?」

「天音がそうしろって言うから。でもこれ変じゃない?」

「いえ、とーっても素敵です。それに姉妹のようで嬉しく思うですね。ではでは、行きましょうか!」


 今日は案内すると言われ繁華街までやってきている。

 なんでも自分の好きなものを知ってもらいたいとのことで、ミーアは鼻歌を響かせながら先を進んでいく。

 俺は迷う様子のないその後ろ姿に声をかけた。


「日本に来たばっかりでよくわかるよね」

「もう何度も立ち寄ってますからー。余裕シャクチャクです!」

「しゃくしゃくかな?」

「おっと、まずはコチラでーす!」


 そうして話しながら入ったのはアニメグッズのお店だ。

 アニメを見るのは話題のものくらいで、こういったところに来ることはほとんどない。

 そのせいで想像してたのと違いすぎる光景――周囲は女性客ばかりだったのだ。


「今日はなにか買うの?」

「これでーす! この子、葵サンに似てると思いませんか? 思いますよね!」


 押し付けるようにして差し出されたフィギュアは黒髪にポニテで胸が大きい。おまけにスカートが短くものすごく際どい。

 もし似てるとしたら髪色と髪型くらい?


「わたしこんなに可愛くないよ」

「そんなことはありませんっ! だって葵サンを初めて見た時、アニメの世界か現実かわからなくなりましたですから!」

「またまたおおげさなー」

「アタシの推しは葵サンそのものです!」


 ミーアは言いながらぎゅっと抱きついてきて、いつもとは違う鼻に抜けるような爽やかな香りがした。

 これって香水なのかな?

 そう思っていたのもつかの間、ざわざわと周りの視線が集まってしまっているのがわかる。


「ちょっと、こんなとこでやめてよ」

「おおぅ、失礼。ついつい取り乱しましたね!」

「恥ずかしいしお会計して次行こ……?」

「ふふ、その表情そそります!」

「あーもう知らない!」


 すっかり上機嫌なミーアはおいといて。

 そのあといくつかお店を巡ったところで、ちょうどお昼の時間を回ろうとしていた。


「ミーアはお腹空いてる?」

「答えはイエス、ですがすでにプランのうちでーす!」


 ミーアから手を引っ張られやってきたのはカラオケボックスだ。

 受付を済ませ個室に通されると隣り合って座った。


「ここのフードメニューがなかなかなんですよ!」

「悪くないと思うけど普通のお店じゃだめだったの?」

「ここなら歌もできますしイッセキニチョウかと!」


 そうしてたこ焼きや焼きそば、フライドポテトなどがテーブルに並んでいる。

 食事もそこそこにミーアは予想どおりアニメソングを歌い始めた。


 目がキラキラとしていて、振り付けは全身全霊でどこか心に訴えかけてくる。

 この子楽しんでていいな。

 そう思っていると隣からにょきっとマイクが伸びてきた。


「あー、わたし歌えるのあんまりないんだよね」

「テキトーでいいんですよ。カラオケは声を出すのがストレス発散になりますから!」

「適当……適当ね?」


 俺はうろ覚えな女性アーティストの曲に挑戦するけど、ところどころしか口ずさめない。

 それでもミーアは盛り上げるように合いの手を絶えず入れてくれる。

 段々慣れてくる頃にはなんとなく声が出せるようになっていた。


「デュエットしましょう葵サン!」

「いいね、やろやろ!」


 俺たちはマイクを持ちながら、もう片方の手は恋人握りをしながら歌っている。

 時々視線が合ってお互いに微笑んだり、追加注文したジャンボパフェを分けあって食べたり。

 すっかり楽しんでいるうちにいつの間にか終わりの時間を迎えていた。


「いやー、満足マンゾクごまんぞくです!」

「すっごい楽しかった~。今度は皆で行きたいね!」

「いいですね! 早速連絡しておきましょう!」


 お店を出たのは結局夕方前で、解散するにはちょうどいい時間かもしれない。

 しばらく無言で歩いているとミーアが立ち止まった。


「あれ、ナンでしょう?」

「うん?」


 指差した先を見ると『休憩/フリータイム』などと書かれた、お城のような外観の建物がある。

 もちろん中がどうなっているかは知らない。


「ラブホテルって言うんだけど、たしか恋人同士が行くようなところだよ」

「アタシ気になりまーす……」

「え、ミーア?」

「ちょっとだけ見ていきましょう!」

「ねえ、話聞いてー!」


 そんな流れでホテルの部屋に来てしまった。

 大きなテレビやベッド、バスタブが目立つくらいで中は思っていたよりも普通の空間みたいだ。


「これはこれはくつろげそうですね!」


 ミーアはベッドにダイブするとごろごろ寝転がっている。


「もう、子供じゃないんだから」

「そう言わず葵サンもどうですか?」


 俺は期待するような眼差しに弱い。ま、二度と来ないかもしれないし乗っかってみるのもいいかな。


「いっくよー」


 勢いよくベッドに飛び込むと、すぐにふかふかな感触に包まれる。

 家のとはまったく違ってこれはいいものだ。


「少しだけ眠たくなってきました……」

「あれだけ全力で歌えばそうなるよ」

「葵サン抱き枕です」

「え、あれ。ねえ……」


 ミーアは抱きつくようにしてすうすうと眠ってしまった。

 首元に髪が当たり、くすぐったいのと同時にさっきとは違ういい匂いがしてどきどきする。

 女の子って本当柔らかいな。

 俺はいつの間にか同じように眠ってしまっていた。


「葵サーン」

「う、うん……?」


 目を開けるとミーアが顔を覗きこんできている。

 部屋の時計は八時を指していて、俺は慌てて体を起こした。


「どうしたんですか?」

「こんな時間だし帰らないと」

「せっかくですし今日は泊まっていきたいです。ダメでしょうか?」


 じーっとミーアが見つめてくる。


「わかったわかった。あの子に連絡だけしとくね」


 天音とのやり取りを終えたあと、テレビを見ながらルームサービスで頼んだ夕飯を済ませる。


「お風呂もひろびろでーすっ!」

「一度ジャグジーやってみたかったんだよね」


 お互いに楽しみながら浸かっていると、唐突にミーアが背後に回ってきた。

 その表情はどこか真剣そのものであまり見たことがない。


「葵サン、この間のお勉強の続きしましょうか」

「え? ミーア、なんか怖いよ」

「女の子なら皆やってることですし、アタシに任せてください」


 ミーアは俺の手を取りながら耳元でささやいてくる。

 続けてそのまま下腹部に手が伸びていくと俺ははっとした。


「もしかして……。そ、そういうこと?」

「男の子だった葵サンは知らないと思いまして。もしイヤでしたらやめますね」


 そんなの興味がないはずがない。

 顔が熱くなっていくのを感じながら、俺は黙ったまま首を横に振る。


「わかるですか? ここをこうして――」


 しばらくされるがままに体を預けていると、息が荒くなりなにも考えられなくなってしまった。


「こんななんだ」

「葵サン本当可愛いですね」


 ミーアは俺の耳たぶをはむっとくわえ、俺はその感触にぞわぞわしてしまう。

 なにかいけないことをしているような気がして仕方ない。


「ミーアも可愛いよ」

「今あったこと誰にも話せないですよね?」

「うん、まあ……」

「やりました。葵サンとヒミツの共有してみたかったですっ」


 いつものような笑顔に戻ったミーアとお風呂から出ると、そのまま抱き合って眠った。


「おかえり、おねえの朝帰りー!」


 次の日帰宅すると、リビングで天音がにこにこしながら出迎えた。

 どうやら目玉焼きを作って待っていてくれたみたいだ。


「おいしい。よくできてるよ」

「それはもー、昨日いっぱい練習したからっ!」


 流しを見ると玉子の殻が散乱していて、苦労しただろうことがよくわかる。


「そうなんだ。ありがとね天音」

「ねえねえ、あたしも次はミーアさんと遊びたーい」

「ミーアもコスプレ一緒にしたいって言ってたよ」

「わーい、それすっごく楽しみー!」


 昨日の手ほどきを思い出すと顔から火が出そうになる。

 それでもあの感触が忘れられない。

 俺はそそくさと部屋に戻るとベッドの中で没頭してしまっていた。

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