第11話 ヘッショ姫爆誕
「おお、あの葵がこんなに可愛くなってるなんてな。ほら母さんも見てごらん!」
「私がもっと若ければ美空三姉妹と呼ばれていたかもしれないわ」
「なにを言ってるんだい? 君は今でも十分若々しいじゃないか!」
わっはっはと両親の愉快な笑い声がリビングに響いている。
毎週帰ってくればいつもこうで、なにがそこまで楽しいのかさっぱり理解できない。
その底抜けの明るさが俺に受け継がれなかったのは明白だ。
「ほーんと二人はいつも仲良しさんだよー! おねえもそう思うよね?」
天音は俺の腕に抱きつきぴょんぴょん跳ね、ツインテールを上下に揺らす。
まあそれも全部天音にいったのだと思えば納得だ。
それはさておき、二人がいるうちにお願いしておかないといけないことがある。
「父さん、戸籍のことなんだけどね」
「ああ、葵はもう女の子だもんな。手続きは父さんが済ませておくから気にしないでいいよ。それよりも大事なことを言うから聞いてくれないか?」
「改まってどうしたの?」
「これからは父さんじゃなくお父さんと呼びなさい!」
「あら葵。私もお母さんって呼んでいいのよ?」
そこに母親までやってきた。
『だからそういうのいいって』
昔の俺なら確実にこう言っていただろう。
心は男のままだと認識していたつもりなのだが、ここ数日は自分でもどこかおかしい。
変に意地を張ってもいいことはなさそうだし思うままに振る舞ってみよう。
「お父さん、お母さん。これまでどおり家のことは天音とわたしに任せて!」
「うんうん、おねえがいるんだもん。まったく心配いらないよー!」
そうして数日。そんなこともあり俺は体だけでなく書類上も正式に女性となった。
今まで学生証を出すことができずにびくびくしていたのだが、これで晴れて身分証明ができる。
いつも以上に軽やかな足取りで登校しそのまま昼休みを迎えた。
正面に座る舞は、にこにこを通り越してにたにたとしていて不気味そのものといった表情を晒している。
「なんか怖いよ舞」
「いやいや、例の動画が好評だったからさー。やっぱりポッキーゲームは強いね」
「あーあれね。今日はみゆがお休みだけどどうするの?」
「それぞれに人気が出てきてるしさすがに全員揃ってる時にしたいかな。だから今日は休止にして例のやつやらない?」
「お、いいねやろやろ」
そんなわけで買い物を済ませ帰宅。すぐに夕食の準備に取りかかる。
約束の時間までに用事はすべて済ませておきたいところだ。
「ねえねえ、あたしにも手伝えそうなことないかなぁ?」
もくもくと作業しているといつの間にか天音が隣に立っていた。
なんだかそういう心遣いが姉としてただ嬉しい。
「よし、包丁使ってみよっかっ!」
「こ、こうだよね……」
恐る恐るでゆっくりとした動きだが、手は教えたとおりの形をキープしていて安定感がある。
「うん、上手に切れたね」
「でもまだまだおねえにはかなわないなぁ」
「毎日続けていけばきっと上達するよ。じゃあ次はこれね――」
夕食、風呂までこなしたところで外はすっかり暗く九時を回ろうとしていた。
自室に上がるとパソコンの電源をオンにしてビデオ通話アプリを起動する。
『お、きたきたー。その感じは葵ちゃんもお風呂上がりだね?』
画面の中の舞は同じように髪を下ろしている。
『集中したいしできることは全部済ませてきたよ』
『さすが葵ちゃんは抜かりがないなー。じゃあ早速いきますか』
そんなわけでいつものFPSゲームを起動。
三人一組で戦う仕様上、俺達は野良のプレイヤーを引き入れチームを組んだ。
「初めまして。私はアリスっていいまーす」
聞いた感じ俺達と大差はないだろう。そこまで幼さを感じさせない可愛らしい女の子の声だ。
「うちは舞だよー。よろしくね」
「葵です。頑張りましょう」
「あれ、葵さんの声どこかで……」
「え?」
突然前方から銃弾が降ってくると舞は物陰に隠れ、俺たちもそれに続いた。
「アリスさん、うちと一緒に相手の気を引いてもらっていい?」
「それって葵さんがポイントゲッターってことですか?」
「見てたらすぐにわかるよー」
「了解です」
前線に躍り出た二人を見届け俺は対戦相手の動きをひたすら目で追う。
手にしたスナイパーライフルは遠距離から敵を狙撃する武器だ。
近づかれたら手の打ちようがなくなるのもあって、このゲームでの難易度はそれなりに高いとされている。
だが、舞達がかく乱してくれているお陰で今のところ気づかれていないようだ。
「葵ちゃんこんな感じでどう?」
武器を構えスコープを覗くのと同時に舞からの通信が入ってくる。ここからでは距離的に狙うのは難しい。
「もう少し前に引きつけてもらえると嬉しいな」
「おっけー。一度下がってみるね」
直後、奥にいた相手がじりじりと前進してきた。この位置からなら狙うことができそうだ。
深呼吸のあと引き金に指をかけ一点集中。相手が頭を出す直前に放つと寸分の狂いもなく直撃した。
「見たか! よっしゃあああ!」
「ナイスキル葵ちゃん。すぐに次いくよアリスさんー」
「うそ、あの距離から当てるなんて……。気付かれる前に畳み掛けてしまいましょう」
立て続けに二人目、三人目とヘッドショットを決めていき勝負は決した。
やっぱり遠距離からの狙撃は気持ちがいいものだ。久しぶりなのもあって、思わず我を忘れ叫びまくってしまった。
「皆お疲れ様。結局三連勝しちゃったねー」
「いいチームでした。葵さん、舞さん今度もよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくね」
アリスさんとはフレンドとなり、またなにかしようという話になった。
そうしてゲームを終えたのだが舞はどこか声が弾んでいる。
『いやあ、葵ちゃんいい声出てたね』
『まあゲーム中くらいいいじゃない。どうせ誰か聞いてるわけでもないし』
『うんうん、皆からの反応も上々だったし言うことないよー』
『待って舞。皆……ってなに?』
ここでなぜか妙な間が開く。
『なんでもないよ。眠たくなってきたからおやすみー』
『あ、ちょっとなんで』
一方的に通話を切られてしまったあと、ベッドに寝転がったのだがどことなく嫌な予感がする。
まあでも今は深く考えなくていいか。
久しぶりの充足感もあって俺はすぐに眠ってしまっていた。
「ふぁあ……おはよう。昨日どうして来なかったの?」
「なんかお疲れみたいだったし、寝てるの邪魔するのも悪いかなって!」
「えらいえらい。天音も気を使えるようになったんだね」
「やった、褒められちゃった。でもでもおねえすごいね。あたし全然知らなかったよ!」
翌日、朝食を食べていると天音がスマホを手渡してきた。
見てみると『フェアリス』――つまり舞のやっているチャンネルのページなのだが、新たな動画が投稿されている。
タイトルには配信と書いてあるんだがそんな話は聞いてない。一体どうなってるんだ?
とにかく動画を確認してみることにした。
『みなさーん、今回はとあるゲーム配信をしますよー。実はこれ内緒で撮影してるんだけど、皆もこういうのわくわくするよね?』
この時点で昨日の嫌な予感が蘇ってくる。浮かれてないでもう少し舞のことを疑ってかかるべきだった。
『葵ちゃん、いっちゃえー』
『取ったぁああああ!』
『葵さんって可愛らしい声してるのに、ものすごい雄叫びあげますよね!』
アリスさんの大笑いする様子までしっかり入っている。
舞のやつはなにが狙いでこんなことをしたんだ?
さておき、ここまでの醜態を晒したんだからドン引きしている視聴者もいるに違いない。
その反応を確認した上で舞に文句の一つでも言ってやろう。
『あのメイドちゃんがあんなに荒々しくなるのは衝撃的なんですけどww』
『狙撃の精度高すぎて草』
『ヘッショ姫爆誕!』
『ミスして叱られたい』
『このゴミがって罵られたい』
『どつき回されたい』
さすがに下の三つは同一人物だよな?
それにしても、なにをやっても肯定的に受け止められているのはなんなんだ。
ふと目をやるとチャンネル登録者数は前見た時の三倍以上に膨れ上がっていて、俺は頭を抱え込んでしまった。
「ね、すごいでしょ!」
「ある意味すごいはすごいけど……理解が追いつかないよ」
「このアリスって人はゲーム配信で有名な人なんだって。たまたま入ったチームがおねえ達でびっくりしたみたい!」
「でもどうして向こうにこっちがわかったんだろ?」
「舞さんが気付いて連絡取ったらしいよー」
これでようやくすべてが繋がった。
登録者が爆増したのはアリスさんのところから流れてきたんだろう。
登校するとすぐに問い詰めるべく舞の席で待ち構える。
「まーいーさーん?」
「はい」
「わたしがなにを言いたいかわかるよね?」
「反省してます。これはその気持ちです。どうかお納めください」
舞から差し出されたのは、ポッキーゲームの時に賞品となった例の包丁だ。
その魅惑の輝きに思わずごくりと喉が鳴る。
「ま、まあ。次からちゃんと教えてくれるなら許してあげるっていうか……」
「もちろんー。今後も期待してますよヘッショ姫!」
「その名前で呼ぶなぁっ!」
「ハイ、お二人とも朝から元気でーすね! なにかあったですか?」
言いながら近づいてきたミーアにバレるのも時間の問題になりそうだ。
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