第10話 ポッキーゲーム

「それでこのあとなにかするの?」


 俺は舞にキッチンに連れられ、ジュースとお菓子の準備を手伝わされている。


「ミーアちゃんもいることだしまずは皆で自己紹介でもー」

「なんか今さらのような感じもするけどね」

「そうそう、すぐに打ち解けちゃったからすっかり忘れてたの。ちょうどいいしこれ回しながらっ」


 くるりと振り向いた舞はスマホを片手に構えた。


「もしかして視聴者さんにも向けてってこと?」

「いえす、ご名答ー」

「別に次撮影する時でよくない?」

「葵ちゃんもまだまだ初心者の域を出ないかー。制服でも私服でもない姿でやるから意味があるんですよ。おわかりかな?」

「だからわたしはなんの初心者なの?」


 そうして舞のあとに続いて部屋に戻り、今は五人でテーブルを囲んでいる。

 目の前には封をあけたお菓子とコップに入ったジュースが並んでいて、まるでなにかのパーティーのようだ。


「今日は集まってくれてありがとねー。今話したとおり、順番にかるーく自己アピールをして欲しいんだ。好きなものやどうしても知って欲しいことなどなど、なんでもいいよ」


 舞が全員に伝えると石動さんはコップから口を離し問いかける。


「まいまい、それって誰からやるの?」

「もっちろんうちからだよ。こういうのは言いだしっぺからって相場が決まってるんだからー」


 よいしょと言いながら舞は立ち上がった。


「では円城さん張り切ってどうぞ」

「はいどうも、ご紹介にあずかりました舞です。『可愛いものは愛でないと失礼』がモットーで生きてるよー。今後も仲良くしてもらえると嬉しいよー」


「こんな感じでね」と舞は座ったあとカメラを回し始めたのだが、真っ先に手をあげたのはやっぱり天音だ。


「はいはーい。舞さん舞さん、次あたしやりたーい!」

「いつでもどうぞー」

「初めまして、あたしは天音だよ! 好きな食べ物はおねえの料理で、尊敬する人もおねえですっ!」

「どうして尊敬してるのかな?」

「いつもちゃんとお話聞いてくれて、それにすっごくすっっごく優しいからでーす!」

「だそうですよ、葵ちゃん?」


 舞のやつめ図ったな。

 皆の視線がこっちに集まると、照れくさくなりどんどん顔が熱くなっていく。


「ま、まあ。家族なんだから当たり前っていうかさ。って、なんでわたしにカメラ向けるの……?」

「美しい姉妹愛だなと思いまして。では、流れに乗って葵ちゃんいってみよー」


 ぱちりとウインクする舞に俺は溜め息をつきながら立ち上がる。


「葵です。好きなことは料理とゲームです。あと、わたしはドスケベじゃありません!」

「と、本人は言ってるんだけど画面の前のあなたはどう思った? さてお次は――みゆっちいく?」

「えっと、みゆと言います。食べることが好き。私も他の皆のようにもっと明るくなりたい」


 石動さんがお辞儀をするのと同時に、これまで合間合間に拍手などをしていたミーアが立ち上がった。


「ハイ、アタシはミーアでーす。趣味はジャパニーズアニメーション! オススメあったらどうぞ教えてくださーい! それからみゆサンとライバルになりましたのでヨロシクお願いしまーす!」

「うん? 急に敵対関係になっちゃったのー?」


 舞は首をかしげている。


「アタシもよくわかってないですけどお受けしました!」

「そうなんだ。でもどうして?」

「なんだか面白そうだからでーす! ではみゆさん、アタシの真似してください!」

「え? えっと……こう?」


 ノリノリのミーアと戸惑う石動さんはカメラに向かって横ピースをした。


「二人はなにを争ってるんだろうね? さて、本当はシークレットにしたいんだけど今回だけは特別に女子会の様子をお届けしちゃうよ!」


 舞に促されて俺達は再びテーブルについた。

 端に座った俺の隣には天音、正面にはミーア。少し離れたところに舞と石動さんがいる。


「おねえ、これだよこれこれー。こういうのに憧れてたんだ!」


 天音はなんとも嬉しそうに棒状のプレッツェル菓子を頬張っている。


「よかったね。でも眠たくなったら無理せず言うんだよ」

「もー、せめて今日くらいは子供扱いしないでよぉ」

「ごめんごめん。そういえば昨日は寝るの早かったもんね?」

「だって本当に楽しみだったんだもんっ」

「うんうん」


 頭をなでると天音はと肩に寄りかかってきた。男だった時なら絶対しないだろう行動が自然とできているのは自分でも驚きだ。


「さきほども思いましたが、やぱりお二人は仲良しサンですね!」


 声に視線を向けると正面のミーアがスマホを構えている。


「もしかして撮ってる?」

「いえ、無断はヨロシクないです。お二人さえよければ一枚撮らせてください!」

「その言葉舞に聞かせてあげたいよ」

「じゃあおねえ、こういうポーズとかどう?」


 天音は向かい合うと俺の両手を指が絡むように握ってきた。


「このあとはどうするの?」

「首だけをカメラに向ける感じでー。ウインクとかしてもいいかも!」

「なるほど、それが『尊い』ですね? 一枚どころではなくなってしまいそうでーす!」


 カシャカシャカシャと連写する音が聞こえてくる。

 そうしてひとしきり撮り終えたミーアは深々とお辞儀をした。


「ありがたや……こちらカホウにしてカミダナに飾ります!」

「いやいや大げさすぎるから」

「あっはは! ミーアさんって本当面白ーい!」


 三人して笑っているとテーブルの反対側から視線を感じた。


「ん、どうしたの舞?」

「面白いゲームがあるんだけど皆でどうかなってー。ね、みゆっち?」


 石動さんはただと頷いている。

 いくらなんでも撮影中だし舞とはいえ変なものは持ってこないだろう。

 そんな考えで俺は二つ返事で了承したのだが……。


「ポッキーゲームとは一体ナンでしょう?」


 ミーアの質問を受けて、舞はさっき天音が食べていたのと同じプレッツェル菓子を一本つまみあげる。


「例えばこのお菓子の両端を二人がくわえて食べ進めていくとするよね。そうするとどうなると思うー?」

「短くなるですか?」

「そのとおり。最後まで折らずに食べきれたチームの勝ちになるのー」

「わぁお、面白そうですね。ぜひやりましょう!」


 ミーアは完全に乗り気だがここで一つ問題がある。

 俺はそれを指摘するべく声をあげた。


「でもそれ、折れなかったらキスすることにならない?」

「なっちゃうかもねー。でもこのお菓子は折れやすいから大丈夫だよきっと!」

「そうかなぁ……」

「葵ちゃんは心配性なんだからー。それより勝ったチームには特別な賞品を用意してありまーす」


 舞はと言いながらテーブルの空いているところになにかを広げだした。

 なにかのキャラクターのフィギュアや、複数枚の大盛り無料券、バストアップ体操の指南書。

 そしてよく切れると評判の万能包丁がそこにはあった。

 あれずっと欲しかったんだよな。

 他の三人と視線が合うのと同時に深く頷く。


「舞、それでチームはどうやって決めるの?」

「皆なぜかやる気になってくれたみたいでなによりだよー。ここは公平にくじ引きにするね」


 完全に舞の思惑どおりだがこの際仕方ない。


「みゆサン、ひとまず一時停戦です! 負けられない戦いがここにありますね?」

「ええ、頑張りましょうね……!」


 いつも以上に気合いの入ったミーアと石動さんが先攻となってゲームは開始された。

 サクサクと音を立てて二人の間のプレッツェルは順調に短くなっていく。

 お互い肩に手を乗せながら、まるでキスをするような体勢に見ているこっちもはらはらしてしまう。

 隣の天音は開いた口に手を当てて目を大きく見開いている。


「わあ、わあぁ……!」

「ちょっと少しは落ち着いてよ」

「う、うん。そうだよね」

「さあ、あともう少しだよー!」

 

 やたらとテンションの高い舞の声に視線を戻すと残り数センチまできていた。

 そうして見守ること数秒。


「ああっ、惜しい惜しい。ミーアみゆペア成功ならずー!」


 その幕切れに熱のこもった実況が場に響き渡った。


「これ折れやすいみたい」

「もう少しでしたのに、でーす!」


 ミーアと石動さんはハグをして健闘を称えあっている。


「さて、お次は葵天音の姉妹ペアだよー」

「天音、がんばろ!」

「うんっ!」


 天音とともにぱくっとお菓子をくわえ、リスのようにカリカリと食べ進めていく。

 あまり大きく動かないように少しずつ前進。

 そうしていると天音と目がばっちり合っているのだが、ここまでの至近距離なのは初めてだ。

 意識したことはなかったけど綺麗な色をしてるんだな。

 そんなことを思っているとプレッツェルがぷるぷると震え始め、天音の頬は薄っすら赤く染まっている。


(もしかして苦しいの? でももう少しで包丁とバストアップだよ!)


 俺は心の中で念じながら半ば強引に近づいていく。そうして、あとわずかで唇同士が触れ息遣いを間近で感じられる距離まで到達した。

 これならいけるか?


 ――パキッ


 だがそう思ったのも束の間、プレッツエルは真っ二つに折れてしまった。


「……してみたかったのに」

「天音、顔真っ赤だけど大丈夫?」

「え。ななな、なんでもなーいっ!」


 こんな反応は初めて見た気がする。

 天音は大慌てで俺から離れていき、結局ゲームも引き分けで終わってしまった。


「ふかふか、ふかふか! お布団初めてでーす!」


 夜の十二時過ぎ。ミーアが子供のようにはしゃいでいる。

 そのあとも好きなタイプの話などをしていたのだが、天音を筆頭に一人また一人と脱落していき静かになっていった。


「あお、まだ起きてる?」

「起きてるよ。皆もう寝ちゃったみたいだね」

「あの……そっちいってもいい?」

「ど、どうぞ」


 石動さんが俺の布団の中にいる。それを考えれば落ち着かない。

 そわそわしていると手と手が触れそのまま握り合う。


「あおの手、あったかいね……」


 甘い香りと体温を感じながら俺の意識は深く沈んでいった。

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